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 ドックン。
 ドックン。
 ドックン。

 心臓の音が鳴り響く。

 緊張、不安、恐怖。

 様々な感情が中年男を襲う。
 しかし、その中年男は強かった。

「ずいぶんやってくれたな」

 漆黒の闇の王ベルゼブブが怒りに満ちた目で中年男を睨む。

「それはこっちのセリフですよ」

 中年男に名前はない、ただのサラリーマン。 
 社畜にすらなれなかったサラリーマン。

「死の覚悟はできているか?」

 ベルゼブブが言った。

「死んだら労災って降りるのかな」

 サラリーマンがため息をつく。

「何も残らんさ!
 名前もない男に!」

 ベルゼブブがそういってサラリーマンに向かって拳をぶつける。

「えっと、こういう時はなんていうんだっけ?」

 サラリーマンが小さく笑う。

「効いていないだと?」

 ベルゼブブが、小さく笑う。

「まぁ、いい……
 我の羽衣を脱ぐ時が来たか!」

 ベルゼブブが漆黒の闇を脱ぎ捨てる。
 するとおぞましい魔力があたりを包み込む。
 それは、まるで空気さえも恐怖しているように震えていた。
 しかし、サラリーマンは動じない。

「おっさんなんでね。
 いろいろ鈍感でごめんね」

 サラリーマンがベルゼブブの視界から姿を消す。
 そして、ベルゼブブの兜が壊れる。

「ぐ?なにをした?」

 ベルゼブブには何が起きているかわからない。

「でこぴんだよ」

「でこぴんとはなんだ?」

「これだよ」

 サラリーマンが、ベルゼブブに向かってでこぴんをした。
 ベルゼブブの身体が大きく下がる。

「ほう、なかなかやるではないか」

「なんだ……
 思ったより弱いんだね」

 サラリーマンがそういうとベルゼブブの額から血が流れる。

「弱い?我がか?我が弱いのか?」

 ベルゼブブが小さく笑う。

「だって君、偽物だろう?」

「偽物だと?」

 セロがひょっこりと現れる。

「びっくりしたぁ」

 サラリーマンが驚く。

「おじさん、ベルゼブブが偽物だってどういうことだい?」

「僕さ、本物のベルゼブブさんに会ったんだ」

「え?」

「じゃさ、人はもう数千年は殺してないっていうんだ」

「信じたの?」

 セロが驚く。

「うん、おじさんはサラリーマンだからさ。
 一緒に酒を飲めば、その人となりがわかるんだ」

「そうなんだ?」

「もうベルゼブブさんは気さくでいい人、いやいい魔王だったよ。
 んでさ、仲良くなった証に力を貰ったんだ」

「力……?」

「そう魔王の力を借りてさ。
 敵を倒すんだ、魔神契約っていってさ。
 難しいことはわかんないけど。
 魔王を傷つけることが出来るらしいよ」

 サラリーマンがそういうと拳を構える。

「我は偽物……?どういうことだ?」

 ベルゼブブは混乱している。

「暗パンチ」

 サラリーマンがベルゼブブに拳をぶつける。
 ベルゼブブの身体がボロボロになる。

「そうか、そういうことか。
 騙したな!フィサフィー!」

 ベルゼブブは、そういうと姿を消した。

「んー、イマイチ状況がつかめないけど。
 ベルゼブブが逃げたよ?」

 セロがそういうとサラリーマンがいう。

「そうだね、でもおじさん、腰が痛くて動けないや」

「そんなに強いのに?
 ってか、おじさん、見ない顔だけどどこに所属しているヒーローなの?」

「おじさんは、ヒーローじゃないよ。
 おじさんは、おじさん。
 ただのおやぢさ、ただのサラリーマンだよ」

「え?サラリーマン?」

「はは、おじさん緊張して疲れた。
 でも、あんな奴に妻も子も殺されたんだね」

 サラリーマンは、その場に腰を下ろした。

「……そうですか」

 セロは、なんとなく触れてはいけないものだと感じた。

「君はヒーローかい?」

「いえ、僕はヒーローじゃありません」

 セロの中の複雑な気持ちで溢れる。

「そっか」

「セロと言います。
 また会ったとき色々教えてください」

「ああ、美味しいものでも食べようね」

「はい」

 セロは小さく笑うとその場をあとにした。

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