④
その日の夕方。
パーティーにきちんと説明してから、リーダーが『じゃあ実証しよう』と簡単な討伐クエストを受けてくれたので、実践することになった。
討伐対象は、ホブゴブリン。
手分けして倒していくが、何発か魔法を撃ってくうちにシェリーの魔力はいつも通り底をついた。
こうなった場合、いつもなら援護を受けつつ杖を使った体術で倒すが、今回は違う。
「ジェフ、お願い!」
事前に決めてた通りに、魔力が尽きたら防御役を買って出てくれたメンバーを呼ぶ。
その彼はシェリーの声が耳に届くと、相手にしてた
その間に、急いでポシェット型の
「へぇ、そーれが例のパンってか!」
ジェフはシェリーよりも一つ上のCランクだから、新たに来たホブゴブリンの迎撃は片手だけでいなしていた。
それより、異次元空間の魔術を施した
他のメンバーの様子を見つつも、丁寧に包装紙をめくる。手のひらのような形がちょうど手前にきてたせいか、隙間から黄色の何かがはみ出してるのが見えた。
それが、戸棚の札にもあった『カスタード』と言うクリームなのかもしれない。
苺と生クリームだけでもあれ程の美味しさだったため、未知なる遭遇に期待が高まる。
だが、目的は間違えてはいけないとすぐにかぶりついた。
「あ、あっまい! 美味しいよぉ!」
あのパン屋で食べさせてもらったので、パンの柔らかさは知ってたつもりなのに。
ほんの少し黄味がかった生地は、ふわふわでしっとりしてるがほのかに甘い。
そして、押し寄せてくる甘味は、濃厚でコクがあるのにとろける舌触りが堪らなかった。
この黄色いカスタードは初めて食べる味なのに、生クリームに比べると重く感じても舌が欲する程の滑らかさ。変に甘過ぎもなく、パンと一緒に食べるとちょうどいい。棚に書いてあった『太り過ぎ注意』が納得出来てしまう味である。
ぱくぱくぱくん、とあっという間に消えてしまったが、あと一個買っておいたのも欲しくなると思ってると頭をコンっと固いもので突<<つつ>>かれた。
「美味いのは見ててわかったが、回復したのかよ?」
「あ、ごごごめん!」
誰だと思えば、ジェフに槍の柄で軽く小突かれたのだ。
他のメンバーが自分達の持ち場で手一杯になっているようだが、ジェフは担当してたホブゴブリン達をほぼすべて薙ぎ払ってしまっていた。
証拠に、死屍累々状態のは積み上げられてる上、他はジェフを警戒してか各々のボランティア武器を構えてるだけ。
こんな状況で、のんびりと美味しいパンを堪能してたのはいけなかったと反省した。
すぐに包み紙を仕舞ってから、体内の魔力量がどうなってるのかを意識を研ぎ澄まして確かめてみる。
「……すっごい! ほんとに、ほんとに回復したよぉ!」
説明には全体の65%程度しか回復しないとあったが、たしかに全快とまではいかないがかなり回復していた。
魔法として撃てる回数は片手で足りるかどうかだが、大体の討伐数はメンバー達がこなしてくれてるから問題はない。
ひとまずは、目の前で警戒してる奴らを仕留めればいいだろう。
「ジェフ、行けるよ!」
「詠唱に入るんなら、援護は任せなっ」
役割を決めてから、すぐにジェフは駆け出した。
彼がシェリーから離れた途端に、ホブゴブリン達が彼に向かっていくが心配してる場合ではないので、急いで詠唱に取り掛かる。
Cランクのジェフが、あの程度のゴブリン相手に遅れを取るはずがないのだと信じて。
シェリーは背負ってただけの杖を取り出し、前に向かって大きく構えた。
『あまねく水よ、集え。切り裂く刃となれ!────
ジェフがちゃんと退いてから繰り出すと、何故か水の勢いが凄かった。
それと、刃の鋭さもどことなく斬れ味が良さげだなと首を傾げてると、いつもだと深い切り傷を与えるだけの水魔法がホブゴブを真っ二つにしてしまう。
それも、ジェフが相手にしてた奴らすべてを、だ。
「……シェリー、質また上がってね?」
「ち、ちちち、違う。違うよぉ⁉︎」
技の質はもともと悪くないと自負してたが、いつもと違い過ぎる。
違いがあるとすれば、先程食べ切ったクリームパンに原因があるはず。
回復以外の効果については特に記載されていないかったのに、やはり食材をポーションにしてしまうのだから他に効果が出てもおかしくはない。
安価で、とんでもないアイテムを手に入れてしまったものだ。
「おい、シェリー危なかったぞ⁉︎」
急にリーダーのクラウスが声を掛けてきたので、シェリーもだがジェフもそちらを見れば、地面が深くえぐれていた。
ホブゴブリン達の死に様に気を取られてたが、どうやら今の魔法で被害が他にも出てたらしい。
(ポーションパン、おそるべし!)
だけど、美味しいからまた買いに行くこと間違いなしなのは自覚してる。
特に、舌にまだ残ってたカスタードクリームの甘さは思い返しただけでほっぺが緩んでしまうくらいだ。
あれ単体でも美味しかったが、少しだけ甘さを感じるパンとの組み合わせはもう病みつきに近い。
期限は明日までとスバル店長は言っていたが、明日まで待てるかどうだか。
そう思ってると、今度はジェフに両方のほっぺをつまんで伸ばされた。
「聞いてたのかぁ?」
「ご、ごふぇん⁉︎ 何⁉︎」
「やっぱ聞いてなかったのかよ……」
勢いよく離されると反動で伸びた部分が痛んだが、他のメンバー全員が呆れたようなため息を吐いてたので、どうやら何か話していたらしい。
「……そんなに、美味しかったの?」
先に話し出したのは、
シェリーよりも小柄な体型に見合わず背負ってる大剣を、軽々と振り回すパーティーの前衛主力だ。彼女は、シェリー以外だと唯一の女性である。
甘いものや美味しいものには目がないから気になったのだろう。
「うん! とってもとっても柔らかくて、中のクリームがとろっとろなの! アクアもきっと好きになるよっ」
「む、それは羨ましい。アイテムじゃなきゃ、食べたい」
「普通に食べてもいいんだって」
「じゃあちょうだい」
「ダメ。明日の分だから」
その代わりに、お土産用に買ってきたパン達はあげると宣言すれば、アクアもだがジェフやクラウス達も声を上げて喜んだ。
とりあえずは、クエスト完了報告をするのにギルドに向かい、討伐証拠などを提出してから併設されてる宿舎で早めの夕飯を取ることに。
そこで、クリームパン以外のパン達をベッドの上に広げた。
菓子パン以外にも食事にもなる『惣菜パン』も多数買ってみたので、男性陣達の注目度が高かった。
「……これ、高かったんじゃないのか?」
当然の疑問を持ったようだが、シェリーはクラウスの問いかけに首を横に振った。
「店長さんの話だと、食べ物だから日持ちしにくいんだって。今日買ってきたのだとほとんどが長くても一日らしいよ」
「たーしかに、乾くとか腐るとかの問題考えたらしゃーないなぁ?」
シェリーの説明途中でも、スバルの言ってた事をいち早く理解したのは
出身地の言葉丸出しで、生クリームとマンゴラーの果肉を挟んだパンを手に取ると、いつのまにか用意した片眼鏡をつけて観察していた。
他のも少し調べてから、何故かからあげパンを持っていこうとしたのですぐ近くにいたジェフが取り上げた。
「堪忍してや⁉︎」
「まだ誰がどれ選ぶか決めてねーだろ⁉︎」
「せやかて、これ絶対美味そうやないか!」
「俺だって狙ってたぞ⁉︎」
結局、欲しいものはそれぞれシェアすることになり、からあげパンはなんとか半分ことなってジェフとレイスの胃袋に収まった。
当然、美味い美味いと賞賛の声が上がった。
それは他のパンでも同じで、細い麺のような茶色のものが挟んだパンも、分厚い黄色の卵を焼いたのが挟んだサンドイッチも。
菓子パンに劣らず、どれもが美味しくてたまらなかった。
これだけで、安いポーション一つよりも安いとは到底思えない。
同封されてた、補正効果と値段を書かれたメモ書きを見直してると改めて感心してしまう。
「シェリー、それはなんだ?」
メモ書きを真剣に読んでいると、もう食べ終わったクラウスがこちらにやってきた。
見られて困るものではないのですぐに渡せば、彼はメモ書きをざっと見てから少し目を細めた。
「……これは、本格的に考えた方がいいな」
「何が?」
「このアシュレインを、拠点にしようかどうかって話だ」
「え⁉︎」
そんな話一度も聞いてないと慌てかけたが、少し思い当たることがあった。
戦闘終了後に、クリームパンの美味しさを振り返ってた時にジェフから言われた言葉。
多分、あの時にクラウスは提案してたのかもしれない。
シェリーが顔を上げると、クラウスは苦笑いしていた。
「遠征はもちろんあるが、これだけ美味くて効果もてき面なポーションがあるのなら拠点にするのも悪くない。宿舎じゃなく空き家を借りるのもいいしな?」
「……そ、そこまで……い、いいの?」
ポーションパンにいつでも頼れるのは嬉しいが、他のメンバーが誰も割り込んで来ないところを見ると、誰もが賛成派なのか。
まずアクアを見れば、残ってた分厚い卵のサンドイッチを食べながら首を縦に振ってた。
「ん。拠点を決めるのに異論はない。シェリーの魔力は先天性だから無理ないし、アイテムが身近にある方がいいはず」
「他にもぎょーさんあるんやろ? なのに、俺らのランクでも手軽に買えるのがええってのがキーポイントやわ」
「ここらで、シェリーのランク上げるのにもちょうどいいしなぁ?」
「おっれも賛成ー!」
ジェフやレイスもだが、黙々と食べてた
これにはもう、喜ぶしかない。
「みんな、ありがとう!」
パーティー内で最弱とか、お荷物だとか思いかけてた時期もあったが、少しでも解決の方向に向かっていくのなら、嬉しい以外何もない。
ただ、少し涙ぐんでる間にアクアに近寄られて
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【クリームパンの由来】
シェリーもハマったクリームパン。
由来は結構はっきりしているようです。開発者は、『中村屋』さん。
明治にあんぱんが普及していた頃、中村屋の創業者夫婦はある日シュークリームを食べる機会があったそうです。そして、そのあまりの美味しさに、餡子の代わりにクリームをパンに入れられないかと開発に取りかかりました。
最初の形は柏もち型だったそうですが、開発過程で今のグローブ型となったようです。