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第5話  王都へ

 リザードマンが人間の生活圏内に姿を見せたことで、父さんは朝早くからスタークさんと共に村長の家へ出かけていった。

「大丈夫よ、フォルト。もう怖いモンスターは出てこないわ」

 いつもとは違い、ちょっと影のある笑顔を俺に向けている母さん。モンスターのことが気になってしょうがないんだろうな。でも、リザードマンが助けてくれなかったら、俺とアイリはあの魔犬に殺されていただろう。

「ああうあ、うぅ……(人を助けるモンスター、か)」

 たぶん、今日の村民会議で村人間のモンスターへの防衛意識はかなり高まるだろう。もしかしたら、騎士団が派遣されてくるかもしれない。そうなれば、この村の安全は保障されるだろう。
でも、俺は知りたかった。あのリザードマンは何を思って俺たちを助けたのか。どうして立ち去る時、あんなに寂しそうな顔をしていたのか。
真相が気になるところだけど、よちよち歩きが限界の今の俺にはたしかめる術がない。

「あぁああ(早く大きくなりたいな)」

 俺が大きくなって、一人である程度のことができるようになったら、もう一度あのリザードマンに会いたい。それまで、どうか村人にも騎士にも倒されないように……まさか異世界に来てモンスターの安否を気遣うなんて思ってもいなかったよ。


 ◇


「フォルト、準備はいいか?」
「問題ないよ。いつでもいける」

 俺がフォルト・ガードナーとして転生してから4年という月日が流れた。

 5歳になった俺は神官から自分の持っているスキルを診断してもらうため、家族総出で王都へ向かうことになっている。
この国では5歳になった子どもたちへスキル診断を国が無料で行っている。その目的は、優れたスキルを持っている子どもの選別だ。
この世界におけるスキルというのは、親からの遺伝情報が重要になってくるらしい。断言できていないのは、そこに確定的な理論が存在していないから。極稀に、親の遺伝情報にないスキルを有した子どもが生まれてくることがある。
 
 その特殊スキルはレア度の高いモノが多いようなので、将来騎士団や城の役人として採用されることが約束されるという。

「フォルトのスキルはどんなのかしらね」
「【剣術スキル】があれば騎士団にも入れるんだがなぁ」
「騎士団かぁ……」

 甲冑を身にまとい、馬を駆る姿を想像したが――俺は自分がどういうスキルを持っているのか知っている。どうも、自分のステータスは診断してもらってからでないと本来は閲覧できないそうだ。

「こんにちは!」

 家を出ようとしたら、元気のいいあいさつが聞こえた。
 ライトブルーのショートカットヘアーに翡翠色の瞳――今日も元気いっぱいなお隣に住む幼馴染のアイリだった。
 アイリもまた5歳を迎え、俺たち一家と一緒に王都へスキル診断に行く予定だ。

「ほらほら、早く行こうよ」
「そんなに急がなくても王都は逃げないよ、アイリ」
「そうだけどさ、私は王都へ行くの初めてなんだもん! 診断の話を聞いた時からずっと楽しみにしてたんだから!」

 テンション高いなぁ。
 あと、ナチュラルに腕を組んでくるよね。

 なんか、会うたびにやられていたから気にならなくなっているけど、王都でもこの調子だと周りの視線が気になる。まあ、アイリは可愛い子だから、こんな可愛い子に引っ付かれて嫌な気はしないけどさ。

 ただ、この村に小さい子どもって俺とアイリしかいないから、これから王都で同年代の子たちと会った際、俺への態度が変化しないかちょっと心配だ。冷たくあしらわれるくらいなら今みたいにベタベタされていた方がいいな。

「さて、それじゃあそろそろ行こうか」

 父さんが先頭を切って歩き出した。ちなみに、王都までの移動手段は徒歩である。父さんの話では歩いて30分くらいかかるらしい。自動車はおろか自転車さえない世界だもんな。転送魔法とか持っていたら便利なんだろうけど。

「王都ってどんなとこなんだろう……お城も見てみたいし!」

 俺の腕に自分の腕を絡ませながら浮かれっぱなしのアイリ。その様子を後ろからニヤニヤと眺めている両家の親たち。その顔やめろ。

 しばらく歩いていると、村の周辺を囲う大きな塀が見えてきた。
 リザードマンの出没が確認されてから、王都の職人たちと一緒になって約1年かけて作った塀だ。おかげで、あれからモンスターの目撃情報はひとつもない。

 穏やかで平和な時間が流れる中、聞こえてくる噂は人間同士の戦い――戦争についてだ。

 この村はシガン大陸にあるアースダイン王国という海と山に挟まれた国の領地(村の名前はリーン村)なのだが、肉眼でも確認できるほど近くにある隣のオルデア大陸では各国が毎日のように小競り合いを繰り返しているらしい。

 大陸内にある隣国とは仲良くやっているアースダインだが、他大陸からの侵攻に備えて現在は戦力の底上げを急務としている。

 だから、少しでも優れたスキルを持った若き芽を探し求めている――そのため、数年前からスキルの診断を無料で行うように法を整備したのだ。

 ――というこの世界の国際情勢について、を父さんとスタークさんが家で酒盛りをしながら語っていた。母さんはうるさいと子どもが起きるって注意していたけど、俺としてはもっとその辺の話を詳しく聞きたかったけど。

 歩き続けてたどり着いた王都。

 当然だが、人の数はリーン村とは比べ物にならない。
 それどころか、俺が前の世界で住んでいた街よりもにぎやかだ。

「す、凄い人だね、フォルト」

 初めて見る人の群れを前に、アイリは声を震わせる。いつも元気に振る舞っているけど、初めて会った時に見せた怖がりな一面は消えていないようだ。

「はぐれないようにしっかりつかまってなよ」
「! う、うん!」

 しまった、と自分の軽率な言動を後悔するより先に、右腕が強烈な締め付けを食らう。いてて、そんな力を入れなくても大丈夫だから!
 アイリが急にもたれかかってきたもんだから、俺はバランスを崩していまい、ふらふらと道の真ん中へ出てしまった。

「フォルト!」

 父さんの叫び声が耳に届いた時には遅かった。
 俺の視界にはこちらへ迫り来る馬車か映っていない。

 咄嗟にアイリを抱え込む。せめて、アイリだけでも助けなくちゃ、という思いが起こさせた行動だった。ただ、幸いにも馬車は俺たちの手前1mくらいのところで停止。なんとか大事に至らなくて済んだ。

「何やってんだ! 危ないだろ!」

 御者が怒鳴る。
 そりゃそうだろう。どう見たって俺たちが悪い。
 慌てて両親が飛んできて御者に謝罪をするが、その途中で、
 
「もういい。そこまでにしておけ」
「だ、旦那様」
「子どもにケガがなくて何よりだ」

 馬車の窓から顔を出してそうフォローしてくれた紳士。年齢は三十代前半くらいか。凛々しい顔立ちのいかにも貴族ってオーラをまとった人物――いや、御者が「旦那様」って呼んでいたから本物の貴族なんだろう。

「君たち、これからスキルの診断を受けに行くのかい?」
「は、はい」
「やはりそうか。生まれはどこだ?」
「リーン村です」
「村は好きか?」
「大好きです!」

 俺が即答すると、その人は「そうかそうか」と大笑いして、

「スキル診断を受けるということは今年5歳か……まだ小さいのにハッキリとした受け答えができている。これもご両親の教育の賜物だな」
「そんな、勿体ないお言葉です――レビング様」

 さすがに相手が貴族というだけあって父さんも借りてきた猫みたいに大人しい。

 あと、レビングって……前に聞いたことがあるな。
 たしか爵位は伯爵だったか。
 さっき話した印象通り、貴族でありながら気さくな人物で、民衆からも支持がある人物だと父さんが話していた。たしかに、嫌味のない爽やかな人だなって思える。

――その時、俺はふと視線を感じて馬車へと目を向ける。

 未だに俺をベタ褒めしている貴族のおっちゃんの横――ちょうどその人とは反対側の席に座り、窓からこちらを見下ろしている銀髪碧眼の女の子がいた。
 まだ小さいのに、整った顔立ちだっていうのがハッキリとわかる。アイリが可愛い系ならば、あっちの子は美人系に育ちそうなスペックをしている。
 年は俺やアイリと同じくらいか。
 もしかして、この子もスキル診断にやって来たのか?
 
 俺はただ見つめられるだけでなんの反応も示さないというのは失礼かと思い、その子に向かって手を振った。女の子はびっくりしたように目を見開いて、窓から飛ぶように離れてしまった。……悪いことしたかな。

「どうかしたの、フォルト?」
「ああ、いや。馬車の窓に女の子がいて」
「女の子?」
「俺たちと同じ年くらいの綺麗な子だよ」
「ふーん……」

 うん? アイリさん? なんか組んでいる腕に力がめっちゃ力入っているんですけど?
 もしかして、さっきの子にやきもちとか? ……まだ小さいから、友だちを取られるかもって心配しているのかな。

「王都は人が多い。周りをよく見て行動するんだぞ」
「あ、は、はい。すみませんでした」
「うむ。己の過ちを認め、きちっと謝れるということは大事だぞ」

 レビング伯爵は最後まで爽やかなまま去って行った。きっと、馬車に乗っていたのは伯爵の娘さんだろう。俺と同い年なのか。

「さあ、教会はすぐそこだぞ」

 馬車を見送っていた俺に、父さんが声をかけてくる。その指さす方向にあるのは、背の高い建物が並ぶ王都の中でも一際大きな建築物――教会だった。
 
「あそこが……」

 スキル診断をする場所か。
 俺はもう自分のスキルを把握しているから感動はないだろうけど……診断してくれる神官さんに見せつけてやろう。

 あれから4年――さらなる成長を遂げた俺のスキルを。

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