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囚われの身

それからはセリアにとってはつらい日々が続いた。
毎日スイから問われ、部屋に入ってきたタンプは冷たい視線を寄越す。
食事は通常の蜥蜴が食する、虫などで、食べれるはずがなく、水だけを摂取する。そうして、ただ水だけを取り続け、セリアは次第に弱っていった。

最後には起き上がれなくなり、ただ視線だけをスイとタンプに向ける。

「白蜥蜴よ。なぜ食べないのだ?そうであれば死んでしまうぞ」

 ――死ぬこと、殺されること、どちらがよいのだろう。

 意識が朦朧とするようになってきて、セリアはそんなことを考え始めた。
考えた末、彼女はある決意をした。ただ死ぬより、スイの血と肉になり、死んだほうがよいと。

 そしてある日の朝、タンプが部屋に入ってくる前に、彼女は言葉を発した。

「……スイ」
「セリア?セリアなのか?」


 セリアの声を聞いたスイは、驚いてはいなかった。やはりという様子で、なぜか泣きそうに見えた。

「黙っていて悪かった。私は殺されることが怖かったのだ。だが、今はもう……いい。私は、スイの血と肉になって死にたい。私の生き血を飲み、不老不死を得るがいい」

 不老不死、そんなものを得られるか、彼女にはわからなかった。
 ただ、スイのために、何かして死ぬほうがいいと思ったのだ。

「セリア。セリア!愚か者が。俺がそのようなものを望むわけがない。俺はお前を絶対に助ける。だから、今しばらくただの蜥蜴の振りをしてくれ。後、何か欲しいものは」
「花が欲しい。赤い花が欲しい」
「花?」

 生死の話をしているのにとスイが驚いた顔をした。

「スイ。私は虫が嫌いだ。私が好んで食べるのは花なのだ」
「そうか、それでか。すぐに用意させよう。いや、タンプにばれるから、食料としてではなく、鑑賞用としてだな」

 花が食べられる、そう考えると急にセリアは空腹を覚えた。
 そしてお腹を鳴らしてしまい、スイの笑いを誘う。

「笑うな」
「ははは。すまん。嬉しくてな。元気になってくれ。俺のために」

 蜥蜴姿とわかっているのに、スイの態度は変わらなかった。彼は優しく微笑み、セリアの奥の何かをとかす。こみ上げてくる思いは涙に変わり、彼女は泣いていた。

「セリア。泣くんじゃない。絶対に助けてやるから。俺を信じろ」

 ――疑うわけがない。
 
 そう伝えたかったが、涙が止め処なくこぼれてきて、彼女は言葉をつむげなかった。


 数日後、スイはタンプに用事を言いつけ、屋敷から遠く離れたところに使いにやらせた。
一日は帰ってこれない距離で、彼は病気を理由に寝室にこもる振りをして、秘密裏に出かけた。セリアは布の鞄の中にいれ、屋敷を出入りする商人に変装して門を抜ける。
 町で馬を買い、ナアンの森へ走らせた。入り口で馬をつなぎ、森に入る。
 奥深くまできてから、スイはセリアを解放した。

「ここまでくれば大丈夫だ。セリア。あの洞窟はもうだめだ。ほかの住処をさがしたほうがいい」
「そうだな。ありがとう」

 二人はそう話した後、黙りこくる。
 しかし沈黙を破ったのは、セリアが先だった。

「スイ。タンプが戻ってくるのは明後日だろう。だから今日まではあの住処にいても大丈夫のはず。スイもくるか?」
 
 突然の誘いに驚いたのは、スイだった。

「いや、だめだな。スイは王だ」

 屋敷にいて、セリアは彼の仕事と役割を知った。
 人々の頂点に立ち、その生活を守る者。
 人間にとってとても重要な人物。それがスイだった。今ならタンプの気持ちを少しわかる気がした。

「今日は満月だ。久々にセリアの人間の姿もみたい。だからお前の住処に泊まる。いいか?」
「ああ」

 緑色の瞳に食い入るように見つめられ、セリアは頷く。久しぶりに戻ってきた森、その土の感触を懐かしく思いながら足を進める。彼女の後に続くのはスイだ。目が合うと彼は優しく微笑む。
 セリアはその度に胸がつぶれるような痛みを覚え、久しぶりの住処へ急いだ。

  


日が落ちて、セリアは人間の姿になった。
ドレスを着てから、スイの前に姿を見せる。

「セリア」

 スイはセリアの体をぎゅっと抱き締める。

「俺は、お前が好きだ。本当は、屋敷に箝口令を引いて、皆を黙らせお前と一緒に暮らしたい。お前が白蜥蜴の姿でも俺は構わない」
「スイ……」

 好きという感情は知っている。
 両親の対する、その気持ちだ。
 だけれども、彼女がスイに抱く気持ちはそれをちょっと異なった。好きよりもっと深く、その全てを欲しくなるような、そんな気持ちで、セリアはスイに背中に手を回しその存在を確かめようとした。

「セリア」

 唇が重ねられ、離れる。
 
「俺はお前が欲しい。いいか?」

 スイの緑色の瞳が煌めき、セリアはその目に囚われた。

「嫌だと言ってももらう」

 彼はもう一度唇を重ねてきたが、嫌な気持ちはなかった。森に長く住んでおり、もちろんセリアは獣達の生殖行為を知っている。
 求められているものがその行為であることに、腰が引けそうになった。けれども、スイに唇を奪われ、感じたこともない疼きを覚える。そうして、セリアはスイに体を許し、二人はその日、一つになった。

 初めての行為に、セリアは疲れ果てていたが、なぜか目を覚ました。
 ベッドというものがない場所で敷物を敷いて二人は横になっている。スイは静かな寝息を立て、眠っていた。

 生殖行為。
 白蜥蜴は、白蜥蜴同士か、満月の夜に人間となった際に人間と行うことができる。一人取り残されるときに、母親が彼女に聞かせた。だから、人間としての振る舞いやドレスを彼女に残していった。
 
 白蜥蜴と人間の間に生まれる子供は人間側に似ることが多い。
 だから、人間として暮らしたほうがいい。
 けれども、人間として生まれてこない可能性もある。

 セリアは体を起こし、お腹に触れる。
 一度の行為で、お腹に命が宿るのか、彼女にはわからなかった。けれども、もし宿っていたらと怖くなった。
 スイはともに暮らしたいと言っていたが、そんなものは不可能であった。それはタンプが証明している。彼は彼女のことを、不老不死を与える供物とでも考えているようだった。
 そんな彼女が身ごもり、しかも生まれた赤子が蜥蜴だったら。

 セリアは想像して身震いした。
 
「すまない。スイ」

 何度も愛していると言ってくれた愛しい人間。愛というのは、好きよりももっと深い感情だ。
 
 「私もお前が好きだ。だから、すまない」

 セリアはスイに暖かそうな布をかけると、彼に背を向けた。そうして洞窟を出て行った。

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