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第12話 黄山の「冬人夏茸」

「茸人って何者だ? さっきの戦闘は? この漢方薬局も何か秘密がありそうだな。サリーが君を敵視してたぞ。君は一体何者なんだ」
 落ち着いて話がしたいというありすの意見を聞いて、時夫は薬局に来ている。真っ黒な葉の多肉植物の名は、「黒法師」というらしい。
「私は、この町で起こっている連続誘拐殺人事件を追っている。それは茸人とは別の話。実行犯は、白井雪絵が言った通り、白彩店長。あの店で売ってる『宝石チップス』ってお菓子、地下から出荷してる。石を薄切りにして揚げてるのよ。で首謀者はもちろん、真灯蛾サリー。店長は出て来れないサリーの代わりの手先という訳。誘拐された者達は、地下へと消えていっている。それで私は誘拐事件の全貌を探るため、店長を泳がして他の協力者や他の誘拐事件を調べていた。君が考えている以上にこの町の多くの人間が、地下へ誘拐されて殺されている」
 女王は店長に命じて、もっと地上の人間を欲し、いろいろな手で地上の人間を連れ去っていた。白彩店長は、セントラルパークで自分の子株を埋め戻していただけではなかった。この町で連続誘拐事件を起こしている。しかも、白彩店長だけではない。手先は他にも居るのだ。そうして誘拐された彼らは地下で蜂人の餌になる。砂糖化した人々は、皆地下でロイヤルゼリーになるまで生きているという。
「なんてくだらない。そんなBEE級映画は……」
 認められん。
「で、ここの店長はなんて? 今日も店長いないみたいだね」
「そうね。もう居なくなって半年くらいになるかな……」
「サリーは言ってた。茸人は君の回し者だって。君と茸人との関係は?」
「白彩の店主である茸は、元はと言えば、私の師匠であり、『半町半街』の店主である私の師匠が、中国の黄山奥地から取ってきた『冬人夏茸』という茸だったの」
 やっぱりここが原因だったのか。
「あの茸は、黄山の山奥にしか育たないものだったんだけど、それを日本に持ち帰ったのがそもそも失敗だったんだ。あの店主も、もともと『半町半街』の漢方薬だった。それはこの町で師匠の手を離れ、ああして大手を振るった。それが女王サリーの手に落ち、彼女に強力な魔学をかけられ、手下になった。サリーは直接、地上に出てくる事はない。だからその代わりに、あいつがサリーの人さらいの手助けをしていたんだ。連続殺人、連続誘拐事件の犯人だ。だから、全ての責任は自分たちにある」
 茸人が地下の手先になったのは、古城ありすのしくじりだった。
「一体何時頃からそうなったんだ」
「半年前。合併の頃ね」
「て事は不思議有栖市になってから?!」
「そうよ。誘拐事件もその頃から始まった」
 白彩店長がテレビに出たのもその頃だ。確かに店自体、新しかった。ひょっとすると開店もその頃だったのかもしれない。嫌な符号だ。
 ありすによると、この半蝶半蛾と白彩は冷戦中だという。白彩が恋文町で巻き起こした騒動を、半蝶半蛾は収めようと努力していた。
 店主の直弟子である古城ありすは、その頃から地上に攻めてくる真灯蛾サリーの存在を悟り、気配を察した。やがて、サリーは地下の国だけでなく、地上の恋文町をも自分のものとしようとしている事を知った。その侵略の橋頭堡が、「菓匠・白彩本陣」だという。全ては女王が食す特殊なロイヤルゼリーのために。それが「スイーツドール」だ。
「うさぎに聞いた。佐藤さんが誘拐されてるんだって」
「町内の佐藤さんが誘拐され、白彩工場で砂糖の原料の砂糖人間になり、地下で精製される」
「佐藤さんだから砂糖なのか? どーいう理屈だよ」
「これは意味論よ」
「……意味論? て何だ?」
「そう、意味論。想像力は創造力なの。この事を決して忘れないで。そもそも伏木市と有栖市が合併して伏木有栖市になった。そうしたら不思議な出来事が起こるようになった……その現象の謎がそこにはある。連続誘拐事件は、佐藤さんが地下へと誘拐されている。地下で、町内の佐藤さんから砂糖が作られている。この町の人浚い、人は地下へと吸い込まれ、人が小さなパンケーキになる。それが女王の食事。そして女王は何らかの方法で卵を産む。蜂の子が育つ。蜂人の兵士は槍を持っていて危険よ。しかしその中で、一部が店内でスイーツドールになる」
 スイーツドールは完成すると地下に送られた。しかし、一度として成功したものはない。確かにそれらを女王は食したが、完全ではないという。地下に送られたものは、なかなか女王を脱皮させることができず、店主は悩んでいた。そんな中、スイーツドールの中でも出来損ないの白井雪絵を、店主は店で働かせていた。
 町内の殺人を繰り返し、女王の手先となっている店主。店主は女王のロイヤルゼリーを開発する事を至上命題としているが、まだ完成していない。雪絵は、できそこないだと思い、店番をさせ、つらくあたっていた。
 店主はできそこないのスイーツドールだと思っていた白井雪絵は、実はサリーにとって必要なロイヤルゼリーとなる可能性を秘めている。それを得れば、サリーは地上に出て来られる。それは、店主が知らないうちに月の光を浴びた上、時夫が雪絵に愛を注ぎ込んだ事で、単なる菓子細工だったものが人間化し、スペシャルなスイーツドール、特別なロイヤルゼリーになっていった。
 白彩と半町半街は対立し、恋文町における冷戦構造が続いてきた。半町半街は、この町の間違い、つまりサリー女王の地上侵略を防ぎ、阻止しようとしていたのだ。
「店主は恋文町の地上における地下の女王の手下だ。今白彩にいる店長、あれは確かにきのこだけど、子株だよ。あくまで分身でしかない。分身には本体の代役は勤まらない。本体の親株は、君が殺して埋めてしまった。つまり君は、その為に女王を敵に回している。だから図書館で狙ってきたのよ」
 ぞっとした。あのままサリーと一緒に居たら、彼女の魔学で本当に地下へと引きずり込まれたのかもしれない。
「やっかいな事に巻き込まれたね。金時君。君の心は今もスィーツドールと繋がっている。それは君がこの町で特別な存在であるという事。戦いに巻き込まれるのはやむを得ないわね。覚悟して。君も、今後白彩の連中に狙われる。分かった?」
 ありすによると、店長は思った以上に人間化し、危険な状態にあるという。それだけでなく、白井雪絵も。
「何で俺が、こんな事に……!」
「最初に忠告したはずよ。君が余計な事さえしなければ、こんな事にならなかったのに。君はスイーツドールを人間にしてしまった。もう君は女王から狙われる。君を、あたしが助けなければ、あたしが困る事になる。やれやれ、店長が留守のうちに、状況が先に動き出しちゃったか」
「そんな事言ったって。俺がそんな事知るかよ! 警察がダメだとすると、誰か他に味方は居ないのか」
「ウーのお店へ行こう。三人で作戦会議する」

 薔薇喫茶は「臨時閉店」の張り紙がしてあった。
「まさか。なんてことなの……白井雪絵をさらったのはウーだ!」
「またまた、説明してくれよ! 俺には何がなんだか」
「あいつ、裏切りやがった。ウーが君のことをあたしに言ったのは、雪絵を誘拐するためだったのかも。今までウーの事ずっと監視してたんだけど、あいつすっかりスパイになってしまったんだ」
 ありすはなんだかショックのようだった。
「友達じゃなかったのか? でも、うさぎって、『不思議の国のアリス』では確か地下の女王サイドじゃないか」
「うるさいな! 今考えてるんだから」
 そういうとありすは板チョコを取り出して齧った。じっと考え込んだその横顔は、とてもかわいいが。
「とにかく君はこれ以上首を突っ込まないほうがいいわね。後はわたしに任せて。下手に動くと、また女王に狙われるわよ」
 ありすは結局ヒントしかくれなかった。結局、時夫を恋文町のど素人扱い。確かにそれは事実だろう。だが、何をやるつもりなのだ古城ありすよ!

 恋文ビルヂング102号室に戻った時夫は、リビングに胡坐をかいて腕を組んだ。じっと考え込む。雪絵が消えた。それだけじゃない。自分まで地下の女王サリーに見初められて、大量殺人者に狙われている。一体どうすりゃいいんだろう。
 携帯が鳴った。メールが届いた。
「まさか……そんな。……そんなバナナ!」
 ついつまらないギャグを口走ったのも無理はない。

「金沢君、久しぶりだね。年末。いつ帰ってくるの?」

 それは確かに死んだはずのみさえのメールアドレスだった。送り主は伊都川みさえだ。
 伊都川みさえ。一年前の大地震で死んだはずだった。いや、そうじゃない。死んだというのは時夫の勘違いだったのだ。このメールアドレスは、確かにみさえのもの。あの時、みさえは病院に担がれ、それっきり学校に来なかった。彼女は死んだ、という噂を耳にした。よくよく考えると、時夫はみさえがどうなったのか結局知らなかった。それははっきりと知りたくなかったからかもしれない。ただ最悪のことが起こったらどうしようという不安が、現実から眼をそらしていただけだった。その結果、時夫がこの町の高校へ進学を決めたきっかけになった。
 みさえも多忙で、これまで音信普通になっていたらしい。何度かのメールのやり取りで分かった事は、みさえは現在、時夫の地元の高校に通っているという事だった。当時中学校へは来なかったが、奇跡的に出席日数を多めに見てもらい、担任の計らいで推薦枠で入学したのだという。メールには、テニス部で現在もボールを打っている写真が添付されていた。そして少人数で同窓会をやるという話で締めくくられていた。
 時夫は何のためにこの恋文町に来たのか分からなかった。この一年間メールアドレスを変更しなかった。それは、ひょっとしてみさえから連絡があるのでは、と思っていたからだが、時夫はずっと、地震の時にみさえを助けられなかったと悔やんできた。しかし、生きていたみさえは、こうして時夫に助けられた事を感謝するメールを送っている。
 みさえの言うとおり、時夫は東京へ戻りたかった。だが、戻ることが出来ないのだ。再度のチャレンジを試みたが、状況が、恋文町が金沢時夫を脱出させまいと閉じ込めている。

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