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8話 突然の逃亡の終わり

「大変なのよ。理解した? 理解したわね? んじゃ、今あたしらが逃げ回る理由の説明ね」

 ルフィーが説明の続きを始めた。
 桜は神妙な顔で頷く。

「うん」

「精霊が持つ力、あたしらは『精霊力』って言ってるけどさ」

「まんまだね」

「……ぐ、そうね。まあ、それとして。あの暴走下級精霊を、ぶっ飛ばすとするじゃない?」

 暴走する精霊は、鎮めることが可能だ。
 精霊力を使って倒すことで、負の感情から得た力を散らし、沈静化することができる。

「強すぎる力を使っちゃうとね、精霊力が付近に残っちゃうのよ」

 例えば、燃える火があったとする。
 消火するために大量の水を用いた場合、火を消したとしても周りは水浸しになる。

「そんな感じで、周囲に撒き散らすのよね」

 ルフィーは桜に苦笑いを向けた。
 桜は、少し思案した後、恐る恐る口を開く。

「……えっと、暴走精霊さんって、精霊力を求めて暴れるんだよね」

「さすが、察しが早いわね」

「てことは、やっぱり?」

「そう、力を使うと、後々に他の暴走精霊を呼び寄せちゃうのよ」

 撒き散らされた精霊力の残滓を餌として、精霊が集まる。
 餌を喰らい、力を付けた精霊がまた顕現し、そして暴走を始める。

 必ずしも暴走するとは限らないにしても、更なる面倒ごとの種となる。

「だから、あたしたちは本気を出せないのよ」

「それは、わかったけど……」

 桜が首を傾げながら友を見つめる。
 頭の上に疑問符が浮かんでいそうな顔だった。
 友は首を傾げ、桜に視線で言いたいことを言えと促す。

「いや、吸い取った水が少ないから、このままじゃ精霊さんは自然消滅するんだよね?」

「そうだな、初めの方でルフィーがそう言ったね」

「で、負の感情に囚われて、精霊さんは暴走してる、と……」

 桜が人差し指を顎に当てながら思案している。
 考えに耽る時間は短かった。
 すぐに桜は顔を上げた。

「じゃあ、暴走したまま消滅したら、精霊さんはどうなるの?」

 小首を傾げながら紡がれた言葉に、友は眉を動かす。
 不快に思ったからではない。
 桜の質問は、至極当然だと思った。

「そこに帰着はする、よな」

「えっと……、言い辛いこと?」

「まあ、今後を思うと、少し」

「……覚悟をして聞くね」

 唇を引き締めた桜が、神妙な顔で頷く。
 桜の反応に、友は思わず苦笑を浮かべた。

「そこまで、覚悟はしなくても良いけどさ」

 友はルフィーを見上げる。
 ルフィーは一つ頷くと、友の説明を引き継いだ。

「結論を言うと、このまま消えたら、肉体は消えるけど、精神は負の感情に囚われたままになるの」

「えっと。それって……、そのまま実体化すると?」

「いきなり暴走精霊ができあがるわね。そして何時襲いかかられるかわからない」

「ダメじゃん!」

 桜の大声に、友とルフィーは揃って首を項垂れた。

「そうなのよ……。だから、何とかしないといけないって訳で」

「とりあえず、逃げながら消耗を狙うけど、どこかで『精霊力』も減らさないといけない」

「本気を出さず、にね」

 策を講じなければならないという現実が重かった。
 放っておいて消滅を目論んでも、後で再顕現した際に暴走してしまう。
 本気で退治をしても残る影響が強く、後の暴走精霊を生む火種になる。

(逃げながら、対策を考えなきゃいけない。しんどいなぁ)

 力を振るえないとなると、長期戦を考えねばならない。
 肩を竦めるルフィーを見た後、友は桜に視線を戻す。
 案じるような視線を友に向けていた。
 笑みを浮かべた友は、桜の顔に息を吹きかける。

「うわっ」

「いいか、桜。だいたい理解したな?」

「うん。あと、持久戦になるかもしれないってわかった!」

「十中八九、長丁場になるから、悪いけど我慢な?」

「わかった! おにいちゃん、ガンバ!」

 桜の声援に微笑みで応えるが、友の内心の顔は引き攣っている。
 頭の端で対策を練り続けていたが、実際問題、良策は浮かばない。
 しかし今の友ができることは、逃げ続けるだけだ。

(早く、対策方法考えないと……)

 友が決意を新たに、桜を抱える手に力を入れた。

 その矢先。

 ズシャ。

「……え?」

 突如、友の耳に届いた音。
 まるで、走る何かが砂利道で急制動を掛けたような音だった。

 後ろからだ。
 慌てて友は振り返る。

 暴走精霊が、立ち止まっていた。
 その顔は、友たちを見ていない。
 あらぬ方向を見ていた。
 
(……なにが、起きた?)

 精霊が停止した理由が読めなかった。
 友も脚を止め、精霊の挙動に注意を払う。

 精霊が動けば、即座に行動を起こす。
 いつでも逃走を再開しようと、準備しながら注視していると、

「……は?」

 精霊は、じっと一方向を見た後、動きを見せた。
 顔が動く。
 唇を歪んだ。
 そして、四肢を大地に踏ん張ると、見ていた方向へ走り出した。

「…………えっと」

 あっという間に遠くへ行ってしまった精霊を見て、友は呟く。
 唐突に、危険が去った。
 肩透かしを受けた気分だった。
 思わぬ結末に、友はルフィーに視線を向ける。
 ルフィーも訳がわからないとばかりに、首を捻っていた。

「……なにが、なにやら、だな」

 何にせよ、危険な状況は終わったようだ。
 友は抱えていた桜を腕から下ろしながら、溜息を吐く。
 ルフィーも地面に降り立ち、肩を竦めている。

「走り回らなくて良くなったんだし、取り急ぎの問題消失ってこと?」

「そう、だな。手詰まりだったことは、事実だし」

 しかし、疑問は残る。
 精霊は、何を見つけたのか。
 精霊は、何処へ向かったのか。
 不明瞭なことだらけだった。

「すっきりしないな……」

「そうね……、もやっとするわね」

 そんな中、黙って俯いていた桜が、唇に指を当てながら、呟いた。

「……『精霊の結界』は解けてないよね?」

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