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独立した世界10

 その笑みを見ながら、先輩もそれなりに親交があるのだと理解する。しかしまぁ、それも当たり前の話か。先輩は製作者が最初に造った機体で、もう長年一緒に居るという。それでいて製作者は先輩に惚れているらしく、先輩を伴侶と呼んでいるうえに、先輩と話す時はたまに人が変わり駄目になる。
 まあそれは措いといて、長い間一緒に居るのだから、製作者の友達と親交があってもおかしくはないだろう。二人はよく一緒に居るのだから。
 それにしても、そんな人間嫌いな製作者に人間の友達が居るのには驚いた。一体どんな人間なのだろうか? 先輩に訊いてみることにする

「どのような人間なのでしょうか?」
「そうね・・・とても面白い方よ。どことなくセフィラさんに似ているわね」
「製作者にですか?」
「ええ。人間を嫌い、騒がしさを嫌い、面倒を嫌う。それでいて熱中することにはとことん熱中する。そんなセフィラさんに似ていますね。ただ、あの方にはそれに加えて優しさがありますが」
「優しさ、ですか?」

 自分の製作者に散々な言いようだとは思ったものの、事実なのでその事には触れない。

「ええ。困ったような顔を浮かべながらも、頼めばちゃんと付き合ってくれるんですよ」
「なるほど。製作者は、何を言っても基本的に興味のない事は拒否されますからね」
「ええ。セフィラさんは、やることはやってるから文句を言われる筋合いはないという方ですから」
「そうですね」

 製作者は興味が無いことには本当に興味を示さない。それでも最低限するべきことはこなしているので、文句も言いにくい。
 興味を惹くのは大体が機械関係なのだが、集中すると寝食さえ忘れるので、お世話するのも大変なのだ。大体は先輩がやっているが。

「とにかく、とてもいい方ですよ。それでいて面白い方です」

 そう言って柔らかく笑う先輩。先輩も相当にその人間を気に入っているようだ。

「何を話している?」

 足を止めたまま話し込んでいると、製作者が近づいてきて怪訝な表情を見せる。

「オーガストさんの事についてですよ」
「彼の?」
「はい。セフィラさんの唯一のお友達ですから、驚いたようで」
「別に他に友達は必要ないからね」
「そうですか」

 製作者の言葉に、先輩は小さく笑う。

「そんなことよりも、先に進むよ」
「はい」
「畏まりました」

 そう言って先に進む製作者の後を、私達はついて行く。

「それにしても、ここは人が多いな」

 鬱陶しそうに周囲に目を向ける製作者だが、確かにここは人が多い。といっても、私は北側の平原に少し行った事があるだけなのですが。そこに比べれば、人も敵の数も段違いに多い。

「魔物が活性化していた影響のようです。それも最近はすっかり落ち着いてきたらしいので、直に人の数も減ると思いますよ」
「・・・面倒な」
「そう言わずに。その分安全ということですから」
「討伐数が稼げないと困るんだが」
「時間はたっぷりありますよ」
「ふぅ。やはり面倒だな」

 先輩が製作者を宥めると、製作者は不承不承といった感じながらも、文句を言うのをやめる。

「今日も野営ですか?」
「ああ。砦は邪魔が入るかもしれないからね」

 東側の平原から野営を行うようになるが、製作者は平原に出た時は毎回砦に泊まらずに野宿をしている。というのも、製作者は休む時は機械弄りをしているので、邪魔が入るのを好まないから。それに現在作業している物は熱を使うので、若干だが煙が出てしまうというのも問題であった。
 そういった事情から、製作者は砦に泊まらないと判断していた。勿論野外では襲撃があるし、周囲に別の者達が発する戦闘音があったりするのだが、その辺りは気にしていないらしい。襲撃は睡眠が不要な私達が警戒すれば問題ない。

「そろそろ敵が少ないところへ移動しておくかな」
「はい」

 敵が少ない場所といえば、砦近くか大結界近くか門近くだろう。現在の場所から考えれば砦近くになる。時刻的にも、夕方になるにはもう少し時間が掛かるので、移動する時間は十分に在るだろう。
 私達は先に進みだした製作者の後に続いて近くの砦方向に移動する。砦近くとはいえ、砦に近づきすぎると人間が多いうえに、砦に居る人間に声を掛けられてしまう場合があるので、距離感も考えなければならない。狙い目は、砦から少し離れた西側だろう。そこであれば、砦が押し寄せる魔物の多くを処理してくれる。
 そうして日暮れ前に到着したのは、やはり砦の西側、大結界方面であった。

「この辺りでいいだろう」
「はい。では、野営の準備を致しますね」
「頼んだ」
「はい」

 頷いて野営の準備を始める先輩を、私も手伝う。そんな私達を横目に、製作者は手伝うことなく、直ぐにその場に座り込んで機械弄りを始めてしまう。
 それにしても、どうしても気になってしまう。何故、これほどの技術と知識を持つ製作者が自由に色々と出来るのだろうかと。
 その事を一緒に野営の準備をしている先輩に尋ねると。

「さぁ? 詳しい事は分かりませんが、昔は色々ありました。しかし、ジーニアス魔法学園に入学した辺りからは何も無くなりましたね」

 という答えが返ってきた。ということは、学園が守ってくれているということだろうか? 益々よく分からなくなってきたが、とりあえず大丈夫というのであれば、こちらも安堵できるというモノだった。





「ふむ。これは取り除いておきますが、こちらは放置でいいでしょう」

 真っ暗な世界に、艶やかな女性の声が響く。

「この辺りも今は放置でいいでしょう。成り行きも見守ってみたいですし、あまり干渉し過ぎるのもよろしくない」

 声の主の名はめい。死を支配する存在であると同時に、自身の創造主から役目を受け継いだ存在。その役目は多岐に渡るも、一言で言ってしまえば世界の管理。
 元々世界は別の神によって創られたのだが、それは大本となる世界の枝葉のような位置での創造であった。
 それを、めいの創造主が大本となる世界から切り離して独立させた後、単独で存続可能なようにつくり変えたのが現在の世界。そして、その際に創造主は世界の管理者となったのだ。
 しかし、何事も順調にいくとは限らないようで、その奇跡以上の偉業を成した影響で要らぬものが起動してしまった。それは一つの種。
 いざという時の制御装置を担う、世界が植え付けた身勝手な種。本来は発芽するような事態は絶対に起こり得ないと考えられていたうえでの、念の為の最終装置。それが発芽してしまったのだ。いや、種が反応し始めたのはそれよりも少し前ではあったが、完全に芽吹いてしまったのはそれが決め手であった。
 その種の影響で創造主は封じられてしまう。しかしそれは一時的なモノであったが、その影響は大きなものであった。
 まずは魔族の台頭。
 本来見えざる手によって適度に抑えられていたはずの魔族が急激に活性化され、予定よりも早く世界を飲み込まん勢いで勢力を拡大していくことになる。
 次は技術。
 元々ゆっくりと発展していくはずだったとある技術が、一人の天才が現れた事で一気に発展してしまう。現在は個人での技術で、発展はしても普及まではしていないが、それは世界の情勢を変える可能性を秘めたモノであった。
 他にも小さなモノから大きなモノまで多岐に渡り、世界は短期間で様相を変えてしまう。しかしそれも、比較的早い創造主の復活と共に、世界は再び創造主の管理下に置かれた。
 その管理の役を、現在めいが引き継いでいる。必要な能力も一緒に授けられて。

「ふぅ。管理というのは大変ですね。慣れればもう少し楽になるのでしょうが・・・」

 めいは世界を管理しながらため息を吐く。世界を管理する為に授けられた能力の一つに、神の眼という能力がある。それは文字通り神の視点により、森羅万象を視ることが出来る最高峰の能力。その情報量はすさまじいものの、この眼に見えないモノは存在しない。
 めいはこの神の眼を活用して世界を管理している。しかし厳格に管理している訳ではなく、要所要所を監視しているだけ。基本は自ら創り出した部下を世界中に派遣して監視させていた。

「我が君はこれを平然となさるのですよね」

 創造主とめいでは、同じ能力でも性能に差がある。簡単に言えば、めいの能力は創造主の劣化版。しかしそれは、めいが創造主より能力的に劣っている為であって、世界の眼自体は同程度の性能である。
 それでも世界を管理するには十分な能力ではあるが、めいは他にも死も司っている為に、全てを一人で行おうとすると処理能力的にはギリギリになってしまう。なので、そうせざるを得ないという事情がある。それでもあり得ないほどに優秀なのだが。

「こちらもまた、精進ですね」

 めいはひとつ息を吐き出すと、管理者としての仮面を脱ぎ、死の支配者としての顔を見せる。

「さて、次は間引きをする準備でもしましょうか。数が減ることは管理するうえでも楽ですからね。新たな住民は慣れてから徐々に増やしていく方がいいでしょう」

 今後の予定を口にしながら確かめると、めいは自分の言葉が間違いないと頷く。

「死の世界の管理もありますし、間引く準備も思うように進みませんね」

 めいは世界に生まれてそこまで経ってはいない。それでも相当数の配下を従えては居るのだが、自分の仕事の一部を任せられる程に優秀な配下はまだ多くはなかった。

「側近の増強もしたいですし、やりたいことが多いですね。それでも、我が君の天啓を頂けたのですから、これぐらいであれば問題ないですね」

 その時のことを思い出し、めいはうっとりとした笑い声を小さく上げ、数拍置いた後、早速準備に取り掛かる。
 めいが手を叩くと、奥から暗褐色で爬虫類のような艶めかしい肌を持つ女性が姿を現す。

「御呼びでしょうか? 女王」
「間引きの準備は進んでいますか?」
「はい。もうすぐ完了致します」
「そう。・・・そういえば、シスをそれに入れたいと言っていましたね?」
「はい。本人も暴れたいようでして」
「ふむ・・・そうね。それは貴方の判断に任せましょう。戦力的にはもう十分でしょうからね」
「畏まりました」
「では、任せます」

 めいの言葉に、女性は恭しく礼をする。

「色々仕掛けも施したいですが・・・まぁ、今は無難に済ませましょうか。工夫は段階的に施していけばいいですし」

 めいは楽しそうに思案していくも、途中で我に返り女性へと目を向ける。

「ああ、用事はそれだけですので、貴方も行っていいですよ。残りの準備も終わらせるように」
「畏まりました」

 めいの言葉に女性は恭しく頭を下げると、奥へと消えていった。

「さて、旧時代の無意味な抵抗が今から楽しみですね」





 休日にクリスタロスさんのところへ行くようになって、どれだけの歳月が過ぎただろうか。
 いつものように転移して直ぐに優しげな笑みと声で出迎えられると、そのまま場所を移してお茶を片手に雑談に花を咲かせる。
 近況報告を終えた後は、訓練所を借りて研究に勤しむ。そんな休日がずっと続いているが、それは精神衛生上とても大切な時間であった。それに、退屈な見回りや討伐の最中は研究について考えながら従事するので、退屈が紛れて丁度いいのだ。
 そんなことを考えながら休日を過ごした翌日。
 今日から憂鬱な見回りだ。そう思いつつ南門前に集合する。しかしそこで、落とし子達を発見した。といっても、一緒の集合場所に居た訳ではなく、ちょうど南門を潜って平原に出ていくところだったが。

「・・・ふむ?」

 目撃したのは偶然ではあったが、そのまま様子を観察した感じ、雰囲気というか、何か以前見た時と違って見えた。何というか、以前は余裕があるような感じだったのが、今では緊張している感じとでも言えばいいのか。
 とはいえ、やはり以前視た時よりも成長していて、今では境界近くの詰め所に居るような兵士より若干強いぐらいになっていた。
 なので、少し疑問を抱く。それだけ強くなっているならば、平原に出る敵性生物など苦戦しないだろう。ならば、先程感じた緊張したような雰囲気は何だったのだろうか? 久しぶりの平原で緊張しているとか? まさかね。
 そんなことを考えながら時が来るのを待っていると、程なくして全員が揃ったので、見回りが開始された。
 西側への見回りを開始して少し、どうやらこちら側に落とし子達は移動していたようで、防壁上から遠くに落とし子達が視認できる。
 強くなったというのに大結界近くなのだなと思うも、久しぶりだから慣れるためだろうかとも考える。何せ、視界に映る落とし子達の動きがあまりにも拙いのだから。

「うーん・・・」

 落とし子達は宮殿の方に帰っていたとプラタから聞いたが、そこでは訓練はしていなかったのだろうか? それとも体調が悪いとか・・・? 先程平原に出たばかりなのだから、そんな訳ないな。体調が悪いなら休むだろうし。
 では、あの時見た様子から考えるに、恐怖しているということになるのだろうか? でも、急にどうして?
 勝手な仮説ではあるが、疑問に思ったのでプラタに問い掛ける。

『プラタ』
『如何なさいましたか? ご主人様』
『うん。今平原に落とし子達が出ているのは把握している?』
『はい』
『なんか様子がおかしいのだけれど、理由に心当たりはないかな?』
『そうで御座いますね・・・・・・少し前に妨害による魔法で僅かな間でしたが落とし子達が確認出来なくなりました。なので、その辺りが何かしら関係していると考えられます』
『妨害? 何処からか分かる?』
『不明ですが、可能性としましては死の支配者側ではないかと』
『なるほど。ナン大公国側ではなく?』

 落とし子達を呼び寄せた模様の在る研究所は、プラタでは視ることが出来なかった場所だ。その方法は不明だが、それを応用すれば妨害も可能だろう。
 その疑問を察したプラタが、ボクの疑問に答えてくれる。

『はい。あの時とは違う妨害であったというのが一番ではありますが、わざわざ短時間だけ妨害する意味がないというのもあります。それをするのであれば、ずっと妨害している方がいいと愚考いたします』
『なるほど。確かにそうだけれど、何かする為に短時間だけ妨害したということも考えられるよ?』
『はい。確かに妨害があった前後で落とし子達に変化が見られたために何かが在ったのは推察出来ますが、しかしそれはいい変化ではなく、また妨害前に何かしらの準備をしていた様子はありませんでしたので、外的要因の可能性が高いのではと愚察した次第で御座います』
『ふむ。そうだね、その方が納得出来る。そもそも、ナン大公国側が本当に妨害できるのであれば、既に宮殿ぐらいはそうしているだろうし』
『ご主人様は、ナン大公国側は妨害する術を持ち合わせていないと御考えで?』
『そうだね。多分だけれど、あの研究所の妨害は何かしらのモノ、おそらく何かしらの模様にでも組み込まれていたのかもしれない。そして、ナン大公国側はそれに未だに気づいていないのかもと思ってね』
『左様ですか。確かにそれであれば、彼の地以外が無防備なのも納得できます』

 あくまでも可能性の一つではあるが、おそらくそれは正しいのではないだろうか? 根拠はないが確信はある。その模様を用いた魔法を伝えたという人物が紛れ込ませていたのだろう。であれば、その狙いは何だろう? 直ぐに思い至るのは、観察を妨害する事で邪魔を防ぐことだろうか。そうだとしたら、落とし子の世界とこの世界を繋げることが目的なのだろうが、その辺りも不明だな。謎は深まるばかりである。
 それを言えば、そもそも落とし子関係が何も判ってないのだから、どうしようもない。
 各方面謎だらけ。プラタとシトリーが情報収集してくれているが、成果は少し。謎を解明するにはまだまだ時間が必要だろう。ナン大公国周辺はフェンとセルパンも情報収集しているようだが、雑多な情報が多すぎて、今は選別している段階だ。その辺りも時間がかかる要因であった。それにしても、ボクは見事に役に立っていないな。・・・それも今更か。
 世界の眼を使用するのは未だに大変だが、それでも短時間であればなんとかなる。しかし、膨大な情報を制限してなので、完全な形での情報収集は叶わない。それに加えて、世界の眼の使用時には、情報を処理する領域に余裕があまりないので、情報収集を目的とするには向いていなかったりする。
 この辺りは思い立った時に練習したり見直したりしているのだが、ほとんど練習時間が取れていないので、まだまだ足りていない。そのせいで未だに役立たずのままなので、悔しいものだ。
 そうしてプラタと話をしながらも、落とし子達に眼を向け続けて観察を行う。
 相変わらず及び腰というか、攻め手に欠けるというか、観察した限り遠距離攻撃に固執している部分があるように見受けられる。
 その姿は、まるで傷つくのを恐れている様に思えた。やはり緊張しているのかな? 動きも硬い。
 それでも相手の数が少なく各個体が弱いというのと、落とし子達が十分強くなっているおかげで、見た目だけなら危うさは感じられない。しかし、見る者によってはそれがあまりにもひどい戦闘なのが判ったことだろう。少なくとも、一緒に付いてきている兵士達はそれに気がついたらしく、軽く困惑しているのが判った。戦闘中に互いに顔を見合わせてたからな。
 それにしても、プラタの監視が妨害された間に一体何があったのやら。あれではまるで初めて戦闘したみたいではないか。

「最初の頃はそんなことなかったのにな」

 口の中でそう呟く。
 初めて駐屯地で落とし子達を目撃した時に平原での戦闘風景を確認したが、今より弱かったうえに技量も拙かったはずなのに、積極的に戦っていた。結果として今以上にいい戦いをしていたように思える。
 つまりは初期よりも弱くなっているということだ。遠距離に固執している割には、まだ大半の敵は一撃で倒せるほどではないので、相手の数が増えたら容易に押し切られることだろう。そのまま接近戦に持ち込まれでもしたら、観察した限り直ぐに崩れると予想される。

「ふむ?」

 だからこそ気になる。あの文句を言ってきた高飛車そうな女性も及び腰なのだ。それはまるで心が折れたような・・・もしかして?

『プラタ』
『如何いたしましたか?』
『何かあった時に、落とし子達以外に誰かその場に居た?』
『いえ、確認はできませんでした』
『なるほど。これはボクの推測でしかないけれど、もしかしてあの場に死の支配者側の誰かが居たんじゃない? それで何かした影響で落とし子達の心が折れたんじゃないかと思うんだよ』
『なるほど。それでしたら、あの状態も納得できます』
『まぁ、あくまでも可能性の一つだけれど・・・仮にそうだとして、どうやって心を折ったか、なんだよね』

 可能性としては、その圧倒的な存在感で、だろうか? 言葉で心を折るのは難しそうだしな。第一、もしもそれを行ったのだとしたら、死の支配者は落とし子達のことをかなり詳しく知っている事になるのではないだろうか。

『魔法でしょうか? 幻覚を見せるなどすれば不可能ではないと愚考いたしますが』
『まぁ、それは確かに』

 五感を惑わせる魔法を用いれば、短時間で相手を壊すのも不可能ではないだろう。強力な魔法であれば尚更簡単だ。

『ともかく、妨害した何者かは死の支配者もしくはその関係者の可能性が高い。その間に何かしらして、おそらく落とし子達の心を折った。といっても、完全に折ったという訳ではないようだから、鼻っ柱を折ったという方が正確かもしれないな。ともかく、今回のことは死の支配者側が落とし子達と接触した可能性が高いということだろうね』
『その認識で正しいかと』
『うん。じゃあ、何の為だろうか?』
『・・・不明です。死の支配者が落とし子達を監視しているのは確実ですが、その目的までは定かではありません』
『だよね。どっちも謎ばかりだ』
『はい』

 プラタも色々と苦労しているのだろう。普段通りの抑揚の乏しい声音ながらも、そこには僅かに疲労が垣間見える。珍しいことも在るものだ。
 既に肉眼では捉えることが出来なくなった落とし子達だが、視界にはまだ捉えている。今は休憩しているようだが、時刻は昼前なので、消耗し過ぎだと思う。やはり精神的に来ているのだろうか? 視界内に映る落とし子達の魔力量はそこまで大きく減じてはいないが、弱弱しい印象は受けるな。

『うーん。そういえば、その死の支配者が派遣している落とし子の監視者は今どこに居るか分かる?』
『南側の湿地に居るようです』
『湿地か。何しているの?』
『何も。ほとんど動いておりません』
『そっか』

 まぁ、監視だけなら動く必要は無いからね。死の支配者の手の者であれば、寝食は不要そうだし。

『それと』
『ん?』
『つい最近監視者が一人から二人に増えました』
『え!? 何の為に?』
『不明です。しかし、増えたのは以前砂漠などで暴れていた者のようです』
『あの幽霊?』
『はい』
『そっか。やはり死の支配者の関係者だったのか』
『そのようです』

 かつて異形種をはじめとした、森の外縁部周辺の様々な種族を襲撃して回った存在。それが監視者として派遣されたというが、今のところは大人しくしているという。それはまた不気味なものだ。再度暴れ出さないことを祈るとしよう。
それからもプラタから報告を受けて現状の確認を行ったが、色々と変化があったらしい。しかし、やはり一番の変化は、死の支配者側が落とし子の監視を増員したことだろうか。
 監視している存在は一人でもプラタ以上だという話なので、既に次元が違う相手となる。そんな存在が二人。死の支配者の手駒はどれだけ居るというのか。

『それにしてもまぁ、相変わらず呆れるほどに強力なもので』

 本当に、いくら兄さんが創った存在とはいえ、どうなっているのかね。
 そう思いながらもプラタと会話しながら見回りを行う。その後は何事もなく見回りが終わり、翌日には次の任務である東の見回りが始まる。
 見回って直ぐに、こちらでも落とし子達を見つけた。どうやら南門付近を中心に、大結界近くを東西に行ったり来たりしているようだ。それにしても、数日経っても相変わらずだな。
 西門の見回りの際に見かけた時と同じで、動きに精彩を欠いているが、それでもやはり何とかなっている。能力差というのは偉大だな。
 そんな事を思いながら見回りを行う。視界の中では戦闘している落とし子達。よくよく観察してみると、動きが鈍いながらも、数日前よりは動きがよくなっていた。

「・・・うーん」

 少しは克服したということだろうが、このままで大丈夫なのかな? ナン大公国側もこの弱体化は予想外だったんだろうな。お付きの兵士達は変わらず見守るだけだが、何か言いたそうな雰囲気を醸しているような気がする。
 そのまま暫く視界に収めていたものの、変化もないので視界から追い出した。
 それからは見回りをしながら、頭の中で研究を行う。色々と考えるべきことはあるが、今は研究に集中してもいいだろう。断じて現実逃避という訳ではない。研究の先で新たな自分の力を得られるのだから。

「組み合わせて安定させるのだから・・・今までのやり方ではやはりだめなのか?」

 他の人には聞こえないように小さく呟く。言葉にしながら考えを纏めるのも大事なことだ。
 それにしても、模様というものは魔力に敏感過ぎて扱い辛い。どうにか発動する直前まで魔力に反応させないようにする方法はないものか・・・。
 現在は遮断を中心に考えている。魔力の流れを断つことで強引に反応させない方法だ。しかし、それだけでは上手くいかない。ではどうすればいいか、だが。

「むむむ」

 模様に魔力の反応をさせない。というか、誤魔化せばいいのか? それとも、覆う感じで分けるとか・・・ふむ。後者は遮断と大差ないか。では誤魔化す? ということは、隠蔽・・・欺騙魔法で魔法を覆えばいいのか? しかし、魔法に欺騙魔法が効果あるのかな?
 謎ではあるが、次の休日にでもクリスタロスさんのところに行って試してみよう。流石によく分からないモノを脳内で試すには限度がある。不可能ではないが、情報が不足している分、不完全な結果が出る事になる。
 それでも一応試してみると、予想外に簡単に上手くいくという結果が出た。魔法に対してでも隠蔽魔法は効果を発揮するのか。

「・・・・・・いや、考えれば当然か?」

 模様のことは関係なく、魔法の罠を隠す為に欺騙魔法を用いて隠す方法はあった。つまりは、魔法で魔法は隠せるのは当然のこと。

「・・・・・・ん? いや、違うな。主旨から少し逸れているな」

 今考えているのは、魔法を魔法で隠すことではなく、魔力を魔法で隠せるかということだったな。しかし、それでも脳内実験では成功しているんだよな。情報不足ではあっても、今までの経験や知識からある程度は推測は可能な訳だし。
 つまりは、成功確率はそこそこ高いということだ。あとはクリスタロスさんのところで実際に実験してみるだけだろう。という訳で、これは一旦横に措くことにした。他の方法を考えてもいいが、異世界へ繋ぐ模様の研究もまだ完全には終わっていないので、そちらに移るとするか。
 そのまま思考を切り換えて、異世界と繋ぐ模様の研究を始める。
 そうして色々と考えていると時が経つのも早く、詰め所に寄ったり折り返したりとあっという間に終わって、気づけば南門に到着していた。見回りは退屈だが、こうして別のことに意識を向けていれば存外早く済むものだ。
 次は平原で討伐任務だが、こちらもまた普通にやったら退屈なままだ。なので、別のことを思考して半ば無意識で戦闘をこなす。
 途中で落とし子達が視界に入ってきた。未だに平原に出ていたのか。最初に目にした時よりは大分よくなってきたようだが、それでもまだまだ及び腰のままである。見ていてヒヤリとする場面があるので、視ているだけでも疲れそうだな。
 そう思いつつ監督役の兵士達に少し同情する。しかし、いつまで外に出ているのだろうか? ボク達のようにジーニアス魔法学園からの派遣ではないから期限とか気にせず行動できるのだろうが、それは少々羨ましい。
 まぁ、それはいい。今はそれよりも、自分のことだ。
 現在は規定討伐数の三分の二ほどを達成したが、これは期限を考えれば少々遅い。もう少し狩る速度を上げなければならないが、戦える相手がやや少ない。平原に出ている人が増えたのかもしれない。それに、背後から視線で背中を押すように観察してくる監督役が邪魔くさい。
 研究に没頭する傍らでそんなことを思いながら、どうしようかと考えていく。

しおり