エルフは呼ぶ、休戦の夜
何だこいつ。
どちらもそんな顔であった。
こちらのミカエと俺も、軍の方の人達も。
クリムは呼吸をひとつ整えてから号令をし始めたのだった。
「酒は各自! さぁ、敵軍も呼んできて! 早く! 夜になる前に宴よ!」
「カンパーイ!」
本気で宴が始まってしまった。
俺もミカエもポカーンとしていたのだが、
「そこのドワーフちゃんとお兄ちゃんもさぁ、飲んで飲んで!」
「いえ、俺は未成年なので……」
全く、酒とは本当に凄いものだ。
「おーい、こっちでリーダー決めて何かしようぜ! お兄ちゃん、何か考えてくれよ」
「俺……?」
何か考えてくれと言われてもなぁ。
困るなぁ。
こんなに人数もいることだし、ボールの代わりとなる柔らかいゴムボールもあるし、バットの代わりとなる銃もある。それなら。
「野球、やりましょうよ」
野球のルールを説明すると、観客も盛り上がり、一つの試合っぽくなった。
時に笑い合い、時に語り合い、時には涙を流す者まで。
さっき出会った軍ではないもう一つの軍はトウゲンの国の軍らしく、俺もわからない言語を話すのだが、ジェスチャーでなんとか伝わる。
俺はそんな野球の様子を見ながらみんなで集めた魚や木の実等を貪っていた。
「君の仲間達は……いい人達だね」
突然、最初に出会った軍の──<トゴレス>と言うらしいが──そこのバッジを胸にたくさんつけた人が俺の隣に座って話しかけてきた。
30代前半の若い人だ。オールバックの髪型だが、それを感じさせないほど綺麗な顔をしていた。
「そうですかね? まだ会ったばかりですけど」
「そうか……」
その若い人は酒をぐいっと1杯飲んでから下を向いた。
「君の仲間のドワーフは……高い戦闘能力と忍耐力を持っている。そしてあのエルフは平和を愛する心、そして争いを嫌う性質にあるね。そして君は──」
その若い人はこちらをようやく向いて俺を指差した。
「何かの強い能力と向上心がある」
俺のことについてははよく分からないが、ほかの2人のことについては当たっている。
「ご名答です」
「だろ?」
その若い人はカッカッカッと笑ってまた酒を飲む。
「みんな」
「?」
しばらく野球のような面白おかしい玉遊びに夢中になっていると、隣の若い人、名は<コーネル>で少佐と言うらしいが。コーネルが突然呟いた。
「戦争なんてしないで、こうやって国を隔てずに楽しくやることを望んでいたんだね」
周りを見てみると、軍服の違う人同士でチェスのようなものをやっていたり、野球だって2つの軍がごちゃごちゃになって野球をやっていた。
「言語は通じなくても、ジェスチャーだけで通じるところもありますからね」
「あぁ。そうだよな。元は同じ人間なのに。人を殺し合うことなんて無意味に等しいのに」
コーネルは酒を飲む手を止めた。まだ瓶の中の酒は残っているのに。
「戦争からは……憎しみと死しか生まれない。明日には俺たち、また死に物狂いで戦ってるはずなのに、今だけはこうして互いに肩を組んで酒を飲んだりボードゲームをしたり語り合ったり、野球……っていったっけ。それをやったり。何が起こるかわからないものだな、人生」
本当だ。
何が起こるかわからないのが人生。
俺がこうして第二の人生をやっていることも。
「いつしか、こんな世界になって欲しいものだ」
コーネルはそう言って立ち上がり、野球の応援をし始めたのだった。
夜も明けようとしている頃。
国は違えど夢を語りあり、いつしか同士となった兵士達は泣きながら抱き合ったり、何か物を交換していたり、
「もう……戻らないとか」
「そうですね……俺達もトウゲンに行かなければ」
「何を……しに?」
「王を倒して、この戦争を終わらせて、夜のような光景が毎日行われるようにしますよ」
「クッ……ハハハ! 期待してるぜ!」
コーネルは俺の背中をドンと叩いて、こう言って塹壕に戻ったのだった。
「じゃあな、兄弟! また飲もう!」
こうして1人のエルフによって催された1夜限りの休戦日は、<クリムの夜>として歴史に残るのであった──
「また……あの人たちは戦争を再開するんですよね?」
「悲しいけど……そういう事だよ。俺達は一刻も早くトウゲンに辿り着いて王をなんとかしよう」
ミカエがクリムを励ます。
「そうだよな……早くたどり着こう」
俺達はまた1歩、足を進めていく──
「──ふむ、そうか。では早急に準備をしろ」
トウゲンの国にて。
綺麗に整えた髭がある初老の男性がレイピアのような剣を持って司令室で命令を下していた。
「<アベル>は今どこにいるのだ?」
「はっ! 今はスラム街にて休息をとっているかと思われます!」
「そうか。殺しても構わん。処分せよ」
「はっ!」
連絡兵のような兵士は司令室を足早に去っていった。
「さぁ、<アベル>とやらが消えれば不安要素は無くなる。あとは王を黙らせればこの国は私の支配下となる……か」
「ここがトウゲン……」
「東方最大の都ですね」
想像していた感じの中国っぽい印象は皆チャイナドレスみたいなの着てんなー、ぐらいであとは普通であった。
しばらく町並みを観光して、宿を決めていると、宿の女将が、
「あんなに小さい子供が……かわいそうに」
と呟いた。何事かと3人で後ろを見ると──
1人の俺よりも小さな男の子が市街をものすごい速さで走っていくのが見えた。
その男の子を追いかけるように兵士が数百人で追いかけ回す。
「<アベル>を! <アベル>を捕まえろ!」