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第百三十四話

「《クリエイション・ブレード》」

 メイがようやく落ち着いたのを見て、俺はメイの大剣とアストラル結晶に触れ、魔法を使う。
 武骨な大剣をコーティングするように結晶はまとわりついて、さらに大剣の腹を一本の筋が走る。なんかちょっと近未来なSFチックな模様になったな。

 これで武器の強化は終わりだ。
 ぐっと魔力感応が上昇しただけでなく、耐久性まで上がっている。かなりの性能が期待できそうだ。

 出来具合に満足した俺は、座って待っているメイのもとへ向かう。

「出来たぞ」
「わぁ……っ! 綺麗!」

 メイはぱぁっと顔を明るくさせ、両手でその剣を受けとる。
 何度も凝視しては、ぎゅっと抱き締めた。俺は一瞬ぎょっとしたが、ちゃんと身体を傷付けないよう配慮しているようだ。
 密かに胸を撫でおろしていると、メイの胸元から古くなったネックレスが出てきた。
 あれって確か、フィルニーアと北の街にいった時、作ってあげたものだよな。ずっと毎日つけているせいか、すっかりボロボロになっている。

「凄い喜びようだねィ。グラナダ、あんた、メイちゃんにちゃんと何かしてあげてるのかィ?」
「もちろんです! 農奴だった私を拾ってくださり、色々と施しをしてくださいました。このネックレスだってご主人様が手作りしてくださいましたし、それに、今回だって……!」

 本気で感激しているのか、メイはまた涙をうっすらと浮かべ始めた。

「私、私っ……! 幸せ過ぎてっ……」
「あーあー、分かったから、泣くな、な?」

 メイに泣かれると困るんだ。俺が。
 俺はメイの頭を撫でて落ち着かせつつ、ハインリッヒを見た。

「まぁ、メイちゃんの武器は大丈夫じゃないかな。かなり強化されたみたいだし。次はグラナダくんだけど、ダガーを作っておくと良いと思うよ」
「まぁ、それしかないですよね」

 俺は苦笑して返した。
 俺の《ヴォルフ・ヤクト》はその場で武器を生成して攻撃するという強みがある。これは武器を携帯せずに対応可能な意味としては非常に有用だが、周囲の環境に影響されやすくもある。それに、魔力を消費する上にワンテンポ遅れるというデメリットもある。
 もし軽量でかさばらないダガーが作れるのであれば、それに越したことはないだろうな。

 俺は意識を集中させてアストラル結晶に手を当てる。

 イメージは刃。
 鋭く、洗練されていて、俺の魔力によく反応する。
 鮮明に思い描きながら、俺は魔法を発動させる。

「《クリエイション・ダガー》」

 生み出されたのは、幾つもの虹色の刃。
 それは細長いひし形で、かなりの切れ味を思わせる。俺はそれを七つ生み出していた。

「わぁ、凄い」

 それを《ヴォルフ・ヤクト》で周囲を漂わせると、メイが手を合わせて目を輝かせた。
 確かに、幻想的ではある。一見、精霊が周囲を飛んでいるようにも見えるしな。

「うん、良い出来だね」

 ハインリッヒも満足そうだ。
 まぁこれは軽いし、薄いし、強靭だ。これなら持ち運びも簡単だろう。
 俺は刃を回収しつつ、まだ余っているアストラル結晶を見た。かなり削られてはいるが、まだ赤ん坊くらいのサイズはある。

「まだ残ったねィ」
「アイシャはいらないのか?」
「限界突破に必要な分は手に入れたしねィ。それにあたしは戦闘しないし。ハインリッヒは?」
「僕は、正直……」

 どこか言いにくそうにするその様子だけで分かる。もう既に持ってるんだろ。

「じゃあ、魔法道具マジックアイテム用の魔石にするか」
「そんなことも出来るの?」
「成功率はそんなに高くないけどな。けど、これだけあれば、何個かは」

 言いながら俺は加工を始める。魔法陣を刻むペンは持ってきている。
 案の定、何回も失敗したが、なんとか複数確保することが出来た。同時に、アストラル結晶も全部使い切れた。棚ぼた的な気がするが、かなりの強化アイテムを手に入れられたぞ。
 その頃には、外で大暴れしていたクータとポチも帰ってきていた。ずいぶんとスッキリした様子だ。

「もうすぐ夜明けね」
「かなり時間が経ったんだな」

 俺は白くなり始めた外を見ながらため息をついた。
 なんかここ最近、徹夜の回数多くないか? そろそろ体に悪い気がするんだけど。

「とりあえず戻ろう。送るよ」

 そのハインリッヒの申し出に、断る理由はなかった。
 結局、アイシャの家で依頼の事後処理を済ませてから帰宅したので、俺とメイは一睡もせずに学園へ向かう羽目になった。授業中に居眠りしたのは言うまでもない。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「小麦粉が、手に入らない?」

 依頼をこなしてから一週間。もうそろそろアイシャに頼んだものが出来上がるだろうな、といった具合の時に、新たなトラブルはやってきた。
 言い出しっぺはフィリオだ。
 さすが商人家系の貴族だけあって、学園祭でもその能力を発揮していたフィリオは、与えられた予算で材料を仕入れる役目も担っていた。目下の悩みになるはずだった豚肉は、俺がマデ・ツラックーコスを手に入れたことで解消されたはずで、順調に分配していたはずだったが。

「どういうことだよ」

 俺はメイの手作り弁当を食べながら訝る。

「グラナダのレシピにある強力粉と薄力粉……このうちの薄力粉が手に入らないんだ」
「マジか」
「ああ。もともとこの異世界じゃあ薄力粉の需要は少ないんだ。だから大量に手に入れることに苦労してたんだよ。それでもなんとか渡りを見つけてはいたんだが……」

 フィリオは本気で困っている様子だった。
 そもそも強力粉と薄力粉は、たんぱく質をどれだけ含有しているかによって異なる。強力粉は多く、薄力粉は少ないのだ。そのため、強力粉はもっちりとした感触になることが多く、パンに使われる。反対に薄力粉はさっくりと仕上がるので、お菓子作りなどに使用される。
 この世界で、お菓子は珍しい。メイは定期的に作ってくれるが、これは俺が好きだからだ。一般的に広く知れ渡っているわけではなく、金持ちや貴族の嗜み、といった立ち位置だ。

 だから薄力粉の需要が少なく、生産量が少ないことはある程度分かっていたのだが。

 それでも手に入らない、というのは少し合点がいかない。
 実際、俺は角煮まんを試食する時に手に入れているからな。

「どういうことか説明してくれないか?」
「ああ。この王都に入ってくる薄力粉のルートは主に二つ。でも、そのうちの一つは受注生産型だから値段がかなり高い。それでいてあまり質が良くない。灰分がかなり含まれてるってのもあるけど、そもそもの質が悪いんだ。虫や雑成分が入ってたりな」

 つまり等級が低い、ということか。

「もう一つは、その薄力粉専用の小麦粉を生産している地域があるんだ。こっちは質が良い上に安定供給してくれるから、値段もそこまで跳ね上がらない。だから、俺はそこに渡りをつけていたんだけど、急に供給できないって言ってきたんだ」
「原因は?」
「商会にも問い合わせてみたんだが、まだハッキリとした原因は分からないそうだ。ただ、何かしらトラブルが起きているのは間違いない」

 俺は思わずため息をついた。
 まーたややこしいことになりそうだな。とはいえ、このまま手をこまねいていては、材料が手に入らない危機、ってワケだ。
 もちろん中力粉で代用することも可能だが、それだと肉に生地が負けてしまう。
 あの強力粉と薄力粉の絶妙な配分具合で初めて、あの濃厚な味を包む生地が出来るのである。売り上げトップを狙う以上、味にはしっかりとこだわりたい。
 それに薄力粉はエビチリを作る時にも使うしな。

「だったら、出向く方が早いんじゃね?」

 会話に参加してきたのはエッジだ。

「学園祭の予算は少ないしよ、それでもやりたいことはたくさんあるワケで。ちょっとでも予算を削りたいってのは正直なトコなんだろ?」
「そ、それは、まぁ」
「だったらその産地に出向いてさくさくっとトラブル解決してやれば、小麦粉も安く譲ってくれるだろうし、一石二鳥なんじゃねぇの?」

 難しいことをエラく簡単に言ってくれるもんだ。
 とはいえ、エッジのやり方は少し強引だが手でもある。もちろん、俺たちはまだ正式に依頼を受けられる冒険者ではないので、報酬の方は期待できないが。

「そうね。私たちで行けば、多少の魔物が出てきてもそうそう遅れは取らないと思うし」
「そうですねぇ」

 同調したのは、セリナとアリアスだ。何やらチクチクと衣装の縫物をしている。意外なことに二人は裁縫の技術が飛び抜けていた。どうも針仕事、というより、縫物は貴族でも流行っているらしく、手習っていたらしい。
 学園祭の制服の製作はこの二人を中心に展開されている。

「ま、グラナダがいくなら俺も行くぞ」

 最後にアマンダが同調してくる。
 まぁ確かに、学生とはいえSSR(エスエスレア)の集団だ。そう簡単に負けるパーティではない。

「そうだな。じゃあ、外出許可取って行くか」
「みんなが来てくれると心強いな、ありがとう。助かる。なんか頼ってばかりでホント申し訳ない」

 いつもの卑屈は聞き流すことにしよう。

「それで、場所は近いのか?」
「ああ。ここから馬車で半日だな。名産品、ブログマン・ツツミの生産地だ」

 フィリオはそう言いながら立ち上がった。

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