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38 四滅

 ウイコウさんが私に契約を勧めたのは、自らの肩に乗っている亀。シェイドさんに抱かれている黒い子猫。椅子の背を止まり木にしている赤い小鳥。そして床で丸くなって寝ている白っぽい子犬だった。

「えっと……彼らが契約してくれるなら私は嬉しいですし、むしろこちらからお願いしたいところですけど」
「何か疑問があるのならなんでも聞いて貰って構わないよ」
「あ、はい。それじゃあ、えっと……契約して召喚獣に、ということは皆さん普通の動物ではないということでしょうか」

 【調教】スキルなら魔物だけではなく、普通の動物もペットとして仲間にできる。だけど【召喚魔法】で契約できるのは魔物だけ。設定では召喚と送還に普通の生物は耐えられないということだったはず。

「コチ君、ここはリイドだよ」

 うわ……ウイコウさん、それ説得力ありすぎなんですが。あんなに可愛らしい小動物に見えるのに魔物だったのか。しかも私の護衛役として契約を勧めてくるくらいだからかなり強いってことだよね。そうなってくると、また別の問題があるんじゃないかな。

「【召喚魔法】のレベルも低いんですけど、大丈夫でしょうか」
「コチさん、教えたはずですよ。【調教】も【召喚魔法】も相手との絆が大事なんです。スキルのレベルが上がれば、嫌がる相手でも強制的に使役することができます。でも、動物さんや魔物さんたちと仲良くなって友達になれば、スキルレベルなんていらないんです。嫌がる相手を無理やり従えようとするから調教枠や召喚枠なんてものに縛られるんですよ」

 本当なら召喚獣にしたい魔物と契約をしたいときは、相手と戦って痛めつけた後に契約をする。でも、契約を強制される魔物にしてみれば自分を散々痛めつけた相手に無理矢理従わされるということになる。
 少しうがった見方になるけど……ニジンさん的に言えば【召喚魔法】におけるスキルレベルはどれだけ相手に対して強制力を発揮できるかを表し、召喚枠は召喚獣を強制的に何体まで維持できるか、という意味なのか。つまり、相手に強制することなく、無理に契約を維持しようとしなければ……

「相手と仲良くなって、自主的に助けてもらえるなら【召喚魔法】は召喚と送還を使うためだけの手段に過ぎないから、スキルレベルは必要ない?」
「コチさん、ビンゴです」

 この世界にビンゴがあるのかっていう突っ込みは置いておいて……普通なら近づくだけで襲ってくる魔物相手に、こちらからは一切攻撃をせずに話し合いだけでテイムや契約まで持っていくのは難易度高すぎだろう。だって、今までのゲームだと瀕死まで追い込んでからテイム。もしくは倒したあとに起き上がって仲間になりたそうに見てくるっていうのがテンプレなんだから。

「ということは、この子たちが自分で私に協力してあげてもいいと思ってくれれば契約もできるし、召喚してなにかをお願いすることもできるってことなんですね」

 私はウイコウさんの肩からそっと亀を受け取ると、小鳥と目を開けた子犬がいる椅子の上に下ろす。シェイドさんの腕の中から抜け出していたらしい子猫もいつの間にかここにいた。私はその三匹と一羽とそれぞれ目を合わせるとゆっくりと話しかける。

「私がこの街の人たちと一緒に冒険していくために、皆の力を貸してくれませんか。契約はしますけど、なにひとつ強制はしませんし嫌なら召喚に応えてくれなくても構いません。あ、でも時々は撫でさせてもらえると嬉しいかも。あと、もし契約が嫌になったらすぐに解除します。それに……皆も間違いなくこの街の住民です。もしできるなら私はこの街の全員と外で冒険がしたいんです。だから私と正式に友達になってもらえませんか?」
『『『『……』』』』

 私の言葉を三匹と一羽は身じろぎもせず受け止めている。なにも反応がないのは、やっぱり契約なんかしたくないということなのだろうか。

『お前は我らのことをなにも知らぬ』

 か、亀が喋った……話せる魔物だなんて、やっぱりこの子たちは普通の魔物じゃないんだ。でも、そんなことはどうでもいい。私はただこの街の全員と仲良くなりたいだけ。

「それなら、教えてくれませんか? 私は夢幻人のコチです。この世界でいろんな人と知り合っていろんなことがしたいだけの、ただの〔見習い〕です。あなたは?」
『我は……』

 亀は顔を少しだけ顔を上げ、目を見開く。すると、どうしたことか手の平サイズのミドリガメ風だった亀は水流を纏いつつ、そのサイズをみるみると大きくしていく。普通のクサガメサイズからリクガメサイズに、そしてあっという間にそれさえも越え大型の肉食獣なみの大きさになった。目は鋭く、口は大きく裂けて牙を剥き出し、甲羅も刺々しく凶悪な形態になっている。
 
『我は|蒼輝≪そうき≫。あらゆる海を滅ぼす「海滅」と呼ばれし大悪亀』

 その突然の変化に圧倒されていると、隣にいた子猫や小鳥、子犬の姿も変化していく。
 子猫は闇を纏いつつ巨大化し、五つに分かれた尾をゆらゆらと揺らす。緑色に光る鋭い目、そして赤い口腔から覗く鋭い牙は私など簡単に噛み千切るだろう。

『わたしは|朧月≪おぼろ≫。あらゆる国を滅ぼす「国滅」と呼ばれし大妖猫』

 子犬は雷光を纏いつつやはり巨大化し、巨大な爪と牙、しなやかな筋肉に覆われた巨躯となる。その姿はもはや犬ではなくまさしく誇り高き狼。

『俺は|雷覇≪らいは≫。あらゆる陸を滅ぼす「陸滅」と呼ばれし大魔狼』

 そして小鳥は炎を纏いつつ巨大化し、不死鳥のように火の粉舞う赤く大きな翼を広げた。鉄をも貫きそうな鋭い嘴と、象をも握り潰しそうな鉤爪は好戦的な威圧を放っている。

『私は|紅蓮≪ぐれん≫。あらゆる空を滅ぼす「空滅」と呼ばれし大怪鳥』

 小さな山ほどの凶悪な姿の四体の魔物がおどろおどろしい雰囲気を纏いながら私を囲んで見下ろしている。普通なら恐怖に慄いて腰を抜かしてもおかしくない状況だろう。

『我らは世界を滅ぼす災厄の獣。四災にして死災。このリイドの街にて永遠に封じられることを定められた四災獣なり。お前は死の厄災を運ぶ我らが力を望むのか』

 重苦しい声で蒼輝が私へと問いかけてくる。なるほど、本当に彼らに二つ名のような世界を滅ぼすほどの力があれば、私自身の力がゴミでも一気にトッププレイヤーとして名を馳せることもできるだろう。だけど……

「そんな物騒な力はいりません。私にはただ自分と仲間を守れるだけの力があればいいんです。あなたたちにお願いしたいのは、私が自分の力だけでどうにもならなくなった時に、ほんの少しだけお手伝いしてほしいということと……私の癒しとしてモフモフしたりなでなでしたりスリスリさせてくれることだけです」
『お前…………この状況が少しも怖くはないのか? 我らがほんの少し気まぐれに力を向ければお前は死ぬのだぞ』

 蒼輝が大きな目をぱちくりとしながら再度問いかけてくる。でも、先に結論だけを言えば勿論怖くなんてない、なぜなら。

「怖くなんてありませんよ。だってリイドで出会ったあなたたちは皆いい子たちだったじゃないですか。のんびりと水路を泳ぎ、魔力だまりでまどろみ、楽しそうに模擬戦を見学し、撫でられながら午睡を楽しむ。そんなあなたたちから私は、一欠けらの悪意すら感じることはありませんでした。過去になにがあったのかは知りませんが、私が出会ったのは今のあなたたちです。いまさら少し姿形が変わったところで、格好いいとは思いますが、態度を変えることなんてありませんよ」
『……』

 蒼輝はどこか嬉しそうに目を閉じると、朧月に向かって小さく首を振った。それを受けた朧月が尻尾を振ると、私を囲んでいた四体の巨躯が一瞬で消え去った。はっとして周囲を見回せばそこは神殿の中……

「え? まさか幻だった?」

 そりゃそうか、神殿の中であんなに大きくなれるはずがない。結局、三匹と一羽は最初の場所からまったく動いていない。朧月に完全に化かされたってことか。

『……いいだろう、お前には多少の恩もある。契約してやろう』
<蒼輝と契約を結びました。以後【召喚魔法】で召喚と送還が可能になります>
「え、本当に! ありがとう蒼輝、これからよろしく」

 恩というのは杭に挟まっていたのを助けたことだろうか? 本体があの姿だとするならいつでも脱出できたような気がするから、別に恩に感じなくてもいいと思うんだけど。

『わたしもいいわよ、この街も飽きてきたし……それにキミはあのとんがり女に関わるなって言われていたのに、外でわたしを見つけるといつも優しく撫でてくれたしね。これって、あのとんがり女よりわたしを選んだってことでしょ? わたしって罪な女だわ』
<朧月と契約を結びました。以後【召喚魔法】で召喚と送還が可能になります>
「あぁ! それは内緒だよって言ったのに!」
「うふふふ……とんがり女ってわたくしのことよね、コチ。わたくしとの訓練も楽しみにしておきなさい」

 うあ、ちゃんと撫でるときにエステルさんには内緒にしておいてねって毎回言い聞かせてたのに。恨みがましく朧月をみると可愛らしく舌を出しているので、どうやらわざとらしい。この、小悪魔め!

『ぼくもいいよ。この人、撫で方うまいし昼寝するとき気持ちいいんだよね。それに作ってくれた枕とかもいい感じだったし』
<雷覇と契約を結びました。以後【召喚魔法】で召喚と送還が可能になります>
「ありがとう、雷覇。外に出られるようになったらいい素材を集めて、もっと気持ちいい枕を開発するよ」

 雷覇はどうやら寝るのが好きみたいで、出会ったときに撫でているといつも気持ちよさそうに寝てしまう。だから【裁縫】を教えてもらったあとに、たくさん余っているグラスラビットの毛皮(白)で練習がわりに作った枕をプレゼントしたんだよね。気に入ってもらえていたみたいでよかった。

『ふふん、わちしは戦いが好きなの。あなたがこの街を出ていろんな戦いを経験させてくれるなら付き合ってあげるわ』
<紅蓮と契約を結びました。以後【召喚魔法】で召喚と送還が可能になります>
「わかった、ボス戦なんかには必ず呼ぶようにする。そのときはよろしく」

 どうやら紅蓮は戦いが好きだったから私とアルの模擬戦を飽きもせず眺めていたらしい。この街の中では力も使えず戦う相手もいなかったので、鬱屈していたのかも知れない。

 こうして私は頼もしくも癒される新しい仲間を作ることができた。

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