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主従契約


「はいはーい。今から主従契約を行うから、その魔法陣から動かないでね」

「う、うん……分かった」

 真奈ちゃんに部屋から連れ出され、僕が今いる場所は『魔王の間』らしい。
 扉の上に表札みたいなのがあったから間違いないと思う。

 天井は巨人がすっぽり収まる程に高いはずなのに、息苦しい程の圧迫感。
 広間の中央に敷かれる赤い絨毯をなぞる様に設置される睥睨する悪魔の像。
 その先には数十段と聳える黒い大理石の階段があり。その先には禍々しい装飾がされた王座がある。
 この如何にも『魔王の間』らしき部屋なんだけど、部屋を照らす光源が世界観に合う松明とかじゃなくて、壁に張られているLEDライトなんだよね……。

 そんな魔王の間で僕は、部屋の中央で真奈ちゃんが床に描いた魔法陣の上に立ち。僕の前で真奈ちゃんが何やら印らしき手の動きをする。
 
「ま、真奈ちゃん……。今からなにが起こるのかな?」

「さっき主従契約をするって言ったよね、話聞いてた?」

「い、いや……聞いてはいたんだけどさ……。その主従契約が何なのかまでは聞いてないんだけど……?」
 
 あれ、そうだっけ? と動きを止める真奈ちゃん。

「主従契約って言うのは名前の通りで、主人と従者の関係を交わす契約のことだよ」

「え。従者ってことは側近って意味だよね? 先刻それは交わしたんじゃあ……」

「あれはただの口約束。それだけだと、まだ主従関係を結んだ事にはならないよ。実際、私の側近となってる人全員は、この主従契約を結んでいるんだから」

 言い終わるや否や再び印を結び始める真奈ちゃん。
 つまりこの主従契約は、僕と真奈ちゃんの関係性を確立させる為の儀式みたいなモノなのかな。
 よく分からないけど、真奈ちゃんに全て任せよう。

 印を結び始めた真奈ちゃんを魔法陣の上に棒立ちしながら眺めていると、魔法陣が白く発光する。
 印を結ぶのが終了したのか、ふぅと小さく息を吐く真奈ちゃんが僕へと目を向け。

「それじゃあ、颯ちゃん。指を出して」

「え、あ、分かった」

 不意な真奈ちゃんの指示に一瞬戸惑う僕だが、指示に従って人差し指を真奈ちゃんへと差し出す。
 真奈ちゃんは穏やかな足取りで僕へと歩み寄り、魔法陣に入らない程度まで近づき、小さく口を開く。

「えッ!?」

 驚きの声を上げたのは僕だ。
 小さく口を開いた真奈ちゃんが次に取った行動は、ガリッと僕の人差し指の第1と第2関節の間を噛むだった。
 僕が少し苦痛声を漏らすと、真奈ちゃんはゆっくりと指から口を離す。
 真奈ちゃんの歯型が付く僕の指から血が流れ、指を伝う血は指先へと流れ、指先から床へと滴る。
 ポチャンとばかりに床で飛び跳ねた僕の血に呼応する様に、白く発光していた魔法陣が、赤い光を放ち始める。
 
 僕がこれから起こる事に不安と恐怖で言葉を失っている最中。
 真奈ちゃんは血が流れる僕の指を自身の指でなぞりする。
 僕の指をなぞった真奈ちゃんの指には僕の血が付着し、それを躊躇いもなく舌で舐める。
  
 妖艶に血が付く指を舐め回すその|様《さま》は、かなりエr…………ごほっごほっ。
 けど、自分の血を舐められるって、なんだか少しだけ変な気分になってしまう。この儀式の影響かな?
 
 ドギマギしている僕とは他所に、真奈ちゃんは血を舐め終えると魔法陣の線上に手を付け、

「我が名の許に契約せし新たな従者よ。汝、嚮後の時を我に身を捧げるか」

 儀式の口上らしき言葉を言い終えた真奈ちゃんは、キッと強い眼で僕を睨む。
 これは僕に今の質問らしき言葉に答えろって事なのかな?

「は、はい! 捧げます!」

 キョドリながら背筋を伸ばして答える僕。
 結婚式で神父が問う『健やかなる時も(略)』の様な緊張感。心臓がドキドキしてる。

「汝の答えの許、我との主従関係ここに成立なり。主従契約!」

 真奈ちゃんの怒号が魔王の間に響き、僕の眼下にある赤く光る魔法陣は赤い線となって宙を舞う。
 赤い線となって宙を舞う光は、僕の手の甲へと飛び、手の甲に何かを刻んでいく。
 
「これが……主従契約の……証?」

 僕は自分の手の甲に刻まれた赤い紋章を見つめ、暫し唖然とする。
 唖然として立ち尽くす僕の方に歩み寄る真奈ちゃんが僕の手首を掴む。

「うん。契約はしっかり完了してるね。これで、晴れて颯ちゃんは私の側近になれたってことだよ」

 そう言いながら真奈ちゃんは懐から絆創膏を取り出し、僕の血が流れる指に巻く。
 先程までの堅苦しい口調からいつもの真奈ちゃんへと戻っている事に戸惑うが、僕は手の甲に刻まれる赤い紋章を見据えて口を開く。

「これが僕と真奈ちゃんの、主君と側近としての証になるんだよね?」

「そうだよ。あと、主従契約には色々と効果があって、主君は契約者の場所の特定だったり、その人の生
命確認出来たりと、設定をすれば、その人の行動にも制限できたりできるんだ」

 へえー?と生返事を返す僕は手を仰いでまじまじと手の甲を見る。
 そんな僕を見て、ふぅと腰に手を当てる真奈ちゃんは、先程の話に付け足す様に言葉を続ける。

「で、今言った設定なんだけど。今決めさせてもらうよ」

 そう言って真奈ちゃんが手を翳すと、真奈ちゃんの手と僕の手が淡い紫色の光を放ち、そして消える。

「今のは?」

「今のが設定変更の合図。私が颯ちゃんに施した主従契約の設定は、颯ちゃんが自分以外の人間に魔族関連の事を他言出来ないっていうのだよ」

 僕が魔王の側近になるのも元々は真奈ちゃんの監視下に置いて、僕が無闇に他言をしない様に防ぐためでもあるから。別にそれに関しては驚く事はない。けど、一片の疑問が残る。

「もしその設定を無視して話そうとすると、僕はどうなるの?」

 僕の疑問に間髪入れずに真奈ちゃんが答える。

「爆死するよ。木っ端微塵に」

「爆死するの!? しかも木っ端微塵!?」

 えぇえ!? と僕は目を剥き仰天して顎を外しかけるが、真奈ちゃんはクスクス笑い。

「ごめんごめん、嘘。嘘だよ。流石にその程度で死ぬことはないよ」

 本当に真奈ちゃんの冗談は心臓に悪いよ……危うく今ので心肺停止になりかけ――――

「本当はデスソース一本丸ごと飲んだ様な激痛が奔る程度だから」

「それでも十分に致死レベルだからね! 真奈ちゃんってデスソースって知ってる!?」

 冗談だよね!? 冗談だよね!?
 いや、真奈ちゃんは表情崩さず真顔だから冗談ではないな、これ!?
 実際に僕はデスソースを使用したことはないけど。
 動画サイトでデスソースを使ってみたとか。情報サイトとかでデスソースの特集記事を見てたからその破壊力は薄々想像はつく。一滴でも激辛だと言われる物を一本って。
 僕は味覚で一番ダメなのが辛いなのに……やばい、考えただけで背筋が震える。
 あっ、本来辛いって味覚はなく。本当は痛いってのはこの際置いといてね。

「もし颯ちゃんが言いかけたとしても、激痛は30秒したら引くようになってるから。その間は地獄のような苦しみを味わうけど、契約の効力で死なない様にはなってるから、安心して」

 うわー。どこが安心なのか問いただしたいけど、凄っい腹黒い満面な笑顔。真奈ちゃんってドSかな。
 
「分かったよ。僕が絶対に他言しなければいいって話でしょ?」

 その通り、と頷く真奈ちゃんは「それに」と言葉を続ける。

「その程度で驚いてたら、主従契約本来のペナルティーを聞けば、心臓飛び跳ねるかもしれないね」

 それってどういう意味? と僕は口を三角にして首を傾げると、真奈ちゃんは僕の手の甲に指を指し言う。

「主従契約は、その人が誰の従者で何処に属するのかを示す以外にも、元々はその者の忠誠心を維持するための働きもあるんだ。もし仮に颯ちゃんが私に反旗を翻すと」

「翻すと?」

「爆死するよ。木っ端微塵に」

「爆死するの!? しかも木端微塵!?」
 
 ……あれ? なんかこの流れさっきもあったような……。

「またまたー。流石に同じ冗談が二度も通じはしないよ」

「いや。冗談じゃないんだけど」

 真面目なトーンで返された言葉に、僕は全身に寒気が走り顔から色が無くなる。
 瞬き程度の時間、僕は思考を停止させていると、ハッと我に返り叫びたてる。

「ちょ、ちょっと待ってよ真奈ちゃん! え、えええ!? それ本気で言ってるの!?」

 驚愕を露わにする僕に、真奈ちゃんはふんすと鼻を鳴らして腰に手を当てて返す。

「当たり前だよ。魔族の契約は人間界のクーリングオフが出来る程度のちっぽけなモノじゃないんだから。主に反旗を翻すなんて、万死に値するからね。死んで当然の報いだよ。だから心変わりして裏切らないように」

 強めな語気で言い放つ言葉に僕はハハッと小さく乾いた笑みを溢すだけだった。
 
 ま、まぁ……。僕は真奈ちゃんは反旗を翻したり、裏切る事はしないと思うからいいんだけど。
 それでも、僕の体内に爆発する恐れがある物を抱えている事に、一抹の不安だけが残った。

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