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絶望に光るは生きる希望

<情けは人のためならず>ということわざがある。
 間違った意味で使われることもあるが、意味としては「人を助けたらその恩は必ず帰ってくる」というとこだ。

 俺はそれを現に何回か経験している。
 そう、今回もだ。











 「……っと」

 ごっついおっさん達は手袋を使って倒した。

 「あ、ありがとうございます」

 そう言ってぺこりと頭を下げたその女の子。年は14くらいだろうか。
 まぁこの容姿だ。いかにも「痴漢にあっても大声で助けを呼べない」感じの顔とスタイルをしている。

 「あの、何かお礼で手伝えることとかありますか……」

 色々ある。
 手伝ってもらえるなら、ここから仲間のいるところに返してください、って感じなのだが、それはとりあえず十分なお金と食糧がないとアウト、つまり<野垂れ死ぬ>だろう。

 とりあえず今は金と住処と服がほしい。
 衣食住がほしい。
 ので。

 「仕事を下さい」









 「しごと?それならいい仕事がありますよ! それもあなたみたいな剛腕にぴったりの!」

 剛腕か。初めて呼ばれるあだ名なのだが。ていうか、俺の腕はミカエより細く、ミアリの近接攻撃を苦手とする感じの腕と同じくらいの腕の細さだ。
 鍛えねば。

 「んで、そのお仕事って……」

 「私の護衛です」










 お前は何者なんだよ。
 という疑問が一番最初に出た。

 「あ、私ですか?」

 俺の言いたいことを遮るようにその女の子はドヤ顔で言うのだった。

 「私は<ダンテ・アマクサ>です。この国の王女、そして<危険因子>としてあの塔に幽閉されている、いわば<囚われの姫>ですね」







 いや、じゃあさ。

 「囚われてる癖になんでここにいるんよ」

 「はい、姫にため口ー。罰金」

 えぇ……

 「今日は月に一回の外出タイムなのよ。よくああやってさらわれるんだけどねぇ」

 軽々しくそんなことを言うダンテ。さらわれるのが日常なのか。

 「まぁ、そういうのは後。城に行きましょ」

 「え、なんでですか」

 「手続きよ、手続き」  








 少しダンテの後をついていくと、そこにはかなり大きな城があった。
 庭とかの面積を合わせたら大阪城くらいだろうか。いや、小田原城くらいか。まぁいい。


 「ひ、姫! お帰りなさいませ」

 「あいあい。んで、パパのとこまで行きたいんだけど、いいかな?」

 「は、もちろんです」

 無駄に挙動不審になる門番二人。何かあったんだろうか。
 門番の額からはとてつもない量の汗が出ており、足は震え、槍を持つ右手も小刻みに震えていた。
 蛇に睨まれた蛙、いや、ライオンに睨まれたウサギのような図である。




 「ど、どうぞ」

 「ん、ありがと」

 門番が城への橋をかけると、ダンテは無表情でその橋を渡っていく。

 「ねぇ君、ちょっと待って」

 門番に呼び止められたのは俺だ。まぁ、そうなるわな。素姓の知れない18歳の少年を軽々しくひょいっと入れるほど、この城もお豆腐レベルの防御力ではないことが分かる。

 「君、何の用で姫と一緒にここにいるんだい」

 「えっと、姫の護衛というか……」

 と言った瞬間、門番たちの顔が引きつった。

 「こんな青年が……」

 「うちの息子と同じくらいなのに……」

 一人の門番は手で顔を隠す動作をした後、俺の両肩に両手をポンと置いてこう言った。

 「耐えろよ」















 え。
 なにが?
 何を耐えるん?
 しかし、そのアドバイスの理由を知るのは、そう遅くない――









 「パパはすごいんだよ! 王様なのに戦争で前線に行って帰ってきたんだよ!」

 「すげぇ」

 俺とダンテは長い長い階段を上っていた。
 階段の前の看板には、「階段ダッシュで足を鍛えよう」だそうだ。
 体育会系な王様だ。月一程度に持久走大会とかスケジュールに入れてそう。

 そうして合計1290段ある螺旋階段を上りきる頃には、俺もダンテもへとへとになっていた。

 「やっばいなこれ……」

 「でしょ……」

 こればっかりは設計者とパパを恨めるわね、とダンテはそう付け足した。

 そうして十分ほど階段の上でヒィヒィ言ってから、玉座の間へのドアを開ける――






 「おぉ、ダンテとゆう……旅人か?」

 「パパー!!」

 ダンテは体操選手のゆか競技並のバク宙やバク天のコンビネーションを決めつつ王様と思しき男に飛び込んだ。 その男は食事の後だったらしい。

 「う……っぷ。おかえり、ダンテ。さびしかったか?」

 「大丈夫!パパとぎゅーってできて元気チャージできた!」

 「そうかそうか」

 さびしそうな顔でダンテを撫でてから、王は俺の方を見た。


 「よく来たね。ここは<イフリート共和国>の<イフリート城>である。君の名は?」

 「針野結羅です。姫の護衛を志望し参りました」

 王の質問に淡々と答えていく。

 「護衛……そうか」

 何が言いたいんだよ。はっきりしろよ馬鹿。

 「とりあえず、お腹空いたし、ご飯にしない?」

 「そ、そうしようか」

 ダンテの提案に怯えながらうなずく王。さっきご飯は食べていたはずなのに。
 すると、王は俺を呼び寄せて小声でこう言った。

 「本当に……いいのか?」

 「ええ、別に。逆にどうしてみんなそんなにあの姫のことビビるんですか」

 「もしや、この街の住人ではないのか」

 「ええ。ついさっき、<コーラル>っていう街からここまで飛ばされまして」

 「<コーラル>から!?」

 王は大声をあげてしまい、少し恥ずかしそうにしてから従者に地図を持ってこさせ、持ってこさせた地図を赤いカーペットの上に敷いた。

 「<コーラル>がここだ」

 地図の端っこにあるマダガスカル半島みたいな形の半島を指さしてそう言った。

 「そしてここ、<イフリート>が――」














 指差したところは。
 地図の真ん中であった。

 「お前は、世界を半周していたみたいだな」








 世界を半周。

 日本からブラジルまでの距離である。
 飛行機で一夜以上は確実にかかる距離である。

 そこまでの距離を?
 もののニ十分程度で着いてしまった、ということなのか。

 「ウッソだろおいおい……」

 頭の中は暗闇でしかなかった。
 一寸先どころか、二センチ先も闇じゃあないか。

 「君はどうして……」

 「勇者に」  

 「んああ、なるほど。罪があったら死んでるから、君は理不尽に飛ばされたみたいだね」

 「まぁ……」

 間違ってはいない。俺は魔王を仲間に……ってずいぶんアウトか。

 「……ここから<コーラル>まで、どのくらいの時間と距離がかかりますか」

 「少なくとも一年はかかるだろう」

 まぁ、覚悟はしていた。鹿児島から江戸の大名行列ですら二か月だしな。

 「お金は……一億ってとこか」












 絶望。 
 これが、絶望。
 一億って。

 「帰れっこないじゃんか……」

 「いや、手はある。策もある」

 「どこに!?」

 王は冠を外し、髭を勢いよく剥がした。つけひげである。

 「……コーネルさん……」

 忘れたことはない。
 俺がこの世界に来て間もない頃、俺と酒を交わしたあの人。

 「でも、<トゴレス>の国の軍人じゃ――」

 「あの後、お前たちが<コーレイン>を倒してくれたお陰で戦争は終結し、<トウゲン>と同盟国だった<アープ王国>は<トゴレス>と合併して<イフリート共和国>となった。あの夜が評価されてな。新しい王の選挙に選ばれたってわけ」

 まさか、王だったとは。

 「あの時、俺と酒を飲んでくれた時、言ったよな。<あの夜のような光景が毎日行われるようにする>って。俺はそれを絶望的な状況の中、つまり<反対派が多い>中、みんなを説得してこんな平和な国にしたんだ」

 お前が教えてくれたじゃないか。あんなか弱そうなのに、国をひっくり返して。あの時のお前の眼は、生きていた。俺の眼は死んでいたのに。

 今度は俺が生き返らせてやる。

 「どんなときにもチャンスはあるよ。君が、生きる希望を失わない限り」
 

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