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第73話 世界最終決糖地 至高の魔学対究極の科術

「金時君を返して!」
 黒ゴスロリ科術師・古城ありすの金髪が、吹雪の中でゆらゆらと揺れている。
「お前、なんでそこまでして彼を? もう関係ないでしょう?」
 まさか、真灯蛾サリー女王はありすが時夫に振られたことを知っているような口ぶりだ。
「大切な仲間だからよ」
「ふっ。仲間? はははのは。ダメよ。地上はもう私のもの。そしてここは、私と時夫さんの新居なんだから」
「久々に地上に出てきたニートのくせに!」
「ニートじゃない! 釣りもしたし、図書館だって行ったわよ! お前も、もう諦めてさっさと私に仕えたら? 黒水晶みたいにサ」
「はぁっ?!」
 ありすは右眉を上げて顔をしかめた。
「わたしたち、人間になりそこねたモノ同士じゃん。出来そこない同士、仲良くしましょ」
「い、一緒にしないで。わたしは出来そこないなんかじゃない」
 できそこないなんかじゃ……。
「どぉーかしらね! お互い巨大な欠点を持つゆえに、科術と魔学っていう比類なき力をマスターしている訳だし。それらを普通のニンゲンが扱えないのは、皆そこまで歪んでないからなのよ。科術だって、歪(いびつ)な力という意味では、魔学と同じようなものよ、古城ありす。だから二人でその力を使って、世界を支配しましょう。普通のニンゲンを支配するために」
 女王は薄ら笑いを浮かべてありすを見下ろしている。女王もありすと同じ事を自覚しているらしい。なるほど、だから自分には科術が使えなかったのか、と時夫はこの瞬間に悟った。歪さが足りなかったのだ。だが、ありすと女王は決定的に違う。
「この町の住人を早く解放しなさい!」
「あら、何でよ。何でそんな事言うの?」
 女王は意外な反応に面食らった、という感じだった。
「あなたに彼らの魂をろう断する権利なんかないからよ。こんな城叩き潰して、私はみんなを解放するわ」
「彼らはあたしのものなのよ。勝手にお前に人質を解放なんかさせない。お前だって蛾だろ? 蝶にあこがれる蛾」
「ウルサイな……」
「でも所詮、蛾は蝶にはなれないのよ。古城ありす」
「蛾も蝶も英語じゃ、同じ『butterfly』だあー!!」
 ありすは叫んだ。けだし至言。
「ありすちゃん、あたしも、時夫を助けるために全力で戦う」
 いきり立つありすを制して、ウーが前に出る。
「……サリー、こっちには科術師が四人……いやさ、三人いるんだからね! 町を変えたって、こんな城いくら造ったって、あんたなんか全然有利じゃないんだから。分かった?」
 ウーの言うとおり、今ありす達は時夫を助けなくてはならなかった。マズルの姿が見えないので、ウーは人数を数え直した。またどこかに行ったらしい。
「……でマズルは?」
 ありすが呟くように訊く。
「またバックレやがった」
 時夫がぼやいた。
「違う、マズルはそんなんじゃない。きっとこの城の秘密を……」
「その通りデース!」
 三人がぶつぶつ呟いていると、レート・ハリーハウゼンは、ビシュッと取り出した黒檀製の麺棒をかざした。
「天が許しても、このパンが許しません!」
 それは麺棒ではなく、超硬質ブロートの短刀だった。
「何人でも掛かってらっしゃい。もし、時夫さんを取り戻したかったら、私と勝負しなさい。ありす、お前は黒水晶を回収して、元の科術師としての力を取り戻し、さぞかしいい気になっているようだけど、私には今、ファイヤークリスタルとムーンストーンがある。それでも勝つ気なら、正々堂々、勝負してここではっきりさせましょう。私とお前、どっちの力が世界の意味論を決定付けるのか」
「いい気になってんのはお前の方じゃないの? いつまでそーやって純粋無垢な蜂人たちを利用してんのよ。地上の環境は彼らには合わない。このままじゃいずれ死んでしまう。魔学の力で、こんな風に環境を変えたところで長続きはしない。お前との勝負に勝ったら、私は彼らを地下に戻してやるわ」
「吹雪いてきたわね。城の中へ入りなさい。白黒つけましょう。究極の科術で掛かってきなさい。至高の魔学レシピでお前との決着、つけてやるッ!」
 サリーは叫んだ。
「何が至高だか。あ、歯垢は取ったほうがいいわよ。虫歯の原因になるから。アンタの自慢の牙が使えなくなっちゃうわよ」
 サリーには牙があった。
「うるさい黙れ!」
 サリーに続いて、ありす一同は城内に足を踏み入れた。外装はなにやら和風の「カリオストロの城」といった風情の堅牢な建物だが、ありす達が通された部屋は、「恋文はわい」の時に床ジョーズと格闘した和室の大宴会場だった。
 入り口には「旨(うま)ing倶楽部」という筆文字が掛かっている。
 畳の縁を踏むと下から床ジョーズが頭を突き上げてくる……はずだったが、先を行くサリーは平気で縁を踏んでいる。あのマナー知らずを狩る謎センサーは沈黙していた。床ジョーズは、すでに大食漢のサリー女王がペロリと食べてしまった事を、ありす達は知らない。
 畳は部屋の入り口の一部だけで、床ジョーズに破壊された宴会場は大分様変わりしていた。中央にリング場が作られており、ライトに照らされている。女王は恋文町の各所にある侵略の拠点で、人攫いと同時に魔学商売で暴利をむさぼり、金にあかせて何でも造ることができたのだ。
「キッチンリングよ」
 「旨(うま)ing倶楽部」というのは、調理とプロレスが一体となった試合場らしかった。女王の人質となった時夫をかけて、魔学と科術のそれぞれの料理で競う対決が始まろうとしていた。
「蘇るがいい。アイアンシェフ!!」
 サリーは牙をむき出して叫んだ。今度はアイアンハンターではない。しかしアイアンシェフだと? まんま「料理の○人」じゃないか、テレビっ子。
「いいえ、正真正銘のデスマッチ、本物の料理のプロレス勝負よ」
 じゃあプロレスみたいに台本があるんだな。
 床リフトではなく、廊下から着物姿の男が普通に歩いて入ってきた。この辺はやや手作り感が。年は六十くらいだが、背が百八十センチほどもある、がっしりとした体格。やや長い銀髪に鋭い眼、それにほうれい線。
 まだこんなヤツが……隠れてやがったのか! 恋文町の不思議現象の首謀者・白彩店長を倒したのに、女王の手持ちのカードは後一体どれだけあるんだ? ありすはがっくりする。
「こっちの料理人を紹介するわ。カイバラストロロ湯山伯爵。元恋文はわい総支配人にして、新屋敷オーナーよ」
 「新屋敷」同様に、和洋折衷の名前……こりゃ、「料理の○人」の元ネタの「美○しんぼ」の方だ。どうりで部屋の名も「旨ing倶楽部」か。
 なるほど確かに、恋文はわいのオーナーはこれまで姿を現さなかった。ありすの無限たこ焼きにゲートルームを封印されて以来、恋文はわいは沈黙した。以来、ありす達は無視していたが、その間にせっせせーのよいよいよいと改装工事を行なっていたようだった。完全にうかつである。
「フッフフフ……伯爵シェフの至高の魔学料理を前にして、感動のあまりむせび泣く以外の運命は、時夫さんには待ち受けてないのよ!」
 じゃあ、サリーはむせび泣いて食べたんだな。(→むせび泣いてない)
「ふん、何を馬鹿な。判定するのが俺なら、俺はありすの作った料理を勝たせるに決まっているじゃないか!」
 やや正気を取り戻した時夫が叫んだ。ありすにとってそれは熱い言葉だったが、ありすは時夫の言葉を、そのまま受け入れる事はしなかった。拿捕されて以来、魔学を仕掛けられているせいで、そのような自由はないはずだ。
「舌は嘘をつけないのだ。金沢時夫よ!」
 湯山が鋭い眼光で時夫を睨みつけている。
「お前は正直にうまい方に軍配を上げる! それこそが『旨ing倶楽部』の掟だ! 古城ありすよ、汝(うぬ)もこの儂との正々堂々とした料理科術で勝利してこそ、本当の勝利となるはずであろうが?!」
「分かってるわよ、そんな事」
 判定を下すのは、時夫本人に他ならなかった。それならありすに有利な判定を下すに決まっているが、ここは女王の新屋敷の敷地内。カイバラストロロ湯山伯爵の「旨ing倶楽部」の中で、味覚に関して嘘は一切つけないという意味論が働いている。つまりは、舌が正直な感想を口にしてしまうという事だ。
「一発の勝敗で決まっても面白くないわネ! そっちが三人なら、コース料理の三番勝負と行きましょう。言っとくけどドローの時は、時夫さんは渡さないわ。三回連続で至高の魔学の勝ちで、お前に徹底的に敗北の味を教えてやる!!」
「望むところよ。ま、究極の科術が勝つに決まってるけど。でもここの食材を使う訳にはいかない。ウーとレートさんは、それぞれの店から食材を運び込むからそのつもりで。いいわネ」
「結構よ。でお前は?」
「アイ・ワズ・ボーン・レディ!よ」
 <生まれたときから準備OK>という意の唐突な英語の定型文で、ありすは即答する。
「アレ・キュイジーヌ!」
 ヒリつく空気の中、真灯蛾サリーは、パプリカみたいな色のキノコをひとかじりした。
 リングの中央には、机と椅子が用意されている。そこに審判こと金沢時夫は居心地悪そうに座った。

一番勝負 A級料理対B級料理

「懐石料理こそ日本料理の頂点! イィヤ、全ての料理の最終到達地点と云っていいだろう。今回ワシは、世界中の名石・奇石をかき集め、この膳の中に一同に会すことに成功した」
 カイバラストロロ湯山が自慢のウンチクを始める。
 ……え?
 時夫が見ると、きれいな椀の中に盛り付けられているのは全て綺麗な石ころ。どの皿にも各色の石がゴロゴロしている。
「怪石料理だ」
「なんだよこれは? こんなものが食えるか!」
「フフフ。そう言わずに、一口食べてみるんだな」
「馬鹿な。いくら俺が料理音痴でも、こんなものが料理な訳がない事ぐらい……」
 周囲の視線の圧に押されて、というより、主に真横に立つカイバラストロロに威圧され、時夫は仕方なく一つ口に入れた。
「ん? ……ん? 何だ、これ?! 石ころにそっくりなチョコか」
 その隣の溶岩にそっくりな砂糖菓子は、珈琲に入れて呑むらしい。つまり懐石料理の一つ一つの石ころは、全てデザートだったのだ。そして温かい。意外! まさかの、前菜でデザートが出てくるとは?! ……「白彩」製じゃないだろうな?(いいやその可能性が高いが)
「さっそく血糖値が上がって身体を温め、お前のぼけた頭が冴えきってきたであろうが?!」
 冷え切っていた時夫だが温かいデザートで、懐が暖まってきた。
「お……おいしゅうございます」
(く、くそ! 正直にうまいと思った感覚が、そのまま言葉に)
 高級デザートとしての怪石料理の完成度、それに冷えた身体を温める城のもてなしに感心する。
「フハハハハ、これが至高のA級魔学料理というものだ、さぁどうする?! 古城ありすよ」
 小柄ながら仁王立ちしたありすは、返答しない。代わりに、いつの間にか姿を消していたウーが、店から岡持ちを持って戻ってきた。
「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃーん! おー待ちィ! 一番勝負の後攻はあたし、石川ウーが担当するわよ。……オイ湯山! あんたなんかギッタギタのメッチャクチャにしてやるわ! 私の料理にかかればこんな勝負、余裕綽々釈由美子ですッ!」
 いや似てねーし。
 ウーが岡持ちから取り出したオムライスには、ケチャップで「企業秘密」とかかれていた。
「薔薇喫茶は、喫茶店。喫茶店といえばオムライス! 卵に代わって~、お仕置きよ?!」
「なぁ君、どこが究極なんだ? これ、ウーの好きなメニューだろ?」
 時夫は一見して普通のオムライスを眺める。至高魔学に対して、ありす側の究極科術がB級グルメとは。この厳しい一戦の行く末が一気に不安になってくる。
「ざ、材料不足なのよ。うち(薔薇喫茶)。卵だってお米だって、ようやく手に入ったんだから。……時夫だって好きでしょ?」
 同意を求めるな。まぁ嫌いではないが特別好きという訳でも……。
「美味しくな~れ、美味しくな~れ、燃え、燃え、バキューン!!」
 ぶっそうだな。そこは、「萌え萌えキューン」じゃないのか?
「……お前はもう、美味しくなっている!」
「……」
「メイドカフェ風オムライスだと? 邪道な! えぇい汚らわしい。この神聖な『旨ing倶楽部』のキッチンリングを愚弄しておるのか!」
 B級が出てきたせいだろう。カイバラストロロ湯山の顔は、いっきに不動明王のような憤怒の相になった。
「食べれば分かるわ。ナメないでよね薔薇喫茶の究極のオムライスを」
 A級対B級の異種格闘技試合か。
「何? まさかその、企業秘密というのは? 中身は何なんだ!」
「中身は烏骨鶏、スッポン、燕の巣、フカヒレだ、コノヤロー!」
 薔薇喫茶の材料不足の食材に激しく偏りが。
「馬鹿な、中身はA級だと?」
 いやそれはともかく、問題は味である。だが時夫はスプーンを口にして安心した。ウーが言ったとおりの食材がご飯に混ぜ込んである。美味い! そして温かい。これなら勝てる。
「あんたってA級じゃなくって『亜級』でしょ? 所詮、擬人のくせにィ」
「ば、バカを言うな。わしの何処が『亜級』だというのだ。ふざけたことを」
 すると、ウーが毒霧を吐いた。
「ぐわっやめろ」
 その苦い汁はカイバラストロロ湯山の苦みばしった顔面に掛かった。ウーはスペシャル・ミストだというが意味不明だ。
「ひ、卑怯な。ナンダコレは……」
「教えてあげない」
 こ、これが企業秘密か?
 さらにウーは有刺鉄線を振り回し、蛍光灯を爆発した。観客の蜂人が「邪道」と叫びながら、リングに向かって大量のキノコを投げつけてくる。
「レフェリー! 判定は?」
 ウーが笑顔で振り向くと、時夫は気絶していた。
「コラーッ、時夫起きろー!!」
 その時、サリー女王がリングに上がってきた。一緒にありすも上がってきて一触即発。
「コラコラ、退場」
「電流爆破なんてただの花火ね。ホホホホ、途中まで勝っていたのにねぇ。そんな反則攻撃で、勝てるとでも?」
 するとウーは火炎瓶に火をつけてリングを燃やそうとしたが、その腕を取ってサリーは言った。
「味はともかく、反則負けよ」
 これにはありすもしらけ顔で認めざるを得なかった。韋駄天マズルは試合中出たり入ったりし、またどっかに雲隠れ。
「シローよ! まだまだ甘い! 甘すぎる。白彩の菓子のように甘いぞ!! これで客人の味覚を満足させるもてなしができたと思うな! 莫迦者が! 顔を洗って出直して来い! フハ……フハ……フハハハ……」
 さりげなく白彩をディスっているこの男……白彩の後継者を狙って、料理で全人類を支配しようとしているのは確実だ?!(何者だよ)
「誰がシローだ」

二番勝負 アルティメット独仏対決

「コレ・キュイジーヌ!」
 ようやく時夫が起きたところで、次の勝負が始まった。さっき味では勝っていたのに、勝手に暴走し始めた石川ウーが反則を取られ自滅した究極科術側。もう一歩も後に引けない状況で立ったのは、料理に関する悪事にはことさら目を光らせるドイツパン職人、レート・闘魂・ハリーハウゼン。
「お先にドウゾ」
 耳にカリフラワー(緑の)をねじ込み、やる気満々だ(ふざけてるともいえる)。毛むくじゃらの腕を組み、初戦をじっと観戦していたが、眉一つ動かさなかった彼には何か秘策があるようだった。三白眼の湯山に対し、四白眼で睨みつける。青い眼の武士道が今日も炸裂するか。胸の漢字は残念な事に「公衆便所」なんだけどね……(脱力させるのが目的か)。奥さんが指摘してあげればいいのだが、あの夫婦はちょっと変だからな。
「その自信が身を滅ぼすだろう、ドイツ人。二番手に貴様が出てくることは予め読めていたわ。ドイツ料理が出てくるなら、こっちはフランス料理で対抗しよう。いいか、欧州においてフランス料理の前ではドイツ料理など田舎料理! A級のAはアルティメットのA! 日本の洋食であるスパゲティ・ナポリタンをフランス流に翻案した皇帝風ナポリタンこと、アルティメット・スパゲティ・ナポリタレオン!!」
 なんと……湯山が選んだのはナポリタンである。日本風なのかイタリア風なのかフランス風なのか分かりにくい料理だが、敵は石川ウーのB級グルメを侮ったことで、あやうく負けそうになった。その反省を踏まえてのことらしい。
「ナポリタン? ナポリタレオン……?」
 時夫は怪訝な顔で皿に盛られたパスタを見つめている。もしや背後に、「お菓子なパン屋さん」の存在が?! 
「オーストラリア産のマッドクラブを直火で焼き、北海道の羅臼産生バフンウニのソースと知床産イクラのスパゲッティ、千葉県産アワビの肝のソースで味と香りを重層的に構築。さらにアワビの切り身と千葉県産イセエビ、青森陸奥湾産ホタテ、広島産河豚の切り身を焼いてソースに絡めている」
 湯山の自慢が、一々五月蝿い(うるさい)。ウンチクをかましながら悦に浸る湯山のドヤ顔、ムカつくわー。
「問題は味だろ」
 とか言つつ、時夫はフォークに具材と一緒にパスタを巻き、口に運んだ。
(う、旨……)
 時夫の舌の味蕾から脳に向かって稲光が走った。見た目、湯山から流れ出るウンチクから恐れていたことが現実に起こっていた。
「この……芳醇な香り、繊細さ、それでいて大胆な味付け。重厚な具材にして、ソースのさっパリした味わい。ダイナミックかつデリケート! う、うま、美味ぁーーいッッ」
 もう何がなんだか訳が分からないくらい、美味しいらしい。
 一方、レートが出した鉄板には、ソーセージ類と共に、盛り沢山のザウアークラウトがジュワジュワいっている。これは意外や意外、コンサバティブなドイツ料理で、敵の魔学料理ナポリタレオンのような一ひねり・二ひねりもない。鉄板だからドイツの「鉄板料理」だというのか? 時夫は心配になってきたが、ピッチピチのソーセージは子供ビールによく合う。それと、シャキシャキのザウアークラウトも……。
「ん? 金時君、なんだか顔色がいいわね」
 ありすが気づいた。その通りであった。
「またソーセージか。マンネリだな。フン、この男は、意味論の料理対決とは何かが少しも分かっていない。伝統的な食材を使えばそれでよいというのなら、ソーセージでなくてもいいだろう」
 湯山は余裕ぶって鼻で笑う。
「ソーセージはメインではない」
「何?」
「メインは、ザウアークラウトだ」
「莫迦な、ザウアークラウトがメイン? そんな事はあり得ん!」
「日本には、『漬物のステーキ』という料理があるのをご存知だろうか。いわばこれは、ザウアークラウトのステーキ」
 そういうと、ハリーハウゼンは烏骨鶏の卵を鉄板の上に落とし、菜ばしでカラカラと一気に具材をまとめた。
「ザウアークラウトとは、『すっぱいキャベツ』を意味する。すなわちドイツを代表する乳酸菌が豊富な発酵食品! 時夫君の血色が良くなったのも、その効果によるもの。ザウアークラウトの素敵なステーキで美肌効果!」
 美味しいだけではなく、時夫の健康にも気を使った点において、レートはさっきの怪石料理への返礼とした。
「さっすが、窮地に立たされた時に強いアルティメット・ファイターね!」
 ありすは感心した。
「しかしこれは、困った。……甲乙付けがたいな」
 それは時夫の舌の偽らざる本音だった。
「勝負はまだまだ、これからだ! 分かっておろうな、パン職人……勝敗は付け合せのパンで決まるという事を」
 湯山はどこまでもやる気である。
「望むところだ。どんなパンでも、貴様の得意なパンで掛かって来い!」
 パンにかけてはレートも譲る事はできない。
 まずはラリアット・パン生地コネ合戦から始まった。ラムチョップ・サンドイッチ作りに進み、レートは湯山を一旦ロープに振り、戻ってきたところでアームホイップクリームサンドを(時夫に)食らわす。対する湯山はヘッドシザーサラダを(時夫に)食らわす。
 ベーコンエピーのあびせ食わせ、クロワッサンのスリーパー食わせ、そしてコーナーによじ登って大技アピールからのカツサンドのドラゴンスクリュー食わせ、フランスパンラリアット、ポークチョップが舌の上で炸裂、ジャーマンポテト・スープレックス食わせ、類似技のチャーハン・スープレックス食わせ、ベーコンエピーのコブラツイスト食わせ。
「ストップストップ、レフェリーストップ!」
 この間、金沢時夫はずっと技をかけられたパンを食わされ続けていた。そして、ひっきりなしに会場に乱入を繰り返すパンたち。一体いつ終わるんだよ?
「も……もう食えん」
 よく考えたらレフェリーが一番大変じゃないか。
「まだ勝負がついてイマセーン!」
「そーだ、こんな所でまた都合よく気絶か? 許さんぞ」
 しかしレートと湯山が時夫に迫ったところで、時夫はロープをくぐってリングを降りた。審判退場で第二試合はノーコンテストに。
「この、大たわけ! 今度という今度は、お前に愛想が尽きた! お前の顔など、二度と見たくない! 帰れ」
 湯山が怒りを爆発させ、自分のコーナーに戻っていく。
「フフフ……ハハハ、一勝一分けなら、次で負けてもドローとなり、延長戦はない。ドローなら時夫さんは渡さない。勝敗は決したわね。でもそれじゃ面白くない。次はあんたね、古城ありす。次であんたが勝ったら時夫さんは返してもいいわよ」
 女王は大爆笑。
「そんな事言っていいのかなー」
 ありすは半眼で見上げている。
「どーせたこ焼きでしょ、ドーゾ。ホホホホ」

三番勝負 殺人フルコース対無限たこ焼き

「ソレ・キュイジーヌ!」
 また女王がキノコをかじった。この仕草にありすはムカついている。
「ガンマン全席!」
 カイバラストロングスタイルを貫く……湯山の最後のメニューは、中華の満漢全席ならぬ、殺人フルコースの登場。ウェスタン・ラリアットを喰らったようなこの劇的な辛味、どことなく、いや完全に西部の辛味だ。具材の数々は、あのヘノヘノガンマンこと、サボテンで作られているのだ。そのHOTな料理が中華テーブルで回転しながら飛び出してくる。食べていると時夫の舌とハートを次々狙い撃ちしてきた。
「フハハハ、発汗作用でお肌すべすべ。最初のメニューが甘さで、最後が辛味。真ん中に主食である炭水化物を挟みこむ! 金沢時夫よ、これが魔学料理におけるバランスというものだ!」
 内心、中からキラーミンがでてきやしないかとヒヤヒヤした。
「四角いジャングルを、丸く治めてやる!」

 たこやきの中にたこやきが!
 そのたこやきの中にたこやきが!
 そのまたたこやきの中にたこやきが!
 ……(くりかえし)

 ありすの科術の呪文と共に、テーブルの上にホカホカのたこ焼きが載っていた。
「金時君。たこ以外も入っている究極のたこ焼きだよ」
「何が入っている?」
「……わ、私との思い出」
「おまえの作った料理を見ると、おまえには人間として決定的な弱点があることがはっきりと分かる。それが何だか、教えてやってもいい! お前の料理には魂がない! 全てが空っぽだ」
「いやそれブーメランだから。ヒトモドキでしょあんた」
 身もふたもない。
「エッ、キレてるんですか?」
「キレてるんですよ! あたしをキレさせたあんたは大したもんですよ! 御大。疲れが見えるわねェ、背中が焼けてるわよ」
 時夫は女王の新屋敷で、カイバラストロに味覚に関して決して嘘をつけない魔学を掛けられていた。さりとて、サリーも同じで魔学の料理で失敗はできない。本当に美味しくなければ、時夫は美味しいといわないからだ。女王は本当に勝利したいのだ。なぜならば、この料理意味論対決には恋の魔法が込められていた。しかしそれは、ありすにとっても同じだった。時夫を何としても取り返さなければならない。それは事実だ。しかし心中を明かせば、それだけではない。ありすは雪絵を失った時、時夫との恋の一筋の光を見た。時夫には申し訳ないのだが、これはチャンスだと思った。その光を目指して科術を駆使し、ただただ奔走してきた。至高の魔学対究極の科術は恋の対決でもあったのだ。
 時夫が実際にありすのたこ焼きを食べて、美味しいといわなければありすはこの勝負に勝てないのだ。
「ありすちゃん……」
 ウーもその事に何となく気づいているらしい。生暖かい目で見守っている。
 時夫の頭には、ありすとの思い出が駆け巡っていた。
 初めて出会ったとき、ありすは風邪を引いていた。以来、めまぐるしく起こる不思議現象の渦に時夫とありすは巻き込まれ、時に敵基地へ、時に地下へ、さらに東西南北を駆け巡って戦ってきた。時夫の傍にはいつも古城ありすが居た。時夫が一人突っ走った時は、必ずありすが助けに来てくれた。だからどんなときでも、時夫は安心していたのだ。どこにでも存在するありすのコンビニ・ヘブンみたいに。そして二人でした映画館デート。それは、わずか十日間ほどの中に凝縮された二人の無限の思い出だった。
「おいしい。ホントに美味しいよ、ありす」
 「二人の思い出」に勝る料理など、この世にあるだろうか。思い出だけではない。世界中の最高級食材がたこ焼きの中に詰まっていた。それは、時夫のアパートの別の部屋から集めてきた、缶詰類だった。
「まだ本気じゃない」
 ガタ、ガタガタガタ。近くで音がしている。これはカイバラストロロの奥歯の音だ。

 たこやきの中にたこやきが!
 HEY!!
 たこやきの中にたこやきが!
 HEY!!
 たこやきの中にたこやきが!
 HEY!!

「フカヒレやらツバメの巣やらフォアグラ、キャビア、松坂牛の霜降り牛肉にまみれて死ね!」
 ありすのさらになる追加の無限たこ焼きが、湯山に向かって放たれていった。
「び……美食を、美食をぉ……! ツバメの巣、ふぐのちり鍋。し、舌平目のムニエル」
 湯山は四つんばいでヨロヨロと這い回っている。超A級美食無限たこ焼きの虜(×中毒)になったカイバラストロロは、自身のコーナーに座りなおすと、真っ白になって逝った。カンカンカンカンカン!
「……また、つまらない擬人を斬ってしまった」
 まるで、もやしでも切るようにたいした力も出さずに、ありすは強敵・湯山に完全勝利した。ありすの背中の、左右の蝶と蛾の羽がサリーにも視えている。黒水晶を回収し、本来の力を取り戻した古城ありすがそこに立っていた。
「誰だおまえ……」
 女王は、ギョッとしている。

しおり