第九話
「そうじゃろ。このババにも嫁になるということがどんなことなのかはよくわからん。でも今頭に浮かんでいるのはそれだけ。情報能力でわずかに残っているだけだからのう。でもこの知識もやがて消えてしまうぞ。そうなると、いよいよ手立てがなくなってしまう。宇佐鬼大悟よ、覚悟を決めよ。」
「ちょっと、待ちなさいよ。馬嫁下女はアタシの嫁、じゃなかった、下女なんだから、勝手なことは許さないわよ。」
「もう遅かったようじゃのう。すでにこのババの言葉が空間に届いたようじゃ。それを見ろ。」
寿老人が指さした先。そこにちゃんと空間が人型を開けていた。
「こんなにタイムリーに話が進むとは、シナリオはすでに書かれてるんじゃないの。」
「楡浬様。オレは覚悟を決めましたわ。このからだのままで生きながらえるよりは、新たな下りの坂道を登ってみますわ。その先にはあるのは、地獄とは限りませんから。」
「地獄よりも辛い世界かもしれないわよ。アタシにはただの生贄としか思えないわ。」
「いいですわ。辛いこと、厳しいことには大いに慣れておりますから。衣好花様ほどのドMキングを目指しますわ。」
「バカなこと言わないでよ。本当にそれでいいの。アタシの気持ちは、どこに向かって泳げばいいのよ。」
「楡浬様。その言葉は辛いけど、うれしいですわ。ですから、その前にこれだけはさせてくださる?」
大悟はギュッと楡浬を抱きしめて、唇を奪った。
「女の子同士だから、これはノーカンですわよ。」
「・・・と、当然だわ。」
大悟は人型空間に吸い込まれて、一瞬にして消えた。同時に大きな光の輪が世界を包んだ。
やがて光が収束した。ここは大悟だけがいない神鳴門校門の前。
「これがいつもの日常でござる。普事の字。」
衣好花の額の傷がなくなっていた。
「違うわよ。大悟がいない世界はニセモノよ。ううう。」