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第13話 アリス・アリス

「その雀どもは、きっと地下の女王のメッセンジャーね」
 脱出しようとしてアパートに戻ってきた時夫を、電線に止まっていた雀たちが絵文字で「オバカサン」と描いた件。
「脱出できないのは、やっぱり女王の仕業か?」
「この世界は閉じられている。月だけが本当の外界だよ。つまり月を見りゃ、まだ女王の完全支配に至っていないっていう事が分かる。つまり希望ね」
 半町半街にたどり着いたとき、すでに時夫はくたくたになっていた。
「何なんだよ、それは……」
 時夫が倒れ込んでいると、何か分からないお茶が出された。躊躇していると、ただのどくだみ茶だとありすは言った。
 メールがまた届いている。みさえからだ。時夫はスマフォを取り出し、「町を脱出できない」と返信した。
「忙しいのカナ? どうして来れないのー」
 みさえは不思議がっていたが、行けない理由を一々書いても、ますます不審がられるだけだろう。彼女はまだ時夫への思いを持っているらしかった。それは特別な想いといっていいものだった。会えないのなら、両親が車を持っているみさえをこっちに呼べばいい。いいや、それはダメだ。この町は危険だ。呼んではならない。結局、スマフォをしまうしかなかった。
「この町から脱出するには、町に仕掛けられた謎を解くのが一番近道よ」
 そうありすは自分でもお茶を飲み、あたりまえのように言う。どういう意味なんだかさっぱり分からん。みさえに嫌われてしまっただろうか。どう返信すればいいか分からない。幸い、メールはそれっきり途絶えている。
「どうやらあなたは逃げられない。女王が逃がさない」
「そんなの信じられるか。------出られなかったのは、一つ一つ、合理的な理由があるに決まっている!」
「あなたが、白彩でスイーツドールを人間にしてしまったから、この町に居る女王の手下が仕掛けた警備システムが目覚めちゃったのね。こんなことになった責任は、あなたにある」
「さっきは自分の責任だって言ったじゃないか!」
「もちろんあたしの責任でもある。だから一緒に戦いましょ。君も私と一緒に戦うしかないのよ。立ち向かって。この町の問題と」
 くそっ不思議の国のありす。お前という奴は……。
「嫌だね」
「断る事は許さない。この私が。一緒に来なさい!」
「どこへ」
「穴を探すわ。前に防空壕があったセントラルパークを調べたけど、何もなかった。埋まっちゃったみたいね。でもこれまでも女王が直接現れるなんて、今までにない事だった。まさか図書館を直接狙われるとは、呆れたわ。けれど図書館も調べたけど、すでに出口は存在しなかった。あいつは普段、地上に出てこれないの。だから手下を使って人を誘拐していた。きっとこの町のどこかに地下への穴が色々開いている」
 何故分かる、そんな事が。この町の何処かにあるという地下への入口。それは女王たちには自在に空けられるが、ありすには行けない。だが、うさぎが出入りしている穴がどっかにあるはずだ、とありすは言った。
「地下の国があるって? 君、本気でいってるのか。不思議の国じゃあるまいに」
「だから、ここが伏木有栖市だからよ!」
 ありすはほとんどブチ切れている。彼女もまた不思議の国の住人であることを宿命付けられ、そしてここで生きるしかないのだろう。
「何が穴だよ! そんなもんもともとないんだよ。ばかばかしい」
 時夫は必死の抵抗を試みる。高橋克彦の「総門谷」でもあるまいし。
「防空壕の話は? 恋文町には確かに防空壕がいくつもある。知られてない防空壕もあるのよ。それが地下へ続いているんだけど、入口は、出口専用、入り口専用とあるの。それらはすべて、恋文町の町のシステムを一つ一つ稼動する事でゲートが順に開かれる。つまり動力や、操作部屋の存在よ。それを一つ一つ調べて行くのがあたしの仕事なの。女王は地上に地下にいるときの状態で出て来れない。図書館に出現したけど、自分が女王である事を忘却した、記憶喪失の少女という感じだったわよね。まるで自分探しをしてるみたいに。とにかく、地下の国に連れ去られた雪絵を助けなきゃいけない。でないと女王が脱皮して、地上に出てきてしまう。彼女をほっとくつもり? そっくりなんでしょう。あなたのお友達のみさえさんに」
「……」
 本物のみさえが生きていると分かった今、雪絵の存在はどうなってしまうのだろう。いや、一応「白井雪絵」という別人だから、どうもならないのかもしれないが、それにしても。
「私が守ってあげるから、地下へ行って彼女を取り戻すの」
 ありすの言うことは実につじつまが合わない。狙われている張本人の時夫が地下へ行って、安全なはずがないではないか。が、ありすの表情はといえば、至って迷いなく、一点の曇りもないまなざしとはこの事を言うのだろう。
「他に味方はいないのか?」
 ありすは首を横に振る。
「もう……残ってるのはあなただけよ」
 思いつめたありすの瞳が全てを物語っている。店長である師匠は疾走し、親友のウーには裏切られた。きっと、変わり者過ぎて他に友人もいないに違いない。にしても、勝手に暴走しただけのこの町に関する素人・金沢時夫が唯一の味方とは。
「頼みがある。もう一度、僕と一緒に駅に行って貰えないか」
「懲りないわね。なぜ?」
「線路を歩くよ。最終手段だ」
 ありすの言う女王の戒厳令など信じられない・信じたくないからだ。
「諦めの悪い人よね! あなた、必死になって町の外に出ようとしたって、無駄なことだと分かったでしょう。女王が、地上の手下を使ってあなたが脱出するのを防いだのは、雪絵を逃さないように、いわば、戒厳令を敷いたの」
 恋文駅は案の定ストで動いていなかった。閑静な住宅街の恋文町で、ここだけが騒々しいにもほどがある。ありすによると、なにしろ偶然鉄道の従業員たちは全員佐藤さんだったせいで、どうせみんなスイーツになっていて人間ではない。だから、この連中にまともに話しかけるだけ時間の無駄だという。それだけじゃない。ありすによると、鬼がいる。「ストライ鬼」という鬼が。これもまた、「意味論」なのだというが、意味論の意味がそもそも時夫は分かっていない。
 機動隊の中に、あの恋文交番の警官たちも一緒になってストともみ合っていた。ひときわ激しい罵声を浴びせている連中が、「ストライ鬼」なのか? 外見は人間そっくりだが、確かに危険な雰囲気だ。いずれ角も生えてくるに違いない。結論としてはそいつらが襲ってくるので、線路を歩くのは危険だった。駅前に建設中のデパート「ぷらんで~と・恋武」をありすはじっと見る。
「これ以上、駅に近づくのもやめた方がいいわ」
 時夫が未練たらたら労使の争議を見ていると、ありすは今度は電柱に注視している。
「これを見て」
 ありすは電柱の一つを指差した。
「佐藤宗雄」
「何だこの名前」
 他の電柱にも佐藤姓の名前が記されていた。前に見たときはさほど気にならなかったが。
「電柱の幾つかは、地下でサリーに逆らった犠牲者みたい。罰として電柱にさせられたのよ。女王は非常に短気で惨忍よ。何かというと電柱にしろと叫び、電柱処刑にする」
 さっきの電線に止まっていた雀たちの絵文字?といい、電柱といい、恋文町の電力会社は、おそらく女王に乗っ取られたらしかった。確かに暴君である。
「くれぐれも、電柱に立小便なんかしないでね。この町の犠牲者たちなんだから」
 ありすは意外とお下品だ。
「するかっ!」
「覚悟を決めて。さぁ、今から雪絵を取り戻しに行くわよ」
「えっ、今から?」
 つまり地下へ行くのか。心構えというものが。
「また穴がふさがれないうちに。うさぎ穴へ飛び込むわ」
「どこだか分かったのか。地下への入り口」
「……薔薇喫茶」
 灯台下暗し。どうやら防空壕の一つは薔薇喫茶の地下だったらしいが、なぜありすは先にそれを言わないんだ?
「なんで俺が。やっぱり俺は行かない方がいいんじゃないか」
「誰のせい?」
 ありすはキッと睨んだ。それっきり無言ですたすたと歩くありすを、時夫は追いかけるしかなかった。

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