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成虫孵化

 ついにやって来た満月の夜。
 父親が異変に気づいた頃にはもう、何もかもが手遅れだった。
 

 無慈悲に放たれた火。
 燃え広がる炎の中で、四郎はうっとりと、蛹のひび割れを眺めていた。
 

 成虫がついに頭を覗かせた時、四郎の心は、ようやく重りから解き放たれた。
 この時が来るのを、ずっと、ずっと待っていた……。
 
 
 さあ、壊しておくれ。

 嫌いなカゾクも、この村も、

 全て、全て、何もかも。

 籠を壊して、僕を自由にしておくれ。
 
 
 殻を完全に突き破り、脚まで露わにした成虫は、一気に身体の全てを晒し出す。
 萎んだ羽はやがて大きく開き、揺らめく炎の中で、微かな煌めきを見せた。
 薄い、薄いその羽は、赤橙色を纏い、大きな音を立てて空気を震わす。

 
 薄羽は、四郎目掛けて飛んでくる。
 それを見て、四郎は微笑んだ。

 願いを叶えてくれるなら、僕は喜んでお前の養分になろう。

 薄羽は口を大きく開き、頭から四郎を貪り喰った。


 
 
 一度の食事で飛び回る力を得た薄羽は、
 数十の卵を産む力を得るために、
 一夜で村中の人間を食べ尽くした。


 
 
 静まり返った村の中から、山奥に消えていく薄羽を見送って、爺は笑った。

「さて、次の餌場は何処にしようか」

 爺の紫色の瞳が、ぎょろりと光った。
 


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