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新天地

「ん、んん」

 窓から差し込む光の刺激に思わず顔をしかめると、僕は薄っすらと目を開ける。

「・・・・・・」

 ここは何処だったっけ? 身を起こすと、まだ動きの鈍い頭で周囲を見回す。
 煉瓦造りの狭い室内に二段ベットが二つだけ。他に目につくのは朝日が通っている窓ぐらいか。室内には僕以外に人の姿はない。

「? ・・・ああ」

 頭が回転し出して、ようやく現状を思い出す。そういえば、ここは西門警固兵宿舎内の学園生徒用に造られた区画だったな。
 僕は伸びをするとベッドから降りてさっさと身支度を行う。
 ここに来て約一月、制服の上から皮鎧を身に着ける事にも慣れたものだ。肘当てと膝当ても装着して、一応の形とする。金属製の鎧もあったが、少々重かったので諦めた。身体強化にも限度がある。やはり基礎となる地の肉体がモノをいうので、あの時は鍛えないとなと思ったものだが、そもそも自分の戦い方的にそんな重い鎧は必要ない、というか合わないということに気づいたのは、恥ずかしながらここに来て二週間ぐらい経ってからの事だった。
 西門滞在中の自室として宛がわれた部屋を後にするべく扉を開けると、足元に流れてきた廊下の冷気にぶるりと身を震わせる。もう朝方は冬の気配を感じさせる程に冷えてきていた。
 僕は手を擦りながら洗面所に移動すると、冷たい水で顔を洗って口をゆすいでから朝食を貰いに食堂へと移動する。
 自室は四人部屋ではあったが、西門に就いている生徒が少ないのか、今のところ一人部屋だ。それだけで落ち着けるというものだ。
 食堂に到着すると、食事当番の兵士からパンを一つと水を一杯貰う。最初の頃は驚かれたというか訝られたものだが、一月近くも経てば周囲もそういうものだと受け入れたらしい。
 食事を受け取ると、長机と椅子が整然と並べられただけの室内を見渡し、手近な空いている席に腰を下ろす。

「オーガスト、お前は相変わらずの小食だな」

 斜向かいの席に座っている、いかにも古参兵といった風格のある厳つい男性が親しげに声を掛けてくるが、その声音は低く威厳がある為に、慣れたのは一月経ってやっとだった。

「はは、これでも少し多いぐらいですよダーニエルさん」

 毎朝、それこそ僕が西門に来た当初から会うと話しかけてくれるダーニエルさんに、おどけるように肩を竦めてみせる。
 ダーニエルさんは「そうなのか」 と呟くと、不思議そうに僕と僕が手に持つ小振りなパンとに交互に目を向ける。
 しかしそれも一瞬の事。直ぐにダーニエルさんは視線を切ると、自分のパンをそのごつごつとした厳つい手でむんずと掴むと、豪快に一口噛み千切りもぐもぐと大きく咀嚼する姿は、まさしく男らしいという言葉が似合っていた。そんな自分には縁遠いモノを眺め、思わず自分の手元に目線を落とす。
 細い腕、とまでは言わないが、ダーニエルさんの丸太の様な太い腕に比べると、何とも頼りない。やはり鍛えるべきだろうか? とは思うものの、必要以上に鍛えて身体を重くするのも考えものだった。幼少の頃の自分ならこんな事で悩むなんてことはなかったのだろうが、何分今の自分は劣等感の塊に近いものがある。とにかく自信が無いのだ。
 ああ情けないと、自分の冷静な部分が呆れるのだが、これは直ぐにどうこう出来るものでもないだろう。零れそうな溜め息をパンの最後の一口ごと水で一気に流し込むと、僕は席を立つ。

「おう、もう行くのか?」
「はい。今日も外の世界の探索ですので」
「そうか・・・そんな若いのにオーガストは凄いな」

 ダーニエルさんに言葉を返すと、ダーニエルさんは眩しいモノでも見るように目を細める。

「ダーニエルさん?」
「いや、俺はこの場所の警固の任に就いてそれなりになるんだが、恥ずかしながら外の世界というものが未だに恐いんだ。そこに平然と赴けるオーガストが凄いなと思ってな・・・」

 そう言って恥ずかしそうに自嘲めいた笑みを浮かべるダーニエルさん。しかし、それのどこが恥ずかしいのだろうかと、僕は首を傾げる。だって、僕は魔法使いで、ダーニエルさんは魔法使いではないのだから。
 そもそも人間が外の世界の覇者達と曲りなりにも対抗できるようになったのは、科学が著しく発展したからでも、強力な武器を造れたからでも、強大な後ろ盾が出来た訳でもなく、ただ単純に人間が魔法を使えるようになったからだった。なればこそ、僕達魔法使いが人の生活圏を守り、広げる役割に当てられているのだ。僕が外の世界に出られるのも魔法が使えるからこそ、この一点に限る。
 逆に、僕は魔法が使えないというのに純粋に己の実力だけでこの場に長い事居続けているダーニエルさんは凄いと、尊敬できると思っているほどだ。
 だから僕は小さく、しかししっかりと首を横に振ってその思い違いを正す。

「それは違いますよ、ダーニエルさん。僕だって外の世界は恐ろしいですが、僕には魔法の才があります。だからそれさえ乗り越えて外に出られる。しかし、もし僕に魔法の才が無ければ、ここにさえ恐ろしくて立てないでしょう。なのに貴方はここに長い間立って後ろに居る人々を守っている。それは本当に凄い事です、華々しくはないのかもしれない。それでも、僕なんかじゃ足元にも及ばぬほどの偉業ですよ、貴方の足跡というものは。正直、本当に羨ましいまでに眩しい功績だ」

 言葉を紡ぐたびに自分が情けなくなってきて泣きたくなってきた。僕は一体何がしたくてここに居るのだろうか。

「ありがとう。・・・まぁ、その、なんだ、頑張れよ」

 改めて今の状況を客観的に見て気まずい気分になった僕は、ダーニエルさんの言葉に「はい。では」 とだけ返して、そそくさと食堂を後にする。ホント、どうしたんだろうね。ダーニエルさんの言葉が僕の劣等感でも刺激したのかもしれない。今はそういう事にしておこう。
 食堂を後にした僕は、前日に用意していた荷物を取りに一度自室に戻る。
 自室に置いてあった背嚢を背負うと、部屋を出て歴史を感じさせる廊下を歩く。たまに設置されている窓から射す朝日が眩しい。
 太陽が昇る世界では、闇が隅に追いやられていてげんなりしてしまう。それでも日中の行動が基本だ、そろそろ慣れなければならないだろう。

「・・・・・・ああ、怖いな」

 ジーニアス魔法学園に入学してからもう半月以上が経過した。
 半月ほどで二年生に上がったのは歴代最速の進級だと言われたが、その一年生の約半月だけでも沢山の人と出会った。それでもやはり人は、視線は怖い。突発的に暗く狭い空間に独りで閉じこもりたい衝動に駆られる事もある。とはいえ、時は偉大なりとでも讃えればいいのか、多少は慣れてきたようで、そんな衝動が浮かぶ回数は多少ではあるが減ったような気がする。

「はぁ」

 この兵舎の二階以上には廊下の突き当り、階下へと続く階段の横に、何故だか壁一面を占める姿見が設置されている。
 僕はその姿見に映る、皮の鎧を着た冴えない黒髪の男に、ついついため息を零した。なんか昔よりも精彩を欠いているような気がした。
 僕は一度頭を振って気持ちを切り換えると、階段を降りる。そして一階に下りると、突然横から声が掛けられた。

「お、おや、オ、オーガスト君。お、おはようございます」

 そちらに顔を向けると、おどおどした猫背の女性が立っていた。その女性はバンガローズ教諭だった。
 現在、異形種が人間の生活圏付近で確認されている為にジーニアス魔法学園から西門に派遣されている教員の一人で、一年生最後に入れられた特別教室の担任だった関係で顔見知りの女性。

「バンガローズ先生、おはようございます」

 僕がバンガローズ教諭に挨拶を返すと、バンガローズ教諭は丸みを帯びた眼鏡越しの鋭い目を僅かに泳がせながら僕に問い掛ける。

「ちょ、調査の方はどうなっていますか?」

 人間界の近くをうろつく異形種の動向調査。それはジーニアス魔法学園の学園長ウィ・ルール氏から直々の依頼だった。幸いにして警固任務の一環という扱いにしてくれるので、こちらに不都合はないのだが。

「現状は何も。報告していますように異形種は散見していますが、私が見たのは個体か少数の一団程度ですね。ただ、やはり複数の種族が混合した部隊のようで、少し嫌な予感はしますが」
「い、嫌な予感で、ですか・・・?」
「はい」

 ジーニアス魔法学園にある二つ目のダンジョンを攻略した後に、その二つ目のダンジョンの奥に住む天使のクリスタロスさんの部屋にお邪魔した際、一緒に連れて行った僕に協力してくれている妖精のプラタが、クリスタロスさんとの会話で出した話に、魔族がオークやオーガなどの他種族を取り込んでいるという話があった。
 現在人間界から少し離れた場所で確認されている異形種は主にオークやオーガ、トロール辺りだ。プラタの話通りならば、これらは魔族軍の可能性もあった。その時の会話でプラタは同時に、人間界はまだ大丈夫だとは言っていたが、そろそろこちらにも手を出そうとしているのだろうか? そんな疑問を頭に浮かべつつも、プラタの存在は秘密の為にそれを正直に言わずに、既に懸念されている事柄をそのまま繰り返すに止める。

「人間界を襲う為の偵察ではないかと勘繰ってしまって」
「あ、ああ。そ、そうですね。お、お歴々もそう案じておられます。で、ですが・・・」

 そこで言い淀むと、バンガローズ教諭は言葉にしていいものかと悩むように視線を下げる。
 僕は続きを急かすことなく静かに待つ。何となくその先は察しがついた。それにしても、この教諭は授業をする時はあんなにしっかり喋るのに、なんで普段はこんな感じなんだろうか? 実力だってここに派遣されるぐらいはあるはずなのに。

「そ、その・・・そ、それは杞憂ではないかと」
「と、言いますと?」
「な、何といいますか、か、関心を感じられないと言いますか」
「感心ですか・・・ふむ?」
「あ、あくまでわたし個人が感じた印象でして、け、決してそう断定された訳では・・・!!」

 あたふたと取り乱すバンガローズ教諭を眺めながら、僕はこの地で一月行動して、自分が見聞したことを頭の中で組み立て直す。彼ら、と言っていいのか分からないが、バンガローズ教諭の仰る通りに彼らはこちらを眼中にないというよりも、線を引いているような気がしてくる。ここから先は入らないと最初から決めていたような、命令されているような、確かにそんな雰囲気だった。この未だに眼前であたふたしている教諭は、それを感じ取って関心がないと言葉にしたのではないだろうか? だが、バンガローズ教諭は西門守護の任に就いている為に、調査報告でしか彼らを知らないはずだが・・・なるほど、それが分かるほどに優秀だという事か。

「なるほど。言われてみれば確かに私もそう感じます」

 バンガローズ教諭の認識を改めつつも、僕は同意を示すように頷く。

「そ、そうですか。げ、現場を直接見ているオ、オーガスト君に言われるとす、少し安心できますね!」

 ぎこちなく笑うバンガローズ教諭。なんというか、ここまでおどおどされると、自分はそんなに恐いのかと少し傷つく。でもそれは僕も同じなんじゃないだろうかと、ふと頭に過る。平時のぺリド姫達との会話何て特にこんな感じだったような? ここまでではなかったかな? とにかく、人のふり見て我がふり直せとはこの事か。
 そんな余念を脇に置きつつ、僕はバンガローズ教諭に頭を下げる。

「それを調べるためにも、また外に調査に行ってきます」
「は、はい。き、気を付けてくださいね!」
「はい。それではまた」
「ま、またです」

 そう言ってお互いに笑顔を浮かべると、僕達はその場で別れた。
 兵舎の外に出ると、燦々と降り注ぐ太陽の光に包まれ、僕は思わず目を細めて、恨めしさを込めた目を空へと向ける。そこには呆れるほどに澄んだ青空が広がっていた。
 僕が寝床として割り当てられた宿舎を含む警固兵の宿舎は、西門から少し離れた場所に集中しており、階級や性別、身分などによって割り当てられる宿舎は異なっていた。
 その宿舎から更に離れた場所に西門街と呼ばれる街が在り、逆に宿舎より西門に近くなると勤務中の兵士が詰めている兵舎が、もしもの時の防壁代わりに連なっていた。
 僕は大結界の外に出る為に西門へと足を向ける。いつも通りぺリド姫達とは西門前で待ち合わせをしている。
 舗装された地面を歩きながら、僕は何の気なしに周囲へと視線を向ける。
 時代を感じる煉瓦造りの建物と、まだ歴史の浅いコンクリートで造られた建物が混在するその空間は、新旧入り混じる独特の空間で、そこで暮らす人々も、真新しい軍服に身を包む兵士と、すっかり軍服がこなれた軍人とが混在していた。
 そんな空間を横目に進むと、西門近くで横に連なる兵舎が見えてくる。
 コンクリートでしっかりと固められた建物が隙間なく連なるその様は、なるほど、確かに防壁だった。
 僕はそのまま西門への道筋を進み、その途中にある兵舎の上を通る道を進んでやっと西門の前に出る。
 西門の前はちょっとした広場のようになっていた。
 僕は周囲を見渡すも、ぺリド姫達の姿は確認出来ない。
 前方には長大な壁と西門、後方は兵舎が連なる防壁、その間のこの空間は遮る物が無いただ広いだけ空間の為に見落としているという事はないだろうから、どうやら先に着いてしまったようだ。
 とりあえず西門に近づくと、門の前に立っていた兵士達がこちらに目を向ける。しかし、流石に顔は覚えられているようで、こちらを見た兵士は直ぐに前に目を戻した。
 ぺリド姫達を待つ間にやる事もなかった僕は、眼前の門を見上げる。三つ目のダンジョンの途中で見た門と同じか少し小さいぐらいの門。しかし、人が通る分には十分すぎるまでに高く広い。
 何か巨大兵器でも通す予定でもあるのだろうかと思うも、もしかしたら高い壁に合わせただけかもしれない・・・よく分からないけれど。
 三つ目のダンジョンに在った門の様に意匠が凝っているという事はなく、ただの巨大な鉄扉だった。しかし、もの凄く頑丈そうではあった。当たり前だけれど。それにしても、堅牢というのはこういうのを言うのかな? 何かの参考になるかも?
 目を門から横にずらすと、綺麗に切り出された石を丁寧に積み上げて造られた長大な壁がある。先が見えない程に長く伸びる壁は歴史を感じると同時に、補修の跡がいたる所にあった。大結界が張られる前から人の世界を守り続けている人類の守護神。この壁があったからこそ人の繁栄は成ったと断言出来る最大の功労者。人ではないけれど。
 僕は壁に近づくとそっとそれに触れる。

「!!」

 ザラザラとした手触り。しかしそこには巧妙に硬化魔法と維持魔法がかけられていた。これほど見事な欺騙魔法が人間界で視られるとは。触れるまで気づかなかった訳だ。誰がかけたのか、何故隠しているのかは分からないけれど、本当に見事なものだ。

「・・・・・・それにしても」

 ジーニアス魔法学園への入学前に、ここの反対側に位置する東側の壁は見た事があったが、同じようでもやはり違うように見える。
 一体どれだけのモノを見てきたのか。この壁が二つ目のダンジョンに在った壁の様に喋る事が出来るのであれば、是非ともお話を伺いたいものである。心底そう思えるほどに偉大な壁だった。いや、硬化魔法がかけられているから、防御壁としても未だに現役か。
 さて、そろそろぺリド姫達が来る頃かな? そう思い振り返るも、まだ姿が見えない。まぁ少し早かったみたいだし。そう思い、どうしようかと思考を巡らして、荷物の再確認を行う事にする。えっと――。
 まずは腰に差しているナイフに、背嚢の中には必要ないかもしれないけれど携帯砥石と手入れ用の油、今回は短期だから水と缶詰を自分基準で三日分。
 ランタンに、火は魔法があるから発火具は要らないとして、少し嵩張るけど冷えてきたので薄手の毛布を一枚。外套はもう着ておこう・・・フードの方が良かったかな? テントは嵩張るからな、短期探索だしまぁいいや。
 医薬品も一通りあるし、包帯などの医療品も最低限揃っている。メモ帳と筆記用具も一応持っていくとして、後は学園長殿に貰った周辺地図にロープと歩き疲れた時の杖、寝る時に下に敷くシートと・・・死体袋を四枚。これはもしもの時にパーティーメンバーを収納して持って帰る為のモノで、この袋に収めると臭いが漏れないらしく、そして腐敗を遅らせる魔法が施されてるという話だった。これは必ず持っていかねばならないらしい。パーティーメンバー全員が持っているので合計で二十枚。多いが予備でもあり、パーティーメンバー以外も入れる事がある。同胞も異種族も。使わないに越したことはないのだけれどもね。
 まぁこの身を賭して守るとルール学園長殿に誓った以上、僕だけが残るという事はないだろうけれど。とりあえずこんなものかな? お金は要らないもんな。それにしても、やっぱりそこそこ重いな。背嚢を担ぎ重さを再確認すると、変わらないその重さにひとつ息を吐いた。これ、長期だと水と食料が増えるから更にきついんだよなー、やっぱりもっと身体を鍛えないといけないかな。
 そんな事を思いながらも時計を確認すると、まだまだ集合時間には余裕があった。さてどうしようかと考えると、そういえば話し相手なら居るなと思い出して、身に着けている御守り袋に意識を集中する。

『プラタ聞こえますか?』

 心の中でのその問い掛けに、即座に抑揚の無い平坦な声が返ってくる。

『はい、ご主人様。おはようございます』
『おはよう。プラタは今どこに居ます?』
『ご主人様が見える位置に。御呼びとあらば即座に伺いますが?』
『いや、今はいいですよ』

 そう返しながら僕は辺りを見渡す。声の主であるプラタは僕でも存在の感知が非常に難しい。それは身体が人形だからか、それとも中身が妖精だからかは分からないが、突然現れると心臓に悪い。しかし、いくら注意深く見渡しても見つけられなかった。遠くの山も一見何も無い虚空までもしっかり注意して視ているというのに・・・少し自信が無くなる。相手が悪い、そう思う事にするか。

『異形種達の動きはどうです? やっぱり魔族の尖兵なのでしょうか?』
『どうやらそのようです』
『何か動きが?』
『あれらは近くに住む種族を征服しに来たようで、ご主人様が目撃されたのは斥候のようです。ただ、人間は標的ではないようで、人間側から手を出さない限りは一定の距離までしか近づいてはこないようです』
『なるほど。ありがとうございます。プラタ』
『いえ、私はご主人様の忠実なる臣。遠慮なく何なりと御申しつけ下さいませ』
『・・・ありがとうございます』

 僕がそうプラタに礼を返したところで、こちらに歩いてくるぺリド姫達の姿を認め、そこでプラタとの会話を区切る。
 ぺリド姫達は僕の存在を認めると、荷物を背負ったまま足早に近寄ってきた。

「申し訳ございません。遅くなってしまいましたわ!」

 目の前で申し訳なさそうに頭を下げる四人に、僕はそんな事はないと、わたわたと身体の前で手を振る。
 そもそも集合予定の時間までにはまだ余裕がある。ただ単に僕が早く来過ぎただけだ。

「ありがとうございます。それと、おはようございます」
「「「お早う御座います。オーガストさん」」」
「おはようございます。ペリド姫・アンジュさん・スクレさん・マリルさん」

 朝の挨拶を交わすと、早速外へと出る事にする。
 西門に近づき、門番をしている兵士と挨拶を交わしながら門の外へと出る為の許可証を提示する。それを認めて兵士が門を開ける指示を脇に控えていた別の兵士に出すと、重々しい音と共に独りでに門が開き始める。

「ご武運を!」

 その言葉と共に門の両側に控える兵士が頭を下げる。

「では、大結界前まで先導いたします」

 開門指示を出した身なりのいい背の高い兵士二人に先導されて門を通過すると、大結界の前に到着する。

「それでは大結界を開きます」

 そう言って先導した兵士が大結界の前で横に並ぶと、指に嵌めたまま指輪を掲げる。すると指輪が光を放ち、二人の兵士の間と掲げた指輪の高さだけ大結界が開き外への通路が出来る。

「どうぞお通りください」

 兵士に促されるままに僕達が大結界を通過すると、大結界が閉じられる。
 二人の兵士は一度こちらに頭を下げると、西門の方へと帰っていった。
 その背中を見送ると、僕達は人の世界の外を見渡す。そこには木々や草以外何もない平原が広がっていた。
 すでに見慣れた光景だが、相変わらず面白みのない風景だ。しかしそれも当たり前かと思い直す。何せ、人は平原に居を構えた故に繁栄を成せたのだから、いくら時が経とうとも、何かが起きて劇的に変わらない以上は平原は平原である。こればかりはどうしようもない。それでも、東側には小さな森が出来てたんだけどな。

「今日はどちらに向かいましょうか?」

 ぺリド姫の問い掛けに、雑念を振り払い考える。一応全方位の探索は一通り済ませたが、相手も動いているのだから状況は刻一刻と変わっている。前回は南側を探索したので、今回は北側でも探索しようかな。装備は長期探索用ではないので、短期滞在だけど。

「今回は北側の探索をしましょうか。前に北側の探索をした際にオークを二匹確認しましたし」
「そうですわね。それでは行きましょうか!」

 背嚢を背負い直すと、歩き出したぺリド姫達の後について行く。往復三日予定の行程。それだけあれば探索しながらでも平原の端近くまでは余裕で行けるだろう。まぁ何も無ければだけど、プラタの報告通りならば問題ないだろう。
 そういえば余談ではあるが、見つけたオーク二匹は結構美形だった。ただ、体格はがっしりとしていたが。
 大結界から少し離れると、平原は草原に変わる。この辺りから動物の数が一気に増える。
 そんな動物たちを刺激しないようにしながら、周囲を警戒する。前回オークを目撃したのも、他の異形種の目撃情報ももう少し先だが、警戒は怠れない。
 幸いというべきか、残念ながらというべきか、草丈は膝下なので、見晴らしは良かった。視界を遮るのは思い出したようにたまに数本生えている木ぐらいだが、隠れるには少々心許ない。伏せるにしても重い荷物を背負っての漸進は一苦労だ。というか、背嚢を背負ったままだと隠れきれていない。頭隠して尻隠さずとは、別に尻尾がある種族だけへの教訓ではないのだ。
 まぁ見渡した限り、野生の動物以外は確認できないのだけれども。
 そのまま昼頃まで進み続けると、昼食ついでに一度休憩を挿む。
 僕は水を少しづつ飲みながら、缶入りの乾パンを食べる。食事量が少ないというのは、荷物も食糧事情の懸念も減って遠出には向いてるのかもしれない。二年生になってからの意外な発見であった。存外旅人は僕に合っているのかもしれない。火も水も魔法があるし。魔法万歳。
 しかし、魔法で生成した水はあまり積極的に飲みたいとは思わないんだけれども。別に不味い訳でも身体に合わない訳でもないので、これは気分的なものだ。あと、旅をするなら独り旅だな。旅は道連れ世は情け? そういう言葉は人と上手く付き合える特殊な人間に贈ればいい。僕には難しい言葉だ。うん。
 そんな他愛のない考えをしている間も、マリルさん達ペリド姫の従者三人は食事の準備をしている。簡易的だが野外でもちゃんと調理するのは流石はメイドさんとでもいうべきか。ぺリド姫はじっとしているのが嫌なのか、食器を並べる手伝いをしている。まぁ危険地帯じゃないから出来る事だけれど。平和はいいね。
 僕は食事を終えて、まだ残りの入った缶詰と水筒を背嚢に戻すと、周辺警戒がてら遠くの山々を眺める。あの山を越えた先の更に先にある山を越えた先の先の・・・ずっと先にドラゴンが住んでいると言われているが、そもそも人がそこに辿り着けた事はない。それでもドラゴンの巣の場所を知っているのは、おそらく非公式ながら他種族と交流があるからだろう。
 いつか行ってみたいな・・・とは全く思わないが、それでも人の目標の一つではある。しかし、ドラゴンは三つ目のダンジョンに住んでるしな、意外と近くに住んでいるものだ。天使も二つ目のダンジョンに住んでたし、ジーニアス魔法学園って意外と何でもありなんだよな。
 そんな余念に浸っていると、いい匂いがしてきてそちらに目を向ける。そこではぺリド姫達が食事を始めていた。本当に、平和だなー。そう再確認させられた昼時だった。

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