12話 たすけて Ⅳ
月の光が差し込むことがないほど、深い、深い森の中。
木々の匂いも濃いものになり、匂いだけでも緑を感じさせる。静かだったなら、落ち着いた雰囲気に引きこもりの俺は感嘆のため息を溢してたことだろう。
だが残念。静かじゃないんだ。
「紗菜、そろそろ落ち着けよ。俺は紗菜が言ったこと受け入れた。それでも気にしてないぞ? それだけじゃ、足りないか?」
「いつか龍が裏切って私をいじめるかもしれないのが怖い……友達だから、また……」
泣き声は随分ましになった。
でも、落ち着いた訳じゃない。
何かの拍子に殺しちゃうってのが心配なのか……?
「俺が紗菜をいじめるってのはどう考えてもありえないだろ。嫉妬でもするのか? お前に」
「わかんない。けど……怖いよ。龍が私のことを嫌うあの目をするかもしれない。私のことをいじめて笑うかもしれない。見下して、喜ぶかも……」
流石に腹が立った。
俺がそんなことをするようなやつに見られてることが、そして、自分のことをいじめられる対象としか考えてないことが。
「紗菜、別にいじめるのはお前だけしかいなかった訳じゃないぞ? 結局人間なんて他人を見下す生き物だ。なにか劣ってればそいつが対象になる。別にお前だけが対象な訳じゃない。運がなかっただけだ。そんで、運が悪いことが起こったら、小さな良いことをよく見ろ。お前が大悟と俺とあったのを悪いことだと思うならそれは自由だが、良いことってのは良いことを呼ぶものだ。悪いことってのは良いことを失うことでしかない。わかるか?」
うっすらと目を開ければ、紗菜は涙ながらに首を横に振っていた。
「わかりやすく言うなら……そうだなぁ。俺と大悟は、そんな人間のくくりより外にいるってことだ。テストをクリアできるのがわかりきってる人材だな。って、わかんなかったのはこっちのことでいいのか? 最初の方だったり……?」
「両方」
両方かぁ。難しいなぁ。
「自分自身で気付くのがいいんだけどな。いじめって助けると助けたやつが対象になるだろ? それって、要するにいじめる相手は誰でもいいってことなんだよ。俺と大悟は紗菜だけをいじめるほど、お前のことを嫌ってない。俺なんかむしろ好きなくらいだ」
「な、え……そ、そういうことさらっと言わないで!」
にしし、と心のなかで悪戯が成功した子供のように笑う。
でも、そういうことなんだよ。
俺はまだあったばかりだけど、紗菜が好きだ。実は結構恥ずかしがりやで、繊細なこいつが好きなんだ。
大悟は好きとかじゃなくて、面白いやつだと思ってるかもしれないが、それにしたって嫌ってないってことだ。如いて言うなら、無関心ってところか。
「でもまあ、死んでも生き返る世界だ。考えすぎないで気楽にいこう。どうしてもってときは俺のこと見捨てて逃げてもいいからな。それでも俺は恨まない。あ、そうそういい機会だから俺の死因言ってやろうか?」
「うん。聞きたい」
「電車に轢かれたからだよ、人助けでな。ホームに降りようとしたやつを引っ張ったら勢い余って落ちちゃってな。びっくりしたよ本当に。でもまあ、あの人助けなければよかった、とは思わない。絶対に。助けて良かったよ。自分のかわりに誰かが死んだら、簡単に死ねなくなる。だからあの人はどうあれ生きていくだろうさ。良いことかはわかんねぇけど。良いこともある。だから俺は助けてよかった。紗菜が俺を見捨ててもそう。お前が助かるなら、俺は死ぬよ」
笑ってそう言うと、紗菜は固まっていた。
人の命は大切だから、無駄には出来ないんだよ。って、俺も人だけどな。
「さて、紗菜も落ち着いたみたいだしもう行くか」
紗菜はもう泣いてない。
顔に残る涙のあとだけが、紗菜が泣いていたことの証明。
けど、泣き止むのと傷が癒えるのは話が違う。
紗菜が俺の言ったことの意味に気付くまできっと怖い思いをする。
だから、気付くまでは定期的に起きることだろう。
俺もそう割りきる。紗菜が多少なりとも現状を割りきるように。
「うん、行こう。しおさん、探さなきゃ」
まだ声は少し変だ。でも、すぐによくなる。
今日の涙のあとはすぐに無くなる。過去の傷のあとは、まだまだなくならない。
死んでも抱えていくんだな。
そんな難しいことを考えて、ない眉間を寄せていれば紗菜を不安にさせるだろう。
だから、俺は出来るだけ快活に言うんだ。
「おう! 人助けいくぞ!」
――――とは言ったものの、作戦会議からだ。
もう決まっている作戦はこう。
俺は夜間の明かり兼ほっかいろ。及び、紗菜の鼻に反応があったときの調査担当。
紗菜は鼻と耳で反応があったときに伝える担当。
森を二分して、まずはいる可能性が少ない街側の森から探す。こっちのほうが広いから今日は寝れないというのは、紗菜も俺も承知の上だ。
結局反応がなければ俺は紗菜の横に居続けるわけで、結局雑談だけしていた。
「紗菜って髪型変えたりしないのか? 俺の妹はしょっちゅう変えてたんだが」
「変えたいんだけど、耳が邪魔で……」
耳をピコピコと動かしてはにかんだように笑う。
「龍はなにか身体が変わって困ったことない?」
「たくさんあるな。手がなくなったせいで痒いところがかけないとか、炎を出してる状態で強い明かりを受けると目が痛くなるとか。普通にしてると視点が低すぎるとか、下向いたときに身体がなくて違和感があるとかな」
紗菜はなるほどと表情で言って、次は俺が質問をする。質問内容はもっぱら身体のことだった。
そして、雑談をしていると、修学旅行の朝のように無慈悲に日は上った。
朝。俺はおかしなテンションで鶏の真似をした奇声をあげた。紗菜も負けずに叫んで、俺たちは顔を見て笑いあう。
今日だけでなんか距離が近づいた気がする。これが修学旅行の力か。
……修学旅行じゃないな別に。
「と、スマホスマホ。あれ、スマホどこだ?」
「龍のなら私が持ってる! 不便な龍の身体だと、しまう場所無さそうだったから!」
「おー、それはそれは、ありがてぇありがてぇ」
紗菜がポケットだらけのメイド服から俺のスマホを某青狸風に取り出して、ポーズをとってから俺に渡す。俺もつられて変なテンションで対応した。
久しぶりのオールで完全に頭がいってることに気が付いていたが、別にいいかなと流していたことを、いまとなっては後悔している。
「大悟から連絡来てるわ。場所と時間載ってる。時間は一時間後だけど、もう行くか。ただ待ってたら寝そうだし」
「そーしよー!」
集合場所は転送された平原だ。
本当になにもない平原だからどこからきても先にきたやつが、後からきたやつを見付けられる待ち合わせのベストポイント。今決めた。
ちなみに寝そうだし、というのは眠いからではなく、木漏れ日しか差さないこの森のなかじゃ、暗さにやられて眠らされるからだ。決して寝むたいわけじゃない。
空元気な紗菜と、本当に頭のおかしい俺は森から移動を始めた。
紗菜はもう限界かもしれんな。
そう思わせるほど、紗菜の足取りはフラフラだった。
頼むから、こけないでくれ。俺には手がないから立たせられないぞ。
そう願うばかりである。