2話 引きこもり、始動 Ⅱ
実験がてら思い付くなかの最大効率で行くか。
視界に捉える暗い部屋を青一色に染め上げて、ロケットのように自分の身体を飛ばす。
周囲の視線を置き去りにして、青い炎を纏った骨頭は空を飛んだ。
いや、その骨頭が俺な訳だが。詩人みたいになってるのは、緊張からのような気がする。
……いや、違うな。それもあるかもしれないが実は少し楽しみだったりするんだ。興奮からってのもあるかもしれない。
この身体で出来ることを一から覚えて、使って。
今までとどう変わって、どんな結果を掴めるのか……
自然と笑みを浮かべそうになるのを我慢して、確認だ。
部屋の天井付近から見渡したところ部屋の広さは体育館ほど。
現在いる人数は少なく見積もっても二◯◯以上だな。
これを区画単位に分ける。
赤い炎を適当に頭のなかで決めた区画の四隅に飛ばして、この空間を一六区画に分ける。
次は密集地に目印。
纏った青い炎を明らかに人が集まってる地点の頭上に射出。天井に人魂のようにくっつける。
密集地の基準は三つのポイントから見る。
一つ目は、魑魅魍魎が取り乱しているかどうか。
二つ目は、魑魅魍魎の量。
最後は、俺のように立ち回るやつがいるかどうかだ。
経験的に俺のようなやつは少ないから、大半が密集地になるかと思ったが、想像よりも密集地は大幅に少なく三区画程度だった。
戸惑ったがその理由を考えるのはあとで良い。次だ。
三区画それぞれの巡回ルートを構築。
決めたらあとは、ないコミュ力を絞り出して落ち着かせにいく。
空中で炎を使って移動。取り乱している人の頭上まで来たら降下。
「こんにちは」
苦笑いを浮かべながら挨拶するが、相手は当然スルーだ。
生前なら背中とかあたまを撫でたりして落ち着かせてたが、この身体じゃ無理だな。出来るのは肉体言語と、会話だけだ。
考えながらじっくりと相手の身体を見ると、面白い身体だなと失礼ながら思ってしまった。
目の前に座って泣きじゃくる女性の頭には、肩ほどの位置で揺れるライトブラウンの髪と同じ色をした猫耳が人の耳のあった位置より少し上から生えている。
今は倒れこんでいるけれど。
尻尾も当然ある。ライトブラウンだが虎柄の尻尾だ。
そして締めには猫になれるときた。
興味が湧くのも仕方ない。
身体が縮んだとき服は脱げるが、人になったときは着た状態になることとか、どうなってるんだろう。
本当に面白い身体だと思うが彼女の身体は、暴走している。
不規則に猫化と人化を繰り返して泣く彼女に、制御できていると感想を述べることはない。視界が青に染まっているからこそ、余計に寂しげに見える。
まだ一人目のはずなのに、気持ちが逸る。
流れるはずのない冷や汗が、ドッと流れているような感じすらする。
このままじゃ、誰も助けられないと、答えが出てしまった。
だから……これからやるのは、邪道だ。
一度距離をとり、人化状態だけを的確に狙う。不規則に変わる姿のタイミングは見えない。落ち着いてその姿を見つめて、猫化した瞬間に、次の人化がすぐに行われることを予測する。
単なる勘。けれど、結果的に言えばその勘は正しかった。
俺の身体を猫化と同時に転がして、急接近。
纏う炎を下方から噴射。ジャンプ台を使ったように高度が上がる。
その瞬間に、彼女は人化した。
人化した彼女の腹部は、女性だから避けて、額に回転頭突きをいれる。当たる寸前に速度を少しだけ下げて、後にくる痛みを和らげることは、絶対に忘れない。
「うおぉぉ! いってぇぇぇ!」
「い――――っ!」
叫んでのたうち回る俺と、悶絶する彼女。
みっともないのは間違いなく俺の方だった
彼女が目を見開いて俺を見る。そこで俺は自分の目的が達成できたことを確信する。
この暴挙にも意味はある。海より深いかどうかはともかく、一応の理由といえるものが。
人に自分の存在を意識してもらうには、良い感情を持たせる行動か、悪い感情を持たせる行動をとる必要がある。最初に行っていた会話や、撫でて落ち着かせるのは前者だ。俺が行ったこの暴挙が後者だ。
どちらにしても根本的な解決をするためには、本人が納得する必要なある。
それでもなるべくこの方法をとりたくなかったのは、とことんまで嫌われて、怒らせる必要があるからだ。別のことに目を向けさせて、一時的に悩みを忘れさせるということ。
こっちの方が得意だと開き直って、目の前でジッと恨みと怒りを込めた視線を向けながら猫耳を立てている彼女を睨み返す。
対応が良いままじゃ、怒らせるのは難しくなるだけだからな。例外はあるが……
さあ、なんて言おうか?
相手が気にしていることで評価を下げようとするのは逆効果。最初に言うのは、事実で良い。適当なことを言ってやばいやつだと流されるのは論外だ。
……そう言えば挨拶返ってきてないか。
「挨拶ぐらい返したらどうだ?」
「あっ、えっ? そんなのされてないんだけど……」
彼女はが驚いて、その先の言葉につまる。
それくらい彼女は聞く耳を持ってなかったわけだ。いや、余裕がなかった、だな。
「俺はしたぞ、お前にな」
「……なんで、私にしたの? 他にも人は沢山…………」
「お前が可愛かった、か……ら…………って、なに言ってんだ俺」
思わず自分の口にしたことにツッコミをいれた。
よし、落ち着け。目の前で鳩が豆鉄砲を食らったような感じになってる彼女のことは一旦忘れて、落ち着け。
いま、俺なんて言った?
可愛い?
いや、確かに可愛いとは思う。幼さがあって、猫耳があって、もふもふ。うん、確かに可愛いさ。
だが、俺の目的はなんだった?
怒らせて、気を紛らわせることだったはずだ。それがなんだ? 逆に気にしてる見た目を褒める。逆に評価あげるのか? 上げて落とすのか?
親しくもないやつをいきなり褒めるなんて、初めての経験だけど。通報案件だろこれ。
さっきよりも冷や汗を流して、視界どころか色々なものを真っ青に染めたまま、戦々恐々、今一度彼女を見ると、やっと言葉の意味を理解したのか、こっち見て俺と目があった瞬間、ふいっと横を向いた。その頬は微かに赤く染まっていて。
「あ、その……ありが、とう」
恥ずかしいのか、小さい声だった。なんて、俺の方もそんな声に萌える余裕はない。
もう離れていいよな? もうなにも言わないよな?
言われた言葉を聞き流して睨みつつ,次の言葉があるかどうかを確認する。
いやな沈黙のなかで少し待ったがなにも言わない。
よし離れよう、次行こう、さっさと終わらせてひっそりとしていよう。
彼女は落ち着いてる、予定とは違うがひとまず安心。
だから行こう。
よし、いまだ離れろ!
全速力で転がって次の人の元へと向かう。
次からは自分に対する怒りを込めて八つ当たりした。結局あれ以来失敗はしなかった。
あんな失敗、生きてるときはしなかったのに。
密集地は全部終わった。すごい疲れた。
ため息をついて、何の気なしに上を見る。
これも癖か。
そう自覚して前を見れば、人が増えていた。いや、正確には魑魅魍魎の姿をした中身が人の珍生物だ。困惑の声が至るところから上がる。そこで俺はもう一度ため息をついた。
これが二班なら、イヤメンが来ることに気づいてしまったから。
「まずはこう言おう。ご苦労様、と」
さっきと同じように青白い台の上にスポットライトを浴びて、イヤメンが立っていた。暗視に明かりは目に優しくないため、炎を消して、睨む。
「君達はわかっているだろうが、死んだ人間だ」
躊躇いも、戸惑いもなく、透き通る声が響き渡った。
誰もが息を飲んだ。かく言う俺もその一人だ。
知らなかったわけじゃない、気づいていた。ただ、あまりにも堂々と口にするものだから意表を突かれた。
「そしてここは、所謂、死後の世界という所。君達のテストの場でもある」
死んでもテストをするのかと言うため息混じりな気持ちと、何を言ってるのかわからない困惑の気持ち。両方を解決してくれるのを確信して、睨むのをやめずに俺はイヤメンを見続けた。
「君達には、差別、区別、性別、種別。ありとあらゆる偏見と、他人を無意識に見下す人間の本能を克服できているか、テストを受けてもらう」
きっと、誰もが首をかしげた。
言い回しが難しすぎるのが悪いと言い訳してもいいのか、これは。