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第1話 現実世界でしょうか

見たことのない草花や動物、空には2つの月。
小高い丘に登って見てみれば、街道を行き来する馬車が見え、その行く先には高い塀で囲まれた石造りの街がある。
魔物が馬車に襲いかかり、護衛の冒険者が剣と魔法で戦っている。

なんと言うことはない、良くあるファンタジーの世界である。
それを眺めている一人の男がいる。
だが彼が目にしている光景はアニメでもゲームのVRの様なものでもない。
紛れもなく現実の世界を実体験しているのである。

「おお。ここもゲームの中みたいな世界だな」

彼は独り呟いて、Gパンのポケットからスマートフォンを取り出し、今見えている光景を写真に撮る。

不意にスマートフォンが真っ白になり見えなくなる。
いや、スマートフォンではなく眼前に白いウインドウが浮かび上がっていた。
ウインドウが示すのは遠く離れた場所に居る仲間からの《念話》の着信通知だった。

『ガクくん。着いたかな?』
『ああ、無事に着いた。結構ファンタジー風な世界だったよ』
『そっかぁ。もうちょっとそこで観光でもする?それともこっちに戻ってくる?ヒメちゃんがさっきから、なんで置いて言ったって大変なんだけど』
『それを聞いて戻りたく無くなったな。少しこの世界を見て回ってくるよ。後は任せた。じゃあ』
『あ!ちょっとガクく』

強制的に念話を切ってしまう。
後で2人から何か言われるだろうが、考えるのが面倒になり、このゲームのような世界を楽しもうと現実逃避する。
いや、これも現実の世界だ。たがら現実逃避じゃ無いな、と半ば強引な言い訳にもならない事を考えつつ、目の前に広がるファンタジーな世界に飛び込んで行った。



時間は数年遡り、高校に入ったばかりの春。
クラスの皆んなは打ち解けあい、仲の良いグループを形成しつつある頃合いだ。
誰もが独りにならないよう、必死になって誰かとの繋がりを持とうとしている。
そんな中、霞沢 岳(かすみざわ がく)はむしろ誰も関わらないでくれといった雰囲気を出して、独り者になりたがっていた。

ガクは中学の時にトラウマになるレベルで人に裏切られて以来、他人の事を信じられなくなっていた。
所謂人間不信という状態だ。
中一の時に好きだった女子に告白したら、その場面をこっそりと動画に取られてネットに公開されてしまった。その上ガクに告白を促し、動画をネットに載せようと計画もしたのが、小学校からの親友だった。
しかも、その親友はガクが好きだった女子とは恋人同士だったらしく、その女子も全てを知っていた上でその計画に加担していたのだ。
これを知った時、ガクは怒るどころか泣く事も喚く事も無く、ただ事実を受け入れ、どんなに仲が良く見えても人は必ず最後には裏切るものなのだという結論に達した。
だからこれも仕方のない事なのだと。
そう考えて切り離さなければ心が壊れてしまう。
人を信用するというのを切り離す事で何とか自我を維持していた。

今までの友人関係は全て切り捨てて、誰とも話さず、誰とも関わらず、ただ淡々と中学生活を送った。
家でも両親や妹に対しても、表向きは普段通りだが、話す内容全てを疑ぐり、必ず何か裏があると勘ぐり、信じている振りをし続けていた。
そのせいで家族もガクの事は普段は居ないものとして扱っていた。

だが、暗い気持ちがずっと続いていた訳でもない。
あるゲームに出会ってからは、人を信じる信じないという事から解放されて過ごせた。
セグメント・ワールドというそのゲームはパソコンで動かすネットゲームだ。
このゲーム内にはセグメントと呼ばれる世界が幾つも存在し、プレイヤーはどこかの世界の住人になる。
セグメントに統一感は無く、中世ヨーロッパのような世界もあれば、近未来的なサイバーチックな世界もある。
現代風なビル群がそびえる世界もあり、ゲーム内で学校に通っているという酔狂なプレイヤーもいる。

このゲームの目的はそれぞれの世界でまったりと暮らして過ごすだけ、という訳ではない。
このゲーム最大の目的は世界統一である。
地球上で言う所の世界統一という意味では無く、文字通り各世界を1つの世界へと統一して行くというものだ。
あるセグメント間でセグメント戦が開戦すると住人達は相手のセグメントに侵入して占領していく。
占領地を一定期間維持するなどの条件を満たすと相手の世界に吸収されてしまう。
そうやって、他の世界を取り込み、自分達の世界を大きくして行くのがこのゲームのメインテーマになる。

世界レベルが2つ下には攻められないとか、世界レベル5以下は世界間戦争には参加できないとかの制限がある為、小さな世界は攻め込まれる事なく安心して世界レベルを上げる事が出来る。

世界によっては文明が大きく違っているが、それを補う物が各世界には必ず用意されている。
中世ヨーロッパ風の世界なら剣と魔法が発達しているし、魔法が無い世界でもスキルと呼ばれる特殊能力が習得できたり、古代文明の世界なら武器は粗末なものしかないが、神々の力を借りることが出来る、などだ。
現代風世界なら魔法のような不思議な力はない分、近代武器が豊富にある。
流石に戦車や戦闘機のような物は無いが、銃や爆弾が充実している等、どの世界間でもバランスが取れるようになっている。

ガクがこのゲームを始めた時は、丁度例のトラウマ裏切りの直後だった。
と言うよりはそのせいでこのゲームに逃げ込んだと言ってもいいだろう。
何でもよかった。
たまたまこのゲームが面白そうだったというだけだ。

最初にこのゲームを起動した時、どの世界の住人となるかはランダムに決定されてしまう。
ガクに充てがわれた世界は現代風な世界だった。
学校があり、住人は全て学生として始めるという世界だ。
学校生活が嫌でゲームに逃げ込もうとしているのに、此処でも学校に通うなど耐えきれない。
すぐにガクは初期状態で全プレイヤーに配布されている《マイグレーションカード》を使用した。
このカードを使うと別のセグメントに一度だけ移住することが出来る。
移住先はやはりランダムで選ばれる。
移住した先は規模の小さな、人の少ない世界だった。
森に囲まれた村に家が数十件あり、中央に湖があるだけの本当に小さな世界だ。
セグメントの名前は《樅の木(もみのき)》と言う。
湖のほとりに大きな樅の木が一本立っていて、それがこの世界のシンボルになっていた。
何故だかガクはすぐにここが気に入った。
この世界の住人となっているプレイヤーに挨拶をしてまわると皆んな優しく迎い入れてくれた。
この雰囲気も良かったのだが、それ以上にこの世界で得られる特有のスキルがガクの好みに合った。

「これって魔法を作っているんですか?」
「そうだよ。今は《全自動作物収穫魔法》を組んでいるんだ」

そう答えるのは、この世界歴1年半の「ダダ198」だ。
この「ダダ198」と言うのはセグメント・ワールド内でのプレイヤー名だ。
ガクのプレイヤー名はそのまま「ガク」としていた。

「この部分は何をしているんですか?」
「よくぞ聞いてくれた!これは苦労したんだよ!この術式で人参の色を判別していてね。範囲にある人参全ての色がオレンジだったらフラグを立てるんだけど、葉っぱが邪魔でさー。風の魔法で葉っぱを持ち上げた瞬間に計測するようにしてるんだ」

なるほど、と頷くが半分も理解できていない。
だが、何か凄いことをしているのは理解できている。
そして魔法を一から作り上げる事が出来るという事実にワクワクもしていた。
そう、このセグメントでは《魔法設計スキル》と呼ばれるスキルがあり、オリジナルの魔法を作る事ができた。
魔法設計とあるが、実際には魔法だけではなくスキルやアビリティと言った魔力やMPに関係ないものも作れる。

「こんなのは邪道だよ。魔法は術式の美しさを磨くべきだよ。どうだいこの術式の洗練された様式美を見たまえ」
「はあ」

こう言って来るのは「ネクタリンネ」だ。
「ダダ198」と同じく古くからこのセグメントで魔法やスキルを作っている、このゲームでは古参に分類されるプレイヤーだ。

「ネクタの言うことは聞かなくていいよー。術式は綺麗だけど何も生み出さない無駄魔法ばっかり作ってるんだから。穴を掘ってまた埋めるだけとか、ボールをぐるぐる運ぶだけとか、何も生産性が無いのばかりだからね」
「何を言う。あれは見てるだけで癒されるのだよ。こう、幾つものボールが持ち上げられて流されてまた元に戻る。何時間でも見てられるぞ」

魔法を作るにもそれぞれのこだわりがあるらしい。
ガクは自分ならどんな魔法が作りたいだろう、と妄想を膨らませる。

「初めは簡単なのからでいいから自分の趣味にあったものから作るといいよ。既に出来ている術式を真似するのもいいかもねー」

助言を貰いつつ、ガクは何か魔法を作ってみる事にした。
難しい理論はまだ分からないから、古参の誰かが作った術式をそのまま真似てみる。

完成している術式は巻物としてアイテムになっており、村の保管庫に保管されている。
住人なら誰でも見る事が出来、そのままコピーしてもいい事になっている。

魔法やスキルを作る《魔法設計》スキルはこのセグメントに住人登録をした時に習得していた。
保管庫から《ファイヤボール(試し)》と書かれた巻物を取り出して、自分のストレージにコピーする。
コピーした巻物を開くとファイヤボールの術式が表示された。
その術式を見ながら自分の魔法作成ウィンドウに術式を作っていく。
単純に真似して作るだけだから簡単だった。
あっという間に術式が完成して、《ファイヤボール(試し)》と名前を付けると初めての魔法が出来上がった。

「おお、魔法を一から作れた!まだ真似だけど。ちょっと試してみようかな」

試し打ちをしてみると、掌から炎の玉がポンと飛び出した。
想像よりしょぼかった。

「それ練習用のだから威力が1/10にしてあるよ。それをいじって威力を上げてみるとかをすれば、術式が理解しやすいかもね」

こういったやり取りをしながら、ガクはこの「魔法を作り上げる」というスキルにのめり込んでいった。
ここで魔法を作っていれば、人を信じるとか信じられないとかは関係なくなる。
あるのは術式だけ。住人との会話も術式の事しか話さないで済む。ここにいる人は皆んな同じ方向しか向いていない。だから、対人関係など気にする必要も無い。
そして、自分の作った魔法を住人に見せるのも楽しかった。
皆んなが思いもつかない手順や仕掛けを思い付き、驚かれて褒められる事も嬉しかった。
そうして、このセグメントでもトップクラスの《魔法設計士》となっていた。


ある日、インターネットでセグメント・ワールドの《魔法設計』について調べていたら、興味深い書き込みを見つけた。
《魔法設計》スキルのあるセグメント自体が希少で関連情報も殆ど無いが、その書き込みをした人物は《魔法設計》に関してかなり詳しいようだった。

その書き込みには、半分冗談とも取れる内容が書かれていた。

『この術式ならリアルに繋がるかもしれない』

その書き込みの下には一つの長い術式が書かれていた。
複雑で見たこともない組み方や知らないモジュールもあった。
長い術式だった為、何度かに分けて書き込まれていた。
それをコピーしてメモ帳で繋げて全体を見てみると、成る程、確かに書いてある事は現実の世界とデータをリンクするような内容に見える。
ただそれは、術式のある部分に「現実の世界との接続」という意味のモジュールがあったり、「現実の世界の係数」と言う意味で定数が書かれているだけで、本当にこれで現実の世界と何かが繋がるかと言われても、疑わしい事この上ない。
だが、書かれている内容を信じるのであれば、面白い事になりそうではある。

(現実では人を全く信じられないっていうのに、顔も知らない誰かの書き込みなら信じられるっていうのかね)

ガクは何故かこの書き込みは疑う事なく、すんなりと信じ切ってしまっていた。

すぐにこの術式を写して自分の術式として組んでいった。
複雑な術式を組んでいくうちに、何箇所か違和感のある部分を見つける。

(これだと上手く式が繋がらないな。途中で切れてしまっているよ)

変えてしまって動くのだろうか、何か意味があってワザとこうしているのではないだろうか。そう考えるが、直感がここは変えるべきだと言っている。
数時間掛けてようやく全ての術式を組み上げられた。
何か術式に美しさも感じ取れる。
これがネクタリンネさんの言っていた事か、と感心しつつ組み上げた術式を起動してみる。

何も起きない。

(あれー?やっぱり変えたところがマズかったかな)

ログを見てみると、術式自体は全て正常に起動してエラーもなく終了していた。
想定ではパソコンの情報やIPアドレスなどから接続している地域を割り出して、何か現実の場所に近い情報を画面に表示するようなものだと思っていた。
例えばこの地方の特産品がアイテムとして出てくるとか、下手をするとパソコンに付いているWEBカメラで写真を撮られてキャラクターとして顔写真が取り込まれるという事すら考えていた。

だがゲーム画面には何も変化は無いようだ。
ステータス画面を開くとプレイヤー名の下にある、ステータス欄に「リアルリンク」とだけ表示されていた。
これが変化といえば変化だった。
現実世界のガク自身も何も変わった事は無かった。
もしかしたら画面からキャラクターが飛び出てくるかとも思ったが、そんなアニメのような事は起きるわけ無いか、とこれ以上はこの術式の事は諦めて、別の魔法作成に気持ちを切り替えてしまった。

その後もこの術式の事は気にも止めず、すっかりと忘れ去ってしまっていた。


数日後の授業中、ガクは数学の時間に問題を当てられてしまう。
この日はあまり授業の中身を聞いておらず、術式の事ばかり考えたいたので、解き方がよく分からない。
ここで友達とかがいるなら、こっそりと教えてくれるものなのだが、生憎ガクには友達がいない。
自分から繋がりを持とうとしていないせいでもあるのだが、最近では周りからは根暗なオタクとして認知されてきているため、周りからも寄ってきてはくれない。

そんな幾つもの理由でガクには今のこの状況を打開する助け舟は何処からも出してくれない。

「おーい。霞沢、早く前に出て来い」

先生に促される。
仕方なくガクは黒板の前にまで来てチョークを握る。

「あ、えーと」
「なんだこの問題はさっき先生が説明したばかりじゃ無いか」
「う、うえっ?」

変な声が出てしまう。
問題が解けない事でも先生に怒られた事でも無い。
黒板に白い板がめり込んでいたからだ。

(何だこれ?こんなのさっきあったっけ?)

「んー?どうしたー?分からないか?」

先生には見えていないらしく、この板についての反応はない。
板を覗こうとして少し屈むと、板は黒板の向こうに入ってしまった。
動いた事に驚いてガクは一歩後ずさるが、今度はそれに合わせるように板も再び飛び出してくる。
いや、合わせるどころかガクの身体にぴったりとくっ付いて動いていた。
ゆっくりともう一歩退がると板の全体像が見えてきた。
それはいわゆるステータスウィンドウだった。

(あー。ゲームをやり過ぎると現実とゲームの区別が付かなくなるってこの事かー)

的外れな事を考えていると、先生が少し心配そうになって話しかけてくる。

「あぁ、その何だ。そんなに強く言ったつもりではないからな。次からはよく聞いておくように。もう戻っていいぞ」

最近ではやれ体罰だ、パワハラだと訴えられるご時世の為、途中から心配になったのであろう、自分の事が。
どうせ答えられなかったので都合が良いと、ガクはそそくさと自席に戻っていく。
だが、このステータスウィンドウも当然ながら付いてくる。

(邪魔だ…)

透過率が0になっているらしくウィンドウの後ろが全く見えず歩きづらい。
途中で机の脚に躓いて転んでしまった。

「おいおいー、そんな事マジでやっちゃうかー?」
「俺じゃねえよ。てかお前だろ?」
「ひどい、わたしじゃないって!そんな事しないし」

(ああ、すみません、僕が勝手に転んだだけです)

普通なら転ぶ筈もない為、誰かが足を掛けたのだと周りは騒いでいた。
結局誰がやったのかはどうでもよく、ただ騒ぎたかっただけなのだが。

ガクはと言うとそれどころではなかった。
席に着いてもステータスウィンドウは消えず、丁度机に被さるように表示されている為、教科書もノートも全く見えない。

(これどうするんだよ。これがリアルリンクって事かよ)

その後は授業など全く聞かず、ガクはひたすらウィンドウの消し方を探して過ごしていた。

後ろの席に戻ったガクが今度は指で何にも無い空間を叩いたり指を振ったりしているのを見て、数学の先生はもう少し今度は優しくしてあげようと考えていた。

しおり