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「手続き終わったよ、姉さん」
「おお、終わったか。全身マッサージコースがもうすぐ終わるからちょっと待ってろ」

 大型電気店備え付けの生体情報登録ボックスから解放された|楓太《ふうた》は、凝り固まった体をほぐしながら、展示してあるマッサージチェアに埋もれて体を揺らしている姉の美沙希に声をかける。
 今年成人した楓太より二歳年上の姉は、細身ながら平均よりも遥かにボリュームのある胸をマッサージチェアで惜しげもなくぷるぷると震わせ、通りかかる男性陣から無遠慮なチラ見をされていたが、まったく気にする素振りがない。
 光の加減によっては赤く見える、肩まで伸びた髪を無造作に後ろで纏め、ダメージジーンズと白シャツというお洒落の欠片もない格好にも関わらず、じっとしている美沙希は文句のつけようのない美人だった。だが、ひとたび口を開いて動き出せば、その粗野な態度と乱暴な口調、そしてなぜか纏っている剣呑な雰囲気のせいで周囲の男が寄り付かないという残念な美女だ。

 楓太にとって、一種特殊な関係である姉はいろいろな意味で思うところのある姉だったが、なにかと自分を気にかけてくれるたったひとりの身内だった。
 今回ふたりでこの店に来たのも、楓太の成人祝いを美沙希がプレゼントするという流れからだ。


 その後、マッサージを終えた姉と店を出て、近所の洋食ファミリーレストランで食事を終えた楓太と美沙希は店から出ると別れの挨拶をかわしていた。ふたりはそれぞれ一人暮らしだが、住んでいる場所はさほど離れていない。ふたりの住居に駅から向かうと、ちょうどこのファミレスが分岐点のため、待ち合わせや解散のときにはいつもここを利用していた。

「じゃあな、夏休みだからってはまりすぎんなよ」
「うん、わかっているよ。今日はありがとう、姉さん」
「いいって、そのミスギアはお古だしな」
「そんなことないよ。もともと姉さんが使っていたこのミスティックギアだって買い替える必要はなかったし、【C・C・O】のインストール代に生体登録料まで合わせたら……結構負担だったんじゃない?」
「んなことねぇよ。こう見えて結構稼いでいるしな、せっかくの成人祝いだ。ありがたく貰っとけよ」

 なんでもないことのようにひらひらと手を振る美沙希だが、その表情、仕草、言葉の抑揚から自分の言葉が間違っていなかったことを確信してしまう楓太。これは別によく知っている姉の行動だからというわけではない。昔から楓太は、人の反応を見るというのか、感情を察するのが得意だった。
 相手が喜んでいるのか、怒っているのか、嘘をついているのか、本気なのか、そういったことがなんとなくわかる。いや、わかり過ぎてしまう。それは一見すると便利な能力だが、常に人の本音が透けて見えるというのは想像以上にストレスがかかるもので、日常生活を送る上で楓太に少なくない負担をかけていた。

「……ありがとう、姉さん」
「ちっ、やっぱり誤魔化せねぇか。だが、別に生活に困ってねぇのは嘘じゃねぇぞ。だから心置きなく楽しめ」

 美沙希は楓太に向かってそう告げると、にししと下品な笑みを浮かべる。

「しかも【CCO】は成人指定だ、中で俺を見つけたら|相手《・・》してやってもいいぜ」
「|な・ん・の《・ ・ ・》相手かな? 姉さん」
「けけけ、なんでもござれさ。PvPでも、夜のお相手でもな。そのかわり中にいる俺の情報は一切秘密ってことでどうだ? 見つけられるもんなら見つけてみな」
「ふぅん……面白いね、それ。じゃあ中で姉さんを見つけられたら、僕の言うことをひとつ、なんでも聞いてもらおうかな」
「おうおう、いいぜ。楽しみにしといてやる」

 格好良く体を翻して去っていく姉の背中を眺めながら、楓太はミスティックギアの入った袋を持つ手に力を込める。

「やばいな……もう楽しくなってきた」

 こうして、|東島楓太《とうじまふうた》は初めてのVRMMO世界へと一歩を踏み出した。

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