13話 たすけて Ⅴ
おいこれ寝てんじゃねぇか?
そう思うぐらい紗菜は時々立ち止まって船をこいだ。そのたびにタックルをかまして、なんとか集合場所についたが……そこからも大変だった。
地面に座りはじめてから俺が五秒でも目を離すと船をこぐため、目を離さないようにしていたが別にそんなことしなくてもよかったということに気がついたのは、平原についてしばらく経ってからだ。
「紗菜、なんか話しよう。……好きな人の話でもするか?」
「……うぅ、ぅん」
寝ぼけた曖昧な返事だったが紗菜は確かに頷いていて、俺は少し笑った。
好きな人について話をされるのは、いつどこでも面白いのは、人間の性なんだな。
楽しみだ。
「紗菜の好きな人の好みってどんななんだ?」
「うぅんと、優しいの。優しくて、守ってくれるの」
呂律が微妙に回っていない舌ったらずな口調で、紗菜はこたえた。結構答えるのは早かった。
「もしかして、好きな人今いるか?」
「うん、龍のこと好きぃ……うぅ」
真っ正面からずばっと言われたが、別段俺が恥ずかしがるようなことはなくて、人を助けると助けてくれた人を好きになったような気がするのはよくあることだよな、と流していた。
「そっか、ありがとな。じゃあ、そうだな紗菜が素直に言ってくれたから、俺の好きなやつの話でもするか?」
紗菜の目がカッと見開いた。
そのまま、俺のほうに平原に生えた草を倒し、草の倒れる音をたてながら四つん這いで近寄ってきて話をしろと急かされた。
目が光ってる気がしたのは、多分勘違いじゃない。
どっちにするかな。
好きな人の話と言って紗菜の話でもするか。本当に唯一好きになった小さいときの初恋の話をするか。
少し逡巡したのち、戸惑いながら口を開いた。
「小さいとき好きだった子は、なんというか周りをよく見てる子供だった。そんで、すげぇ優しい。怪我した子がいたら駆け寄るような子」
頭に浮かぶのは、小さい頃の長い白銀髪を揺らして、白く澄んだ肌をした少女だった。
何かあれば心配そうな顔をして、笑うときはいつも眩しいくらい屈託のないものだった。
紗菜はうんうん、それで? と更に話を急かしてきて、俺はそれにつられてこの子の話をしないように、気を付けた。
「いや、この子の話はここまで。次は……そうだな。俺の好きになった紗奈について話してやろう」
ちょっとした悪戯。
紗菜も俺の言葉に驚いていたが、すぐに悪戯だとわかったのか、うん教えて、と笑った。
「紗菜に最初あったときは面白い身体だなと思ってな。話してみたら若干根暗が入ってた。でも、可愛いんだよ。妹みたいで」
「龍のそういう子供っぽいところ好き。人助けを趣味だって言ってたのに、人のために死ぬって言えるところも好き。普段のやる気がないところも、好き」
紗菜はおもむろに俺のことを両手で掴んで抱き寄せた。別にいいかと思っていたんだが、紗菜はそのまま俺の頭の上に頭をのせて、寝息をたて始めた。
このタイミングで寝るのか、凄いな。完全に不意をつかれた。
しかも抜けられない。
「お、おい紗菜?」
「すー。すー」
あ、だめだわこれ。
紗菜が寒い思いをしないように炎を出す。
「んふふ」
嬉しそうに笑いやがって。
悪い気はしないから、微妙に眩しいのも我慢する。
「龍さん、おはようございます。随分と懐かれたみたいですね」
「前から助けたやつは、好意的に接してくれてたし、今さら紗菜のこんな行為なら気にしないよ。あ、駄洒落じゃないからな」
紗菜の横から俺を覗くようにして立っているイケメン。大悟にそう言って、ふうと一息ついたあと、大悟も腰を下ろした。
「では助ける人と、しおさんの情報ですが。しおさんのほうはありません。本当に話をしていなかったようで、なんの情報も出てきませんでした。そして、助ける対象ですが、男は全員だめですね。女性なら二人ほど」
「全員堕落してたか」
大悟が頷く。
男にとっては悪くない環境だからな。
大悟の言ってた女性は適当に匿える場所と環境ができたら助けに行くか。
「私以外は、ですよ。あんな娯楽になりえない快楽に流されるとは、人の身体の悲しさを悟りましたよ」
「俺と違って人型に慣れるからだろ、その感想は」
「あ、そういえば、重要なことを言い忘れていました」
大悟のその言葉のあとに切り出された言葉を聞いて、俺は紗菜を叩き起こして森のなかに駆け込んだ。
「しおさんの捜索隊が私が出る少し前に町から出ました」
「紗菜、わかってると思うが昨日の逆だ。こっち側をメインに探す。朝だから起きてる可能性もあるし、その耳、頼りにしてるからな」
「でも、見つけられなかったら……」
「そんときは殴ってでも助けにいくから大丈夫だ」
「わかった。耳だけ頼りにしてて」
紗菜は自信満々に耳を揺らして、森のなかを駆け回った。
俺は紗菜より高い視点から周りを見回している。話をしたり俺が揺れるせいで、抱き抱えられた状態の捜索は非効率だ。
鬱蒼とした森で明かりは木漏れ日程度だから炎を纏えばそれなりに視界が確保できるし、高い位置で燃えてるから俺のことを見つけるのは容易い。
俺は走り回る紗菜を監視していると炎が出なくなった。そのまま落下して、紗菜が慌てて駆け寄ってくる。
「どうしたの!?」
「なんか、火が出なくなった」
説明しづらいが燃料がなくなった感じだ。