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学園のアイドル


 日本の俗語に『学園のアイドル』って言葉がある。
 別の言い方をするなら『高嶺の花』『雲の上の存在』だ。
 
 僕が通う『桜美ヶ丘高校』でその言葉を指すなら、一人しかいない。

 名前は三森真奈。
 肩まで伸びた綺麗な黒髪を煌びやかに輝かせ、すらっと背は高く、整った顔立ちには幼さが残るが、どこか大人びた雰囲気を出し、誰もが目を引く程の豊満な胸。
 
 昨年の文化祭で開催された美少女コンテストでは、準優勝者と2倍差をつけての圧勝。
 成績は全教科ほぼ100点を叩き出しての毎回学年1位を誇る秀才。
 体育祭でも、帰宅部にも関わらず、運動部を差し置いて、学園MVPを獲得する程の運動神経。
 男女問わず、スクールカーストの上下関係なく、誰とでも隔てなく接せられる気前の持ち主で、男女問わずに人気が高い。
 しかも謙虚なのか、その事を誰にも自慢気に話すことはしない。

 容姿端麗、成績優秀、頭脳明晰、運動神経抜群、誰とでも隔てなく接せれる社交性。

 普通であれば、ここまで非の打ちどころがない彼女を、少なからず妬む者がいると思う。
 が、今の所表立ってそんな人物は見受けられない。
 それだけ彼女の人望が厚く、信頼されているからだ。

 と、ここまで三森真奈の紹介を済ませた僕だが、決して彼女のストーカーではない。
 僕こと立花颯太は、そんな全生徒の憧れたる真奈ちゃんの、彼氏だ。

 …………いやいや、はいそこ『妄想乙w』って笑わない。心折れるから。|本気《マジ》で。
 これは決して妄想や虚言ではない。

 僕は正真正銘、れっきとした真奈ちゃんの彼氏たる名誉な座を勝ち取ったのだ。

 ……まあ、確かにね。
 教室の隅で黙々とファンタジー小説やライトノベルを熟読している地味男を、才色兼備な真奈ちゃんが彼氏にしてくれていること事態、僕自身も夢ではないかと疑ってしまう。
 けど、頬を抓っても覚めないから、夢ではない。

 真奈ちゃんに好意を寄せる男子は多かった。
 誰もが横を通れば二度見してしまう程の美貌を持つ真奈ちゃんを、彼女にしたくないって人はいないと思う。
 もしいるのだとしたら僕が粛清したい……まあ、僕は喧嘩は弱いからごめんこうむりたいけど。
 
 こんなに自慢気に話す僕だけど、初めて告白をした時は振られていた。

 真奈ちゃんに好意を抱く人達は全員、真奈ちゃんにその想いを伝えるべく告白をした。
 が、彼女はそれをことごとく首を横に振り、失恋の苦汁を全員が味わっている。
 
 さっきも言ったけど、僕もその中の一人だった。

 ある事が切っ掛けで真奈ちゃんを好きになった僕は、勇気を振り絞って真奈ちゃんに告白をした。
 けど―――――

『ごめんなさい! 私は貴方とお付き合いすることはできません。私は貴方とお付き合いできる資格はないのです!』

 ――――と、言われてあっさり振られてしまった。
 けど、もし僕が他の人と相違する部分があるのなら、振られた後に諦めるかどうかだった。
 他の人達は一度真奈ちゃんに振られると、心が折れて諦め、儚い恋心を忘れる。
 
 けど――――僕は諦めなかった。
 
 どうしても諦める事が出来なかった僕は、客観的に見てもキモイだろうけど、それだけ真奈ちゃんの事が好きだった。
 某スポーツ漫画の先生の言葉を使わせてもらうなら『諦めたらそこで恋は終了』。
 諦めきれなかった僕は、振られた二日後にもう一度真奈ちゃんに告白をした。
 が―――――

『前にもお話ししましたが、私は貴方とお付き合いできる資格はないのです。私と付き合えば貴方は必ず不幸になります。ですので、これ以上私に関わらない方がいいと思いますので、お断りさせてもらいます』

 ――――と、言われ二回目の失恋を味わった。
 だが、やはり諦めきれない僕は三日後にもう一度真奈ちゃんに告白をした。
 その時だった―――――

『そこまで私の事を…………。分かりました。貴方の真摯な想い、私の胸に届きました。不束者ですが、これから宜しくお願いします』

 三度目の正直で成就した僕の恋。
 その返事を聞けただけで、今にも天国に昇天しそうになるほど嬉しかった。
 
 かの有名は武将劉玄徳が、天才軍師の諸葛孔明を軍に引き入れる際の三顧の礼の如くな粘りで、僕は晴れて真奈ちゃんと恋人関係を結ぶことが出来た。
 
 そんな、これからの人生バラ色、リア充街道まっしぐらな僕だったが、



 ――――僕が真奈ちゃんと恋人関係を結んでから一ヵ月が過ぎていた。

「颯ちゃん颯ちゃん、お弁当持って来たよ。お昼一緒に食べよ」

 突然の来訪とばかりに現れた真奈ちゃんに、喧噪だった教室は一瞬静まり返り、小声での会話が教室に広がる。
 会話の内容が、僕達の事だと少しばかり耳に届く。
 その原因たる真奈ちゃんは、特別気にする素振りもなく、弁当箱を両手に僕の席まで向かって歩く。
 真奈ちゃんが僕の方に近づくにつれて、真奈ちゃんに向けられた視線は自然に僕の方にも集まり始め、僕は手汗をズボンで拭い取る。
 
「(うぅ……何回経験しても、これには一向に慣れないな……)」

 こんな事は今日が初めてじゃない。
 僕達が付き合い始めてから、真奈ちゃんは毎日のように弁当を作ってくれて、それを一緒に食べるのが昼休みの過ごし方になっている。
 けど、何回経っても僕はこの集まる視線に慣れずにいた。
 それもそうだ。
 少し前まで教室で一人読書をしていた僕が、人の視線が集まって尚も落ち着いていられるはずがない。
 後、今更だけど、僕はボッチじゃない。少ないけど友達はいる。

 教室の生徒(主に男子)の羨望、嫉妬、怪訝、殺気の視線が僕に集中するなか、真奈ちゃんは青天の青空な外を眺めて提案する。

「今日は天気良さそうだし、外で食べようか。屋上とかはどうかな、颯ちゃん」

 いつもは僕のクラスで昼食を食べるけど、確かに天気はいいから賛成だ。
 …………別に周りからの視線が嫌だとかではないってのをあらかじめ言っておく。
 微笑みながら外を指さす真奈ちゃんに頷き。

「分かった。じゃあ、僕は先に飲み物を買ってから向かうよ。だから、真奈ちゃんは先に行ってて」

 先に屋上に行く様に促すが、真奈ちゃんは左右に首を振り。

「それなら私も一緒に行くよ。一人で屋上に行ってもつまらないしね。旅は道連れ世は情け、ってね」

 片目を閉じて笑顔を浮かばす真奈ちゃんにドキッと胸を打つ僕。
 必死に平静を装いながら、分かったともう一度頷き、真奈ちゃんと一緒に教室を出る。
 背中に刺さる視線を浴びながら、僕に一抹の不安が残るのだった。
 ………通信空手でも始めようかな……。

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