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ボッチ、貴族の屋敷に行く

 辺りには、生々しい音が響いた。

 刃が人体に刺された音と、血が地面にポタポタと落ちた音。

「ぐっあ......ぁ!?」

 二メートルを越す巨体の手から、目の前の少年に向かって振り下ろしていたナイフをあまりの痛みに思わず落とした。

 歪ませた顔からは、大量の汗が吹き出し、血を滲ませている。

「......」

 少年は、目と鼻の先でそんな男の顔を、呆然と見上げ、眺めていた。

 突然のことで思考が追い付かない。

「............ぁ」

 少年は眺めているうちに、徐々に理解する。

 視線を男の顔から、下へと這わせていく。

「ぇ......?」



 少年は直視している。

 ───男の腹が後ろから剣で貫かれているのを。


 直に男は力なく倒れた。、

「......!?」

 少年はそれが理解できた途端に、恐怖が体を支配し、冷や汗がどんどん吹き出した。

 硬直している体を動かすことが出来ず、血生臭いが鼻をツンとつく。

 見たくもない光景から、体を動かすことができない少年は目を反らすことも出来ず、ただただ恐怖が増すばかりだった。

 ───しかし、突然少年の前に、大きい影が出来た。

「......?」

 少年は残虐な光景から、それを遮るものが出来たために、恐怖が和らぎ、やっと目をそらすことができた。

「───大丈夫か?」 

 突如掛けられた若い男の声。

 見上げると、この辺では見かけない、黒髪の青年だった。

「......あ、なたは?」

 少年は背中越しでこちらを黒い瞳で見てくる青年の顔を見ながら、思わずそう呟いた。

「俺はコンドウ・シュン。今は師匠と一緒に城に向かってる」

「......ししょう?」

「まぁ、残り二人を今ぼこぼこにしてるから、少し待ってろよ」

「え......?」

 少年は耳を傾けると、確かに戦っている音はするが、剣の音でなく、殴打してる音が青年の体で遮っている向こう側から聞こえてくる。

「うおー......容赦ないなぁ。せっかくの美少女が今は戦闘狂にしかみえないな」

うえ......死体だ......吐きそうになってくる。鼻栓しとこう......

 青年の言った言葉は向こう側の光景を意味しているのだろう。

女の人が......あんな男の人を?

 少年が首を傾げていると。

「シュン、終わったわよ」

 と、女声が目の前にいる青年に呼び掛ける。

 青年はその声に、「見れば分かりますよ......」と、苦笑した。

「こんな子供を襲う屑なんか騎士団に送り届けてやらなくても、ここで死刑にすればいいじゃないの......」

「あ......」

この女の人......まさか近衛魔法剣士隊隊長のアリシア・レイス!? なんでこんな人がこんなところに!?

 少年は青年で見えなかった女声の正体が目の前に歩いてきた瞬間、驚愕した。

「確かに屑でしたけどっ! 子供をこよなく愛する師匠の気持ちは分かりますけどっ! 罪を償わせましょう?」

「......はぁ、まあいいわ。シュンがそこまで言うなら一人で頑張るのよ?」

「置いていきますか」

 青年は即行で見捨てるのを選択したらしい。

「心変わり早過ぎだわ......」

 そんな青年をジト目で見たアリシアは、さっきからこっちの会話に呆けた顔をしている少年に話しかけた。

「大丈夫だった? 怪我してない?」

「......は、はい。どこも痛いところは無いです」

「じゃあ、なにもされなかったのね?」 

「......はい......あ、あの......助けてくれてありがとうございました......」

 ペコリと、頭を下げる少年に、アリシアは笑いかけた。

「いいのよ......とにかく無事でよかったわ。これ以降は変な人に付いていかないこと......分かった?」

 アリシアは優しく微笑みながら、少年の頭を大事そうに撫でた。

「はい! 分かりました!」

 少年も、そんな優しい少女に心から感謝しながら満面な笑みを見せた。

 それを見ていた青年は少年に「名前なんて言うの?」と質問した。

「僕の名前はジャック・シリウス・ボルズといいます」

「へぇ......長い名前だな」

「家が貴族ですので......」

 青年はそれを聞くと納得したような仕草で顔を頷かせた。

「ボルズ......? もしかしてあのボルズ家の......?」

 一方で、アリシアは何故かわなわなと震えていた。

「......師匠? どうしたんです?」 

 青年は怪訝な顔でアリシア方を向く。

 アリシアはそんな青年の方をガバッと振り向き、震えた声でこう言った。

「この子は......この国を支える五貴族の中の一家、ボルズ家の子よ!?」

「───な、なんだって~!?」

 そんなアリシアの言うことばに、駿は意味がわからずとも、一応凄そうだったから驚いてみたのは内緒だ。

 ▣ ▣ ▣ ▣ ▣ ▣

 
 あの一騒動が終わったあと、アリシアと駿とジャック三人は、本来向かうはずだった城を後にして、ジャックを送り届けるためにボルズ家の屋敷に向かっていた。

「どうしたんだ......? 貴族の息子が一人でいたなんておかしいぞ」

 駿はボルズ家の事は知らないが、貴族が、ましてや当主の息子一人があんなところにいるなんておかしいという予備知識はあった。

「あ......! そうでした! 今すぐ騎士団に僕を連れていってくださいっ! 屋敷が......お父さんが......!」

 と、突然思い出したように血相を変えたジャックにアリシアは何か起こったのだろうと冷静に詳細を聞き出す。

「ジャック、まず何があったのか教えて」

「え、えっと......!」

「落ち着きなさい......ゆっくりでいいからできるだけ細かく教えて」

 アリシアはジャックの肩に手を置いて、真っ直ぐとその双眸を見つめた。

「ふぅ......」

 それで深呼吸をしたジャックは再び、口を開いた。

「───今朝......ベットから起きて、いつも通り朝食を食べようと、食賓室に行ったんです。ですが......扉を開けたときにはもう、屋敷中の使用人や僕の家族が、五人組の男に拘束されていたんです......固まっている僕に向かって、父は早く騎士団を呼んでこいと叫ばれ、今までにない血相で叫ばれたために、思わず体が動いたんです。......無我夢中に走って、そのあとはなんとか屋敷内の隠し通路から......ここまで来たんですっ! 命が危ないんですっ! だから早く......早く騎士団にいって呼んでこないとっ......家族がっ......!」

 ジャックはかなり思い詰めた表情だった。

 汗もかなりふき出ている。多分恐怖や罪悪感から来た冷や汗だろう。

親が......家族がこんな状況だとしても......俺は多分何も出来なかっただろうな......年上がなかなかできないことを、この子はやり遂げたんだ......そりゃ手と足もそんなに震えるわけだな

 そんなジャックを駿はそう思いながら見ていると、アリシアはハンカチを取り出し優しく涙を拭いてあげながらも、真剣な面持ちで、こう言った。

「私達が行くから。大丈夫」

「え?」

 いきなり言われたことばに、ジャックは動揺する。

「だから、私達が行くから大丈夫って言ってるのよ」

 アリシアは少し微笑み、また同じことばを繰り返す。

 瞠目したジャックと、不敵に笑った駿。

 ジャックはともかく、駿はアリシアがこう言うとどこかで思っていたのだ。

「良いんですか!?」

「良いも何も、困ってる人を助けるのが騎士の務めでしょ? ......それに」

 アリシアはゆっくりと目を瞑りながら、こう呟く。

「騎士団呼ぶよりも私達二人に任せた方が速いから......ね? シュン?」

「......?」

 ジャックは呆けた顔で、駿に顔を向ける。

 アリシアにそう聞かれた駿は、苦笑混じりでこう答えた。

「まぁ普通に考えたらそうですけど......勝てる保証がありませんよ? まだ俺、弱いで───」

「───勝てるわよ。シュンは強いわ」

「えっ......」

 今、駿はアリシアからそんなの当たり前よ、と本当に当然のような顔でそう宣言されたのだ。

 駿はどこかその言葉に信用できない心より、信用してしまう心が勝ってしまっている事に、これまでも言われてきたことを通しても自覚していた。

 駿は呆れた顔だが、それでいて声は清々しい声色で呟いた。

「............そうでしたね。師匠から当然のような顔でそう言われるとこっちがバカに思えてきちゃうんでしたね───ふぅ......」

 深呼吸し、息を整える。

初の実戦だ......敵は師匠とやったように手合わせじゃなくて、本気で俺を殺すような攻撃を繰り返してくる......勿論、俺も人殺しならないと......やばい、絶対吐きそう。死体見た瞬間にリバースしそう。すげー緊張してきた......

 駿はそんなことを思いつつも、手と足が震えてないことに気付いた。

 もしかして......本当に自信があるのか? 

 確かに、駿は実感している。

 この一ヶ月の基礎訓練。アリシアと共に様々な訓練をした。

 基礎訓練で、駿に叩き込まれたのは、戦いの基本となる体力と技術。
 そして、戦闘技術に関しては、アリシアにほぼ全部の剣術を習得はしていないものの、型だけは完全に教え込まれ、記憶の中に残っている。

 それを日々練習をしている駿はいつかの日には、必ず剣術をマスターできるだろうとアリシア自体思っている。

 魔法に関しても、クラスメイトよりも一歩先に進んだ実戦的な使用方法を習得している。

 実際、アリシアの訓練はいつ倒れてもおかしくないほどに過酷だった。
 しかし、駿は毎日、一日も休まずに臨み続けたのだ。
 駿だってそんな頑張った自分に、自信がないわけではない。
 むしろどこかで試してみたいと思っている。

 心の奥底にある、強くなったら試してみたい、というそんないつかの子供じみた感情ほど、抗えないものはない。

固有スキルは未だに謎だけど......それ以外の戦いのスキルは大体理解できた

 駿は今一度、自らの拳を見つめた。

 アリシアそんな駿を見て、くすっ、と笑い、数歩歩いて肩越しで駿を呼んだ。

「───シュン、行くわよ?」

 駿はアリシアの背中を一瞥し、頷き

「はい───ジャックも行くぞ。一人だと危険だしな」

 隣に居るジャックに、手を繋ぐように促した。

「ありが、とう......ござ、いますっ!」

 そんな助けてくれる二人に、ジャックは眼を潤ませながら、差しのべられた手を強く掴んだ。

───三人は再び、屋敷に向かって走り出した。

◈ ◈ ◈ ◈ ◈ ◈

 ボルズ家の屋敷では、静寂が訪れている。

「......っ」

 その静寂は人為的に作られたものだった。

 悔しげに目の前で椅子に悠々と座って、剣を眺めている男を睨み付ける彼は、現ボルズ家当主ビル・シリウス・ボルズ。

 中年男性にしては整った顔と、清潔な髭を伸ばしている彼は、普段は厳しいが、面倒見が良く、それでいて根は優しい性格で、多くの人望を集めている。

 そんな彼が、顔の血管が浮き出てくるほどに怒りを露にしている。

「あぁ? なんでそんなに睨んでんだ?」

 ビルからの視線に気付いた男は、剣から眺めていた目線を、拘束されているビルに移す。

「......今すぐ出ていけ」

 怒気が籠った声を言い放した。

 ビルの言葉を男は鼻で笑った。

「だったら力ずくで追い出してみな......? 出来るんだったらなぁ!」

「「「プッ......ハハハハッ!」」」

 男がいたことばに、仲間達が同調して笑った。

「何が目的だッ!」

 ビルの怒鳴った声が部屋に響いたが、その後に嘲笑が続いた。

「お前らの命と財産に決まってるじゃねぇか」

 男は苦笑混じりに答え、また一人と続く。

「それ以外にお前らの価値なんて無いに等しいわ」

 それにまた男達は笑い声を上げた。

まったく忌々しい声だっ......!

「いや、まだ価値があるやついるわ......そこのメイド服着てる16人の女達と───」

 男は視線をある人物へと移した。

「───おたくの熟成しきる前の......可愛い娘さんとかな?」

 男は不敵な笑顔を浮かべた。

「貴様あぁッ!?」

 ビルはついに激昂する。

 理由は、十八才になったばかりのビルの娘を見ていたからだ。

 空色の髪と眼をした、すこしあどけなさが残る整った綺麗な顔立ちをした少女が、瞳を潤ませながら激昂するビルにこう言った。

「私は大丈夫ですので......お父様に無用な気苦労をさせたくありませんから......」

 と言いつつも、少女の声は明らかに震えていた。

「ルリアなにをいってるんだっ! 無用な気苦労などするものか! 娘のことで気苦労する親など何処にいる!?」

「あーあ、うるせぇなぁ......!」

 男は叫んでいるビルの横顔に容赦なく蹴りをいれた。

「ぐあッ......!」

「お父様あぁッ! 何てことをするんですかっ!」

 鈍い音が、2回3回4回とどんどん響く。

 鈍い音がする度に、共に悲鳴も混ざっていた。


..................

............

......


 そんな音が一分以上響いた。

「ぁ......あぁ......」
 
 ルリアやメイドなどの恐怖に震えた声だけが部屋に充満する。

 ルリアの頭の中の何かがここでプチっと切れた。

 ビルはまだ生きてはいるが、ビルの周辺にはビル自身の血で海になっている。

ビルの顔は、もう何もかもが歪んでいる。

「───」

 呻き声を上げているが、それさえも聞き取れなかった。

 男が蹴っていた方の靴には、ビルの血で赤く染まっている。

「あーすっきりしたぜ───じゃあ次は......お楽しみといこうかね」

 男は血で濡れた靴をグチャグチャと踏み鳴らしながら、恐怖に震えるメイド達の方に向かった。

「さぁて......お前ら。遊んでいいぞ」

 男はメイド達を品定めをしているかのような目をしながら、仲間達にそんなことを言った。

「さすがリーダー!」
「おお......じゃあ遠慮なく」
「へへへ......誰にしようかな」

 男は再び、ルリアの目の前で止まり、涎を垂らした。

「......犯すつもりですか」

 そんな男に嫌悪感を露にしているルリアは一歩近づいていくる度にまた一歩と距離をとった。

「あぁそうだよ! 犯すつもりさ......これもここを襲った目的の一つだしな」

 ルリアは怒りを通り越して、冷たい怒気を放っている。

「下品な顔ですね。だから恵まれないのですよ。あなたみたいな下劣な人は」

「あぁ?」

「図星ですか? 自覚はしているのですね......ひょっとして短時間で成長したんですか?」

「......図にのってんじゃねぇぞ? 餓鬼が」

 ───ドン
 
 とうとうルリアの背中が後ろの壁に到達し、もう距離を取ることが出来なくなってしまった。

「......」

「くははっ!......さぁもう逃げれねぇぞ? どうするんだ?」

 男は嘲笑を浮かべたが、対してルリアは鼻で笑いこう言った。

「────こうします」

 と、ルリアは壁に飾ってあったピストルを素早く手に取り、男の眉間を狙った。

「......!?」

「武器を捨てなさい」

「はっ......撃ってみやがれ」

 男は少女のために撃てないと思った。

しかし

 パァーンッ............

瞬間、部屋に耳がつんざくような甲高い破裂音が鳴り響いた。

「え......?」

 男は一瞬呆けた顔をした。

「次は外しません。最後の忠告です」

 ルリアは驚くほど冷たい声で、銃弾が頬を擦ったことによりよこ一文字の傷から、血が流れている男にもう一回忠告する。

「......っ」

 男は舌打ちをして、地面に剣を置いた。

「そのまま後ろを向いてください」

 ルリアは本当に全部の武器を置いたか確認する。

「......無いようですね。では床に伏せてください。あなた達もです」

 男とその仲間もルリアの前で床に伏せた。

「そのまま待っていただきます。騎士団が来るのも時間の問題でしょう」

 ルリアがこんな冷静に居られるのは、ピストルという驚異的な武器を持ち、それでいて怒りを通り越したからだ。
 内心、今のルリアの気持ちは怒りに溢れているが、無力感にも溢れている状態だ。
 どうでもいいという感情に近い。
 自分の命がどうでも良くなってしまったのだ。
 ルリアの様々な感情と、邪魔していた死への恐怖も怒りに変わってしまったのだ。

 虚ろな目で、男達を見下しているルリアは、もうルリアでは無かった。

「ふっ......」

「......何がおかしいんですか」

 突然、笑いだした男に、首を傾げた。

「いや......ただ面白いだけだ。お前の馬鹿さ加減がな」

「何を言ってるんです」

「まぁ一つ分かることがあってな?」

 男はまた先ほどと同じような嘲笑を浮かべながら、こう宣言した。

「お前に俺は殺せない......これが一つわかったことだ───よっと!」

 刹那、男は向けられたピストルを勢い良く立ち上がったと同時に蹴り上げた。

「......!?」

「ハハハハハハハハハっ......隙だらけなんだよ。お前」

 ルリアはピストルという大きなアドバンテージを失ったと同時に、一気に恐怖が体を支配する。

「リーダーこいつ先やりましょうよ」
「賛成......このアバズレを殺したいわ」
「俺もやりたい」

「わぁーったわぁーった......でも俺が先な」

 男はそういうと、乱暴にルリアの服を引きちぎる。

「きゃあっ......!」

「いい声出すじゃねえかこの糞女......いい体してんなぁ?」

やめてっ......触らないでっ......いやっ......やめてッ......!

「ヘヘヘ......」

 男が程よく膨らんだルリアの胸を触ろうとしたそのとき────



ドォオオオンッ─────


 という爆発音と共に部屋の扉が吹きとび、辺りには濃密な白煙漂った。

「なんだ!?」

 男達は直ぐ立ち上がり直ぐ様扉のほうに剣を構えた。

 扉の周辺は濃密な煙で全く見えなかったが、声だけは分かった。

「うおっ......煙っ......やばすぎ」

 そんな聞き覚えがない声に、男達は一層警戒を強める。

 そして、ついにその姿を現した。
 





「───失礼しまーすお取り込み中のところ申し訳ありませーん......ちょっと道に迷っちゃって......」

 現れた黒髪の青年は不敵に笑いながら次にこう口にした。

「ここってボルズ公の屋敷で合ってますか?」

「「「「......っ!」」」」

 次には腰に掛けてあった長剣を抜き、男達にその切っ先を向けるのであった。

しおり