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商人の登録

「それは大変でしたね、縁も所縁も無い方ですが、一部屋隣で起きた惨劇は一歩間違えれば私達にも降りかかって来る可能性もあった訳ですね。御冥福をお祈りいたします」

「ぬうううう。物盗りの犯行と思われるのだが、犯人はお前達では無いと言う証拠はあるのか?」

「盗られた物はどの様なものでしょう? 私達は昨日この宿に宿泊して宿泊代金も支払っております。隣の部屋に押し込み強盗を行ったとして、どの様な利益が発生するのでしょうか? また、仮にその様な凶荒を行なって尚この宿屋から私達が逃げ出さない理由は?」

「うぬぬぬ。屁理屈ばかり並べおって! 怪しいから怪しいと言っておるのだ」

「これは屁理屈ではありません。道理です」

 昨日この町に入る際に賄賂を渡した衛兵が押し込み強盗の取り調べに来たのだが、自分の計画が大失敗にもかかわらずゴネている。

 何しろ死体掃除に来た受付のおっさんが迷わず俺達の部屋に来たのも杜撰かと思えば、その場でしどろもどろの言い訳を並べている受付のおっさんがどこにも通報していないと言っているのに、朝っぱらから強盗殺人の取り調べだと言い張って真っ直ぐ二階の四号室に入って来たのだ。

 こんなこっちゃ推理小説のネタにもならない。

「あ! 怪しいと言えば……」

「なんだ!」

「この宿屋のおっさんが朝っぱらからこの部屋に掃除に入ろうとしていたんですよ。閂をこじ開けようとして随分頑張っていたみたいです。まるでここに死体がある事を確信しているかの様に、誰かに押し込み強盗の情報を売っていたのかも知れませんね、格安で……私達が外出していた昨日の夕方頃にここに尋ねて来た人間の背後関係を調べれば、何か重要な事が解るかも知れませんね」

「うむ、情報感謝する」

 賄賂衛兵は踵を返して真っ直ぐ表に出て行った。

 昨日の夕方頃の聞き込みはどうした?

「わかりやすいなあ……」

 俺達の身代わりとなった見知らぬエロカップルには感謝を捧げておく。名前も知らんけどな。

「さあ、面倒な事も片付いたし登録に行くか。いつまでも余所者扱いをされたら今度は何処に売られるかわかったもんでも無いしな」

 チロリと受付のおっさんを視線を移すと、ビクリと身体を震わせる。

 得体の解らない理由で悪巧みを潰されてしまえば、得体の解らない方法で反撃を受けるのはこの世の常である。

 そのカラクリを解き明かさない限り、手出しをするのは悪手であり危険な事。特に魔法なんてふざけた物が存在する世の中では、相手の手の内が解らないヤバ目の奴には近寄らないのが唯一の正解である。

 これで暫くは身辺も静かになる事だろう。

「ちょっと出かけて来る。来客が来たら夕方には戻ると伝えてくれ」

 受付カウンターに乱暴に肘をつき、その音に紛れてボイスレコーダーをカウンターの裏に貼り付ける。三六時間は余裕で録音出来るので大丈夫な筈だ。

「あ、ああ、わかった」

 受付のおっさんは気まずそうに返事をするが視線は合わせようとしなかった。

 宿屋を後にしてアケミの怪しい道案内で商人ギルドっぽい場所まで歩いて向かう。昨日市場の価格相場を調べて歩いた付近に煉瓦造りの建物があり、そこが商工会議所的な役割を持つ場所だと判明したので早速登録する事にした。

 せっかちな商人達を相手にするカウンターらしく五人の受付嬢がずらりと並ぶ様は威圧的ですらある。

「まあ、それは大変でしたね、商品の一部でも残っていれば商いは続けて行けるので頑張って下さいね」

 こちらのでっち上げた事情を親身に聞いてくれた受付嬢は、登録費用さえ払ってくれれば同情の言葉と笑顔はきっちりと返してくれる。

「この町に伝手が無いのであれば小売は困難かと思いますので、卸売りで良ければ商人を紹介させて頂きますがどうでしょう?」

「派手に足下を見て来ない商人を紹介してくれます?」

「それは無理ですね。足下を見るのが彼らの仕事ですから……」

 受付嬢は苦笑いをしながらも目は笑っていない。

「そうですよねぇ……じゃあ、手元にリカーが有ります。行商人から買い付けた珍しいお酒なのですが、取り扱える方はいらっしゃいますかね?」

「リカーですか? 聞き馴染みのないお酒ですね、お酒を取り扱う商会の買い付け担当の方と連絡を付けて見ますね、仲介手数料は一割となりますので売買契約書の写しは必ず提出して下さいませ」

 席を立った受付嬢は煙草の煙が蔓延する待合室に歩いて行くと、一人の中年親父と話を始めた。

 仲介と言ってもたまたま商工会議所に用事で来ていた酒を取り扱う商人に声をかけるだけなのかと思い、少し肩を落としてしまう。

 まあ、飛び込みで営業をかけても良くて門前払い、悪くて地下拷問部屋だ。互助会の仲介で安全に取引が出来て商売実績もつくのであれば手数料なんて安い物である。

 受付嬢に促されて俺の前に連れて来られたのは、恰幅の良い中年のおっさんで名前をクラッセンと名乗った。

「今回は災難でしたな、聞き慣れない酒をお持ちとの事でお互いに良き商売となれば幸いですな」

 大鹿に襲われて、荷車ごと商売の種を無くした哀れな商人の骨をしゃぶりに来た男は、満面の笑みで俺に近づいて来た。

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