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 シロ、と呼びかけたら、こちらを振り向いて座った。
 何か言いたげな顔でこちらを見つめてくる。

「香月? どうかしたのか?」
「白い猫が……
「猫? どこに?」
「……ううん、気のせいみたい」

 他の誰にも見えていないようだったから、気のせいだったと言って誤魔化した。
 見えないものを見たと言うと碌な事にならない。怖がられるか、気味悪がられるか。
 要は僕の能力について知ってはいるけれど、例え知っていたって、気味が悪いだろう。
 実際僕の両親がそうだった。

 今度こそ、上手く立ち回りたい。
 そう思うのは、家族も帰る場所も一度に失ったからだろう。
 今いる場所を失いたくない。
 要にまで嫌われたら、追い出されたら、僕にはもう行く場所なんて無い。

 幸い、気のせいだという言葉を皆信じてくれたようだった。
 そのままおばさんに見送られ、家に帰る道中でも要は猫について聞いてくる事はなかった。


「で、何でお爺さんの家わかったの?」

 夕飯の支度を手伝いながら、お爺さんの家で「後で」と言われた事について聞いてみる。もっと早くに聞きたかったけど、家に帰るまで我慢してたんだ。
 ついてきているシロの存在が気になって、意識を逸らしたかったっていうのもある。
 幽霊が見えるというのがバレると面倒なのは、生きている相手でも死んでいる相手でも一緒だ。
 ……家までついてきちゃった時点でもう手遅れな気もするけど。

「香月には言ってなかったんだっけ。俺、医者なんだよね。すぐそこの総合病院に勤めてるの」
「あぁ、だから先生って呼ばれてたんだ」

 近所にある大きな病院。確か大沢総合病院って名前だったっけ。
 毎年のように増改築をしていてどんどん大きくなっている病院で。
 病院にありがちな幽霊話をたくさん聞いてしまって、近寄りたくない場所の一つだ。

「って言ってもカウンセラー……ええと、入院した人に、負担を減らすこういう制度がありますよって説明したり、不安に感じていることを聞いて、一緒に解決策を考えるのが主な仕事かな」
「医者とは違うの?」
「臨床心理士って資格は一応持ってるけどねー。実際には相談に来る人ほとんどいないから事務が主な仕事かな。まぁとにかく。病院に来る患者さんやその家族と関わるからね。義夫さんの事もそれですぐわかったの」

 なんだ、超能力者じゃなかったのか。
 名前と服装だけでお爺さんを特定したように、不思議なことがちょいちょいあるからてっきり仲間だと思ったのに。

 話しながら、要は手先を器用に動かして次々と僕が混ぜた種を餃子の皮で包んでいく。
 僕も真似して包み始めると、要は自分の作る分にチーズやツナ、梅干し、バナナなどを包んでいく。
 いつもなら焼くだけのものを買ってくるのだけど。何故か今日は変わり種のが食べたいと要が言い出したのだ。
 要は何か話したいことがあると、こうして手間のかかる料理をし、手伝ってって言ってくる。


「義夫さんの所で、猫、本当はいたんだろう? 俺にまで、隠さなくても良いんだよ」
「えっ?」

 唐突に、要が言う。僕が気のせいだと誤魔化した猫の話を蒸し返された。

「香月の能力については最初から知ってる。香月がそれを怖がってるって事もね」
「………」
「俺はね、それを知った上で、香月を迎えに行ったの。俺の子供にするために。香月が、その力にも周りの人間にも怯えることなく伸び伸びと成長してくれたらと思ってるよ」


 要が僕を迎えに来てくれたのは、今から一年前。

 すぐ帰るからいい子で待っててね、とお父さんがお母さんを連れて出ていった。
 何日も何日も一人で待ち続けて。家中の食べられそうなものを全て食べ尽くしても二人は帰ってこなくて。
 そのまま更に何日も水だけで過ごしていたら、とうとう水も出なくなって。

 その後はあまり良く覚えていない。身体が動かないから寝てばかりいて、気が付いたら病院だった。
 その時傍にいた要に「今日からお前はうちの子だよ」と言われてようやく、僕は両親に捨てられたのだ、と理解した。

 それから一年、要の本心を聞いてしまうのが怖くて、僕から要に触れることはしなかった。
 能力についての話など、当然したこともない。なのになぜか知っていたと言う。
 要が僕をどう思っているか、怖くて聞けなかったことを、今こうして正面から話してくれている。

「その能力も含めて香月なんだ。能力を否定しなくていい。俺はそんな事で香月を怖がったり嫌ったりしない。嘘だと思うなら、確かめてみるかい?」

 そう言って要は優し気な微笑みを浮かべて手を差しのべてくる。
 恐る恐るその手を握ると、要は言う。

「『香月がこの家に来て一年。元気に走り回れるほどに回復して良かったって思う。今度は、その能力を受け入れられるよう、その能力とうまく付き合っていけるように、力になれたらって思ってるよ』」

 実際に聞こえる要の声と重なって、全く同じことが頭に直接流れ込んでくる。
 これは、要が本心から言ってくれているって事だ。

「良い事言ってるんだろうけど、台無し」

 嬉しさで涙が滲みそうになるのを誤魔化すために憎まれ口をたたきながら手を放す。
 手を放す瞬間、ニチャッと手のひらについた餃子の種をそのまま丸めて皮で包んだ。
 そんな僕の様子を見て、要は満足そうにニコニコと笑っていた。

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