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7話 精霊と自然と人間と

「まず。撃退する方法は置いておくとして。今の状況は理解できてる?」

「ん……と。精霊さんが、具現化して襲いかかってきてる?」

「そうね、精霊って肉体を持ったり、一般人には見えない精霊化してたりするのよ」

「ルフィーは、昼間は割と精霊化してるもんね。なんで今日は受肉してるの?」

「気分よ」

「そ、そうなんだ」

「話を戻すけど。どうやってあの精霊が具現化したかは、覚えてる?」

 二人の問答を聞きながら、友も状況を思い出す。
 大きな水溜まりの上で、精霊は具現化した。

「すっごく大きな水溜まりの上で、水を吸い上げて……」

「そう、水。水を材料にしてるから、あれが水の精霊ってわかるわね」

「うん、それはまあ」

「肝は、水の量ね。大きいとは言え、水溜まりの水で顕界してるのよ?」

 田舎の自然に溢れる道は、水はけを考え整備された道とは異なる。
 大雨が降れば、吸収しきれなかった水は地面に留まるものだ。

 結果、あまりにも大きすぎる水溜まりが時たま生じる。
 しかし、それでも土に吸収されなかった水が地面に溜まっているだけだ。
 水の総量は、たかだ知れている。

「そんな規模の水で顕界できてる、ってことで精霊が下級なこともわかるのよ」

「そうなの?」

「そうなの。それに、水の量が少ないから、多分活動できる時間も少ないわ」

 友はちらりと後ろを振り返る。
 距離は離れているが、精霊は友たちを追いかけ続けていた。

「だから、こうやって逃げ回ってれば、その内消耗して消えるって目算よ」

 ルフィーが空を舞いながら、得意そうに胸を張る。
 友はそれを見て、苦笑を浮かべた。

「ま。それはそれで問題あるけどな」

「そうなのよね……。上手く抜けると良いんだけどね」

「上手くやんねえとなぁ」

 ルフィーと友は顔を見合わせて、揃って首を項垂れた。
 桜はその様子を見て首を傾げる。

「上手く抜けるって? さっき、倒すのは簡単だって言ってたけど……」

「そりゃ、そうよ」

 桜の言葉に、ルフィーは不服そうな顔をして腕を組んだ。

「相手は下級の精霊よ? ルフィーさんを何だと思ってるのよ」

「いや、でも。なら、なんで……?」

「あー……、そうね。まだまだ、あの暴走精霊は元気そうだし……」

 ルフィーは一度精霊に視線を向け、状況を確認すると溜息を吐く。

「せっかくだから、なんであいつが暴走しているか、から説明しちゃおうっか」

 そしてルフィーは再び説明を始めた。

 曰く。
 世界には、精霊が其処彼処にいる。
 自然の豊かなところに精霊は多く存在し、逆に自然が少なければ精霊は少なくなる。
 生物の営みを助けながら存在するのが精霊だと、ルフィーは語った。

「その生物の中には、動植物だけでなく、人間も含まれるわけだけど」

 問題は、世界には数多の生物が存在する。
 その中で厄介なのは人間だ。
 意思を持ち、喜怒哀楽と言った感情の振り幅が大きな生物である。

「この、感情が厄介なの」

 集団の中で感情が高まることで、精霊の力の元となるエネルギーが溜まる。
 このエネルギーは、特に人の喜怒哀楽で性質を変える。
 場合により、厄介事に繋がるっていくのだ。

「『精霊溜まり(スポット)』って呼んでるんだけどさ」

 この『精霊溜まり』から力を得ることで精霊は活性化する。

(人が集まり、感情が高ぶる……、そういや、盆踊りとか夏祭りもそうなんだろうかね)

 友は、ルフィーの説明を聞きながら、祭りについて考えていた。
 秋にもあるが、夏に開催されることが多い。
 子供の夏休み、という概念が生まれた近年の祭りなら理解もできる。

 しかし、古くから行われている祭りも多くあった。
 収穫を感謝する祭りや、豊穣を祈願する祭りなど、各地で様々だ。

 人が多く集まり、そして笑い踊る。
 高まった人々の感情が貯まる。
 その力を求めて精霊が集まり、力を増した精霊により自然の活性化を計る。

(喜怒哀楽のうち、喜びや楽しいが凝縮されるからなあ。昔の人はすげえや)

 誰に説明を受けるわけでもなく、祭りを始めた過去の人たちに友は一人感嘆する。
 そんな友を横に、ルフィーの説明は続いていた。

「で、問題は。良い感情じゃなく、悪い感情の方ね」

 ルフィーが言ったように、人の感情の溜まりにより、『精霊溜まり』が生じる。
 だが人間の感情は、良いモノだけでなく、悪いモノもある。

「ほら、最近の人って、色々溜まってるじゃない?」

「ストレス社会だからね」

「あんたは幸せそうだけどね」

「にゃっへっへ。おにいちゃんがいるからねっ」

「はいはい」

『精霊溜まり』は人の感情の性質で方向ががらりと変わる。
 喜楽といった正の感情と、逆の負の感情とで全く異なってしまう。

 仮に、正の感情を元に力を得たならば、精霊はその地に実りをもたらす存在となる。
 様々な実りと、穏やかで過ごしやすい住環境といった、その地に住まう生物全てを助ける。

 しかし負の感情ならば、その逆の性質を高める。
 自然災害などは正に、負の感情の高まりによる発露であった。
 本来ならば、ある程度の規模の異常気象などで発散し、精霊は正常に戻る。

「この前の大雨なんて、そんな感じよね」

「あー、すごかったね」

「ところが、余りに煮詰まった負の感情の『精霊溜まり』を取り込むと、あんな風に暴走するのよ」

 異常気象を起こす程度では発散されないほどの、負の感情。
 晴れない感情に精霊の性質は変質し、そして暴走に至る。
 主に破壊、そして捕食行動に移行する。
 最初は更なる力を求め、同じ精霊や、精霊使いを襲い、力をより強くしようとする。

「んで、捕食する為に『精霊の結界(バウンダリ)』を使って、相手を閉じ込めるんだけどね」

 捕食に成功し、力を増した精霊は、更なる標的を求めて行動を繰り返す。
 そして、力をある程度持ってしまった精霊は、行動を変える。

「最終的には人を直接襲うくらいに血迷ったり、超でっかい災害をもたらしたりと大変になるのよ」

「うえー……、大変だ」

 ルフィーの説明を聞いた桜が呻く。
 友も同意だった。
 だから対応方法に気を使う、と友は小さく息を吐く。

(更に、問題はそれだけじゃないんだよな)

 背後の精霊を気にしつつ、ルフィーに視線を向ける。
 残りの問題について、ルフィーは桜に説明を始めるようだ。

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