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第四十話

 ――ばぢばぢばぢばぢばぢばぢばぢばぢばぢっ!!!

 炸裂の轟音が駆け抜ける。
 刹那の閃光が荒々しく空間に亀裂を走らせていく。一瞬、そこだけ太陽が出来たかのような眩しさになって、直後には範囲内にいた魔物が炭化していた。

 生肉が焼けるような臭いさえない。ただ焦げ臭いだけだ。

 背の低い草が生え茂る地面もめくれ上がって黒く変色し、もうもうと煙を上げる中、俺は立っていた。

「な、なな、なっ……!?」

 後ろをちらりと向くと、ウルムガルトは腰を抜かしたのか、へたりこんでいた。
 あーまぁ、魔物に迫られたらビビるか。それとも、俺の魔法にビビったのか。そうだとしたらちょっぴり傷つくんだけど。
 だがそれを問いかけてケアしてやる余裕はない。

 俺はすぐに前を向き直る。

 俺の《真・神威》は扇状に範囲があって、最大で二〇メートルに及ぶ。威力は言わずもがな、極大魔法レベルにある。しかも雷属性で、ほとんどの魔物に絶大な効果がある。
 その関係で、魔物を大量に引き付けてやれば、一気に殲滅できるわけだ。
 俺が挑発してやったのはそのためである。

 それと、狙いはもう一つ。

 俺の一撃で、ギリギリ範囲外だった魔物は完全に沈黙していた。唖然としていると言えばいいか?
 言い換えれば、心に空白が出来ている。

 俺はそこを逃さず、魔力をフェロモンに変化させ《ビーストマスター》の能力を解放する。
 この《ビーストマスター》は、言うまでもなく魔物を従える特殊能力だ。
 特性として魔力をフェロモンに変化させ、影響を与えることでそれが可能となる。そのフェロモンには三種類存在する。

 まず、相手の身動きを封じる《屈服》。
 次に、相手を威圧して逃がす《威嚇》。
 次に、相手を意のままに操る《主従》。

 これらを駆使して操るわけだ。一番難しいのは《主従》で、相性やレベル、熟練度が大きくものを言う。故に、《主従》させられないなら《威嚇》で追い払うことが重要だし、そもそも《屈服》さえ効果がない魔物ももちろんいる。

 よって、標的とする魔物は慎重に選ばないといけない。一度に影響を与えられる魔物の数にも限度があるしな。

「――《屈服》」

 俺は周囲を見渡してから、スキルを発動させた。
 狙いはオーガ、サイクロプス。それと比較的強そうなゴブリンと、コボルト。後、ブラックドッグなんて珍しい魔物もいたから標的にした。以前は《屈服》さえ出来なかった魔物だが、今ならいける。

 びくん、と、俺の影響を受けた魔物たちの動きが止まった。

 伝わってくる感覚を元に、俺は《主従》へ切り替える。幸運なことに、対象としたほぼ全ての魔物が意のままに操れた。これなら、行ける。

「今、お前たちの周囲は全員敵だ、やれ!」

 俺の号令一下、一斉に魔物たちが暴れ出す!
 特に凶悪なのはサイクロプスやオーガだ。ただでさえガタイが良い上に個体としての性能も高いから、ゴブリンやコボルトなど玩具のように薙ぎ払ってくれる。

 さらに、この同士討ちは大きな混乱を呼び、関係ない部分で同士討ちも始めるのである。

 後はそれでもこっちへやってくる魔物を駆逐すればいい。

「《エアロ》」

 左から迫ってくる三匹のブラックドッグへ暴風を放って蹴散らす。瞬間、上空から敵意がやってくる。
 鋭い猛禽の気配は、グリフォニアホークだ。
 体長数メートルの体躯に加え、風の魔法を起こす翼が武器のタカである。その羽毛は大変高いのだが、今は気にしていられない。

「《フレアアロー》」

 俺はマグマ色の火矢を何本も生み出し、《投擲》スキルで放って狙撃していく。
 じゅわっ、と、蒸発音を立ててグリフォニアホークは消滅していった。
 間髪おかず、右から小さい何かが飛び出してくる。スモールゴブリンだ。
 素早さだけが特徴の魔物だが、こういった集団戦では意外と厄介な魔物である。ククリナイフとかで足元攻撃してくるからな。

「《ベフィモナス》」

 けど、分かっているなら対処は簡単だ。
 俺は地面を変形させて大量の錐を出現、一気に串刺しにした。上がる血飛沫と悲鳴。
 あまり耳に良くないが、無視して正面を向く。

 すると、地面がボコボコと膨れながら接近してくる。

「これは……アースタルパか!」

 一言で表せばでっかいモグラである。とはいえ、その爪は強靭で、短い体毛は硬く、なまくらな剣ならあっさりと折ってしまう。
 まったく、ホントにより取り見取りだな!
 俺は内心で毒づきながらも、さらに魔力を高めた。

「《アイシクルエッジ》」

 俺は地面を踏みしめて魔法を放つ。
 放射線状に放たれたのは氷のツタで、モグラがそれに触れた瞬間、氷漬けにされる。あっという間に氷像が五つ出来上がった。

「ついでに、弾丸になってもらおうかな。《ベフィモナス》っ!」

 俺は魔力を貯めた掌で地面を穿つ。
 瞬間、地面が爆裂し、土塊を巻き上げながらその氷像たちを高く打ち上げ、混乱の真っ最中にある魔物たちの中へ飛び込ませる。結構な速度だったので、ゴブリンぐらいなら倒せただろう。

 ――さて、と。

 こっちへ向かってくる魔物が減ってきたのを見て、俺は思考を巡らせる。

「《エアロ》」

 風のカーテンを生み出し、魔物を拭き散らしつつも俺は周囲の気配を探る。
 目的は、あの飛竜をぶち抜いた魔法を放った魔物である。間違いなく上位の魔物で、下手しなくてもキマイラの可能性があった。

 だが、気配は感じられない。

 とはいえ、飛竜への不意打ちも、俺の感知を逃れてたんだ。十分に有り得る。
 俺は真後ろにいるウルムガルトを気配りしつつ、次の魔物を相手取る。

「す、すごい、迫りくる魔物を次々と……!」
「ん? これくらい何でもないぞ」
「いやいや、何でもないとかありえないし……転生者って、みんなこんなに強いの?」

 いや、それはないと思うぞ。
 俺は《神獣の使い》のおかげでバケモノ染みたステータスを保有しているだけだ。もちろん必死に訓練もしたし、スキルの熟練度もカンストしてるけど。
 それにヴァーガルのような転生者もいたしな。

「さぁ、それは知らん」

 一応言葉を濁しておいてから、俺は密かに探査魔法を周囲にかけることにした。
 気配を探る魔法で効果がないなら、オリジナル魔法だ。

「《アクティブソナー》」

 放ったのは、当たれば反射して帰ってくる魔力の波長だ。
 今まで使ってた探査魔法は、相手の波長を鋭敏に感知するもので、いわばパッシブソナーだ。だがこれは相手が極限まで気配を殺していたら分かりにくい。

 反面、こっちはこちらから魔力をあてに行くのだから、その場にいれば判明する。

 欠点としたら、魔力をぶち当ててるので相手にも気付かれるところだ。
 今の状況じゃあ関係ないけどな。連中の敵って言えば、俺一人しかいないし。ヘタれて動けないウルムガルトはもちろん論外である。

「わ、なんか当たった」

 後ろで驚く声がした。
 ふむ。ウルムガルトでも感知できるのか。ちょっと出力が強すぎたかもしれないな。

『アゥォォォオオオオオ――――――――――――っ!!』

 遠吠えが轟いたのは、その時だ。
 瞬間的に本能が警鐘を鳴らし、俺は全身に魔力を高める。

 刹那、やってきたのは衝撃波だった。

 初撃は透明な波動。まるで全てを透き通るような魔力で、俺が放った《アクティブソナー》そのものだ。
 とはいえ、威力は桁違いである。

 内臓を撹拌するような乱雑と、傷跡を残す乱暴さが合わさった、暴力的な魔力だ。コイツに身体中を暴れられたら、魔力が乱れて悪影響が出る。

 それに気付けず、まともに食らった無防備な魔物たちが動きを強制的に停止させる。身構えたものでもダメージを喰らったはずで、無事なのは俺くらいだ。

「ぐぎゃっ」

 真後ろで、ウルムガルトの短い悲鳴が上がる。
 あ、やば。ちょっと忘れてた。
 俺はすぐに振り返り、呼吸が出来なくなって泡をぶくぶく吐き出し始めたウルムガルトに駆け寄った。
 今の波動だけで内臓の動きに支障をきたし、さらに呼吸器官系が止まったようだ。

「まったく、足手まといすぎだろ」
「うげぇ、げほっ、げほっ」

 俺はウルムガルトの頭に手を当て、魔力を流すことでウルムガルトの魔力循環を正常に戻してやる。
 涙目で咳き込むウルムガルトを背中にし、俺は正面をすぐに向く。

 まだ、来る。

 予感は的中し、今度は物理的な衝撃波が襲ってくる。
 それはまるで巨大爆弾の衝撃波のようで、面白いくらい魔物たちが吹き飛ばされていく。っていうかサイクロプスまでかよ! あいつ、体重何トンあると思ってんだ!

 とはいえ、衝撃波にそんな抗議をしても仕方がない。
 さすがにこんなものを真正面から受けるつもりはないからな。

「《ベフィモナス》!」

 正面に何重もの壁を生み出す。それだけじゃあ足りない。
 俺は一秒にも満たない時間で魔力を練り上げ、魔法を裏技(ミキシング)していく。

「《クラフト》!」

 虫の羽音のような音を立て、結界が出現した。
 直後、ドンッ! と衝撃が襲い、音さえ奪い去られていく。

 結構、強い、な!

 俺は追加で結界の《クラフト》を発動させる。
 思いっきり魔物たちがふっ飛ばされてくるが、壁と《クラフト》に弾かれていく。

 ようやくそれが終えると、周囲は単なる荒地と果てていて、さらにその周囲に魔物の死屍累々が広がっていた。これは後始末が大変そうだな。あ、それに後方の畑がやられたな。

 とはいえ、これは防ぎようがない。思考を切り替えて俺は、二度の衝撃波を放った相手を睨んだ。
 星明かりでさえ反射する、白くしなやかで美しい体毛。大型犬よりも大きい体躯に、鋭い青銀(ロシアンブルー)の瞳。

 あの姿は――――――――。
 既視感から俺の記憶がフラッシュバックし、該当のそれを見つける。

「……《シラカミ》?」

 それは、紛れもなく《神獣》の名だった。

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