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2 キャラクターメイキング

 部屋へと戻った僕は、ミスギアを装着して【CCO】を始める前に、入浴とトイレを済ませた。その間にエアコンの設定を変えて、室内の温度などを推奨環境とされる温度に調整。すべての準備が整ってからバイザー型のミスギアを装着して布団に潜り込み、年甲斐もなく胸を躍らせつつログインキーワードを口にした。

『ようこそ【CCO】へ』
「はじめまして、今日はよろしくお願いします」

 軽い酩酊感のあとで気が付くと、壁も床も天井も真っ白な四角い部屋にいた。部屋の中には僕ひとり。声はすれども姿は見えず。人と区別がつかないと噂の|NPC《ノンプレイヤーキャラクター》たちと会えるのはお預けらしい。

『まずはあなたの種族をお選びください』

 聞こえてきた声はとても綺麗な女性の声で、その言葉と同時に目の前に選択できる種族の一覧が表示される。人間、エルフ、ドワーフ、各種獣人、そして各種族とのハーフまで選べるようだ。

「たくさんありますね。どんな種族がお勧めですか?」
『種族をタップすると詳細が表示されます』
「なるほど」

 言われたとおり種族の項目をタップしていくと、種族ごとの簡単な説明文が表示される。[エルフ]は魔法や弓などが得意で、[ドワーフ]は力が強く頑丈で器用などだ。VRMMOは初めてでも、いろいろな小説や、テレビゲームのRPGなどの知識はあるから基本的なことはわかる。
 初期の段階ではさほど尖った種族はいないみたいだな。獣人の系統やハーフがあるから種類が多く見えるけど、基本は[人間]、[エルフ]、[ドワーフ]、[獣人]の四種類か。

『種族をお選びください』

 ふむふむと種族の説明を眺めていたら催促をされてしまった。どうやらキャラメイクを進行してくれている声の人は、事務的に話を進めていくタイプらしい。でもタイプがあるってことは個性があるってことなんじゃないかな。 

「えっと、会話をするのに呼び名がないと味気ないので、お名前があるなら教えてもらえるとありがたいんですが」
『種族をお選びください』

 どうやら答えてくれないらしい。本当に名前がない可能性もあるけど、やはり相手の名前がわからないというのはなんとなく嫌だ。

「すみません、私の都合で申し訳ないんですが、とりあえずあなたのことをヘルプのヘルさんとお呼びします。もし、嫌だったら嫌だと言ってくださいね。それでは改めて、よろしくお願いします、ヘルさん」
『 種族をお選びください』

 ヘルさんからの再度の催促……でもヘルさんの言葉にはほんの一瞬、例えるならまばたき一回分ほどの躊躇いの間があったような気がする。普通なら気が付かないんだろうけど、僕はなぜかその『間』を明確に感じ取れてしまう。もちろんリアルで人間を目の前にして話しているときよりはかなりわかりにくいけど。

「よかった。ヘルさんはお仕事を真面目にやろうとしているだけなんですね」
『種族をお選びください』
「おっと、お仕事を邪魔しちゃ駄目ですよね。えっと……それじゃあ、初めてのVRMMOですし最初から変わった種族は自信がないので[人間]にします。尖った能力はないですけど平均的に成長するみたいですし」
『種族に[人間]が選択されました。外見のカスタマイズに入ってください。原則として性別の変更は不可。体格と顔について今は|現実《リアル》に準拠しています。髪型、髪の色、瞳の色は自由に変更できますが、身長体重の変化には制約があります。顔のパーツについては、いくつかのパターンから選択することができます』

 確か現実の体との差異が大きすぎると、現実世界での生活にも影響が出る可能性があるんだったかな。それなら体格については178センチ、62キロくらいでいいか。現実もそのくらいだし、このくらいなら違和感はないはず。
 問題は顔か。現実では周囲に不快感を与えないように目立たないようにしていたけど、せっかくの仮想現実なんだから、少し冒険してみてもいいか。ベタだけど、長めの白髪で紫の瞳、肌の色を少しだけ白に寄せてみるか。顔の造りはあんまり変えなかったけど、眉を整えて輪郭から少し丸みを取ると、髪や瞳の変更もあってかなり印象が変わる。外見のカスタマイズに入ると同時に、忽然と現れた姿見に映った自分の姿を見る限りでは、知り合いに遭遇してもわからないんじゃないかな。よし、じゃあ見た目はこれでいいとして……あとはキャラや口調なんかを適当にロールすればいいか。
 冷静になってしまうと、いかにもな容姿に思わず羞恥心が湧き上がってくるけど……これもゲームの醍醐味だ。

「ヘルさん、外見はこれでいいです」
『それでは【CCO】のチュートリアルについて説明させていただきます』
「はい、お願いします」
『【CCO】ではゲームが開始されますと、全てのプレイヤーがチュートリアル専用の街であるリイド、始まりの街へと転送されます。ここで皆様は職業〔見習い〕として生活をしていただきますが、リイドの街はインスタントマップになっていますので他のプレイヤーはいません』

 その後もヘルさんの説明は続き、ところどころに質問を挟みつつひと通り確認したチュートリアルについての要点がこちら。

・リイドはプレイヤーの数だけ同じ場所に存在(インスタントマップ)し、そのプレイヤーしか出入りできない。
・チュートリアル中、HPは0にならず、死の直前で全回復してリイドの神殿に転送される。つまりデスペナルティがない。
・〔見習い〕の職業レベルは10まで。だけど全武器、全魔法が使用可。さらにスキルを取得しやすいが、取得後のスキル熟練度はあがりにくい。
・チュートリアル用の〔見習い〕職でチュートリアルミッションをすべてクリアする。ミッションをクリアしていて、かつ職業レベルが10になると転職が可能になる。その際の転職先はリイドでの行動により数や種類が変わる。
・転職すると転職した職業の初期スキルに加えて、〔見習い〕の時に覚えたスキルの中から5つを選択できるが、残りは|リセット《忘れる》。チュートリアル終了後に正規の条件で再取得は可能。
・転職することでチュートリアルは終了し、リイドの街には入れなくなり、イチノセの街へと転送してくれる。歩いていくのも可(ゲーム内時間で朝から晩まで歩けば着くらしい)。
・チュートリアル中のリイドでは時間の倍率が調整されている。

 ようは始まりの街でのチュートリアルはゲームのシステムを一通り体験すると同時に、キャラクターメイクの要素も兼ねているということになる。自分のプレイスタイルの方向性を決めてから本格的にスタートできるのは、ひとりでふたつのキャラを持つことが出来ない仕様の【CCO】にはとてもマッチしている気がする。

『それでは最後に名前を決めてください』

 結局ヘルさんは最後まで仕事モードを崩してくれなかった。たくさん質問するついでに、いろいろ話しかけてはみたんだけど。

『……名前を決めてください』
「あ、はい。ごめん、ちょっと待って考えるから」

 と言いつつ、名前のほうは既に決まっている。決まっていないのはゲーム内での僕のキャラだ。とりあえず一人称『僕』はやめる。『俺』『わし』『私』『おいら』『ミー』『わっち』『わて』いろいろ思いつくけど……外見は細身で涼やかな感じになったし、素直に『私』に変えよう。口調はあんまり変え過ぎても不自然になりそうだし、基本はいままで通りにして、あとは現実ではあまり強く感情を出すことをしてこなかったから、ゲームの中ではなるべく素直に感情を出せるようにしていきたい。ちょっと砕けた口調も使ってみたりとか? うわ、考えただけでまたわくわくしてきた。

『名前を決めてください』
「ん、了解。それじゃあ私の名前はコチで」
『私? いえ、承知いたしました。プレイヤー名をコチで登録いたします』
「お、やった。初めてヘルさんが興味を持ってくれた。これはね、せっかくのフルダイブ型のVRMMOだから、一人称を変えてみたんだ。いま思いついたことだし、全世界の中で『僕』がこのゲームで一人称を『私』と名乗っているのを知っているのはヘルさんだけです。だから内緒にしておいてくださいね」

 なんて言ってもヘルさんは約束してくれないだろうけど、それでもいい。これはこのゲームをコチとしてしっかり楽しむため。自分自身に対する決意表明? みたいなものだ。

『……』
「ん? ヘルさん?」
『すべての設定が終わりました。プレイヤー名コチをリイドに転送いたします』
「はは、だよね。うん、でもいろいろありがとうヘルさん。またどこかで会えたら、今度は普通に話をしてもらえると嬉しいかな。では、行ってきます」
『……お約束承りました。いってらっしゃいませ、コチさん』

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