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 杖をきちんと背負ってからまた来た時の扉をくぐったが、あれだけいた客が中も表にもいなくなっていた。


「あ、あれ……?」


 帰った割には、無愛想な店員以外いないのが不思議でしょうがなかった。
 あの美声で腰砕けになってたのも気になったが、その彼女達から熱烈なアピールをされていたのに。


「ラティスト、また<<・・>>やった?」
「…………煩わしかった。それと、依頼もあるのならゆっくり説明出来ぬだろう?」
「そうだね。正直、助かったよ」


 どうやらよくある事なのと、あの店員が何かしら魔法を使えるようだ。

 だとしたら、無人にさせるもしくは結界を施すのは相当な技術がいる。
 顔も良くて、声も良くても無愛想なのに有能と言うのは、同じ人間のはずなのに美形だからと納得しそうだ。

 そう思っていると、店長の方が軽く手招きをしてきた。


「こちらなんですが、魔力回復を全体の70%まで促してくれる『クリームパン』です」





【スバル特製クリームパン】

・食べれば、魔力を70%まで回復してくれる
・製作者が一から手作りしたカスタードクリームが、これでもかとたっぷり入ってる甘い菓子パン。パンもふわふわで、いくらでも食べれるけど太りそうになるのがオチ
・お値段200ラム




 見た目は少し丸っこい手の形をしたような茶色のパンで、どこにもクリームが使われてるように見えない。
 だが、商品と説明が書かれた札から、補正の効果もだが味も期待出来るような一品だと思えた。

 が、一番下に書かれていた値段には流石に目を丸くした。


「こ、こここ、こんなにもお安くていいんですかぁ⁉︎」


 相談の時にも思ったが、飲料や丸薬タイプのポーションは総じて高い。
 価格として、一番安値でも3500ラムはかかる。

 それを、このクリームパンと言うのはたった一つでその二割にも満たない値段で販売されていた。他のパンも見てみたが、どれもそんなに高過ぎないお手頃価格だった。


「ああ、ちゃんと理由があるんですよ。普通のポーションとは違って、うちのは食材でほとんどが『なまもの』。つまり、食べられる期日が早過ぎるが多いんです」


 そう言うと、店長は赤い苺と白いクリームを挟んだパンを手に取った。


「この苺と生クリームのサンドも、うちの店頭に置いてたって半日と少しが限度なんですよ」
「こ、ここ、こんなにも美味しそうなのに?」
「ありがとうございます。けれど、果物もですが生クリームは空気にさらし過ぎると、劣化が時間を置くごとに早いんです。色々試してはいるんですが、せめて店内を涼しくする程度しか」


 理由を説明してくれると、何故かそのパンを笑顔のままシェリーに差し出してきた。


「……え、え?」
「この時間だと、ラティストの術を解除しても来店者は限られてきます。店先の人達を見たかもしれないでしょうが、僕のパンはポーションの目的以外でも普通に食べれるんです。これサービスにしますから食べてみてください」
「ええっ⁉︎」


 目的のパンを安く買えるだけでなく、ただで違うのも食べさせてもらえるだなんて思うだろうか。
 無愛想な店員の方はため息を吐くだけだったし、店長は店長で本当に好意的なだけでシェリーに笑いかけるだけ。

 こんな状況では、断る方が悪い気がした。
 だから、おそるおそる受け取ると、手にふんわりとしたパンの感触が伝わってくる。


「これの補正は……ああ、気力回復ですね」


 シェリーもそちらの棚を見ると、札にはこう書かれてあった。





【スバル特製クリームサンド・苺】

・気力(精神力を含める大雑把な体力など?)を全体の65%まで回復してくれる
・朝摘み苺と、濃厚なホイップを使用したコッペパンは奇跡のコラボレーション! いくらでも食べれるけど太りそうになるのがオチ
・お値段220ラム





 値段はクリームパンと然程変わらないのに、目の前にある苺が宝石のように見えて本当に美味しそうだった。


(……せ、せっかくのご厚意だもの、いただこう)


 それと、これを食べればクリームパンの美味しさもきっとわかるかもしれない。
 シェリーは少し大きめに口を開けて長細いそのパンを頬張る。

 まず歯で噛みちぎりやすい柔らかなパンが口いっぱいに。その後から追いかけてくるように、濃厚な生クリームのホイップと甘酸っぱい苺の味がやってくる。

 その連続が、説明文にもあったように『奇跡』としか思えない味わいだった。


「お、美味しいです! 甘酸っぱい苺と、クリームの甘みが絶妙なのにパンがうまく受け止めてて!」
「お口に合ったようで何よりです」


 シェリーが感想をすぐに言うと、店長は生クリームのように柔らかな笑顔を見せてくれたので少しドキッとしてしまう。

 思わず、残りの生クリームサンドを慌てて食べてしまったが、最後まで苺と生クリームの美味しさを実感出来た。

 それと、迷子で疲れてた気力が、少しずつだが回復していく気がしたのだ。

 以前飲んだポーションよりも、はるかに効き目が早い。疲れ切ってたシェリーの心を生クリームの優しさと苺の甘酸っぱさが活力をつけてくれるような、そんな感じ。


「……効果は出てるな。とりあえずクリームパンだけでいいのか?」


 ラティストがそう口にすると、はじめてシェリーに問いかけてきた。

 その赤い瞳が、心までを見透かすようでドキッとしてしまったが、シェリーはすぐに首を横に振った。


「い、いえ、せ、せっかくなのでパーティーへのお土産も買わせてください! 普通にも食べられるのなら皆喜びます」
「……そうか。結界の方は気にするな、お前が帰ればすぐに消える」


 彼はそれだけ言うと、会計机の方に行ってしまった。魔法はどうやら結界の類で、一時的措置のようだったので安心出来た。
 けれど、何か悪いことでも言ったかと思ったが、店長の方がくすくす笑ってたので振り返る。


「ああ見えて照れてるんですよ。でしたら、ゆっくり選んでください。僕は裏にいますが、何かあればラティストに聞いてくださいね?」
「え⁉︎」
「大丈夫ですよ、ああ見えて結構優しいですから」

 最後に小声でそれだけを伝えると、店長は会計机の横手にある扉の中へと入ってしまった。

 本当に行ってしまったので、この空間に美形でも無愛想な店員と自分だけになってしまったが大丈夫かと少し不安になる。

 綺麗な男性が嫌ではないが、あれだけ無愛想な店員は珍しい。だから、少しばかり緊張してしまうのだ。


(……けど、パンも選ばなきゃ!)


 普通は店側が取ってくれるが、ここは自分で買う分をトングで掴んで盆に乗せ、あとは会計にいる店員が包んでくれる仕組みらしい。

 とりあえず、店長が提案してくれたクリームパンを二個以外はしょっぱい系甘い系色々買うことにした。


「お、お願いします!」


 お小遣いで出せる分を考慮してから盆に乗せて持っていくと、店員は何故か少しだけ目を丸くした。


「……パーティーはそんな大所帯なのか?」


 どうやら数に驚いたらしい。

 たしかに、クリームパン以外にも『からあげパン』『焼きそばパン』『生クリームサンド・マンゴラー』『厚焼き卵サンドイッチ』他数種。

 少し山積みになるくらい乗せたので、さすがの彼でも驚いたのだろう。


「は、はい! 私も入れて6人もいるので」
「……なら普通か。包装もするから少し待っててくれ」


 きちんと答えれば納得してくれたのか、彼は小さく息を吐くと机の下から包装紙のような薄い紙や大きめの紙袋を出してきた。

 そして、目の前で一個一個丁寧に紙に包んで、袋の中で潰れないように重いものと柔らかいのを分けた。

 さらに、シェリーの両手が塞がらないように分けた袋を大きな紙袋にまとめてくれた。最後に、戸棚の方から数枚の紙を取り出して袋に入れる。店長の言うように、優しさを持っていないとこれほど丁寧な梱包は出来ないだろう。


「出来たぞ。代金は、合計で2500ラムだ」
「ありがとうございます!」


 ポシェットに入れておいた財布からしっかり代金を支払い、ラティストが確認し終えてから袋を受け取った。


「うわぁ、たくさん買ってくださったんですね? ありがとうございます」


 いつからいたのか、店長がシェリーの後ろから袋の大きさを覗き込んでた。

 少しだけ驚いたが、にこやかな笑顔にすぐにそんな小さな驚きも消え去ってしまう。あとドキドキもしたが、店長の方は少し首を傾げただけだった。


「お買い上げありがとうございます。扉、開けますね?」
「あ、ありがとうございます!」


 片手は空いてるから大丈夫なのに、高級店のようなサービスまでしてくれるなんてどこまで規格外なのだろう。

 けれど、店長は一向に気にすることなくシェリーが出やすいように扉を開けてくれた。


「また何か……いえ、この街にいらっしゃる間はいつでも来てください。歓迎しますよ」
「は、はい! あ、ありがとうございました!」


 お礼をしっかりと言い、クリームパンの効果を確かめるにも早く戻りたかった。

 ただ、ここで一点。
 ある問題を思い出した。


「……ぎ、ギルドって、どっちですか?」


 ここに来るまで、例の伝書蝶を見つけるまで散々迷ってしまったのを思い出したのだ。


「えっと……冒険者ギルドの方ですか? それなら、この右手をずっと真っ直ぐに行けば突き当たりに」
「そ、そそそんな簡単に⁉︎」

 今は片手が塞がってるので地図が出せないが、本当かとおうむ返しに聞くと彼の後ろに来てたラティストがまたため息を吐いた。


「このパン屋は、冒険者ギルドからも支援を受けてる。だから、住宅街にあっても離れ過ぎないようにしてあるんだ。なのに、迷ったのか?」
「…………はい」


 素直に告白すれば、またため息が聞こえた。

 だが、すぐに頭がぽんぽんと軽く叩かれる。
 店長かと思ったが、顔を上げれば例の美形に赤目と目があった。


「まあ、初回なら無理もない。次気をつければいい」


 まさか彼の方がそんな励ましをしてくれるとは思わず、すぐに首を縦に振った。


「は、はい! では、失礼します!」


 少しだけ腰を折ってから、二人に挨拶をして店を後にした。

 それから店長の指示してくれた通りに歩けば、ものの数分でギルドに到着してロビーにいたパーティーの皆に叱られたりなど、たくさん心配をかけてしまった。

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