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クリームパンと生クリーム苺サンド①


「​───────……ほんとにぃ、どこぉ〜……」


『目的地』を探して、かれこれ数時間。
 距離としては大したことのないはずだったが、Dランクの魔法使いシェリーは、立派に迷子になってしまっていた。

 もとより、自覚はあったのだ。自身が異常なほどの『方向音痴』だと言うことは。
 ただそれも、一度行けば二度目からは迷いにくいと言う少し変わった方向音痴。なので、一緒に組んでるパーティーのメンバーと行動する時以外、初めて行く街中は基本的に一人で行動はしない。

 ただ今回は、どうしても急を要したのとメンバー全員がそれぞれ用事があったので一人で行動に移った。
 が、案の定。冒険者ギルドの受付で描いてもらった地図を頼りにしても方向音痴が発動したのだ。

 場所は、街はずれの住宅街だからか路地が入り組んだところなのが厄介だったかもしれない。地図には道に線が振ってあっても、どこがどうだかシェリーにはちんぷんかんぷんになるのだ。


(……諦めようかなぁ)


 行けないのでは、縁がなかったのかもしれない。
 そう思うのは、これまで一度や二度ではなかった。


「………………だめだめだめっ! それじゃ、今までと同じよシェリー! もう一度地図を見て……って、迷ってるんだからどこがどうだか……」


 勢いで行動しまくったせいで、現在地もわかっていないことにまた気づく。
 とは言え、住宅地の奥にいることは確かだ。ギルド協会らしき大きな建物も、商店街にあるような店らしきものもない。とにかく歩こうととぼとぼ足を動かすと、地図から顔を上げた時に青い光が目の前を過ぎった。


「……い、今のっ」


 青い光、と言う覚えのある現象に急いでその光を目で追う。

 正体は、すぐ近くにいた。

 薄羽の、ほんのり青い光を帯びた蝶々。
 秋のこの季節には蝶はあまり見られないが、発光している蝶々は『生き物』ではない。


「やった! あれ<<・・>>がいるってことは、お店とかが近いはずっ」


 少し離れたところでゆっくり飛んでるその蝶を確認出来て、シェリーは飛び上がらんばかりに喜んだ。

 あの蝶々の名前は、『伝書蝶<>でんしょちょう>>』。
 魔術の一種で形作られる、言伝<<ことづて>>用の疑似生物である。

 使い方は、魔法や魔術が不得手な人間でも簡単に使えるように細工されている。魔術の術式を組み込んだ紙の形状は便箋に近く、名前と言伝の内容を書いてから折り紙のように一定数折り込んでいくだけ。

 それに、微量でも魔力を込めた吐息をかけることで、今シェリーが目にしてる薄羽の蝶に自動的に変化していくのだ。
 大型の書類などになれば、疑似生物の形状は変わってくるが庶民が大体使うのはあの蝶々だ。

 何が言いたいかと言うと、あの蝶々は家庭より職業用に使われることが多いので、この近くに『店』がある証拠。
 シェリーが求めてる店が、ひょっとしたら近いかもしれないのだ。

 何のアテもないよりはと、シェリーは杖を背負い直して駆け足で蝶々を追いかける。


「はー、はーぁっ! 無理して杖持ってくるんじゃなかったよぉ〜!」


 普段戦闘などで使い慣れてるとは言っても、担ぎながら走ると言うことにはあまり慣れてない。そのため、蝶々を見失わないように追いかけるも、少し重くてうまく走れないのだ。

 だけど、見失ったらまた一からやり直し。

 その上、ギルドに併設されてる宿舎にも帰れなかったら、自分もパーティーの誰かに蝶々を飛ばすしかない。出来るだけ彼らには迷惑はかけたくないので、シェリーは必死になって追いかけた。

 ある角を左に曲がると、蝶々の飛ぶ速度が少しずつだが遅くなっていった。
 到達点が近いかもしれないと、もう少しだけ速度を上げて追いかければ……開けた場所に出た。


「まっぶし⁉︎…………って、う、わぁ!」


 一瞬だけ日差しの強さに目をつむってしまったが、開いた時に飛び込んできた景色に思わず声を上げてしまう。


【スバルのパン屋】。


 住宅街にパン屋を営むのは珍しいが、シェリーが迷子になってでも追い求めてた目的地だ。

 煉瓦造りの背が高い建物。
 手彫りの木の看板に、ガラスが惜しげもなく使われた壁の向こうには会計に並んでる客や、背の低い戸棚に並んだパン達が見えた。

 外には、中で客がいっぱいになってるために待ってる客や、買い食いのつもりで寄ったのか食べてる者もいた。

 だがどれも、ごく一部の主婦達を除けばほとんどが冒険者ばかり。
 シェリーと同じような、魔法使いもちらほら見えていた。


(ここだ! ギルドで噂になってた、『すごいパン』を売ってるお店っ)


 それと、先程まで追いかけてた蝶々も店先の扉前でふよふよと浮いていた。
 あれを追いかけてきて本当に良かった、とひどく安心出来た。

 さっそく列に並ぼうと思ったら、扉が開いたので少し待とうとした。
 が、出てきた人物に、思わず目が釘付けになってしまう。


「……今日は誰からかな?」


 出てきたのは、客ではなく店の店員らしき人。
 それは、服装が商店街の者と似たような作業着を着ていたからだ。
 ただそれだけであれば普通だのことだが、問題はその店員の『容姿』。


(か、可愛いっ……のに、綺麗!)


 短いけど、艶のある黒髪。
 白パンのように柔らかそうな肌。
 手入れいらずの桜色の唇。
 肌同様に柔らかそうな細い手足。
 先程も聞こえた、少し低いけど可愛いらしい声。

 そのどれもが、シェリーもだが外にいた者達の注目を集めてしまった。


「あ、スバル店長。そこに蝶いるっスよ?」


 どうやら彼女?が店長のスバルらしく、常連らしい冒険者の一人が真っ先に声をかけた。
 店長も蝶々には気づいてるだろうに、その冒険者の方を見るとふんわりと笑顔を見せてやった。


「お気遣いありがとうございます。あ、今日はツナチーズサンドを購入していただいてましたね?」
「あ、は、はいっ。今日も美味いっス!」
「いいえ。いつも通りに作ってるだけですが」


 軽く会釈をしてから、店長は蝶々の方に振り返る。
 蝶々は、届け先の本人が認知してくれたのを本能的に感じると、なんのためらいもなく彼女の方に向かって降りていく。その動きに、店長もすぐに手を差し伸べた。


【ロイズ=マッグワイヤー殿より通達。開封しますか?】
「受け取ります」


 蝶々から耳通りの良い男の声が聞こえたが、店長はすぐに受諾の言葉を紡ぐ。

 すると、青い蝶々は少し羽ばたいたが、すぐに体を震わせる。光が消えると青い折り紙の蝶々に変化していき、そこからひとりでにどんどん開いて便箋の状態になってしまう。
 だが、折り目は組み込んでる魔術のおかげでどこにもなく、綺麗な一枚の紙になると店長の手に収まった。


「……なるほど。今日師匠が来るかもしれない、か」


 ひとり言をこぼしてから丁寧に紙を畳んで、胸のポケットにしまい込む。そこからまた中へ戻ろうとした彼女に、シェリーは思い切って声をかけてみることにした。


「あ、あの、すすす、すみません!」
「はい、僕にでしょうか?」
「ひゃ、ひゃい!」


 すぐに振り返ってくれた彼女は、シェリーが目に入ると先程の冒険者にしたように柔らかな微笑みを向けてくれた。
 あまりの可愛さに一瞬声が裏返ってしまったが、一つだけ疑問が浮かんだ。
 今店長自身が口にした、自身の『一人称』について。


「………………ぼ、僕<<・>>?」


 聞き間違いだと思いたかった。


「あ、すみません。あなたにも誤解させてしまいましたか?」


 告げないでほしい。少しだけまだ夢見ていたかった。


「このパン屋の店長をしてます、スバルと言います。よく間違われますが『男』なんですけれど……」


 きちんと口にされた事実に、シェリーは頭を抱えそうになった。


(う、ううう、嘘でしょぉおおお⁉︎)


 同性だとしても羨む対象だと思い始めてたのが、まさかの『異性』。
 周囲の常連達は当然知っていても、まだ納得のいかない者がいるのか『あんな可愛いのに……』とか、『服だけ見なきゃ絶対女の子よねぇ?』とか言ったりしていた。

 

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