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三人の少女

 強大な魔物と、その傍らに立ち、魔物を見上げている少年。それは今尚鮮烈に脳裏に焼き付いている記憶。

「・・・・・・」

 薄桃色の髪を肩まで伸ばした細身の少女は、あの日の事を思い出す。それはあの日以来、毎日のように繰り返された、少女にとって日課めいた習慣であった。

「いつかあの方のように」

 少女は寮の中庭で、見上げた空へと手を伸ばす。天上に燦然と輝く太陽はあまりにも高く、伸ばした手が届く事はない。

「おや?」

 そこで少女は、寮から外に出てきた二人の少女を視界に捉える。その二人は同じ容姿をした少女で、名前をオクトとノヴェルといった。違いといえば、片方が髪飾りをしているぐらいか。

「おはよう」

 少女のその挨拶に、オクトとノヴェルの二人は同時に顔を向けると、淑女の笑みを浮かべて一度頭を下げてから、楚々とした歩みで近づいてくる。

「「おはようございます。クル様」」

 二人は揃って優雅なお辞儀をする。言葉を紡ぐ頃合いに至るまで、一分のずれもなかった。

(私とは違い、優艶な淑女とは、この方達のような女性を呼ぶのでしょうね)

 二人の立ち居振る舞いに、クルは内心でそう思いながらも、軽くお辞儀を返す。

「これから訓練所?」

 クルの抑揚の少ない声での短い問いに、髪飾りを付けた方の少女が「はい」 と頷いたが、クルには未だにどちらがオクトで、どちらがとノヴェルかの見分けがつかない。だが、それは他の学友や教師達も同じようで、それを理解しているオクトとノヴェルの二人は、そのままでは不便だろうと考えたようで、目印として、片方が常に大きいながらも控えめな髪飾りを付けるようにしていた。

(確か、髪飾りをされている方がノヴェルさんでしたか)

 クルはそれを思い出すと、二人に声を掛けた。

「ぼくも一緒に行っていい?」
「ええ、勿論ですわ」
「是非とも、御一緒致しましょう」

 オクトとノヴェルの許可を得たクルは、二人と一緒に訓練所へと移動する。
 学園の訓練所には、朝だというのに大勢の生徒が訓練していた。その生徒達の指導をする為に、数名の教師も混ざっている。
 訓練所に入ってきた三人に気がついた生徒達がざわつき、建物内にはまだ余裕があるというのに、三人の進行方向に居た生徒達が次々と横にずれて道を譲っていく。

「「「・・・・・・」」」

 それにオクトとノヴェルは苦笑めいた微妙な表情を浮かべるが、そんな中でも、クルは冷徹な目で周囲を窺う。
 三人は学園の中で最も優秀な魔法使いで、他の追随を許さない実力者。特にクル。途中で区切らない正式な名前で呼ぶのであれば、クル・デーレ・フィーリャ・ドゥーカ・エローエというその少女は、ハンバーグ公国の現最強位に就く、若き最強であった。
 そんなクル程ではないにしろ、オクトとノヴェルもクルに見劣りしない実力者で、二人掛かりであれば、クルと伍するとも言われていた。
 それだけの実力者なので、入学して一年と経っていない三人に、皆敬意を示す。
 ハンバーグ公国は強力な魔物の住む森に接している為に、実力主義の部分が強い。しかし、それもナン大公国ほどではないが。
 三人の少女は作られた道を進んで訓練場所に入る。その背には大量の視線が突き刺さり、とてもやりにくい。
 しかし、クルはそれを気にせず訓練を開始する。最強位に就いているだけあり、流石に衆目に晒される事には慣れているのだろう。
 クルの放つ魔法はどれも強力だが、とても洗練された印象を受ける綺麗な魔法ばかりあった。無駄がないと表現すればいいのだろうか、魔力の扱いに長けているのが一目で分かる美しい魔法。
 それはオクトとノヴェルも同じで、魔力が綺麗に魔法の形を取っていて、漏れ出る魔力が驚くほどに少ない。
 その無駄のない魔法は、みる者を魅了するには十分すぎる輝きを秘めていた。それに、この場に居る誰もが魔力の扱いの難しさをよく理解していた。
 水を打ったように静かな観客を気にする事なく、準備運動を終えた三人の少女は攻守に分かれると、攻める時間を決めて訓練を続ける。
 最初に攻撃を担当する、オクトとノヴェル二人の攻撃を、クルは前面に張った数枚の障壁を器用に動かし、的確に防いでいく。手加減されている魔法とはいえ、そこらの生徒の攻撃魔法よりも格段に強力な攻撃魔法を、難度の高い技法で難なく防いで見せるクルの実力は圧巻であった。
 暫くそうして、二人の攻撃をクルが完全に防いでいると、時間になり、次は攻守を入れ替える。
 クルが次々と行使する鋭い攻撃魔法を、オクトとノヴェルは防御障壁を身に纏い、更に強化した脚力を使った巧みな足捌きで躱していく。先程のクルがみせた不動の防御も見事であったが、二人の息の合った踊るような回避もまた、見事としか表現できない素晴らしさがあった。
 しかし、クルの攻撃は次第にオクトとノヴェルを捉え始め、二人を同時に追い詰めていく。そして、とうとうクルの攻撃が二人に当たり始め、もうすぐ二人の障壁が破られそう。というところで時間になり、三人は訓練を終了する。

「やっぱり、クル様は凄いですね!」

 オクトの賞賛に、クルは首を横に振る。

「二人も流石。同年代で同等の強さの相手が居るとは思わなかった。とても有難い」

 クルは最強位という地位に就いている様に、国内では同等以上の相手がほぼ居ない。それ故に、高め合うという事が出来ずにいた。
 しかし、同年代の魔法使いと交流するという名目で入学した学園で、クルはオクトとノヴェルという対等な実力者と巡り合えた。おかげで、ただでさ早かったクルの成長速度は、更に加速していく事となる。いつかあの日見た太陽に触れたいという、ただそれだけの想いを胸に抱いて。

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