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新天地2

 昼食を済ませて片づけも終わらせると、更に北へと向かう。しかし動物を目にする以外には特に何もなく夕方になった。

「そろそろ野営の準備を始めましょうか」

 スクレさんの言葉に空を確認すると、夕陽が地平を燃やしていた。

「そうですね。そろそろ準備しましょうか」

 流石に手慣れたもので、ぺリド姫達は簡易テントを組み立てたり焚き火の準備をしたりと、テキパキと野営の準備に入る。
 まぁ、僕はシートを敷いて毛布被るだけなんだけれど。もっと寒くなったらテントの準備も検討しよう。魔法で寒気耐性を上げてもいいけれど、こういうところで魔法を使うのは何か味気ないしな。でも、所持品が増えるのは・・・うーむ、悩ましい。
 ぺリド姫達の準備が終わる頃には空に大分藍色が混じっていた。それでもまだギリギリ夕方と言える時間。
 アンジュさんが成形木炭を主とした固形燃料と魔法を使って火を熾す。こちらも手慣れたもので、鮮やかな手際で火が点いた。あれは簡単に見えて魔法を使っても火を熾すのにちょっと手間取るのよね。燃焼時間とか値段を無視すれば火が点きやすい成形木炭もあるんだけれど、現実は世知辛いね。
 さて、ぺリド姫達が暖を取りながら料理を始めた所で、僕は乾パンと水で晩御飯にしよう。たまに気遣うような目線がこちらに送られてくるけれど、お構いなくと笑って手振りで返しておく。食事はこれで十分だし、暖は少し魅力的だが、僕が入ると狭くなるし、何よりあの輪には入れない。
 僕は欠伸をひとつすると、すっかり夜空に変わった空を見上げる。瞬く星がきれいだった。

『ご主人様。今よろしいでしょうか?』

 そこにプラタの声が届く。どうしたんだろうか。

『大丈夫ですよ。どうしました?』
『実は魔族軍の監視を継続していたところ、小部隊で散っていたのをどうやら集結させているようでして』
『集結・・・どこかを攻めるのでしょうか?』
『おそらくですが、近々大規模な侵攻がある可能性が』
『偵察が済んだのか、小さな集落を粗方攻め滅ぼしたのか・・・』
『それは前者ではないかと』
『ん? どういう事?』
『監視している間にも幾つかの小規模な集落を攻め滅ぼしてはいますが、他にも無傷の集落は相当数確認していますから、今回のは偵察が済んでの大規模侵攻かと』
『なるほど。彼らはどこに?』
『ご主人様がいらっしゃる場所から南西の、平原から離れた森の外縁部に』
『目標は分かります?』
『集結している地点の近くで重点的に偵察していた場所から考えるに何ヵ所か候補がありますが、集結していた規模や構成などからを勘案しますと・・・おそらくエルフの里かと』
『エルフ・・・目撃情報の少ない種族ですね。強いとは聞いていますが、人に捕まる程では分かりづらいですね』

 スクレさんとアンジュさんの話では、帝国の裏で行われているとされる奴隷売買で捕獲されたエルフは大層人気なのだとか。数は少ないらしいが、それでも人に捕まっている事には変わらない。まぁ魔族とか他の種族も取引されているらしいし、人もここ百年ほどで魔法の理解が急速に進んだことで一気に力を付けてきたけれど、それでも・・・分からないな。

『エルフは身体能力に優れ、器用。それでいて魔法も得意ですね。特に精霊魔法と呼ばれる特殊魔法は中々面白いものですよ』
『精霊魔法?』

 聞き慣れない単語に、魔族軍の事を忘れそうになるほどの興味が湧く。というか、魔族軍の事が一瞬意識の外にいっていた。

『精霊の助けを借りて発現させる魔法でして、解りやすく説明するならば、二人で一つの魔法を創り上げると解釈して頂ければよいかと』
『なるほど・・・二人でとは難しそうですね。しかし、精霊とはまたほとんど名前しか聞かない種族が出てきましたね』
『魔力同調さえ出来ればそうでもありませんよ。後は同程度の規模で魔力を同期させながら同じ方向性で魔法を創造すれば可能です。慣れてしまえば複雑な魔法ほどこちらの方がやりやすくなります。威力も単純に言えば二倍。二人の呼吸次第では少なくとも十倍から二十倍はいくでしょう』
『二十倍!!』
『それと精霊ですが、意外と身近にいるものですよ。視るには少々特殊な眼が必要ですけれど』
『そう、なんですね』
『・・・不遜な物言いではありますが、精霊を視る為に必要な眼の魔法の張り方を御教え致しましょうか?』
『いいんですか!?』
『勿論でございます。ご主人様の御役に立てる事こそ私の至上の喜びですので』
『ありがとうございます』
『それと僭越ではございますが、ご主人様と私でしたら精霊魔法の真似事も可能かと。差し詰め妖精魔法といったところでしょうか』

 平坦で抑揚のない声音ながら、プラタはどこか機嫌がいいように感じた。

『それは興味深いですね。それに楽しそうだ。今度時間がある時にでも試してみましょうか』
『是非に。御待ちしております』

 そこで話が盛大に脱線している事に気が付く。

『そういえば、エルフの里は近くにあるんですか?』
『はい。平原から離れた森の中に複数ヵ所あります。ですが、何分平原の外ですので、人間界から近いかは微妙な所ではありますね。ですが、ご主人様にとっては近い距離かと』
『なるほど。魔族軍がいつ頃攻めるかは分かりますか?』
『それは分かりませんが、集結が始まったばかりですので、今日明日中などという直近の期日ではない事だけは確かです』
『分かりました。ありがとうございます』
『引き続き監視を継続致します。何か動きがある場合は御連絡致します』
『お願いします』

 会話を終えた頃にはぺリド姫達も食事と片付けを終えて寛いでいた。どうやら今回の偵察は空振りに終わりそうだが、何もないならそれにこしたことはないだろう。誰もが面倒事を好きな訳ではない。少なくとも僕はそうなのだから。





 知っている者は知っているのかもしれないが、夜というものはとても静かだ。
 基本的に生き物とは夜には寝るか大人しく身を隠すのだから当たり前ではあるのだが、人の世界に居た頃はあまり気づかなかった。何せ、人は人口の明かりを発明して以来、夜も活動時間にしてきたのだから。
 勿論基本は日中の活動ではあるのだが、夜も所々明るく煩い。上空の警戒はどうなったのかと思うほどに明かりが増えた。だからだろう、月と星の優しくも冷たい光の下での静かな夜というのは、とても気分がいい。例え、離れた場所に人の身体に獣の頭をした長身の異形種がこちらをじっと見ていようとも、僕は機嫌よく見返すことが出来る。今なら「こんばんは」 と挨拶をしに行こうかとさえ考えられるほどだ。

「・・・・・・」

 こちらをじっと見詰めるその異形種とは距離がある為に暗視だけでは流石に細部までは分からないが、多分ノールとか呼ばれているやつのような気がする。
 こちらを好物を前にした獣よろしく嬉しそうに見ているが、近づいてくる気配はない。その間にノールという異形種の特徴を思い出そうと頭を回転させる。まずは相手の事を知らないと仲良くも出来ないからね!
 えっと、確か凶暴で夜行性。恐怖を感じた時の悲鳴が好物で、その為に恐怖を理解できる知性ある生き物を好む。そして人間は好物だったか。うん、つまりは得物を選別出来るぐらいには知性があるという事か。これは、仲良く出来そうだ! ・・・いやまて、言葉は喋れるのか? 理解できるのか? 拳で語ると瞬殺しちゃいそうだぞ? これは困ったな・・・。
 そんな風にうーむ、うーむと僕が頭を悩ましていると、ノールが動き出す。僕達を無視するように。ただし、時々こちらに視線を送ってくるところから、相当の未練というか葛藤があるらしい。だが、それさえ抑えつける程に魔族が恐いのか、統率が行き届いてるのか。

「これはちょっと面倒事になるかもなー」

 人間界に興味が無いらしいので、こちらが手を出さない限りは彼らと事を構えるような事態にはならないだろうが、可能性として考慮して然るべきだろう。きな臭いのは御免蒙るのだがな。
 ちらちらと未練がましくこちらを窺っていたノールだったが、途中で諦めたようで、ある程度離れた所でもうこちらを振り返ることなく平原の向こう側へと歩いて行った。

「・・・・・・行ってしまったか」

 折角仲良くなろうと考えていたのだが、あちらにその気がないのならばしょうがない。こちらも諦めるとしよう。
 それにしてもあれが魔族軍の尖兵か、普通の人が勝てない訳だ。離れた場所から観察しただけだが、少なくても僕の記憶の中にあるジーニアス魔法学園の一年生であれに一対一で勝てるのは半数も居ない。とりあえず二つ目のダンジョンを攻略出来るだけの実力は必要だな。
 本来の魔法使いの戦闘方法であるパーティーを組んでなら分があるためにもう少し居そうではあるけれど。
 これは確かに二次応用魔法ぐらいは使えないと話にならないかもね。二次応用魔法を使えて一人前というのも納得だ。それでやっと平原内ぐらいでなら自衛が叶う可能性が高まる。それにしても。

「起きないな」

 いや、テント内だから実際は分からないけれど、ノールが居ても起きないものだな。まぁ殺気とか敵意とかなかったんだけど。だってノールにとって僕達人間はただの食料だもんね。食事にそんな物騒なものは必要ない。・・・それとも彼女達に信用されてるという事なのだろうかね。

「・・・・・・」

 自分の憶測で少し照れくさくなって頭をかく。少し変な方向に機嫌がよくなってるな、気を付けよう。
 一度ゆっくり深呼吸をして夜気を体内に取り込む。微かに土と草の匂いがする冷たい空気で気が締まる。
 それにしても本当に静かだ。少し離れた場所から虫の鳴き声が申し訳程度に耳に届くぐらいの静けさ。これならしじまの夜と表現しても差し支えないだろう。例え視線のようなものを感じても、この静けさと仄暗さの前では落ち着くことが出来る。ああ、実にいい。旅人、ちょっと真面目に考えてみようかな。
 夜空に浮かぶ細い月は世界が目を閉じて眠っているようで、少し可笑しくなってくる。
 今の内に明日からの予定をおさらいしておこう。
 明日は日中に少し進んで、平原内に異形種の集団が入り込んでない事を確認してから人間界に戻る。その途中でもう一度夜営をして、明後日の昼過ぎには大結界に到着予定、と。
 うん、何事もなければ無理のない道程だろう。先程ノールが居たけど単独だったし、プラタ曰く異形種はこちらとは別方向に集結中らしいから心配ないかな。
 僕は背嚢から水筒を取り出すと、水を一口飲んで一息吐く。

「しかし魔族、ね」

 最近特に聞くようになったその言葉に少しだけ何かが引っかかる。魔族、魔族・・・なんだったっけ? 何か大事な事を忘れているような焦燥感が心の底を微かに焼き続けるようなもどかしさを覚える。しかし、いくら考えても思い出せない。その内に月は沈み、夜空の濃さが薄れていく。

「朝か」

 地平線の輪郭が光り出したのを確認して、ため息を吐く。何が引っかかてるんだろうか? その答えは結局出る事はなかった。





 朝日と共に目を覚ましたぺリド姫達が朝食を済ませて夜営の撤去も終わらせた頃には、すっかり辺りは明るくなっていた。
 それでもまだ早朝と呼べるほどに早い時間である。僕達は余裕をもって北進を再開した。
 半ば草原と化した見晴らしのいい平原を進む。放牧に適していそうではあるが、牧草地は結構時間と労力が必要なので直ぐには無理だろう。だけど、野生の動物たちが住み着いているので、牧草に適した草も結構あると思うんだけど、どうなんだろうか? 門外漢だから分からない。だけれども、いつか人の生活圏が拡大した暁には、もしかしたらここら一帯はそうなっているのかもしれない。
 そんな変わり映えのしない平原に飽きながらも警戒していると、遠くに平原の終わりが見えてくる。平原の先は森が広がっていた。
 僕達は森から離れた場所で一旦立ち止まると、周囲に敵がいない事を確認して、森の中に目を向ける。見える範囲には動く存在は無く、生き物も確認できない。
 それが終わると、漸進を開始する。速度は遅いが、安全の方が大事である。
 もうすっかり昼になった頃には、大分森に近づくことが出来た。しかし、動物が数頭確認できたぐらいで、特に警戒すべき相手の姿は認められない。
 もう少し森に近づく前に、僕達は一度落ち着くために休憩がてら昼食を手早く摂る。流石に森の近くではぺリド姫達も調理まではしないが、朝食時に昼食の分まで作っていたようだった。
 休憩を終えると、慎重に森へと近づく。森の手前まで来ても、結局異形種の姿は確認できなかった。

「どうしましょうか?」

 ぺリド姫が森に入るかどうかを問い掛けてくる。特に危険性もない為に、森の浅い部分まで調べる事に決めた。
 僕達は森の中に入って周囲を調べる。森の中は妙に静まり返っていた。

「静かですね」

 その違和感に気づいたスクレさんが声を漏らす。

「そうですね、どうしたのでしょうか」

 油断なく周囲に目を向けながらアンジェさんが頷く。

「散開して探してみましょうか?」
「そうですわね。あまり離れ過ぎないように気をつけて探しましょう」
「そうですね」

 僕達は互いの存在が感知可能な距離を保ちながら散開する。
 暫くの間周辺調査をしたものの、結局何も見当たらずに諦めかけた時。微かに森の中に漂ている、鼻の奥を不快に刺激する鉄のにおいを感じ取る。

「・・・・・・」

 においの元を探して鼻を動かすも、薄く辺りに広がるそのにおいの元を見つけるのは難しい。
 それでも目を凝らしながら鼻を使い周囲を歩く。そこに。

「皆さんこちらに来てください!!」

 大声を出さずに皆に伝わるような声を出すという器用な呼び声を上げたマリルさんの下にみんなが集まる。

「どうした――キャッ!」

 マリルさんの呼びかけに集まったぺリド姫が、それを目にして驚きから短く悲鳴を上げた。

「・・・まだ生きてる?」
「え!?」

 手足があらぬ方向に曲がり、身体中に痛々しい損傷だらけの一組の男女。その血にまみれた男女の内、女性は既に事切れていた。男性の方は微かに息はあるが、虫の息だった。あと数分と経たずにあちらへと旅立つことだろう。
 アンジュさんの時と違い、彼はもう手遅れだった。それでも駆け寄り、どうにか出来ないかと治癒魔法を掛けたり手当をしたりするぺリド姫とマリルさん。
 それを眺めながら、僕はその男女に見覚えがある事に気が付く。それは同じ調査隊の二人で、ジーニアス魔法学園の卒業生らしく、色々とよくしてくれた人達だった。もう少し早ければと思わなくはないが、既に手の施しようがないのだからしょうがない。僕はまだ復活魔法は使えないし、回復魔法にも限度がある。
 一度深呼吸をして気持ちを落ち着ける。不快なにおいが肺腑を満たし、僅かに黒いものが内よりこみ上げてくるも、それを無理矢理抑え込む。
 何とか心を静めると周囲を確認する。足元の地面には引きずったような跡が平原の方から続き、二人の先には西に向かった複数の真新しい足跡が残っていた。

「・・・・・・」

 そこからの推測ではあるが、おそらく平原で偵察していたところを異形種に見つかり、ここまで引きずってこられたのだろう。しかし途中で招集がかけられたので、異形種達は二人を放って招集がかかった場所へと向かった、と。
 昨夜ノールが平原に居て、僕達を見つけても手を出さずに退いたところを見るに、昨夜の夜営の場所がギリギリの境界線なのかもしれない。そして、この二人はその境界線の内側に居たから襲われたのだろう。
 思わぬところの思わぬきっかけで新しい情報が手に入った。帰還したらノールの目撃情報とともに報告しよう。この二人の犠牲を無駄にしない為にも。
 次に西に向かった真新しい足跡だが、大きさや数、地面に沈んだ深さから八体ここに居たのだろう。前回見つけたのはオークが二匹だったから、確認数が短期間で四倍に増えた。沈んだ深さと足の大きさから小柄な者が五体、大柄な者が二体、どちらでもない者が一体だろうか。
 足跡が下を通っている近くの木の枝が折れている高さから察するに、大きいのは二メートルを優に超えている。一部握りつぶされたような跡が残っている木もあるので、相当な膂力の持ち主なのだろう。
 それにしても、この二人はおそらくおもちゃにされて殺されたのだろうが、齧ったような跡はあれど食べられていないところから、余程急な招集だったのだろうか。
 僕が状況を調べていると、とうとう男性が事切れる。
 ぺリド姫達も僕に声を掛けてこないところから、手遅れだったのは重々承知だったのだろう。後は二人を死体袋に入れて帰還させてあげるだけだ。・・・よもやこんな形で死体袋を使う事になろうとは。想定内とはいえ、出来れば遭遇したくはなかった。
 周囲を警戒しつつ、出来るだけ手早く二人の先輩を死体袋に収納すると、僕達は二人を抱えて森を出た。
 そのまま陽が沈まないうちに平原を大結界に向けて進む。
 昨夜と同じぐらいの位置まで移動すると、昨日よりも遅い時間に夜営を構築して、そのまま夜を迎えた。その間、必要な事以外は誰も言葉を発せず、少し重苦しい空気がパーティー内に漂っていた。
 思う所はあるものの、僕自身はあの程度では最早心がどうこうなりはしないのだが、それでも慣れはしなかった。
 ああいう時に助けられるように治癒魔法を修練したはずなんだけどな。蘇生魔法はほど遠い・・・というか、本当に先には蘇生魔法があるのだろうか? そこに辿り着けた者は居ないという話なのになぜ分かるのか・・・。ああ、なるほど。僕はもしかしたら何か思い違いをしているのかもしれない。
 そう思い至ると、僕は警戒を怠らない範囲で思考の海に漕ぎ出す。そもそも人の死とは、命とは何なのか。そこから考えればそれを復活魔法の手掛かりに出来ないだろうか?
 僕は幾つかの仮説を立てると、近くに横たえている死体に目を向ける。

「・・・・・・いや、やめておこう」

 しかしそれを実践してしまうのは、流石に躊躇われた。禁忌の意味の一つを理解しつつも、知っている人間で試す者ではないな、と心の冷めた部分が結論付ける。
 とりあえずもう少し理論を詰めなければ、実地はほど遠いな。そういう事にしてこの考えを一旦閉じる。いつかきっと、更なる高みへと昇るために。







 翌朝。
 朝食もほどほどに陣を引き払う。ぺリド姫達は昨夜からあまり食べていないが大丈夫なのだろうか? そんな心配を胸に大結界の方角へと足を向ける。
 大結界には昼過ぎには到着できた。
 大結界に到着すると、門から身なりのいい背の高い兵士が二人出てきてくれて、大結界を出た時同様に大結界の一部を開いてくれる。
 そこを通り大結界の内側に入ると、二人の兵士と共に西門へと移動する。
 西門で門番の兵士達は僕達が持つ死体袋に目をやると、それを引き取ってくれる。その時に中身と袋に納めるまでの経緯を簡単に伝えて西門を後にする。あとは彼らが適切に弔ってくれることだろう。
 僕達は西門前で少しだけ言葉を交わすと、そのまま別れてそれぞれの宿舎に帰る為の帰路へと着く。僕はその前に責任者に報告だな。
 それが終われば、明日は丸一日休日だ。今まで行ってなかった西門街にでも足を延ばしてみるか。ユラン帝国でも五本の指に入るほどに大きな街らしいし、きっと凄いんだろうな。
 何か興味深い書物でもあればいいんだけれど・・・書物? はて、そういえばあの書物を学園に来てから見てない気がするのだが、実家から持ってきて・・・ないような? あれ? もしかして忘れた? それは残念だ。それにしても、あれはどこで手に入れた物だったか。昔の事過ぎて思い出せないのだが、まぁいいか。その内思い出すだろう。今は報告が先だ。
 さて、責任者のバンガローズ教諭は何処に居るのかな? ホント、人は見かけによらないとは言うけれど、まさかあんなに怯えてる人が責任者だとはね。最初は驚いたものだ。だが今となって考えれば、優秀な教員ではあるんだよな。
 出発前は僕に割り当てられた宿舎に居たのだけれど、バンガローズ教諭は普段から色々な場所に顔を出しているからな、責任者は大変だ。
 とりあえず今回の騒動の対策本部となっている兵舎へ移動する。入り口に居た兵士に問い掛けるも、どうやら今朝一度顔を見せたきりでここには居ないらしい。所在も不明らしく、出ていくときには自分に割り当てられている宿舎に戻ると言っていたらしい。
 兵士に礼を言ってバンガローズ教諭が泊まっている宿舎へと赴く。しかしこちらも空振りだった。次に向かった場所を教えてもらい、そちらへと向かう。そんな事を五回ぐらい繰り返したところで、やっとバンガローズ教諭に会う事が出来た。

「つ、疲れている所ご、ごめんなさいね」

 会うなり開口一番バンガローズ教諭に謝れる。まぁ確かに探しはしたが、謝る事ではないだろうに。

「いえ、それはいいのですが、調査報告をしてもよろしいでしょうか?」
「は、はい! お、お願いします」

 バンガローズ教諭が頷いたのを確認して、外で見てきたモノを報告する。

「お、お疲れ様でした。き、貴重な情報です」

 軽く頭を下げながら僕の労を労うと、バンガローズ教諭は顎に手を当てて思案の体勢を取る。

「あ、貴方の所見をき、訊いてもいいですか?」

 それを受けて、僕はバンガローズ教諭に「推測ですが」 と前置いてから、推論を述べた。

「や、やはり、あちらはあちらで境界線を引いていましたか。こ、これは授業で外に出る他の生徒にそ、それとなくち、注意しておかないといけませんね。そ、それに西に向かったのもき、気になりますね」

 最初と変わらず怯えた表情ながらも、その声音には深刻な響きがあった。

「と、とにかく。オ、オーガスト君達が回収した二人についてはこ、こちらで弔いやご家族に連絡などのじ、事後処理はしておくのでご、ご安心を」

 それに対して僕はバンガローズ教諭に礼を言うと、報告が終わる。
 他に双方伝達事項もないようなので、僕はバンガローズ教諭の前を辞した。







 報告を終え去った生徒の背中を見送り、バンガローズは先程の報告を思い出す。

「西側。北の森から西側だと、確かエルフの里が多い場所が近くにあったはずですが――」

 自分以外誰も居ない空間であるために怯える必要のないバンガローズは、ぶつぶつと独り言を呟きながら、気づかぬうちに自分の耳元に手を動かしていた。

「・・・わたしには関係のない話、ですね」

 軽く頭を振ると、バンガローズは頭を切り換える。そう、たとえ多少の縁故があろうとも、それは彼女にとっては直接関係のない話なのだから。

しおり