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第三十九話

 セリナと、王様、王妃の強引な提案により開かれた晩餐会。
 俺とメイは一緒にドラゴンの背中に乗った仲である新人商人のウルムガルトを巻き込んでそれに参加することになった。
 恨み言を呪いのように放ちまくっていたウルムガルトだったが、これを期に王城へ出入りできるような商人になれる第一歩じゃね? って言ったら大人しくなった。

 さすが商人である。

 ということで、すっかり大人しくなったウルムガルトを巻き込んで、俺は晩餐会の席についた。

 黒を基調としたテーブルには、見たことのないような豪勢な料理が並んでいる。
 うわー、鳥の丸焼きはまだしも、豚とか牛もいるぞ。初めてみたわ。

 もちろん俺は転生してきてからずっと田舎村で過ごしていたから、狩りをしてこなかったワケじゃあない。魔物だって口にしてたし、丸焼きも経験がある。だが、ここまで見事に焼かれた丸焼きは初めてだ。
 しかも切り分けてくれる専用スタッフ付きである。一人につき三人とかどんな贅沢だ。

 とはいえ、だからこそ緊張感のある食事になった。
 理由は一つ。作法である。フィルニーアの家にいた頃はそんなの関係なかったが、作法だけは厳しくしつけられていた。メイもその影響で、作法だけはしっかりしている。

 不安があるとすればウルムガルトだったが、こちらも商人の息子らしく、作法は身に付いていた。

 そんなこんなで会食は進み、ようやくデザートに差し掛かったところで、王が口を開いた。

「ふむ。これだけ楽しい会食は久しぶりだな」

 どこがだよ!?
 俺は思わずツッコミを叩き入れるところだった。必死に制御してデザートに出されたフルーツを口にした。
 いやだってそうだろう。会食が始まって今まで、一言のひっっっっとことも会話してませんけど! ただひたすらにカチャカチャと食器の音しかしなかったね! 隣の人と離れてるのにその息遣いまで聞こえてきそうなくらいの静寂だったね!

 ちくしょう、王族はこれを団らんとか言うのか? 団らんに謝れ!

 口に出せないなら、と俺は口汚く罵っておく。

「それで、だ。スフィリトリアを救った英雄の君に一つ、折り入ってお願いがあるのだが」

 デザートをさらりと食べ終え、王は口を丁寧に拭きながら切り出した。
 ぐっと緊張感がせり上がってきて、俺は居住まいを正す。

「実は、この王都にも魔物の脅威がやってきていてな。少しばかり骨が折れているのだ」
「魔物ですか」

 俺は少し意外になって返した。
 ここ王都は王が住んでいるだけでなく、十万都市という最大規模の都市だ。当然多くの冒険者もいて、そのレベルも高い。少々の魔物ならあっさりと滅ぼしてしまうだろう。
 冒険者だけでなくとも、軍隊もいるはずだ。

 そんな王都が骨を折っている、となれば、相当な魔物だろう。

 下手したら《神獣》クラスか、それとも魔族か。
 魔族となれば厄介だ。連中は総じて強力だからな。さすが世界の敵と言われているだけある。

「うむ。どうもやってきたのは、かなり上位の魔物らしくてな、知能も高い。故に魔物の群れを率いていてな、軍を派遣したが、損耗率が高くて撤退する羽目になった」
「魔物は数が多い上に、どこからともなく補充されているのです」

 王妃の捕捉に、俺は納得した。
 魔物はちょっとした森があれば繁殖する。呼び寄せればすぐに駆け付けてくるだろう。王妃は軍が弱いワケではないと主張したいが故の意見のようだが、それは確かに問題だった。

「魔物を補充できるだけの強さを持った魔物、ですか」

 俺は無意識に声のトーンを下げていた。
 魔物の群れを率いる、というのは、上位の魔物としては珍しくない。率いる規模によって強さも大体分かるのだが、補充となると話が変わってくる。
 よっぽど高い知能で忍ばせているか、その場で徴用しているかのどっちかで、どっちにしろ厄介だ。

 そんなことが出来る魔物となると、かなり種は限られてくる。

「まぁ、その主はキマイラなんだがな。キマイラでもかなり強力な個体のようなのだ。それで、都合三度ほど討伐に失敗している」
「三度も……」

 確かに由々しき事態だ。
 だが、キマイラなら有り得る。獅子の身体に大鷹の翼、蛇の尾を持つ魔物で、魔物のカテゴリでは相当に強い。冒険者たちも必ずSR(エスレア)以上のレアリティを持つベテランをパーティに組んで挑むくらいだ。
 それでも勝てる確率は五割と少しなのだから、強さがうかがい知れる。

 もちろん、高レアリティオンリーのパーティなら可能だろうが、三度も失敗している上に魔物の群れも相手ともなれば、冒険者からも忌避されているのだろう。でたらめに高い依頼金なら別だろうけど。

「そんな魔物だが、セリナがテイムしたいと言い出してのぅ」
「アホですか」

 俺は我慢しきれず、反射的にツッコミを入れていた。いや、もうこれは仕方ない。
 キマイラをテイムなんて聞いたこともない。
 確かにセリナは優秀な《ビーストマスター》だと思う。一年前、俺が《ビーストマスター》の能力に目覚めた時、訓練してくれたのも彼女で、その時からかなり強かった。

 今はもちろん当時よりもぐっと強くなっているだろうが、それでもキマイラは無謀だ。

 今の俺でもテイム出来るかどうか分からんぞ。
 ぶっちゃけて、かなりメンドクサイ。今すぐにでも逃げたい。

「ワシもアホとは思う。しかし、セリナは今年から王立魔導剣師学園<<グリモワール>>に入学する。王族としての権威もあるから、優秀な魔物をテイムさせたいのも事実」
「それは分かりますが……」
「訊くところによると、テイムは相手が弱まっていればいる程しやすいそうだな?」

 王の言葉に俺は肯定するしかない。
 否定したところで、それらの知識はセリナからもたらされているからだ。

「つまり、俺が弱らせて、セリナがテイムすると? セリナはそれでいいんですかね?」

 よって、俺は別の方面から攻めることにした。
 ここはプライドをくすぐる作戦だ。テイムしたいのであれば自分の力でやるべきだし、やりたいはず。こんな他人の手を借りてまでしたいかどうか。

 俺は挑むようにセリナを見る。視線は一瞬だけぶつかり、セリナは何故か一度だけニコッと笑って頷いた。

 ──……………………あれ?

 悪寒が背中を駆け抜けた時にはもう遅かった。

「はい。グラナダ様との共同作業であれば、むしろ喜んでぇ」

 しまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?

 俺は危うく絶叫しそうになった。頭は抱えたけど。
 忘れてたのだ。
 こいつら王族には、どうしてかアイコンタクトが反対の意味で通じる傾向があることを。一年前のスフィリトリアの時も、シーナにそれをやられた。
 セリナも王族なのだ。バッチリその傾向があって当然だった。

「おお、そうかそうか」
「共同作業だなんて、淫靡な響きですわね」
「ふふふ、そうだな」

 熱い視線ぶつけ合ってんじゃねぇよ。

「というそうだ。グラナダ殿、やってくれるかな?」

 王にそう言われ、俺は頭を抱えたまま頷くしか出来なかった。
 そもそも拒否権など、この会食の場には存在しないのだ。

 ちくしょう、理不尽だ。

 ふと視線を感じて隣を見ると、ウルムガルトがニヤニヤしながら見てきていた。よし決定。コイツ巻き込んでやる。
 そう誓った矢先だ。
 ドアがけたたましく開かれ、兵士が入ってくる。

「ご報告いたします! 王都に接近する多数の影あり!」

 衝撃が走った。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 夜空を駆ける。
 満天の星空に、涼やかな空気。これが緊急要請(スクランブル)じゃなかったら、どれだけ良かっただろう。

 まぁそんなこと言ってられない。

 俺は気を引きしめて、風を全身に受けながら下を見下ろす。流れていくのは、穏やかな田園風景だ。ここを戦場にしてはいけないので、その外れまで急行している。
 俺が騎乗しているのは、王国が所有してる軍用の飛竜(ワイバーン)だ。操縦は専門の兵士で、俺はその後ろに座っていた。

 城にもたらされた情報は、王都の左右から接近する魔物の群れだった。間違いなくキマイラ率いる群れだろう。
 斥候によれば、魔物はゴブリン、コボルトが主力だが、オーガやクレアマントヒヒといった中型、更にはサイクロプスの大型まで混在しているらしい。

 その数は夜のせいで正確には計測できず、探知の優れた宮廷魔導師たちによれば数百だという。

 王はただちに軍の手配をしているが、過去三度の失敗からどれだけ集められるか不明で、且つ、魔物の進軍が早いため、この戦場に間に合うかどうか微妙。よって、俺たちが先行して足止めをすることになっていた。

 まぁ、キマイラが最前線にいなかったら多分なんとかなると思う。
 とはいえ、魔物を一匹も逃さず戦線を維持できるかと言われれば流石に多勢に無勢なんだけど。

 状況的に俺たちは二手に分かれるしかなかった。
 一方は俺が、もう一方はメイとセリナとシーナだ。万が一として王国付の数少ない魔法使いも付けている。

「と、ここまでは良いとして」

 俺は緊迫感の濃くなってきた風の中で後ろを振り返る。
 そこには、フルプレートメイルに身を包んだ、褐色肌の人間が、カタカタ震えながら俺にしがみついていた。なんだか今にも泣きそうで、女みたいだ。

 ウルムガルトである。

「なんで付いてきてんの?」

 ウルムガルトは商人だ。ぶっちゃけ戦力にはならない。だから俺は留守番を提案したのだが。

「そりゃあ! 魔物といえば素材! 商売する上じゃあ欠かせないってもんだね!」
「わかってんの? 死ぬかもしれんぞ?」

 相手は一匹や二匹の魔物ではない。

「いや、その時は守ってくれるでしょ?」
「おいおいおい、他人任せかよ」
「僕を理不尽に巻き込んだんだ、それぐらいの責任は取ってもらいたいものだね」

 平然と言われ、俺は呆れる。

「そうきたか。そう言うか。強かだなこのやろう」
「当然。商人だからね。それにこう見えてNR(ノーマルレア)だし、魔法だって少しは使える。騎士にもなれるって言われたぐらいなんだよ」

 なるほど。多少は腕に覚えがあるってか。それなら最低限自分の身は守るぐらいは出来るだろう。さすがに大物は無理だろうけどな。
 そう判断した刹那だった。

 ぐばんっ!

 と、大きい衝撃音が響き、目の前にいたはずの操縦兵が消えていた。飛竜の顔面ごと。

 沈黙は一瞬で、落下する時特有の変な感覚がやってくる。

「え? へ?」
「魔物の攻撃だな。この高度まで攻撃を届かせるなんて、よっぽどだぞ」

 たぶん、魔法か何かだろう。
 飛竜の高度は約五〇メートルだった。相当な射程と思っていい。しかも俺に悟られないで撃ってきたんだから、かなりのものだ。
 ってことは、キマイラがいるんだろうなぁ。

「きゃああああああああっ!?」

 高速での落下が始まって、ウルムガルトが情けない悲鳴を上げる。だから女かよお前は。だが、俺は無視して魔力を掌に籠めた。
 真下で魔力を感じたのだ。当然、物騒な気配だ。

「《クリエイション・アニマガード》」

 俺はオリジナル魔法を発動させる。
 魔力の光が飛竜を包み、鱗を剥いで腹部に集中させて多重装甲を発生させる。

「《クラフト》」

 その上で、裏技(ミキシング)で五つの《クラフト》を合体させ、強化した結界魔法を展開した。範囲はやや狭く、壁は分厚く。これで耐えられるか?
 直後、腹の底から叩き上げられるような衝撃がやってくる。

 おお、強烈。

 僅かな驚きを内心で殺しつつ、二メートルくらい衝撃でまた浮き上がる。
 発動させた《クラフト》は、無事だな。

 俺はそれを確認すると、ウルムガルトを抱え、飛竜の背中を蹴って飛び上がる。

「《エアロ》」

 その背中へ向けて、俺は風の塊を放った。
 瞬間、凄まじい勢いで飛竜が落下していく。
 それを目眩ましに、俺たちも落下を始めた。

「ひょっへぇぇぇぇっ!?」
「暴れんな。俺から離れたら死ぬぞ」

 情けない悲鳴その二をあげるウルムガルトに耳打ちして、俺は下を睨む。ギリギリ耕筰地帯の外だ。
 ここなら多少は派手にやっても大丈夫だろう。

 俺は風の魔法で落下速度を速め(ウルムガルトの情けない悲鳴その三があがる)てから、地面に激突する寸前で風の魔法を放って(ウルムガルトの……略)着地した。

 ひぃひぃ言うウルムガルトを離し、俺は目の前に群がる魔物を見渡した。数にして数十。一気に攻められたらひとたまりもないだろうな。

「ま、まま、魔物がこんなにっ……!?」
「ガタガタ言うな。守ってやるから安心しろ」

 そう言ってから、俺は魔物たちを睥睨してやる。

 かかってこい。

 そんな挑発に乗って、魔物どもが一斉に吠えながら攻めてくる。
 血の臭いさえしそうな獣臭が迫る中、俺は笑んだ。

 久々に使うな、これは。
 どこか懐かしい思いで、俺は腕を横凪ぎに払う。

「──《真・神威》」

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