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第二百三十一話

「ぐううう……!」
「お、おい、どうした!?」

 苦しんで身を屈める様子を見せる帽子を抱いて、王子が心配の声を上げる。
 俺とメイも慌てて駆け寄った。
 魔力の波動を確かめるが、異常はない。むしろ、魔力が漲っている感じだ。

「……は、離れなっ!」

 黒の魔女帽子は、焦燥に満ちた声を荒らげつつ、ふわりと浮き上がった。
 魔力が更に膨れ上がり、とうとう黒の魔女帽子が光を放つ。

 ──これは、爆発するか!?

 魔力の流れを感知しつつ、俺は魔力を高める。最悪の場合、爆発する寸前で遠くに吹き飛ばすしかない。
 緊迫してその刹那を狙っていると、膨れ上がった光はいきなり四角形に変化し、何やら砂嵐を走らせた。
 ややあって出てきたのは、映像だ。それも──フィルニーアの。って何だ?

 状況についていけず戸惑っていると、画質の粗いフィルニーアはごほん、と咳払いした。

『あ、あー。テステス。これ、ちゃんと録れてるんだろうねぇ。まぁいいさね。あー。この映像を視てるってことは、見事に王子の呪いを解除したってことだね?』

 ああ、フィルニーアだ。あの時と変わらないフィルニーアだ。

『そして同時に私はそこにいないってことさね。ってことは、呪いを解除したあんた──もしくはあんたらは、きっと私の息子か娘なんだろうさね?』

 俺は思わず吹き出した。
 この尊大な物言い。そして、自分の血縁者、もしくは弟子でしか成し遂げられないだろうと確信しているあたり、まさしくフィルニーアだ。

『まぁ、なんだ、良くやった。ここまで強力な呪いをどうやって解除したのか気になるさね。もし私が存命なら、どうか教えてやってほしい。それと……これは間違いなく偉業さね。だから、褒美だ。受け取りな』

 フィルニーアは微笑むと、ぱちんと指を鳴らした。
 直後、小さい光の球が出現し、ふわふわち俺とメイの胸に入ってきた。瞬間、ステータスウィンドウが開く。

 ──スキル獲得!
 【ジェネリック】
 消費魔力一〇%軽減。常時発動。
 【スターライト】
 異なる属性の魔法の連続使用を可能にする。強化すればするだけ複数の属性の魔法が使用可能。

 表示された文面を見て、俺は顔をひきつらせた。

 こ、これとんでもないスキルだぞ!
 消費魔力一〇%軽減は言うまでもなく強スキルだし、異なる属性の魔法の連続使用は、俺にとってかなりの恩恵をもたらす。具体的に言えば《ヴォルフ・ヤクト》の操作性が上がるし、そうでなく魔法を次々と連打することが出来る。戦闘能力の底上げはすさまじい。
 いや、他にも色々と出来るぞ。

『それじゃあ、頑張りな』

 映像のフィルニーアはぶっきらぼうに言い放つと、消えた。
 同時に魔力が収束し、黒の魔女帽子へ戻る。

「ぬぬぬ……こんなギミックを仕込んでたなんてね……」

 どこか疲れたように帽子は言う。
 まぁ、フィルニーアだしな。俺とメイはそれだけで納得できる。フィルニーアは冗談抜きで魔法に関しては何でもありだからな。

『な、なんと……情報の記憶など、とんでもない魔法だぞ……お、おい、そこの帽子』
「なんだい」
『今の魔法の術式は分かるのか?』

 オルカナは凄まじい勢いで詰め寄りながら訊く。
 傍から見ればくまのぬいぐるみが帽子を抱き上げているようにしか見えないので、どこかほっこりする。
 中身は言うまでもなくバケモノ同士なんだけど。

「ああ、なんとなく分かるさね。理論は私の中に入ってるからね」
「理論って……《魔導の真理》か?」

 ぎょっとして訊くと、黒の魔女帽子は頷いた。

「ただ、劣化コピーもいいところだけどね。基礎理論が大まかに入ってるぐらいだから、構築にも何度も検証が必要になるさね」

 いや、それでも十分すぎると思うんだけど……。そもそもフィルニーアの基礎理論って、ハッキリ言うと世界でも有数の魔法使いよりも技術あるはずだからな。
 つか、現状、この帽子世界一の能力持ってんじゃね?

『これだけのものの理論があるのならば十分過ぎる。良い。少し私に協力しないか?』
「協力?」
『うむ。うまくいけば、やりたいことが可能になるかもしれん』

 オルカナはいつになく興奮した様子だった。
 いったい何をやるつもりなんだ? 下手なことはさすがにさせられんぞ。
 密かに咎めの視線を送ると、オルカナは鼻を鳴らした。

『よからぬことではない。むしろ、グラナダ殿にとって良いことだ』
「本当だろうな?」
『うむ。この夜の王、純然たる契約主義故にな』
「……分かった」

 今はその言葉を信じてみるか。もし変なことだったらその場で中止させれば良いし。
 俺が許可を出すと、オルカナは早速屋敷へと向かっていった。

「さて、私達も戻りましょう。王子、屋敷が待っています」
「ああ、そうだな」

 キリアの提案に王子は頷く。シシリーも強く頷いて王子の腕に手を回した。
 ま、まだまだ積もる話もあるだろうしな。

「じゃあ、先に戻っておいてくれ」
「グラナダ様はどうなされるのですか?」
「俺はちょっとやることあるから。大丈夫、終わったら勝手に戻るから、気にしなくて良いよ。しばらく楽しんだら良い」

 素早くメイドの表情とたたずまいを見せるキリアに、俺は鷹揚に手を振った。
 だが、当然難色を示す。

「しかし……この屋敷のご主人様はグラナダ様です」
「それなら任せてください。私はご主人さまの付き人ですから」

 前に出て進言したのは、メイだ。自信をたっぷり見せるように胸に手を当てている。
 俺も頷いて同意した。

「そうですか……そうおっしゃるなら。分かりました。従います」

 キリアは一礼してから、踵を返した。
 うん、なんだろう、確かメイド長ってシシリーだよな? 思いっきりキリアの方がメイド長っぽいぞ。
 思いながらも俺はそっと三人を見守ることにした。

 そして、屋敷を見る。

 夜だけど、中にはしっかりと明かりが灯されていて、その大きさが分かる。
 ハッキリ言って、貴族の屋敷なのだから大きい。

 まぁ、キリアがいれば屋敷はしっかり切り盛りしてくれるだろう。うん。それに、屋敷の中にはいくつもの気配があって、揃って幽霊っぽいが、使用人のはずだ。
 俺たちだけなら管理さえ大変な屋敷だが、あれだけいれば問題ないはずだ。

「さて、と」
「これからどうされるんですか? ご主人さま」

 俺が準備運動を始めた段階で、メイが訊いてくる。

「新技のお披露目ってとこかな?」
「新技?」
「ああ。フィルニーアから貰ったスキルを早速活用してみようと思う」

 にやりと笑うと、メイは怪訝に首を傾げた。

「でも、もらったスキルはまだレベル一ですよ?」
「うん、メイはな。でも、このスキル、どうも光魔法系統のスキルみたいなんだ。だから――……」

 俺はスキルウィンドウを開いてメイに見せる。
 そこには、スキルレベル一〇になった二つのスキルがあった。ヴァータの加護だ。光魔法系統のものなら瞬時にスキルレベルマックスにしてくれるという、とんでもなく微妙な加護である。
 まさかここで約に立つとは思わなかった。

「うわぁ、凄いです!」

 目を輝かせて感心するメイの頭を撫でながら、俺は人差し指を立てた。

「ということだから、早速使ってみようと思うんだ。ちょっと移動しよう」

 俺は早速メイを連れて上空へ飛び上がり、呼び寄せていたクータに乗って王都から程近い平野に移動する。夜とはいえ見つかる可能性があるので、きっちりと隠蔽魔法をかける。
 うん、消費魔力一〇%軽減が効いて、消費魔力が少ない。
 クータの背中で、メイも色々と試し始めていた。

「凄いですね、火から風への魔法連携が本当にスムーズです。今は初級魔法でしか連携できませんけど」

 なるほど、スキルレベルが低いと、魔法のランクに制限がかかるのか。

「これは優先的に鍛えていった方が良いスキルだな」
「はい。しばらく特訓してみます」

 メイは力強く頷いた。
 そのタイミングで、クータが降下を始める。眼下には、もう平野が広がっていた。

 ゆっくりとクータが着陸し、俺は飛び降りる。
 周囲に気配がないのを確かめてから、俺は魔力を高めた。
 もう脳内ではしっかりと呪文まで構成されている。異なる属性の魔法を魔法陣に圧縮し、俺は言の葉に力を乗せた。

「《白麗に立て》《穢れなき咎め》《嚇怒よ、八重に咲き誇れ》」

 ひゅう、と、風が一点に収束した。

「《百剣白樹(ヴァイス・トロイメライ)》」

 瞬間、光を宿す白麗の剣が出現し、刹那にして、まるで咲き誇る桜のように刃を生み出して成長した。
 今まで周囲を浄化して更に魔法を使わなければ発動出来なかった技だ。それが一つの魔法で発動出来るようになった上に、威力と精度も増している。
 ここまで発動速度が早くなれば、強敵との戦いでも使える。

「す、すごいっ……!」

 その様子を見てたメイは、ただ感動している様子だった。確かに幻想的な光景だしな。
 けど、敵に使ったらとんでもない威力を持つぞ。
 良い出来に、俺も満足して何度も頷いた。消費魔力は高いが、これもスキルのおかげでセーブできるしな。もっと慣れれば、詠唱破棄も出来そうだ。

 もう少し練習するかな?

 そう思った時だった。

「きゃああああああ――――っ!?」

 暗がりの平野に、悲鳴が響き渡った。

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