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第百三十五話

 ブログマン・ツツミ。
 それは、小麦粉の中でも高級品に属する品種だ。これを確保することが出来れば、確かにマデ・ツラックーコスの肉の旨味にも負けないだろう。

 俺たちは早速外出許可を取り、放課後を待って馬車を手配し、現地へ向かった。
 さすがにこの馬車費用は自腹である。
 ちなみにメイは別クラスなので今回はついてこれない。エッジたちの付き人も同じだ。それでも、とメイは俺に弁当を持たせてくれた。有り難い話だ。

 ゆらゆらと馬車に揺られながら、俺たちは夕日を眺めていた。

 ゆっくりとしたペースを選んだので、今日は馬車の中で夜を明かすことになる。明日の朝には現地についている予定だ。ルートは魔物が出にくいものを選んだ。とはいえ、夜盗には注意しないといけないが。
 冒険者見習いが冒険者を雇うのもおかしい話なので、俺たちはこれも経験と夜の見張りもすることにしている。この辺りも担任と相談して許可を貰っておいた。
 そんなイベントもあってか、俺を除く全員がウキウキ気分だった。

 俺がウキウキできないのはヅィルマの影があるからだ。
 そのため、ポチとクータも連れてきている。魂の拍動を感知する魔法はまだ改善しないといけないからな。

「さぁグラナダ様。良いコトしましょうねぇ」

 そんな夜の見張りのローテーションの時だ。案の定、セリナがやってきた。
 これが嫌だったからセリナと俺のローテが隣同士にならないように配慮したのだが、そんなのお構いなしのようだった。
 明かりと暖房の焚き火を前にしながら、俺はため息をつく。

「良いこと、ってなんだよ」
「決まってるじゃありませんか。夜伽ですねぇ」
「嫌だよ? しかも外じゃねぇか」

 俺は毛布にくるまりながら拒絶する。

「何をおっしゃるんですか。外だから開放的で良いんじゃないですか。声も出せますしねぇ」
「思いっきり近くの馬車でみんな寝てますけど!?」
「そんなの関係ありません。いえ、むしろ関係の目撃者ということで。覗かれるとかちょっと興奮しますねぇ」
「しないから」

 なんかどんどん変態レベル上がってきてねぇか?
 ゆっくりと微妙にいやらしい仕草で近寄ってくるセリナから離れながら俺は否定する。
 だが、セリナに諦める様子はない。

「もう、むっつりさんですねぇ」
「俺らまだ十二歳で子供だぞ? 何考えてんだ」
「私たちは後三年もすれば成人ですよ? 今から予行練習していても不思議はありませんし。ついうっかりで出来てしまっても良いですねぇ」
「願望だだ漏れなんだけど!?」

 うっかりってなんだ、うっかりって!
 セリナの場合、明らかに確信犯でやってきそうで怖い。

「漏れますねぇ。惚れた男を前にして、扇情されない女がいますか。ありえませんねぇ」
「セリナの場合はちょっとやりすぎだ!」
「いえ。そんなことはありませんねぇ。それに、私、日頃から努力してるんですよ。ほら」

 言いながらセリナはゆったりとしたネグリジェの奥に潜む胸を寄せる。
 もにゅ、と、かなり柔らかそうで、それでいて弾力のありそうな大きさの胸だ。確信を持てる。セリナは絶対に巨乳だ。

「ほら、じゃない、し」
「言いながらバッチリ視線を注いできてるじゃないですか。ああ、でもその視線がイイですねぇ、アガりますねぇ」
「くねくねしながら言うな!」

 俺は顔を赤くさせながらツッコミをいれた。
 確かに目線は奪われた。うん、奪われた。あれに目をとられない男はいないと思うぞ。ネグリジェだから微妙に透けてるし。
 とはいえ、ここで俺の貞操を散らせるわけにはいかない。最悪の場合、セリナを気絶させるしかないか。

「あんたら何やってんのよ……」

 そう思っていると、アリアスが軽蔑の視線を送りながら馬車から下りてきた。寝間着ではなく軽装鎧姿なのは、俺の次がアリアスの見張り番順だからだ。
 とはいえ、まだ交代まで時間があるのだが。

「起きてたのか」
「物音で目が覚めたのよ。元々眠りが浅い方だから。それよりも、何してるわけ?」

 アリアスは不機嫌そうに髪の毛を束ね直しつつ、俺を見下ろしてくる。
 ってなんで俺を見下ろすんだ! 明らかにこの状況はセリナが俺に迫ってるだろうが!?
 目線だけで抗議すると、アリアスは何故か少しだけ顔を紅潮させて目を逸らした。

「フケツよ」
「あら。夜伽のどこがフケツなんですかねぇ? むしろ蜜と蜜を交換する誉れ高い行為だと思いますが」
「み、みみ、蜜と蜜って……えってぃ!」

 しれっと当然のように言うセリナに翻弄され、アリアスは耳まで真っ赤にさせた。
 いや、あっさり転がされんなよ。つか、えってぃ、ってなんだ、えってぃ、って。
 ツッコミを入れるべきか悩んでいると、アリアスはもはや全身を赤くさせながらもセリナを指さした。

「えってぃわよ!」
「人間は皆発情するものですわ」
「そういうことを言ってるんじゃないの! 時と場合を考えなさいってことよ!」
「人間も所詮獣。獣は時と場合を考えて交尾しますか? しませんねぇ?」

 口元に人差し指をあてながら、セリナは堂々と反駁する。
 どうしてだろう。アリアスの方が明らかに正論なのに、アリアスの方が追い詰められているぞ。
 これはセリナの胆力が凄まじいのか、アリアスがチョロいのか、どっちだろうか。たぶん両方だけど。

「二人ともやめろ。みんな起きるだろ。っていうか寝ろ」
「はい。グラナダ様と共に寝ますねぇ」
「寝るの意味が違う。もう馬車に戻れ」
「えええ、ですけど」
「いいから戻るわよ、セリナ」

 俺は手で追い払うと、セリナが頬を膨らませる。アリアスはそんなセリナを引きずって馬車へ戻っていった。肉体的な意味ではセリナよりアリアスの方が強いからな。まったくもう。
 意識を切り替え、俺は周囲を警戒する。
 クータとポチが寝息を立てている辺り、周囲にヅィルマはいないのだろう。念のために俺も《ソウル・ソナー》で警戒するが、反応は無い。
 俺からすれば絶好の暗殺のチャンスだと思うのだが、気配さえない。

 これまでヅィルマの暗殺は何度かあった。

 どれも、ほんの少し油断する瞬間を狙ってのものだったが、防ぐことも同時に出来た。
 やはりこういう絶好の機会は同時に警戒もされるもので、ヅィルマも分かって狙ってきていないのか。そう思って油断したら絶対に仕掛けてくるんだろうけど。
 ともあれ、一定期間――学園祭が始まる直前までと通達が来ている――は気が抜けない。徐々に精神が削られていくようで、俺としてはあまり良くないのだが。

 だがこれもヅィルマの狙いなのだろう。だったら追い詰められるのは相手の術中だ。

 せっかく時間あるし、研究でもするか。
 焚き火に薪をくべながら俺は持ってきていた書籍に目を通していく。

 現状、アストラル結晶から強力な武器と魔石を手に入れた。もうすぐゴーストも手に入るし、リボルバー式のハンドガンの製作にも入っている。これで《ヴォルフ・ヤクト》はかなり強化されるな。
 後は、バフ・デバフの魔法の確立だ。
 こっちはこっちで難題である。バフ・デバフの魔法がない理由はいくつかある。

 もっとも大きい要因は、開発しようにも複雑過ぎるのだ。
 これは魔法陣と魔法の理論を完全に理解していないと出来ないからだ。現状、魔法はほとんど感覚で使えるからな。俺だってフィルニーアから魔法を教えてもらった時は、理論よりも感覚だった。
 本来、魔法を使うという概念がない転生者でさえこうなのだ。この世界の住民は、もっと息を吸うように魔法に慣れ親しんでいる。それに魔法だって大量に開発されていて、既に十分過ぎるくらいだ。

 つまり、複雑怪奇な魔法陣を今更読み解こうとはしないってことだ。 

 さらに、バフ・デバフには障害がある。
 それは魔力経絡だ。この世界の人々は、体内を循環する魔力によって体調を整えている。この経絡を操作すれば身体能力を強化できるが、自分にしか施せない。これは人によって魔力経絡が違う上に、他人の魔力はすぐに排出されてしまうからだ。

 ここを解決してやらないと、バフもデバフも出来ない。

「何か、ヒントはあるはずなんだけどなぁ……」

 俺はひとりごち、関連する本を読みこんでいく。
 これは古代魔法に関するものではなく、魔術そのものの構築論だ。今の魔法に則した理論を展開しているので、一般でも閲覧できるものだ。
 中々難しい文章なので、しっかり読み込まないといけない。魔術に関するものは《魔導の真理》で理解出来ているが、それ以外の情報は仕入れておかないとな。

「ちょっと、交代の時間よ?」

 声をかけられて、俺は顔を上げた。しまった。本に集中しすぎていた。あぶねぇ、死にたいのか俺は。いくらクータとポチがいるからって、油断しすぎだ。
 背筋を凍らせながら俺は顔を上げる。そこには、少しだけ眠そうなアリアスがいた。

「ああ、すまん」
「なんか、ずっと思いつめてる感じね。良かったら話くらい聞くけど」

 アリアスは自前の毛布にくるまりながら俺の隣に腰を掛ける。
 かなり近いが、くっついてはいない。そんな感じの距離感だ。

「あー、ちょっと新しい魔法の習得を考えててさ」
「新しい魔法?」
「うん。ハインリッヒさんからアイテム貰って、俺は強くなれる。けど、それだけじゃあ乗り越えられない時だって来ると思う」
「そうね。一時的なものだものね」

 ハインリッヒからは事前にアリアスへ俺がタイマンでエキドナを倒せる戦力だとみなす要因を聞き出している。俺はそれを思い出しながら話をしている。
 ハインリッヒは一時的にだけ、俺が強くなれるアイテムを与えていると言っているのだ。
 もっとも、アリアスには俺の力を見せても良いかもしれないが、その機会はまた後だな。

「そのためには、データが足りなくてさ」
「データ?」
「魔力経絡のデータだよ。ちょっと色々とな……」
「ふーん。そ、それだったら、私の魔力経絡、調べてみる?」

 いきなりの申し出に、俺は少し驚いた。

「いや、それは助かるけど、良いのか?」
「構わないわよ。あんたならね」

 どうしてかアリアスは少し顔を赤らめてから言った。
 まぁ有難い申し出だ。俺は早速簡単な説明をして、アリアスの手に触れた。

「ひゃっ」
「まだ触れただけだぞ?」
「う、うるさいわねっ! 男の子と手を繋ぐことなんて、ないから、ちょっと、こうしただけよ!」

 何をどうこうしたんだ?
 思いつつも、俺はゆっくりと魔力を流す。特殊に調整した《アクティブ・ソナー》だ。

「…………――――っ!?」

 瞬間、アリアスがびくんっ! と上半身を震わせてのけ反った。

「あっ、ちょ、これっ……聞いてたよりもっ……!」
「我慢してくれ。痛くないから」
「そ、そうだけどっ……!」

 一度発動させたら、診断が終わるまで解除できない。アリアスには申し訳ないが我慢してもらう。それにちゃんと説明した上で了承を取っているからな。
 俺は心を鬼にして診断を続けることにした。

「あっ……そこはっ……」

 そうアリアスが悶えた瞬間だった。

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