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第百十四話

 ──王城直轄書籍貯蔵庫。

 ここはそう呼ばれている。つまり図書館ではなく、書庫という考え方だ。よって、誰にでも閲覧権があるわけではなく、特に古代魔法について記された書籍は禁忌書庫として最深部にまとめられていて、閲覧権は相当に厳しい。
 なんと、俺の持っている国賓を意味する指輪でさえ、王の許しがなければ閲覧権がない。

 だが、俺はどうしてもそこへ行かなければならなかった。

 と言うわけで、俺はハインリッヒを通じて王に嘆願し、入る許可を手に入れ、祝賀パーティをそこそこにさっさと王城の書庫へ入っていった。メンバーは全員である。
 一瞬だけセリナは自室に閉じこもってもらうか、と考えたが、グレゴリウスも王族だ。堂々と部屋へ訪れることが可能なのである。
 それならば、閲覧権の高い禁忌書庫に連れていく方が遥かに安全だ。

 書庫はバカみたいに広かった。奥に行けば行くほど階層が上がっていく段々畑のような造りで、禁忌書庫はその最深部だ。しかも見張り付きで、その区画だけ厳重に保護されていた。
 その書庫は最硬度の鋼鉄で覆われ、しかも内部は魔術行使を妨害する魔石がふんだんに配置されていた。

「はー、厳重なことこの上ないな」
「王都でもっとも安全な場所と言っても差支えないからね」

 そんな書庫へ入ってから言うと、ハインリッヒが苦笑しながら返してきた。
 じゃあ早速、と思って棚の一覧を見て、俺は硬直した。

 あれ、この文字って確か……。ルルーシュリア時代の古代文字じゃねぇ?
 俺は読める。フィルニーアから手ほどき受けているからな。メイも俺が教えたから問題ない。だが、他のみんなはどうだ? こんな古代文字、よっぽどの物好きじゃないと読むことさえ出来ないぞ。
 平たく言えば、現代の日本人が象形文字を読み解くのと同じ感覚だからな。

「なんだ、この文字は」

 案の定、エッジが眉を寄せた。

「古代文字、それもルルーシュリアのものだね」

 さすがに真完璧超人たるハインリッヒである。あっさりと当てた。この人、絶対読めるな。って当たり前か。フィルニーアの弟子だったもんな。
 兄弟子であることを思い出しつつ、俺も頷いた。

「読めるヤツいるか?」
「ごめん、俺は読めない」

 訊くと、一番にドロップアウトしたのはエッジとフィリオだった。フィリオは少し意外だな。

「単語くらいなら、なんとか認識できる程度ね」
「私もですねぇ」

 そのフィリオの隣で、アリアスは難しい顔をしながら言い、セリナも同調した。
 残るはアマンダだが、しばらく見てから何度も頷く。

「うん、読める。これはルルーシュリアでも後期のものだろう?」
「そうだけど、年代までわかるのかよ」
「ああ。この辺りの書籍は良く出土していたから」

 アマンダはそう言いながら、笑顔を浮かべた。
 そういえばアマンダは地方の大貴族だったな。その周辺では遺跡が多いのだろうか。それにしても本の表紙で年代分かるとか、相当なフリークだぞ。
 意外な特技に顔を思わずひきつらせそうになる。

「それで、グラナダ。どんなものを探すつもりなんだ?」
「あ、ああ。変身魔法とか、そういう類いのが良いんだけど」
「また変なものを求めるのね」

 アリアスが怪訝になりながら言う。
 この世界では、変身魔法というものは存在しない。現代魔法では、せいぜいが相手の認識をずらす程度のものしかない。
 例外として凶悪な呪いであれば肉体を変成させられるが、大抵は死に至るもので、醜い肉塊へと成り下がる。
 しかもこれは体内を循環する魔力の流れを強引にねじ曲げ、過大な魔力干渉によって乱して変成させるものだ。

 つまり、変身してまた元に戻る、ということは、現代魔法では不可能なのである。
 裏技として自分の目の前に霧を発生させ、そこに映像を表示することで偽装は出来るけど。

「まぁいいか。じゃあ班分けしよう。解読班と収集班だ。文字をしっかり読める組は解読班。あまり読めない組は収集班で。グラナダくん、変身とか変化とか、そういう単語を書いて渡してあげて。見比べれば表紙に書かれているか分かるだろうし」
「分かりました」
「ご主人様、便箋とペンです」

 すでに手配していたらしいメイが差し出してくる。本当に用意が良いな。
 俺は思わずメイの頭を撫でてしまう。

「ありがとうな」
「えへへっ」

 嬉しそうに笑うメイ。そういえば久々にこんな笑顔を見る気がするなぁ。
 少し懐かしく思いつつ、俺は便箋とペンを受け取り、カテゴリとして当てはまる単語を書いていく。

 何種類か書いて渡したところからスタートだ。

 初めは解読班も書庫から何冊か本を取り出す。そして解読の開始だ。すでに条件は伝えてある。
 俺もそれに参加しつつ、魔法陣を作っていく。
 ハインリッヒもメイもアマンダも文字は読めるが、魔法陣の構築までは不可能だ。しかも古代魔法ともなれば術式は複雑怪奇そのもので、《魔導の真理》を使っても難しい。
 とはいえ、魔力消費を度外視すれば、なんとかなるはずだ。

「はい、持ってきたよー、ってグラナダ、あんた何してんの?」

 そんな作業に没頭していると、アリアスが驚愕の声をかけてきた。

「何、って魔法陣の構築」
「しれっととんでもないこと言わないで!?」
「アリアス、大声出さないの」

 本を机の上に投げ捨てながらアリアスが猛ると、ハインリッヒが本から目を離さずに窘めた。
 アリアスは即座に小さくなったが、それでも俺へ懐疑の視線は忘れない。

「ごめんなさい。でも、魔法陣の構築なんて考えられないわ」

 アリアスの言うことは当然だ。
 何せ魔法陣というものは複雑で、読み解くことでさえ非常に難しく、まして構築ともなれば不可能とまで言われているものだ。これはこの世界の住民が魔力を自然に扱え、素質があれば息を吸うように使役出来てしまうことが原因だ。
 つまり、感覚なのである。

 例えば歩く時、いちいち手を振るかどうか意識しないし、そもそもどこからどんな信号が渡って足がどれだけ動いて、その時重心がどうなって、どうやって平衡感覚を保つか、など理論的に認識などしない。それと同じなのだ。

「グラナダくんはフィルニーアの愛弟子だからね。十年以上師事してたんだよ」
「えっ、あのフィルニーア様の……?」
「だから、魔法陣のことに関しても凄く詳しいんだ」

 いくらなんでも、それは少し無理があるんじゃないか?

「た、確かに。息を吸うようにフィルニーア様は意味不明な魔法作ったり、暇つぶしだとか言って超くだらない魔法を作ったりしてたから、有り得るかも……」

 どんな信じ方だ! っていうか何をしてたんですかね、フィルニーアは!
 内心でツッコミを入れつつも、俺はある意味で納得していた。確かにフィルニーアは暇つぶしでパン粉を一つずつ勝手に数えていく魔法とか作ってた気がする。
 ともあれ、納得してくれたならそれで良い。

「まったく、本当に凄いな、みんなは」

 ガリガリと机に向かっていると、フィリオが卑屈モードになりながら苦笑していた。

「それに比べ、俺は本当に役立たずだな。ごめんな」
「はいはい謝るぐらいなら本の一冊ぐらい見繕えって感じね。ほら、さっさと行くわよ」

 ダメダメモード全開なフィリオの腕を掴んで、アリアスはさっさと書庫へいってしまった。

「それで、何か糸口は見つけたのかい?」
「ええ。なんとかなりそうです。といっても、人には使えませんけどね」
「へぇ、何をするつもりなの?」
「確かに人間が使える変身魔法はないし、理論的に構築しようと思ったら時間が足りません。でも、変身魔法そのものがないわけじゃあないんです」

 そう。魔物の中には存在するし、魔族に至っては見た目を自在に操れる連中も多い。
 つまり何かしらの方法が存在するのである。
 とはいえ、そんなことを研究していてはやはり時間が足りない。そこで、俺は考え方を変えたのだ。

「しかしまぁ、フィルニーアは君に何を与えていたんだか……」
「全部ですよ。俺は、全部受け継いだんです」

 苦笑するハインリッヒへ向けて、俺は正面から見据えながら言い切った。
 鼻白むハインリッヒから俺は書籍へ視線を落とす。

 後はただ黙々と、持ってきた書籍と、ハインリッヒたちからもたらされる情報を元に魔法陣を作った。

「よし、これだな。時間がない、行きましょう」

 設定したタイムリミットギリギリで完成した俺は、すっかりぐったりしてしまってる一同にそう言い放った。

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