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1話 引きこもり、始動 Ⅰ

 目の前に並ぶのは左から、巨人サイズの青白い幽霊、俺と同じ大きさのネイビーブルーなダンゴムシ、群青の人面大盾。

 魑魅魍魎(ちみもうりょう)跋扈(ばっこ)している。
 それもすべてが青色、更には大きい。

 けれど、目でも可笑しくなったのかと、自分を疑うことはない。照明のないこの部屋でピントをしっかり合わせたカメラのようにくっきりと物が捉えられるのだって、驚くに値しない。全ては悪い夢だったのさ……なんてふざけたことを抜かすこともない。
 原因を知っているため、俺には余裕がある。

 思考の終わり際に、ため息をつく。
 無意識下の癖だ。人言われて気がつくようなもの。
 そして、吐いたのだから当然吸う。様々な物の臭いが混ざりあい、形容しがたい刺激臭を吸い込んで咽せかえる。

 瞬間、魑魅魍魎が目を向けた。多種多様、千差万別。奇異から困惑、はたまた恐怖なんてのもあるか。

 俺が恐怖で動けなくなるほど怖いと思ったのは、これで2度目だ。それくらいには……具体的には、トイレに早く入らないと漏れそうなのに、人が使ってて不思議な踊りで防御力を下げるような、そんな感じだ。

 よし、まだ下らないことを言える余裕はある。

 ……でも、そうか。俺がここに来た原因を照らし合わせて、この魑魅魍魎の正体はわかった。

 なら次だ。

 視界をシャットダウン。
 感覚器官を総動員。
 確認項目を作成。

 俺の姿がどんななのか、その使い勝手を一瞬で見抜く。
 趣味に差し支えるようなら、準備したやつに苦情いれてやる。

 最初は大きさを把握する。その後形状だ。
 まだこの部屋には空きがある。スペースを目一杯使って自分のことを把握してやる。

 魑魅魍魎の一体。幽霊を大きさの元にする。あれの大きさを一六◯から一七◯と仮定して、俺の大きさを目測で導きだす。
 身体の動かしかたすらわからないため。この数メートル先離れた状態でやるしかない。

 幽霊に何故かついている足。その膝下から足首、その中間にある脛がちょうど正面にくる。
 高さは、三◯弱ってところか?

 確証はないが、そうと仮定する。

 次は、形状。まず確認するが、腕や足はない。動かそうとしても動くものがないし、視界に一切入らない。それどころか地面が近い。少し高い枕で寝ているような、そんな高さだ。

 目線は動かせるため、目はある。臭いを感じるため、鼻も。自分のため息がしっかり聞こえた。耳もあるってことだ 地面についてる場所はひんやりとしているから、触覚もあるんだろう。味覚は確認できない。

 ちくしょう、どんな形なんだ? 

 今脳内に浮かんでるのは正方形に目とかがついた異形だ。動けないし、転がれないことから、そういう想像……
 待て、転がる実験はしてないぞ。

 視線を上に上げて、天井を見ようと首を動かす。

 視界は上に移動。俺の身体の後方は丸みを帯びていると仮定。
 そのまま視界は上移動を続行。地面が上方向に来る。
 回転続行。視界が元の位置に戻るが、少し魑魅魍魎が遠くなる。
 回転続行、回転続行……回転続行。

 回っている。身体と、目が。
 そして、望んでいた停止は突然のことだった。頭頂部をなにかにぶつけて停止。なにかというよりは壁、台。青白い台で止まった。
 痛みはあった。痛覚はあるのか、そうか。

 瞬間、閃光。

 視界をカメラのフラッシュを受けて、男が台の上に現れる。
 その男に、俺は内心で唾を吐きつけた。理由はイケメンだからだ。ただのイケメンじゃない、男の俺から見てイケメンだ。
 柔和な顔をした優男ではなく、その対極。威厳のありそうな真剣な表情に鋭い眼差し。僅かに伸びて少し跳ねた白髪。高貴そうな顔立ちに、爽やかさと凄みの両方感じる動作等々、すべてにおいて、嫌になるほどのイケメンだ。

 背中についであろう白い翼が感情を増幅させているのか、ため息をついて下からその男を見上げる。たたまれた三対六枚の白翼。

 何よりも嫌なのは、この男がこの場所についてよく知っていると直感的にわかってしまったことだ。
 翼なんて、そういうことだろ?

「急な出来事に驚いているだろうが、暫く待っていてくれ。今、第二班が残りを転送している」

 嫌になるほどのイケメン、略してイヤメンの声が部屋のなかによく響いた。拡声器でも使ったのかと、疑うほど。

 案の定、こいつはこの場所に詳しかった。
 さっきの確認作業だけじゃ、わからなかったことは沢山ある。

 まず、この青い視界。この部屋が青なんじゃなくて、俺の目に青のフィルターがかかっていると気づいたのは割りとすぐだったが、どういう仕組み、どういう形状で組み込まれてるのかがわからない。
 それに身体の簡単な形状だけじゃなく、しっかりとした形状も知りたい。

 ……仕方ない。そう割りきってため息混じりに渋々行動する。

「あの、すんません」

 無愛想なのはコミュ力が低いからだ。

 イヤメンはさっきと同じ風格を醸し出す表情で俺を見た。その表情に一瞬だけ微笑が含まれていたような気がしたのは、コミュ力がない故の幻覚か。もしくは、ただの勘違いだ。

 翼のある人間と交流を持ったことは一度もないからな。

「なんだ」
「この場所の説明とかはあとで良いけど、身体について情報をくれ。あんたが来るまでに得た情報じゃ足らん。あんたがここに集めたなら、それこそ鏡でも置いといてほしかったよ」

 イヤメンが鼻で笑った。
 なんだこいつ、腹立つな。

 イヤメンが額を親指と人差し指で挟み込み、こめかみを叩く。イケメンがやると、この動作ですら映える。
 あるのかどうかわからない眉間にシワを寄せて威嚇してやりたいところだ。

「まあ、そのくらいなら大した労力でもないか」

 その言葉で空気が変わった。
 部屋のなかに循環していた空気が強風のような音をたててイヤメンの髪を不規則に揺らす。翼も風によって揺れる。空気がイヤメンを中心に集まってる。
 そして、集まった風が霧散した。

 翼が広がるのと同時に。

 神秘的だった。広がった三対の翼が予想以上に大きく、淡く輝いているのが。

『君の身体は青い炎を纏う人間の頭部。その骨だ』

 頭のなかに直接声が響く。
 親切にイメージ画像つきだ。

 傷ひとつない乳白色の骨。眼窩に青い炎が灯っている状態と、頭部を青い炎で覆っている状態。暗視に使える青フィルターはこの覆っている状態のときに得られる効果らしい。
 オフにすれば眼窩に炎が灯るだけになる、というわけだ。
 そして無駄な機能として、転がるとき炎を球体にして纏う機能がある。この機能のせいで回転が滑らかなわけだ。

 納得して頷き、イヤメンに心の中で感謝する。絶対に口にはしない。

 身体の使い方はわかった。基本的な使い方だけだが。
 なんで急にわかったのかはわからない。一話から道具の使い方がわかる日曜朝の戦士みたいなもんなのか、それともイメージの他にも知識を送っていたのか……、まあ、考えても無駄だな。

 そこで初めて周囲に目を向ける。
 俺のように余裕があるのは少ない。周りにいる魑魅魍魎は阿鼻叫喚。泣き叫ぶ声が伝染している。

 そりゃそうか、身体が違うんだから、元の身体が好きなら泣き叫びもする。でも、仕方ないだろ?

 俺たちは、死んでここに来てるんだから。

 達観したように、そんな感想を抱いて周囲を見つめた。

 けれど居心地が悪いのは当然のことで、誰か動いてくれないかなと、他人に面倒ごとを望むのも偽りない俺の思考だ。でもまあ、通いなれた道を通るんだ。目を閉じて意識を動揺と緊張を鎮める。

 生きていたときと同じ……
 前と同じようにやれば良い。難しいことはない。
 あのときから変わらない行動だ。

 よし、行こうか。

 覚悟を決めて、俺は目を開けた。
 まずは部屋中を確認するか。

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