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第70話 リングでグリングリン 迅雷マズル・フラッシュ!

 ノウマク サンマンダ バザラダン カン……

 メカ不動の持った戟から放たれたミサイルは、カシラの長い尾によって跳ね返された。だが、戟ミサイルは自動追尾ミサイルで、再び進路を変えてカシラの肩口にヒットした。カシラが雄たけびを上げて、苦しむ。
 次にメカ不動明王の眉間から、火生三昧ファイヤーが放たれた。何せ十万度の火炎だ。近くに居るだけで、ありす達はめちゃくちゃ熱かった。カシラがひるんだ隙に、今度は三鈷杵の閃光が稲妻を生んだ。ギガトン喝(かつ)である。
「やるわねェ……メカ不動」
「寺フォーマーズの技術の粋を結集した最終仏法兵器です! 白彩の生み出した菓子細工の怪物などに負けるわけにはいきません」
 マズルが少年のように目をキラキラと輝かせ、叫んでいる。よくこういう奴、怪獣映画で居るよな。
「仏像が……ぶつぞう」
 ウーがつぶやくも、雪絵ではないので辺りは寒くならない。
 雷撃を受けて身体が崩れかかったカシラは、おそらく何千トンはあろうかという伽藍を持ち上げ、メカ不動へと投げた。さすが馬鹿力である。
 投げられた伽藍は宝剣と金剛棒のデュエル攻撃に打ち砕かれ、あさっての方向へと落下した。メカ不動の身体は極楽浄土チタニウムである。そう簡単には破壊できない。
 メカ不動は羂索(けんじゃく)を振り回すと、一帯に風速百メートルの強風が吹き荒れた。寺フォーマーズを覆う、カシラのお菓子化の毒気がたちまち吹き飛んでいく。路上で見上げているありすらも同じく飛ばされそうになる。
「きゃああ」
 ありすは踏ん張った。
「イヤだもう、あいつらぁ~! どっちも二人して町を破壊してるじゃないのよッ!」
 ウーが不満を漏らすのも無理はない。正義側と悪者側が町を破壊する。よくあるパターンだ。が、その声さえも両者の衝撃音で掻き消えている。
 メカ不動が回転させる羂索が、青白い光を帯びていく。もしも不動明王の羂索に掛かれば、カシラは完全に身動きが取れなくなる。王手、チェックメイトだ。
 すると大糖獣の姿が突如消え、百メートル西へ出現した。
「テレポートした?!」
 カシラはメカ不動から離れ、周囲の大伽藍を光線で菓子にした挙句に、バキバキと音を立てて食い始めた。ついでに脇を通り過ぎたお菓子のTレックスや、お菓子になった人々を捕食している。
 首を上げたカシラの身体は、虹色の鉱物のように輝いている。
「何だアレ、どーした?」
 時夫がカシラを凝視すると、まるで白い大理石のような質感である。
 メカ不動明王の羂索が、カシラの身体を拘束した。メカ不動は総攻撃を開始した。だがもはや、カシラはメカ不動の憤怒レーザー光や火生三昧ファイヤー、三鈷杵雷撃、さらに戟ミサイルを何発浴びても平気どころか、逆にそれらを反射していった。メカ不動が放った攻撃は、メカ不動へと返り、また幻想寺の伽藍群を破壊していく。
「あらゆる光を反射している! どんな必殺技も無効にし、跳ね返す! 進化したんだわ。きっと、食った建材を自分の装甲にしたのよ」
 ありすは唇をかんだ。
 カシラが食った建材の中に、メカ不動を鋳造した極楽浄土チタニウムも含まれていたらしい。
 カシラは粘着質の「羊羹タール」を噴きつけ、メカ不動明王を足元から固めてしまった。今度は、メカ不動が身動きを取れない状態になっている。
「まずいぞ……」
 マズルが両手に拳を握って、焦っている。
 カシラの口から、タールとは別種の怪光線が放たれた。これまでと全く違った純白のまばゆい輝きだった。
「くっ、この匂いは……」
 お菓子な光線が、格段にパワーアップした事をありすは悟った。
 メカ不動は六本の腕を振り回し、怪光線を跳ね除けようとしている。
「なんだありゃ、メカ不動明王が悶絶しているぞ」
 時夫は何が起こっているのか分からない。
「砂糖の三二五〇倍の甘さを持つ、タウマチンだよ。この匂い。いつの間に内部に取り込んだんだ」
 これはおそらく、最初から体内に貯蔵されていたものだろう。
「どんどん白くなっていく……」
 最中と書いて「もなか」。幻想寺のメカ不動明王像は、強力化したカシラのおかしな光線を浴び、遂に菓子細工と化して倒された。もはやヤツを防ぐものは幻想寺にはいない。寺フォーマーズは敗北した。その怪光線は町を再びお菓子化するのである。

「ダメだったかぁ……メカ不動明王」
「……やっぱり早すぎたんだ」
 マズルが呆然としている。
「さっきは最終仏法兵器とか言ってたくせに」
 時夫もみんなも、マズルだけでなく、メカ不動の強さにはかなり期待していたのだ。一時よいところまで行ったのだ。だが、敗れた。
「僕が何とかします!」
 フィギュアスケーターとしか言いようがない衣装のマズルが、すっと立ち上がった。
「でも王子……本当に勝てるの?」
 ありすは心配を隠せずに言った。めちゃめちゃスリムな青年である。
「はい!」
「何か、ヤツに弱点はないの?」
「まだ分かりません」
 迫るカシラを前に、マズルはラメの入った黒い手袋の右手をすっと上げる。果てサテ、白銀の王子・マズルの科術とは?
「無事、マズルさんと再会できたようですな!」
 そこに、エクスカリカリバーブロートを担いだレート・ハリーハウゼンが駆けつけた。
「ありがとう、レートさん」
「いかに巨大とはいえ、相手は所詮菓子細工。水に濡れると崩れるとか何か弱点があるはず……」
 レートはエクスカリカリバーをカシラへと向けて睨んだ。
「それは残念ながら期待できません。ヤツの光線は、空気を冷却して雨を雪に、つまり綿菓子にできます。やつは恋文町の天候をも司っているのです」
 マズルの説明では、サンダーバードでも勝てないって事だ。
「僕が攻撃して、勝機を探ります。皆さん、チャンスがあったら反撃してください!」
 その黒手袋の手にはいつの間にかマシンガンが握られている。マズルは風のスピードで走り去ると、大糖獣カシラの尾から脚へと、身体を伝ってジャンプして飛び上がり、回転しながらマシンガンをぶっ放した。
「マズルフラーッシュ!」
 マシンガンから放たれる光の事をマズル・フラッシュという。マズル・フラッシュ……つまりこれがウサメンの意味論なのだ。かくて雪絵、ありすに続く第三のマシンガン科術使いが恋文町に登場した。
「これは?! うわわっ、ハバネロのマシンガンだ」
 「匂い大臭集」を読破したありすはマズルの銃撃の不穏な辛気を嗅ぎ取った。
「はい、西部で採取しました」
 やはりマズルも西に行っていたか。
「そうか、辛味で対抗か……って目が痛たたた」
 ハバネロ。辛さの単位は、二五万~四五万スコヴィルという唐辛子。
 次にうさぎビームが連射され、レートのエクスカリカリバーブロートが怪しく青白い光を放って、カシラを斬りつける。
「よーっしゃ、じゃああたしも。黒水晶を回収した本物の科術師のパワーを見せ付けてやるー!!」
 マズルの回転エネルギーに、古城ありすの無限たこ焼きの光弾を乗っけてらせん状にぶっ放す。
「お……俺も」
 金沢時夫は……とりあえず警棒をライトセーバーにレートの援助に廻った。が、すぐさま退却する。目が痛すぎる。少なくとも自分の身を守り、みんなの迷惑にならないようにするだけで必死だ。
 身体の大きいカシラは、自在にピョンピョンと飛び回るウサメン、佐藤マズルの螺旋上マシンガン攻撃に翻弄された。マズルのハイスピードには勝てないらしい。
「あっ、瞬間移動するよ。光ってる」
 ウーが鋭く指摘すると、
「させるかぁー!!」
 マズルは瞬間移動した先を予測したように、韋駄天で先回りしてマシンガンを向けた。
「ゴースト・ペッパー、マズルフラーッシュ!」
 マズルはさらに上位の辛味のブート・ジョロキア、通称「ゴースト・ペッパー」を閃光と共にマシンガンでぶっ放した。
「カシラが悶絶している!」

 その時、怪獣とは違う、ゴゴゴゴ……という轟音が駅の方向から響いてきた。そこに何やらDJ風の声が載っている。
「コンバンワ、ありすさん」
 昼なのにこんばんは。まさかこの人物は……。
「あれは?!」
 全員が振り向く。
「J隊だ。小林店長のトラックだ!」
 科術トラックを先頭に、科術軍隊と化したJ隊は、一斉にカシラに向けて科術弾を撃ち放った。その隊列には、西で見かけたメカメカフォースも加勢している。
「うわっ。なんだこれ、空気がますます辛いぞ……」
 時夫が咳き込む。
「トリニダード・モルガ・スコーピオン。一五〇万スコヴィルです! 赤い悪魔と恐れられている唐辛子です」
 サングラスの小林店長がニカッと笑った。
「やめてよ! 命に関わるじゃない」
 ありすが抗議した。
 J隊は「ダークスター」戦以来、料理科術の研究を重ねに重ねて、ついにカシラを打倒する砲弾を開発したらしい。それがマズルの武器と同様、西の意味論を支配した辛味である。だが……。
「クッソゥ、倒れない。さすが白彩のショゴロースが作った究極生命だけの事はあるわね!」
 ありすやウーの放った光弾の量もかなりのものだった。特にありすは黒水晶を回収し、そのパワーは絶大なもののはずだった。
「そろそろ止めと参りますか!」
 小林店長が右手をパチンと鳴らした。まだ何か奥の手があるのか店長。
 自衛隊の火器から紅蓮の炎、としか言いようがない辛味が放たれてゆく。
「キャロライナ・リーパー。三〇〇万スコヴィル! ちょ、店長! 馬鹿じゃないの? 皆、逃げて……」
 ありすも一時退避するしかなかった。
「マズル・フラーッシュ!」
 佐藤マズルの華麗な回転が、その辛味を拡散させ、カシラへと向けて増幅させる。
「マズルは、辛くないのかしら?」
 ウーも彼氏を心配する。

 ギャオオオーンンン……ンン……。

 カシラが雄たけびを上げて、その動きを停止した。
 ちょうどその時、町内を一周してきたウンベルトA子が、ランニングを終えて戻ってきた。
「あんたも参戦しなさい! この状況にのんきにジョギングしてるつもりじゃないでしょうね?」
 妙なタイミングで現れたものだ。
「アラご苦労様。いいわよ~。ヒーローは最後の瞬間に登場するものだしねェ」
「えっ誰が?」
 ダヨネ~ダヨネ~。A子は身体をクネクネさせ、なぜか余裕ぶっこいていた。
「見せてやりますわよ、バブル絶頂期の力をネ」

「鈴木A人、ザ・ワールド!!」

 A子がパーにした右手を顔の前に、左手を下にして、見事なJOJO立ちをしながら、叫んだ。時が、皆が、町が一瞬で凍りついた。やがて……。
 日差しが眩しい。ありす達はキョロキョロと辺りを見回した。唐突に町の空気がカラッカラになっている。恋文町が一気に青空へと晴れ渡り、地味色だった町の色彩がなぜかビビットカラーに彩られる。見上げればカッキリとした濃い青空。時夫は風にも色が着いている、よーな気がした。ありすはその風に、ミントの香りを感じた。これは、バブル期の鈴木A人のイラストの世界観そのものだ。
「このカリフォルニア感……やめてくんない? 冬なんだけど?」
 カシラすらその景色の一部分と化しているではないか! バブルの力、恐るべし。
「金時君。あんた、顔がわたせせいぞうみたいよ」
「そぉいう君だって」
「どぉ? 山下達郎の『高気圧ガール』が聴こえてくるでしょう。毒を持って毒を制す、よ」
 ……自分で言うな。
「おい、カシラが日差しで縮んでいくぞ」
 時夫が叫んだ。A子はモチロン、カシラすらもバタ臭い怪獣になっていた。そしてそのバターが溶け出している。
「ホントだ、奴の身体の色が元に戻ってる!」
 ありすは無限たこ焼きのポーズを取る。
「今だ!」
 ありとあらゆる辛味、光弾がカシラに向かって放たれていく。
「ここは僕が止めを刺します」
 そういうとマズルは両足を大地に踏みしめ、左足で大地を強く蹴り、全身をバネにして重心を一気に突き出した右肘に集約させていく。
「……八極拳!!」
 ドシン・ン!
 物凄い音が町中に響き渡った。それは、猛スピードの体当たりを肘の一点に集めた攻撃だった。佐藤マズルの右肘はカシラの全身に振動を与える、強烈な一撃となったのだ。
「まさかカレ、八極拳の使い手だったなんて?!」
 伝説の殺人拳法を目の当たりにし、それに皆が続いた。全員の猛攻撃によって、カシラはモロモロと崩れていった。こうして幻想寺の寺フォーマーズの尽力と、マズルやありすらの攻撃によってカシラは倒されたのだ。で、恋文町はA子の意味論の副作用として、結局南カリフォルニア化していた。
 幻想寺は徹底的に破壊されて沈黙した。マズルによると、巨大化した伽藍自体は崩れ去ったが、瓦礫を撤去すればどこかに元の幻想寺があるらしい。
「また、白彩に戻ってこの町の浄化科術をやり直さないと……」
 だが、白彩工場はカシラによって徹底的に破壊されている。そこから地下へ行く事もできなかった。

 一行は小林店のフードトラックに招かれた。全員でカツ丼をほうばる。久々のまともな食事だった。
「まずいわね。いや、カツ丼がじゃなくって。……白彩がこれじゃ、カシラの吐いたお菓子化光線で、地下の連中が出てきてしまう」
 ありすはすでにカツ丼二杯目だ。カウンターで皿を拭いている小林店長も、この町の少しずれた時空に囚われた住人の一人だ。そしてJ隊自体も。
 恋文中央公園は、真ん中の池の水が抜けると地下通路となり、そこから蜂人が這い出してくる。遂に、蜂たちが恋文セントラルパークの噴水から地上へとあふれ出す。さらに女王が地上に出たらもうおしまい。勝てない。
「ねぇ、地下の蜂人たちが一気にマンホールから出てきたらどうする? 収拾つかないよ」
 ウーは食べ終えて、お茶を飲んでいる。
「もしマンホールから出てきたら……ピコピコハンマーで叩いてやる」
「町全体を使った壮大なモグラ叩きか!」
 そんな事ができるのかどうか想像しただけで、この展開は避けたいと時夫は思った。
「急がないと。地下で変身中の女王と直接対決するしかない」
 幸い、マズルは地下への鍵を持っている。いよいよ恋文ビルヂングの101号室から地下へ向かう時が来た。とはいえ、レートとA子、J隊はそれぞれの日常へと戻っていく。レートなどはこれまでもよく協力してくれるものの、自分の店が行動の基本だ。こうして時折、協力してくれるだけでもありがたいのだが。
「兎に角、何か鼓舞しなきゃ」
 ウーの提案で、「薔薇喫茶」の冷蔵庫でキンキンに冷えたソーカイゴーカイZで四人で乾杯して、決戦に出る事にした。
「行くわよ。恋文ビルヂング101号室から地下へ! 撃ちてしやまん、鬼畜真灯蛾サリー!!」
 ありすはスキップをして時夫のアパートに向かった。ウーもそれに倣い、マズルも倣う。時夫は仕方なく三人の後に続いてスキップする。……なぜスキップで行く?

 ギギギィ~ィィィ……。

「このドア、雰囲気ありすぎるわね」
 ウーが何となく言った言葉で、「真下」へと向かう緊張感が「増した」。下へ下へ続く階段は、真っ暗な地下世界へと続いている。

 俺達の戦いはこれからだ!

しおり