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第74話 ポイズンガールの告白 ラスト・ラブレター

 く、くそ。くそくそ……。

 あいつが黒水晶を回収して、あんなに早く進化していたなんて。カイバラストロロ湯山を瞬殺だと?! 白彩店長の後継者が、早くも居なくなっちゃったじゃないのッ。あたしも、早く進化を遂げないと。まだ自分の中に取り込んだムーンストーンとファイヤークリスタルは、真価を発揮してない。それは自分に原因がある。地上の女王として戴冠式が終わったんだから、アイツと遊んでなんかないで一刻も早く「本」を回収しないといけなかったんだ……。
 真灯蛾サリーは風のように新屋敷から幻想寺へと向かった。幻想寺を襲撃して、そこに眠るものを手に入れるために。城の外は粉砂糖が吹雪いている。時間はある。奴らは、そう簡単に新屋敷(あらやしき)の秘密を解き明かせないはずだ。
「早く、早くしないと」
 ぐずぐずはしていられない。ありすが新屋敷(阿頼耶識)内をさまよっている内に。真の力を地上で発揮できれば、新屋敷の一つや二つ……。

 寺フォーマーズ一帯は、大糖獣カシラによって徹底的に破壊されていた。だが幻想寺自体は……高く積もった瓦礫が、砂の建築物のように崩れつつあり、その砂山の中にポツンと建っていた。それは、元の大きさの幻想寺であった。寺門の寝猿像が、サリーを見据えている。
 真灯蛾サリーはファイヤークリスタルを使って、幻想寺の結界の中へと侵入した。結界の力は、カシラが寺フォーマーズを破壊したお陰で最弱レベルまで弱まっていた。その寺は無人だった。屋内へ入ったサリーは、ファイヤークリスタルを右手に持ってかざし、本のありかを探し回る。ファイヤークリスタルの輝きをセンサーにして、和ダンスの一番下の棚をまさぐる。
「あった……あったぞ!」

「戀文<ラブ・クラフト>」

 幸いな事に、ありす達はここでの「本」の捜索には失敗したらしい。ここへ到達できなかったか。もししたとしても、幻想寺の結界を破ることができなかったのか。
「これだ。これで自分の本当の力を取り戻せるぞ……フフフ、ハハハ。記憶さえ取り戻せれば。今に見てろよ古城ありす!」
 女王は長く白い牙をむき出しにして笑い、その自費出版の文集をパラパラとめくった。
「これは……」
 数ページも進まないうちにサリーの視線は固まった。
「わ、私の字?」
 手書きの文集は、サリーの書く字と酷似している。自分で書いたものなのか? 覚えていない。だが、地上に出てこの本を秘匿して持っていた幻想寺の一味から取り返せば、記憶が甦るはず……サリーはその感覚を地下時代からずっと持ってきたのだ。
 ぱらり。
 文集の冊子から、一枚の写真が落ちる。サリーはそれを細い指で拾い上げた。
「ぬわんだとぉおおお!!」
 サリーは叫んだ。古い白黒の写真に写っていたのは、真灯蛾サリーその人。長い黒髪、正面を向いた釣り目の大きな目。今と寸分たがわぬ顔立ちの年齢の自分と、その隣に立つ軍服姿の、金沢時夫。写真の中で座っているサリーは、和装だった。マンガ『はいからさんが通る』の花村紅緒みたいな服だ。だが今の自分も、恋文セントラルパークで蜂人に急場で作ってもらった赤い着物ドレスを着ている。これは、無造作に選んだはずだった。しかし、もしそうでなかったとしたら。そしてなぜ、写真の中の時夫は軍服を着ているのだ?

 ビュオオオオ……ガタ・ガタガタ。

 幻想寺の窓ガラスが吹雪きで揺れている。およそ五分間、真灯蛾サリーは古い写真を眺めて固まっていた。写真の裏を見ると、昭和十九年と記されている。第二次世界大戦末期の頃だ。自分の横に時夫が立っている。自分の、金沢時夫に対する情熱は、一体何だったのか……。自分は今、一体何歳だ? それから思い出したように「戀文<ラブ・クラフト>」に戻ると、サリーはむさぼる様に文集を読み進めた。
「円香……去田円香?」
 ようやくサリーは著者の名に注視する。全国に何人もいない珍しい苗字だ。それは、去田円香(さるたまどか)と、戦場へ旅立った許婚・金沢達夫の間で交わされた「秘密の手紙」だった。二人は、戦時中、軍の検閲を逃れるため、手紙を入れた茶封筒であるクラフト紙の方に、柄のフリをした暗号文字で手紙を書いた。当初は普通の便箋に文通をしていたらしいが、途中からこの方法を取るようになった。なぜその必要が生じたのかというと、二人の文通の内容は、到底常人には理解できない内容になっていったからである。それが、禁断の恋文、ラブ・クラフト。この文集は、それをちゃんと読める形に円香がしたため直したものらしい。そして、届かなかった膨大な恋文も含まれていた。
 手紙の内容を要約すると、次の通りだった。

ラスト・ラブレター

 去田円香の許婚・金沢達夫は戦争末期に、学徒出陣で召集され、南太平洋諸島へと従軍した。従軍前、お菓子が好きな文学青年だった。その際に、米軍との激しい戦闘となり、飲まず食わずで何週間も洞窟に立てこもり、すさまじい消耗戦を戦った。敵軍に発見された際、達夫は死体と勘違いされて放っておかれたが、死んではいなかった。身動きもとれずに、出血も続いていて、達夫はもしそのままであれば死ぬ運命だった。だがそこへ、奇跡的に薬草取りの現地人が通りかかった。彼はこの激しい戦闘の最中でも、命がけで薬草取りを日課としている華僑の漢方師だった。達夫の部隊とは戦闘前に親交があり、個人的に漢方師は達夫の顔を覚えていた。彼は達夫を援け、自宅へ連れ帰ると、収集した珍しい薬草で治療した。
 九死に一生を得た達夫は、それから戦線に戻ることなく漢方師に師事した。結果的に敵地に囚われたからだが、その時も漢方師がかばってくれた。そして漢方師の「この世を生きる意味」の哲学に共感したのだ。祖国のために、自ら果てるまで敵を一兵でも多く殲滅する……達夫達、日本兵の戦場におけるその死生観を、漢方師は真っ向から対立するような意見をぶつけてきた。激しい論争の末、祖国のために世のために「生きろ」と説得された達夫は、恩義に報いる決意をした。
 数ヵ月後、金沢達夫は漢方師の指示で、中国の奥地に居た。そして遂に黄山で幻のきのこを手に入れた。それは光る茸・「冬人夏茸」だった。その珍しい茸を、達夫は日本の許婚の円香へと送った。祖国で自分を待っている円香に、少しでも寂しさを紛らわせてもらう為だった。
 去田円香は千葉県の有栖市恋文町に疎開していた。少し前、夫が戦場で死んだ事を、軍からの連絡で知っていたが、確たる証拠がある訳でもないらしかった。そして突然、茸が送られてきたのだ。
 円香が後に、公園(恋文セントラルパーク)となる林で、この茸を栽培したところ、みるみる増えていった。それが一万年前のショゴスの成れの果てである事を、この時まだ二人は知らなかった。
 戦争末期となると、恋文町にも防空壕を作ることになった。ところが、すでにその時点で恋文町には、自主的に住人たちによって多数の防空壕が存在していたのだ。恋文町は大戦で一帯が焼け野原になったが、他に類を見ないほどの防空壕の多さで、ほとんど死者が出なかった。そこには、綺羅宮神太郎による予言めいたこの町の伝承があった。人々はそれに従い、事前に防空壕を掘り、空襲から難を逃れた。しかしそれが、とある「意思」による別の目的によるものだったという事を、当時の町の人々は知る由もなかった。当の綺羅宮自身すらも……。その目的とは、地上と地下を結びつけるための、地下の陰謀に他ならない。長く埋まっていた地下への通路を、「彼ら」は防空壕が出来たときに拡張させたのである。
 空襲が激しくなる最中、円香は戦場の達夫への恋文を書き続けていたが、届いているとは思わなかった。あの茸が送られてきたときも、添えられた手紙には最小限の事しか記されておらず、円香はなぜ許婚が中国に居るのかさえも分からなかった。そしてそれっきり、達夫の手紙は途絶えた。それで、達夫は中国で戦死したのだろうと思っていた。
 それでも円香は、達夫が生きている可能性を信じて手紙を書き続け、せっせと林の茸を育てた。それを元に和菓子を作り、自宅を彼の好きなお菓子だらけにして帰りを待っていた。戦地へと赴く前、達夫がくれたオパールの指輪を見つめながら。その想いが、自分の知らぬ間に<真灯蛾サリー>を生む事になる……。

 終戦後、漢方師となって帰国した金沢達夫は、円香の沢山の手紙を持って恋文町に戻ってきた。戦争が終わってから、およそ一年後のことだった。漢方師として世界各地で薬草を採取し、修行を続けていた達夫は、円香に連絡が取れなかった事を詫びた。そこで去田円香は、届いていないと思った達夫への手紙が届いていた事を知った。その後、二人は無事恋文町で式を挙げた。円香が、光る茸を育てている林を気に入って、他所へ行きたくないと言ったからだった。
 金沢達夫は華僑の漢方師から、「科術」についての話を聞いていた。それは故郷日本で、綺羅宮神太郎という人物が創始した、意味論に関する学問体系だった。科術は一部の漢方師の間で知られており、世界各地で学ばれていた。その創始者が、これまた偶然にも恋文町にある幻想寺の住職だったのだ。
 だが帰国以来、達夫は円香とこの町に異変を感じていた。それは円香の、ある種の「強烈な思い残し」というべきものだった。円香自身は、達夫と無事結ばれた。それなのに戦時中の円香の、「達夫に帰ってきてほしい」という思い残しだけが、この町の中で勝手に増殖し始めていたのだ。
 原因を探るべく、達夫は幻想寺で科術について学ぶと同時に、あの茸の正体にたどり着いた。一万年前、南極大陸にて超古代文明を建設した使役生物、ショゴスの成れの果てであるという事を。戦後、公園として区画整理されている林の中で、円香は「冬人夏茸」ことショゴロースを栽培し続け、時に食した。それに加えて、身に着けていたオパールが力を発揮し、そこに意味論を発生させた。
 戦時中の円香の強烈な想い残しは、ショゴロースを触媒として、彼女のパワーストーンであるオパール、和名・蛋白石に乗り移り、そして人格化した。ウィリアム・シェークスピアは云う。この石は宝石の女王だと。思い残しは遂に実体のある存在となり、達夫の妻そっくりの女、真灯蛾サリーを名乗った。
 達夫は幻想寺で学んだ生齧りの科術で、サリーと対決したが、円香が弱っていく一方で、サリーの力は強大となる一方だった。達夫は敗北した。サリーは円香と成り代わり、自分が達夫の妻になるつもりだった。まさにドッペルゲンガーが、本人とすり替わろうとしているかのように。
 達夫は、戦時中の妻の強烈な思い残しのサリーを、消し去ることができなかった。そのころ達夫は、恋文町の地下に、「国」が存在する事を綺羅宮の文献研究によって知った。それは防空壕の拡張によって、地上と繋がっていた。達夫は遂に、サリーをオパールごと井戸の中へ放り込み、地下へと封印した。
 その際、達夫は地下に居た少女を救い出した。それは、綺羅宮の文献の中に記されていた吉原の愛だった。
 話は幕末にさかのぼる。恋文町に里帰りした吉原の愛は、綺羅宮から科術を学び、修得すると、ひと騒動を起こした。その意味論の力を暴走させた愛は、その直後に綺羅宮神太郎によって、井戸から地下深く落とされた。
 その時、綺羅宮はあくまで、一時のつもりで地下へと幽閉したのだが、増大する愛の科術をもてあましたまま、いつしか時が過ぎていった。愛は地下で、蜂人の力を借りて地下帝国の初代人間女王となり、そのまま永いこと過ごした。
 達夫は愛を救い出すと同時にサリーを封印し、二度と地上に出てこさせないために、恋文町に科術漢方薬局「半町半街」を開店した。
 そして今、地上へ出て記憶を失った愛は、一人の少女・古城ありすという名を与えられて、金沢達夫の店で働いている。もっとも、地下で永い間不老となっていた愛は非人間化しており、人間性を回復するまで漢方薬で眠り続け、目覚めたのはごく最近の事だった。だから、ありすは石川ウーの幼馴染なのだ。ウーと出会ったとき、ありすの年齢は幼稚園児にまで戻っていた。ありすの地下での記憶は、非常にぼんやりとしたものしか残っていない。それでも、店でずっと寝ていた最中のかすかな記憶なのか、達夫が好んだ七十年代・八十年代カルチャーに詳しい少女に育った。地上に出た時に、達夫の科術で生まれ変わったともいえるが、愛=ありすは生き通しなのだ。
 その後、達夫と円香は恋文町で幸せな生活を送った。子供が生まれ、その子は成人すると東京へ移り住み、結婚して時夫が生まれた。「戀文<ラブ・クラフト>」には、この顛末まで記されている。円香の祈りは通じて、夫は実は帰ってきていたのだ。ハッピーエンドだ。サリーにとってはバッドエンドだが。

 その後のサリーは地下壕を開発、地下帝国へと到達した。地下で魔学を完成させた。それは科学と魔術の弁証法的止揚の副産物としての、「魔学」の誕生を意味した。綺羅宮神太郎は、日本の近代の夜明けと共に西洋と東洋の学問を統合し、科学と魔術を合わせて科術を作った。だが、その副産物ともいうべき魔学の可能性をも開いてしまったのだ。金沢達夫と円香は、その誕生を目の当たりにしたのだ。魔学とは、科術のダークサイドともいうべき力である。ほとんど、妖術といってもよい。愛が暴走した時点では、それはまだ科術だった。しかし真灯蛾サリーはそうではなかった。彼女は完全なダークサイドの意味論の力、魔学の創始者となったのである。
 サリーは蜂人と共に地下の古城に移り住み、その後も地下帝国を拡張し続けている間に、いつしか自己を忘却した。サリーは和四盆(前名・ショゴロース)で力を得て年を取らなくなった。記憶を更新し続けると、前の記憶が曖昧になる。ゲームなど、新しい記憶を入れて、何度かリフレッシュしているうちに現代人ぽくなっていった。その若さを保つために砂糖(和四盆)が必要だった。と同時に、時々昔の古い記憶が出てきて、古い話をするのだ。
 それは愛(ありす)の物語の繰り返しだった。地下に封印されたサリーは、ショゴロースの力で年を取らなかった。記憶を失ったが、金沢達夫への想いをずっと持ち続け、サリーは地下で自分がリザンテラ(地中に咲く花)であるという自覚を持った。
 図書館に所属されていた「火蜜恋文」のページが破り取られていたのは、江戸時代の綺羅宮と愛の部分と、戦時中に起こった奇妙な出来事の部分だった。著者の金沢達夫は、この部分にかなりのページを割いて執筆した。そこに、店長がサリーを地下に封じ込めたいきさつが書かれていた。そのとき、何があったか。何が起こったか全て書かれている。サリーは忘却しているから安全な部分もある。ありすも読んだことがない禁書だ。無論、幻想寺の「戀文<ラブ・クラフト>」も、ありすは読むことを禁じられている。だから幻想寺を捜索しても、ありすは結界に阻まれた。
 サリーは金沢によって地下へ幽閉されるにあたって、自己を忘却していたが、魔学の力で部分的に地上へ出てこれるようになった。そして自分のアイデンティティを求め、半年前からひそかに図書館に出入りした。
 サリーは図書館に「恋文奇譚・火水鏡」やその原典・「火蜜恋文」を探しに来た。しかしながらその本は、なぜか貸し出し中であったり所蔵データが消えていたりして、毎回手に入らなかった。司書が邪魔しているとサリーは疑った。ゆえにサリーは地上の事をいろいろな本を読んで勉強しながら、真の恋文史を探し続けていた。それらの本には、すべての関係者の秘密(前世の真実)が書かれていた。
 犯人は金沢達夫だった。サリーの暗躍に気づいた金沢達夫店長は、館内閲覧の資料にするよう働きかけ、さらにその後、該当ページを破ってこの町から姿を消した。サリーの覚醒と地上進出を阻止するためだった。しかし自分で書いた本で、図書館に所蔵し、書いた当時はもうそれで全てが終わったと思っていた。だがまさか、地下で強大な魔学者となったサリーの自己探求に利用されることになるとは。しかし、図書館で貸し出し禁止となった「火蜜恋文」は「立体機動集密書庫」に収められ、金沢店長は本を盗むこともできなかったので、やむなくこっそり侵入して該当ページだけ引き裂いた。もし本一冊、丸々書庫から外へ盗み出そうとすれば、恋文図書館の自動制御システムの「立体機動集密書庫」に絡め取られ、ペシャンコにされる運命が待っていたからだ。図書館司書の部外者では、基本「薔薇の名前はウンベルトA子」にしか制御できない。
 円香の書いた「戀文<ラブ・クラフト>」が収められた幻想寺は、それ自体結界が張られて、いかにサリーが復活したとしても入り込むことはできない。そう、「相当なダメージ」でも受けない限り。
 もしサリーがかつての自分の記憶を取り戻すと、後の白井雪絵のような混乱が引き起こることが予想されていた。しかも達夫の事を思い出し、復讐して地上で暴れるかもしれなかった。だがそれも避けられないほどに、真灯蛾サリーの自己探求熱は燃え上がっていた。
 サリーは、時夫と会った時に、彼のおじいさんである金沢達夫と勘違いした。それだけ、時夫は若い頃の達夫にそっくりだった。もっとも、名前までは思い出せなかったらしい。
 ずっと昔の事を忘れていたが、ファイヤークリスタルとムーンストーンを獲得して、さらに「戀文<ラブ・クラフト>」を読んだことで今、完全に記憶を取り戻した。正確には、この文集、「戀文<ラブ・クラフト>」を書いたのは、金沢円香だ。自分ではない……。

「どうやら、思い出したようじゃな!」
 サリーがハッと顔を上げると、目の前に幻想寺の住職が立っていた。
「お前は……一体何者だ?」
 すると若い住職はニヤリとして答えた。
「綺羅宮神太郎」
「な、何だと?!」
「私も無事復活する事ができた。ここは、恋文町のすぐ隣の時空にある、思い残しワールドだからじゃ! 真灯蛾(まとうが)サリーよ、お前の名は、去田円香(さるたまどか)をひっくり返した名だよ。つまりお前は、去田円香のパワーストーンである、オパールだったのだよ!」
「……」
 パワーストーンの実体化。要するにこういう事だ、と綺羅宮のオーバーシャドウである若い僧侶は、次のように説明した。

 去田円香のオパール → 真灯蛾サリー
 綺羅宮神太郎のファイヤークリスタル → キラーミン・カンディーノ
 伊都川みさえのムーンストーン → 白井雪絵(元は、金沢店長の石)
 古城ありすの黒水晶(ブラック・オニキス) → 黒水晶
 
「分かったかな? さぁ、私のパワーストーンである、ファイヤークリスタルを今すぐ返したまえ!」
 僧侶綺羅宮はサリーに向かって、右手を差し出す。
「フン……いやよ。ムーンストーンも手放さない。黒水晶も、私の手中に取り戻してやる! 全て、私のものだからよ!」
 認めるものか。自分が何者かのシャドーでしかない存在だ、などと。サリーは記憶を取り戻して本来のパワーを獲得するはずが、クライシス・オブ・アイデンティティと必死に格闘する事になった。その結論として、サリーの答えは……認めるもんか! である。
「教えてやろう。ファイヤークリスタルは火、ムーンストーンは水を意味する。両者は鏡のような存在だ。お前にその両方を統御する力はない。それが、私が書いた『恋文奇譚・火水鏡』の真意だ」
 それは恋文図書館の書庫に所蔵され、今は古城ありすの手元にあった。
 窓から見える恋文町の空が、オレンジ色のオーロラに輝いていく。夕焼けと違って、オレンジの帯がうねっていた。
「見ろ、窓の外を。夜明け前がもっとも暗いというであろうが。しかし暗かったのはこれまでの事。遂に夜明けが始まったのじゃ。これはお前の魔学の影響ではない! 黙示録の空じゃ。もう遅い……ダークネス・ウィンドウズ・天・アップロードは、始まったんじゃからな!」
 サリーはその瞬間、かつての黒水晶が言った言葉を思い出していた。彼女は「アップロード」がどうしたのこうしたのと言っていた。町の時空全体が壊れ始めている。これがアップロードのシークエンスだというのか。
「キャンセルしてやる!!」
「而今(にこん)! 今回はできんよ。綺羅宮軍団のエンジニアが勢ぞろいして、アップデートに当たっているのだから」
「な、何ですって……意識高い系IT社長じゃないの?」
「喝(かつ)! 違う! 現実から目をそらすな真灯蛾サリー!」
 綺羅宮神太郎はずいっと畳を一歩進んで、サリーに迫った。

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