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白蜥蜴の呪い

 十ヶ月後、彼女は満月の夜に赤子を産み落とす。
 それは彼女によく似た男の子だった。
 乳を欲しがり、子は泣くが蜥蜴の姿の彼女は与えることができない。
 獣に頼んでみたが、人間である子に乳を分けてくれるものはいなかった。
 液体を含む実を割り、それを与える。どうにか満足してくれたようだが、蜥蜴の身では、赤子を抱えることすらできない。
 
 だから、セリアは、諦めた。
 彼女は、赤子をスイに託すことを決め、袋から翠玉の宝石の首飾りを取り出す。
 願いのかけ方などわからない。ただ、赤子の健康を願い、自らの思いを込める。そうして、翠玉の宝石の首飾りを赤子の首につけ、赤子の入った籠を口で押しながら、屋敷を目指した。

 スイが彼女を探していたことを知っている。
 白蜥蜴を見たら、傷つけず、捕獲すること。
 そんな伝令が兵士に伝えられていることも知っていて、セリアは兵士達から巧みに姿を隠していた。

 スイに赤子を託して、彼女は己の死を望んだ。赤子に流れる白蜥蜴の血はおそらく呪いのよう延々と子孫に受け継がれていく。
 蜥蜴の身になることで、苦しむものも出てくるだろう。
 そのために、彼女は死ぬことを選んだ。
 死してその身を花に変え、その蜜は「癒しの力、変化を解く力」となろう。
 
 屋敷の近くまできて、セリアは赤子の腕を軽くかむ。くすぐったいのか、赤子は楽しそうに笑った。
籠から引き摺り下ろし、赤子の体を引きずるような形で足を進めていると、見張りの兵士達がセリアと赤子に気がついた。
 彼らには、白蜥蜴がまるで赤子を今まさに食べようとしているように見えたはずだった。
 白蜥蜴を傷つけるなと命令を受けているが、兵士は赤子を救おうと動く。同時に別の兵士が屋敷の主でもある、スイへ連絡に走る。
 セリアはわざと兵士を挑発し、如何にも獰猛な生き物のように振る舞った。
 兵士らは赤子を助け出し、遠慮がなくなったところで、攻撃を強めた。セリアの体は傷つけられ、意識が朦朧としてきたところで、スイが現れた。

「何をしているのか!」

 スイは兵士達を恫喝して、走ってきた。
 セリアは最後の力を振り絞り、彼に向かって飛んだ。その胸に体当たりして、彼はセリアを胸に抱きながら倒れる。

「王!」
「騒ぐな!」

 彼を助けようと動こうとした兵士をスイが止め、胸の上に乗るセリアを見つめた。

「セリア……、なぜだ?」
「スイ。私を殺せ。私は、あの子のために死ぬ必要があるのだ。あの子が蜥蜴の姿になった時に助けることができるように」
「あの子?」

 誰にも聞かれないようにセリアはスイの耳元に大きな口を寄せ囁く。兵士達は王が襲われているといきり立つが、抑えたのはタンプだ。
 スイはあの子という言葉に反応して、セリアの視線を追って、赤子の姿を発見する。水色の瞳を大きく開き、泣き叫んでいる赤子。

「まさか」
「私たちの子だ。スイ。お願いだ。あの子のため、私を殺してくれ。そうじゃないとあの子が蜥蜴の姿になった時に助けるものがいなくなる。私は、もう私のように愛する者と共に暮らせない生き方はさせたくないんだ。あの子が蜥蜴の姿になれば、もう人間とは暮らせない。だから、」
「お前はなんて酷なことを俺に頼むんだ」
「スイ。お願いだ。私はスイの手で死にたい。頼む」

 セリアはスイの体が震えるのがわかった。だが、腰に手をやったのを見て頷く。彼の体から飛び退き、威嚇する。

 緑色の瞳と、水色の瞳が交差する。

「このぉおお!」

 スイは叫びながら、鞘から剣を抜き、振り上げる。

「スイ。愛している」

 その声はおそらくスイに届いたはずだった。顔を歪め、彼は一気に剣を振り下ろした。
 一撃だった。
 首を切られ、セリアは痛みを感じることもなく、その生を閉じた。
 赤子が泣き叫び、スイは剣を地面に投げ出した。

「俺は白蜥蜴を殺すという禁忌を犯した。一族は呪いを受けるだろう。この白蜥蜴はナアンの森深くに丁重に埋葬し、その怒りを鎮めさせる。誰も白蜥蜴に触れるではない!」

 スイは、遠くで見守っているタンプを睨み、余計なことをさせないように、先手を打った。
 それから、白蜥蜴に遺体に近づき、抱きかかえる。


 翌日、ナアンの森に王自ら、白蜥蜴を埋葬した。
 王は長い間捧げていたと、当時の記録に残っている。

 初代王は国旗に蜥蜴の印を使い、月に一度森を訪れ、呪いを解くように祈りを捧げた。この慣習は彼が死ぬまで続き、初代王が白蜥蜴の墓標を訪れない満月の夜はなかったと言う。
 

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