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 夏樹が帰った後の廃墟。
 その一階ロビーでは楓と要が一服していた。
 秋の日は釣瓶落としとはよく言ったもので、夏樹が帰る時にはまだオレンジ色の光が射していたのが、ものの十数分でもう夜だ。遮る物などない山の上では、空気も澄み星が綺麗に見える。
 吹き抜けの天井の下に椅子を置き座る二人は、どちらともなしにその満天の星空をガラス越しに見上げていた。

「あれで良かったのか、要?」
「ああ、すまないな、楓」

 缶コーヒーを片手に二人が話題にしているのは、先ほどまで片付けを手伝っていた少女、夏樹の事だ。

「だいぶ表情が柔らかくなっていたし、やっぱり楓に任せて良かったよ」
「我ながら、今思い返すとだいぶ強引だったけどな。ルナにも浮気かって言われるし」

 夏樹に見せていた軽い態度とは一変、真面目な顔で話し込む二人。

「正直、お前から女子高生引っ掛けろって話を貰った時には正気かと思ったよ」
「そんな言い方はしていない。配達人絡みで女子高生が手紙を持って行くから話を聞いてやってくれって言ったんだ。……彼女は香月が見つけてきたんだよ」

 楓の軽口に、要が呆れたように訂正する。
 
「で、その香月は本当は? クラブなんて入ってないだろ」
「楓の予想通りだよ。配達」
「で? いい加減詳細教えろよ。香月が拾ってきたって事は、今回の本当の依頼人は……」
「夏樹さんの父親だって。本当の依頼内容は、彼の想いを家族三人に伝えること」

 喉を潤すように缶コーヒーを一口飲んで、要はあっさり白状する。

「香月が依頼人と打ち合わせたプランは俺も聞いていない。ただ、このまま三人に依頼人の想いを届けたところで、三人があのままなら受け入れないだろうからって色々と仕掛けをね」
「ああ、それであの指示な。ずいぶん手回しが良くね?」
「依頼人が依頼人だからねぇ。何しろ、幽霊となってから十四年間ずっと傍で見守り続けてたらしいから」
「で、結局なっちゃんは手紙に何て書いてたの?」
「……『助けて』だって。父親に宛てて。ただそれだけ」


 助けて。
 その言葉を聞いて楓は顔を顰める。
 昼間夏樹自身から聞いた身の上話を思い出したのだ。
 蔑まれ罵られ、ずっと実の家族から死ねと言われ続けて生きてきた少女。
 その十四年間はどれほど肩身の狭いものだっただろう。

 他者の顔色を伺い、他者の悪意に怯え、感情を押し殺して生きてきた結果、夏樹の心は麻痺してしまったのだろう。
 自分が傷ついている事すら忘れ、嬉しいとか、楽しいなんて感情もわからなくなり、達成感を得る事すらなく。
 だから自信も持てず、他者と触れ合うことを避ける事で自分を守るようになってしまったのだろう。

 楓とルナと三人で食事を摂る、そんな些細な団欒で涙した事からも、今まで夏樹がどれだけ孤独に生きていたかを察せられた。

「幸せになって欲しいな」

 ポツリ、と楓は溢す。
 少女の幸せな未来を祈って。

「子供が泣くところも、ましてや感情を押し殺しすぎて無感動になってるところなんざ見たくねぇんだよ」
「同感だ。そんなのは、香月だけで十分だ」
「……香月はもう大丈夫だろ。お前がついているし。他人を思いやって助けたいと思えるくらいには回復してる。お前は良くやってるよ」
「そう……かな? そうだと良いな」

 父と呼んでもらえないしまだまだじゃないかと自嘲する要に、楓は握り拳を突き出す。

「父と呼ばれなくたって、香月がお前の事を父親だと思ってるのは端から見ればわかるさ。本当の親子より親子してる。自信持てよ」
「……ありがとう、楓」

 突き出された拳にコツン、と自分の拳を当てて要が礼を述べる。
 この兄には、いつだって敵わないなと思いながら。
 拳を当てられた楓は、ん、と呟くと何事も無かったかのように手を引っ込めた。

「それで、正式になっちゃんを雇ったわけだけど。配達人のスタッフにも引き込むのか? 今は、要が配達人だって勘違いしてるみたいだけど。香月の相手をさせるならすぐにバレるだろ」
「それは香月次第じゃないかな?」
「まぁ、どっちにしろなっちゃんの抱えてる問題が解決しないと、だな」
「しなくても、このままうちで保護するのもアリだと思うよ」
「七年前の小火騒ぎ、あれ母親がなっちゃんを焼き殺そうとしたんだって?」
「そうらしいね。その時に警察なり児童相談所なりがもっと介入して保護していれば良かったのに」
「たらればの話を言っていても仕方ないだろ。これからどう動くか、だ」
「とにかく配達は完了した。あとは仕上げを御覧じろってね」

 残った缶コーヒーを一息で飲み干し、楓は立ち上がる。
 同じように缶コーヒーを飲み干した要も立ち上がった。

「さて、そろそろこっちの問題も片付けないとな」
「あー、本当あの監督殴りてぇ……」

 経費削減のため業者に頼らない改装作業は深夜にまで及ぶのだった。

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