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「香月は人に触れるとその人の考えてることがわかるって言っていたけど、俺にもわかった事があるよ」
「わかったこと? 何?」
「……うん、お腹空いちゃったし続きは食べながらにしようか」

 要に言われて手を洗ったり使ったボールなどを洗ったりしている間に、要がどんどん餃子を焼いて食卓に並べていく。
 暫くすると、二人で食べきるのか、というくらいの量が食卓に並んだ。

「「いただきます」」

 きちんと両手を合わせてから食べ始めるのは要の主義だ。
 包み方は下手だけど美味しく作れた餃子に満足しつつパクついているのを、要がニコニコしながら見てくる。

「何?」
「いや、本当、よく食べるようになったなぁって。ここに来た頃は、固形物がほとんど食べられないくらい衰弱していたからね」
「一年も前の話じゃん、それ」
「うん、だから、元気になってくれたのがわかる食べっぷりで嬉しいなぁって。俺、子供ずっと欲しかったんだよね。奥さん早くに死んじゃったからさ」

 言われて、玄関でずっと伏せられたままの写真立てを思い出す。
 今と全く変わらない外見の要が、ウェディングドレスを着たお姉さんと幸せそうに笑っていた。
 倒れているのを直したら、そのままでいいんだよ、と要がまた伏せてそれきりになっている。

「再婚すればいいのに」
「それは、香月を引き取った時にもよく言われた。母親は必要だろうって」

 でも、僕の能力の事もあるし断り続けていたそうだ。
 それ以前に俺のようなおじさんに嫁いでくれる奇特な女性はそうそういないよ、と笑うけど、言うほど歳を取っているようには見えない。

「それに、俺は奥さん一筋なんでね。他の女性とどうこう、なんて考えられないよ」

 話を逸らすように、要が次々と僕のお皿に餃子を乗せてくる。
 これも食べろあれも食べろと次々と勧めてくるのは、要が嬉々として作っていた変わり種のやつだ。
 果物を包んだものは揚げ餃子にしていた。味見したけど、パイ菓子のようだ。美味しいけどご飯は進まないな。うん。

「それで、さっきの話の続きは? 何がわかったって?」

 僕は要がずっと微笑みながら見つめてくるのが照れくさくて、話を戻す。

「うん。香月に触れられている時に、白い猫のようなものが見えたよ。香月は気のせいって言ったけど、ついてきているんだろ。シロ、だっけ? 義夫さんの猫」
「見えたの?」
「ぼんやりとだけどね。それで、この世のものではないってわかった。香月も同じように見えるのかな?」

 ずっとこんな風に見えてるなんて、怖かっただろう? と要が僕を気遣ってくれる。

「ううん、僕にはもっとハッキリと見えるし、声も聞こえてる。それこそ、生きてるのと区別つかないくらい」
「そうか……うん。少しだけでも、香月の見えている世界を理解できて良かったよ」

 見えているものがわかれば、一緒に僕の能力の制御の仕方、隠し方も考えてあげられると要は言う。
 僕のせいで幽霊を見てしまったのに、怖がるどころか、力になれるのが嬉しいと言ってくれる。
 その言葉が何よりも嬉しかった。

「香月は、ただ見えるだけ聞こえるだけでなく、それを誰かに伝えることができる」
「怖くないの? だって、幽霊だよ?」
「うーん、ホラー映画に出てくるようなスプラッターなお化けなら怖いと思うかもしれないけど……」

 少し考えるような仕草をしてから、うん、と首肯いて続ける。

「香月の力は怖くないよ。なんなら、俺の奥さんに会わせて欲しいくらい」

 ニコリと笑って、その言葉が嘘ではないと伝えるためなのか僕の手を握ってくる。

「俺みたいに会いたい人がいて、何かを伝えたい幽霊がいて。それを香月が伝えてやれるなら、それはきっと奇跡と呼べる素敵な事じゃないかな?」
「奇跡……」

 そんな風に言ってもらえるのは初めてで。
 嬉しくて一気に視界が滲む。
 堪えきれず泣き出したら、要は席を立って僕の後ろに来るとギュッと抱きしめてくれた。

「その力も含めて、香月の個性なんだ。怖がらなくて良い。できることを少しずつ知っていこう。俺がついてるから」
「……うん……」

 両親に化け物と呼ばれ、ずっと嫌っていたこの能力が、誰かの助けになれるかもしれない。
 誰かに、必要とされるかもしれない。
 要は僕の能力を奇跡だと言ってくれるけど、誰かに必要とされるなら、それは僕にとっての奇跡だ。

「約束をしよう、香月。その力で香月自身が傷つかないために」

 要はそっと僕の左手の小指に自分の小指を絡ませる。

「まず、生きているものかどうか見極めてなるべく関わらないこと。特に、怖い感じのするものには近寄らないこと。二つ目。幽霊の意見を聞いたり、伝えたりするのは、相手を傷つけないものに限定する事。三つ目、読み取る力や伝える力をきちんと使いこなし、不用意に発動しないこと」
「使いこなすって? どうするの?」
「普段から、オンオフをしっかり意識して積極的に使って力をコントロールするんだ。俺を練習台にしてごらん」

 約束できる? と聞かれたので頷くと、約束、と言って絡めた小指をブンブン上下に振ってから離れる。

「それじゃ早速。シロは怖い感じはする?」
「しない。何かを言いたげに見てる」
「聞いてみる? 嫌な感じがしないなら、聞いてあげても大丈夫だと思う」

 念のため、と言って要が取り出したのは食卓に置いてある食塩。
 それをパッパと手の平に大量に出すと、準備完了、と笑う。

 促す要に頷くと、僕はシロの前にしゃがんで問いかけた。

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