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特別教室

 三番目のダンジョンを攻略した翌日。僕はいつも通りにセフィラ達と共に食堂に来ていた。
 相変わらず食堂に生徒は少なくがらんとしていたが、そこには微かに普段はない熱気の様なものが漂っているような気がして、隣のセフィラにそれを確認してみる。

「ああ、それは多分オーガスト君達が原因じゃないかな?」

 食べる手を一度止めると、視線だけをこちらに向けてセフィラは答える。

「え?」

 それに僕は首を傾げる。最初、相変わらずぺリド姫との事かとも思ったが、それとは感じる雰囲気が微妙に異なる気がする。

「昨日、オーガストさん達が三つ目のダンジョンを攻略したので、その話がもう広がったのでしょう」

 セフィラの言葉の足りない部分を、セフィラの横に座るティファレトさんが補足してくれる。

「それだけですか?」

 しかしそれでも理解できず、僕はそう疑問を口にする。それに向かいのヴルフルが呆れた様に息を吐いた。

「それだけって。ここはさ、ジーニアス魔法学園なんだよ。目指す先なんて様々だけどさ、大半は強くなりたくてここに通うんだ。だからさ、俺らは強さには崇拝にも似た憧れを持っている。そんな俺らにとって、前人未到の一発突破が成されたのは衝撃であり、その人物は羨望や憧憬の対象なんだよ。それも五人という少人数で、だ。話題に上がらない方がおかしいだろうよ。それこそ先生方だって話題にしてるだろうよ」

 普段より若干興奮気味に語るヴルフルに驚きつつ、そうなのかと納得する。それと共に、何の志も持たずに入学した自分が申し訳なくなってきて、誰にも気づかれないようにそっと苦笑する。今でも早く実家の自室に帰りたいんだから、我が事ながらに救いようがない。そんな自分が憧れ羨む対象か、惨めになるから正直勘弁してくれと思う。そんな思いを抱えながらも、僕は独り席を立つ。

「先に教室に行ってるよ」

 四人にそれだけ告げて食堂を後にする。何やってるんだろうな、本当に。・・・僕は一体何がやりたいんだろう? 卒業? そんなのは結果だ、志でも夢でも何でもない。まだ野望や欲望があった方が救いがあるだろう。僕が今知りたいのはその先、道が続く場所だ。・・・でも、いくら考えても何も思い浮かばない。当たり前だ、ここに居るのは母さんに無理矢理入れられたからなんだから。そもそも、僕は何かしたかったのかな? 幼少の頃の記憶はほとんど無い。何か目指すものがあったような、なかったような。

「はぁ」

 我知らず零れたため息は、もしかしたら心の涙だったのかもしれない。そう思えるほどに苦かった。いつか何か見つかるのかな? その日が訪れてくれるのだろうか。僕は、ただただその日が来る事を漠然と願い、自分の手を見る。
 この力は何なのか。それはよく分からない。だってこれは最初からここにあったから。まぁいくら日々努力していても、未だにほとんど使えないのだけれども。・・・もし、この力がもう少しうまく使える日が来たらならば、その時は何かが見えてくるのかな?





 教室へと向かっている途中、廊下で昨日の三番目のダンジョン担当だった教諭と遭遇する。

「おや~~~、今から教室か~~~い?」

 相変わらずサイズの大きな白衣を羽織っている教諭は、余っている袖で口元を隠して問い掛ける。

「はい。そうです」

 僕が頷くと、教諭は少し思案するように小首を傾げてから口を開く。

「君は今日から教室が違う事は耳にしたか~~~い?」
「い、いえ。違うんですか?」
「うん。君は先に三つのダンジョン攻略が済んだからね~~~、君達五人は別教室で特別授業だよ~~~」
「特別授業ですか・・・?」

 困惑する僕に、教諭は虚ろな瞳を細めて「ふっふっふ」 と愉しげに笑う。

「大した事ではないよ~~~。ただ時間短縮の為に集中して教えるだけだね~~~。内容もテストを見据えた復習が主だし~~~」

 それだけ言うと、教室の場所を僕に伝えた教諭は手でも振っているのか、袖をヒラヒラと揺らしながら白衣の尾を引きながら去っていった。

「特別授業、ね」

 その背に軽く一礼すると、足の向きを変える。
 少し遠回りになったが早く寮を出ていたので、教室に到着した時にはまだ時間に余裕があった。
 教室に入ると、同じ造りの教室の中央前方寄りの場所にぺリド姫達四人は既に着席していた。

「オーガストさん、おはようございます」
「「「お早う御座います。オーガストさん」」」
「お、おはようございます」

 満面の笑みで挨拶してくるぺリド姫に続いて、マリルさん・スクレさん・アンジュさんの三人はわざわざ席を立って綺麗な所作で頭を下げてくる。
 僕は慣れない状況に驚きながらも、なんとか挨拶だけは返せた。

「ふふふ。オーガストさんと一緒の教室というのは何だか新鮮ですわね」

 機嫌よく笑うぺリド姫に、「そ、そうですね」 と、ぎこちない笑みを張り付けながら返しつつ、最前列の手近な席に腰掛ける。
 ぺリド姫達に背中を向けると、顔が見えなくなる分若干緊張が和らぐ。しかしそれが不満だったようで、「折角ですし、こちらに一緒に座りましょう」 と、穏やかながらも有無を言わさぬ感じのぺリド姫の声が背中に掛けられる。

「は、はい!」

 僕はそれに背筋を伸ばして勢いよく立ち上がると、ぎこちない足取りでぺリド姫達の近くに歩み寄る。

「どうぞこちらに」

 そう言って、アンジュさんが優雅な笑みと共に僕に勧めたのは、ぺリド姫の隣の席であった。

「え・・・は、はい」

 僕は戸惑いながらもぺリド姫の横の席に腰掛ける。

「本日からテストが終わるまでよろしくお願い致しますわ」

 真横からのぺリド姫の声と、その更に隣と反対側からは頭を下げる気配が三つ。

「よ、よろしくお願いします」

 それに僕が色々一杯一杯になっていると、前方の教室の扉ががらりと音を立て開かれる。その音が僕には少しだけ福音のような気がしてくる。
 教室の扉を開けて入ってきたのは、耳元が隠れるぐらいの長さのやや赤みを帯びた薄い黄色の髪とキツそうな鋭い目、その目を隠すかのように縁が灰色で丸みを帯びた眼鏡を掛けた、背の高い褐色の肌の女性だった。
 女性は手に濃い緑の革表紙の本を持ち教壇に近づくが、長身を丸めて歩くその立ち姿は自信の無さが窺える。

「こ、この特別教室を担当する事になったバ、バンガロ、ローズです」
「ババンガロローズ先生、ですか?」

 教卓についてのどもりながらの自己紹介に、マリルさんが確認の問いを投げる。それにわたわたと手を振って教諭は訂正する。

「わ、わたしの名前はバンガローズです。き、聞き取り辛くてすいません!」

 勢いよく頭を下げると、バンガローズ教諭は強かに教卓に頭をぶつける。いい音が教室に鳴り響く。

「だ、大丈夫ですか!?」

 そのあまりの音にぺリド姫は思わず腰を少し浮かせると、慌てたように声を掛けた。

「だ、大丈夫です。な、慣れてますから」

 額を手のひらで擦りながら恥ずかしそうな笑みを浮かべると、バンガローズ教諭はズレた眼鏡を直す。

「き、気を取り直しまして!」

 「コホン」 と咳払いをすると丁度始業の鐘が鳴り、バンガローズ教諭は簡単に特別教室の説明を始める。
 要約すると、早く進学しろという学園側の配慮らしい。強い生徒は早く外に出てほしいという事だろう。
 その説明が終わると、バンガローズ教諭は早速授業を始めた。

「ま、まずは基本から始めましょう」

 そう言うと、バンガローズ教諭は教卓に置いた本を開いた。

「魔法とは妄想を具現化する力ですが、それは取っ掛かりに過ぎません。もう少し学ぶと、基本の四系統を学ぶことになります。それは火・水・風・土の四系統。例えば火球。これは火系統に属す初歩の魔法です。更に深く学ぶと属性を組み合わせるという事が出来るようになり、この段階になると四系統に別の面がある事が理解できます。火は温度、水は形、風は流れ、土は概念です。さて、系統同士を組み合わせて創る新たな魔法を応用魔法または分岐魔法と呼びます。一例としまして、火系統と風系統の組み合わせで雷系統の魔法が生まれます。ただし、ただ組み合わせればいいという訳でも、この組み合わせでなければ雷系統にはならないという訳でもありません。組み合わせで大事なのは創造力と経験です。この辺りはダンジョン等の訓練施設で培う部分ですね。知識を得る為に図書館で読書もいいですが、図書館の開放は二年生からなので、読書は私物か、持ち出しは出来ませんが資料室のもので我慢してください。要望があれば、それまで先生のなら少しは貸しますので」

 その後はバンガローズ教諭はお勧めの本についていくつか語ると、終業の鐘が鳴る。

「では休憩にしましょう。次の時間は分岐魔法についてもう少し造詣を深めていきましょう」

 そう言うと、バンガローズ教諭は本を手に教室を出ていった。バンガローズ教諭は授業になると一変してはきはきと喋るようになるようだ。
 それから十分間の休憩時間を挟むと、次の授業が始まる鐘が鳴る。

「そ、それでは次の授業を始めます」

 始業の鐘と共に入ってきたバンガローズ教諭は、教卓に本を開いて置くと、軽く頭を下げた。

「先程の授業で基本であり基礎である四系統、火・水・風・土と複数系統の組み合わせで他系統を創造する分岐魔法の話を少ししました。それではもう少し分岐魔法についての理解を深化していきましょう」

 そこで言葉を切ると、バンガローズ教諭は一度僕達の顔を見る。

「前回の授業で話した雷系統ですが、基本となる四系統同士の組み合わせの為、一次応用魔法と呼ばれています。これは基礎となる魔力に他の魔力を組み合わせた回数で二次、三次と増えていきますが、組み合わせて出来た魔法は全て単に分岐魔法や応用魔法とだけ呼ばれていますので、人によって呼び名に微妙な違いはありますが、そのどちらかだけ覚えていれば大丈夫です。 さて、分岐魔法には四系統同士だけではなく四系統と分岐魔法、分岐魔法と分岐魔法という組み合わせがあり、見つかっている分岐魔法の種類は十数種類とされていますが、魔法の種類についてはそろそろ三桁に達しようとしています。それでもまだまだ数は増すばかりで、正確な数字は把握出来ていないのが現状です。 話の続きとしまして、組み合わせた雷系統に更に他系統を組み合わせる事で、例えば聖系統という魔法を生み出す事があります。更にそれに他のを組み合わせていって・・・というふうにどんどん新たな系統を作り上げられるのですが、一般的に、二次分岐魔法までモノに出来れば一人前の魔法使い、三次分岐魔法までいければ守護者や開拓者としてもやっていけるでしょう。四次までいくことが出来れば後世に名が残るほどの英雄級で、それ以上はもはや伝説級。現在人類最強と謳われる人物が五人居ますが、その誰もが五次までは扱えると言われていますし、中にはそれ以上も扱える方も居るとか。 因みに、先生は三次まで扱えます! 四次分岐魔法習得も間近です!」

 えへんと誇らしげに胸を張るバンガローズ教諭。でも、ぺリド姫は聖系統を使っていたし、マリルさん達三人も短時間ではあったが三次まで使っていたような・・・まぁ短時間なら使えるとは言えないかもしれないし、うん、黙っておこう。

「という訳でして、皆さんには卒業までに三次分岐魔法まで習得を目指して頂きます。最低でも二次分岐魔法を習得しなければ卒業は出来ませんが、そもそもそれぐらい扱えなければ卒業までこぎ着けませんけどね」

 そこでバンガローズ教諭は時計を確認する。

「終業の鐘がなるまでのあと少しの間に先程の話に補足しておきますと、中にはその階級以上の難易度の魔法があります。例えば先程話した聖魔法。これは二次分岐魔法に分類されますが、組み合わせ方が少々特殊な為に難易度は上の三次から四次相当だと言われています。逆に、俗に変身魔法と呼ばれる擬態魔法ですが、これは二次分岐魔法に分類されていますが、難易度は一次相当と言われています。このように、同じ次元でも難易度が異なる魔法も存在しています」

 それから幾つか他の例を上げての説明が終わると、終業の鐘が鳴った。

「次は系統外魔法と言われるものについておさらいしましょう」

 そう言い残すと、バンガローズ教諭は教卓の上で開いていた本を閉じる。そしてそのままそれを手に持つと、教室を出ていった。
 それから再度の十分間の休憩を挟み、始業の鐘が授業の始まりを報せる。
 相変わらずバンガローズ教諭は始業の鐘と共に教室に入ってきた。

「そ、それでは授業を始めます」

 一度深呼吸をすると、バンガローズ教諭は教卓の上で本を開く。そこで少し纏う雰囲気が変わる。

「前の授業の終わりで言ったように、この時間は系統外魔法について話をします。 系統外魔法の代表と言えば無系統魔法でしょう。これは魔力に手を加えずにそのまま使う魔法全般を指します。基本はただ魔力を放つだけなので、発現速度が最も早い魔法です。しかし威力は期待できず、少し風を起こす程度なので好んで使う人はほとんど居ません。まぁ大量に魔力を使えば別でしょうが。数少ない使用者の多い無系統魔法は、魔力視や暗視などの眼への補助魔法ぐらいでしょうか。ただし、この類いの魔法は多少手を加える必要がある為に、純粋な無系統魔法とは呼べませんけれども。 次に、精神干渉魔法です。これは国の監視・保護対象になる程に強力な魔法ですが、使い手はほとんど居ません。これは先天的な適性が重要で、適性が無い者が後天的に習得する事は現状不可能だと言われています。 さて、精神干渉魔法の話のついでに禁忌の魔法についてもおさらいしておきましょう。禁忌の魔法は主にあまりにも強力であったり、倫理に反していたり、術者に多大な負荷が掛かる等の理由で指定されます。 まず強力な魔法ですが、これは一撃で多大な被害が周囲に及ぶものや、大規模な病気の蔓延を伴うもの、対抗手段が存在しないもの等で、倫理に反するものは死者を蘇らせたり、死者を操ったりするもの等です。先程の精神干渉魔法も使い方によってはここに入ります。三つ目の術者に多大な負荷が掛かるというのは、その魔法を発動した事により術者が死亡するようなモノや精神が汚染されるモノ、またはそれに近しいモノを指します。 先程死者蘇生は禁忌と説明しましたが、それは系統外魔法の治癒魔法の先にあると言われています。ただし、治癒魔法自体は禁忌ではありません。病気の治療まではむしろ必要とされています。しかし、治癒魔法は術者の力量依存な為に、大半の術者は軽傷の治療補助程度の威力しかありませんが。念の為にこれも言っておきますが、病気を治癒する魔法は突き詰めれば逆の魔法、つまり禁忌である病気を蔓延させる魔法も習得可能だとされていますので、くれぐれも習得したとしても使用しないようにしてください」

 そこまで言うと、バンガローズ教諭は一つ息を吐く。

「まぁ例え習得したとしても、貴方方がみだりに使うような人物ではないと信じていますがね。念の為です。それにしても、改めておさらいしてみても魔法というものは奥が深いですね。現状、まだ魔力が何なのかも正確には分かっていませんので、ここで学んだ事だけが全てでは無いということを頭の片隅にでも留め置いてください」

 そこで終業の鐘が鳴り響く。

「お昼ですね。次の授業は昼食後に少し休憩を挿んだ後になります。次は魔力と魔物を含めた外の世界についてを簡単におさらいしていきます。一気に振り返っていますが、これが終わればテストです。しっかり思い出してくださいね。それと、休めるときにはしっかり休みましょう。それでは、お昼休みです」

 そう言ってポンと勢いよく本を閉じると、バンガローズ教諭は雰囲気が戻り、背を丸めて教室を出ていった。





 食堂で昼食を摂ると言っても、ぺリド姫達と一緒だと余計に目立つと思い、僕は先に独りで食堂へ赴く。
 本日の昼食は、拳大の少し硬いパンを一つと水を一杯だけ。食事を直ぐに終えて僕は教室に戻った。
 天気のいい昼下がり。室内に差し込む光はぽかぽかと温かく、腹は膨れ、教室は静寂に満ちている。その上時間もまだ余裕があるという午睡を取るには最適な環境。それ故に、うとうとと船を漕いでいると、廊下からぺリド姫達の声が聞こえてきて僕は目を覚ます。
 時計を確認すると、気づけば結構な時間が経過していた。
 ぺリド姫達が教室に帰ってきて暫くすると、始業の鐘が鳴り、バンガローズ教諭が教室に入ってくる。

「み、皆さんし、しっかりと休めましたか? そ、それでは授業を始めますので、ね、眠らないように気を付けてください」

 バンガローズ教諭は教卓の上で本を開くと、講義を始めた。

「さて、昼休みの前の授業でお伝えした通り、今回は魔力と魔物を含む人間界の外の世界についてのおさらいを駆け足でですがやっていきます。 まず魔力についてですが、こちらは前回も言いましたが、未だによく分かっていません。魔力がこの世界に元からあったのかも、どうやって生まれているのかもほとんどが分かっておりません。分かっている事は、少量ですが人間も体内で魔力を生成している事ぐらいです。ですから、ここでは内包魔力についてお話しします。内包魔力とは、その存在が内に秘めている魔力の事です。これを視る事が出来るのが魔力視と呼ばれている魔法です。一般的に内包魔力の密度が高い程強い存在とされ、魔力視で視た場合によりはっきりと輪郭を視る事が可能となります。しかし、使用者は少ないですが、勿論それを騙す事が出来る欺騙魔法もしくは欺瞞魔法と呼ばれるものが在りますので、あくまで目安であることを忘れないように。 また、その存在が内包可能な量というのは決まっており、この容量を器と呼んでいます。では、魔力を内包するにはどうすればいいかですが、これは呼吸をすれば空気と一緒に取り込む事が可能です。ただし、これで取り込める量はごく僅かでしかない為に、魔法使いは別の方法でも取り込みます。これは人によって異なるのですが、よく知られている方法は、皮膚より浸透させる方法です。この取り込んだ魔力と、体内で生成される魔力を使用して魔法を創り上げます。しかし、この魔力の取り込みから、魔力を練ると呼ばれる精製、そして魔法の創造までの一連の行動には多大な集中力と心身の激しい消耗を伴うので、短時間に魔法を使い過ぎて心身に負荷を掛け過ぎると、最悪死に至りますので、無理をし過ぎないように。まぁその前に気を失うでしょうがね。 話が少し逸れたので戻しますが、内包魔力とは存在の内にある魔力の事であり、魔法はその内包魔力を使用する以上、内包魔力を視るという事で、魔法発動の前兆と規模あるいは威力を推測する事が出来るようになります。ここまではいいですか?」

 バンガローズ教諭は僕達の顔を見ると、一つ頷く。

「この内包魔力の消耗を抑えつつ、魔法の威力を上げるには経験と技術が必要で、魔力コントロールつまりは魔法の持久力を上げる訓練の一例としまして、目に魔力を纏う魔力視や暗視を常時使用するというものがあります。これは器の大きさにもよりますが、魔力を消費し続けますので、慣れていないと案外と早く魔力が枯渇してしまいますので、無理をしない程度に一度やってみる事をお勧めします。 さて、次は――――」

 そこで終業の鐘が教室に鳴り響き、バンガローズ教諭は驚いたように時計を確認する。

「おや? わたしとしたことが少々脱線し過ぎましたか。では、魔物と人間界の外の世界については次の時間に行います。それでは、休憩です」





 休憩時間が終わり、始業の鐘が鳴り響く。
 それと共に教室に入ってきたバンガローズ教諭は、いつも通り教卓の上で本を開くと、授業を開始する。

「本日最後の授業は、魔物を含めた人間世界の外についてです。と言いましても、外の世界については情報があまり多くはありません。どこまで世界が続いているのかさえ不明なほどです。ですが、まず知っておくべき事としまして、外の世界の有力な種族についてです。それは三種族あり、一つ目が世界最強と目されているドラゴンです。ドラゴンは人間世界からかなり離れた場所にある、数多くの峻厳な山々が連なる山岳地帯に住んでいると言われています。僅少な目撃情報や伝承などの話ではありますが、ドラゴンの体躯は山の様に大きく、その巨体を刃の通らぬ硬い鱗で覆い、頭には立派な角を生やし、巨大な翼で空を駆け、鋭い爪や牙、太く大きい尻尾だけではなく、強力なブレスや魔法まで操る存在。特に上空はドラゴンの独壇場で、空の覇者とも言われています。そんなドラゴンは強大ではありますが、滅多にその山岳地帯から外に出る事は無い為、近寄らなければ害は無いとされています。 次に、天使族。我々人類には聖なる存在とされていますが、ほとんど接触が無い為に詳しくは分かっていません。ただ、我々人の様な容姿に、個体によっては背中に白い羽が生えていたりするそうです。あまり好戦的ではないと伝わっています。 最後は魔族です。とても好戦的で、魔物の生みの親。見た目は我々と大差ないものの、中には肌の色が我々とは異なり青かったり、角や尻尾や羽などを生やしているものも確認されています。魔力の扱いに秀でていて、全ての魔族が魔法を扱えると言われています。ただ、身体能力も優れていますので、魔法だけと考えないようにしましょう。 他にもオークやオーガ、ゴブリンなどの異形種、エルフや精霊などの幻想種などが居ますが、どれも人の世界からは離れた場所に生息域を確保しているので、異形種は膂力が強く身体能力が高い事ぐらいしか分かっておりません。見た目が醜悪という話も聞きますが、本当かどうかは不明です。特に幻想種に関しては、存在しているかも分かっていないものが数多く居ます。情報として伝わっているのはエルフだけで、それも高い身体能力と、麗しいその容姿ぐらいです。そのせいで――」

 そこでバンガローズ教諭は口元を手で覆うと、少し考える様な仕草をみせる。一瞬ではあるが、僅かに身に纏う雰囲気に黒い物が混じった様な気がした。

「?」
「・・・とにかく、外の世界は我々人類にとってあまりに未知が多い場所です、二年生からは外の世界に関わる事も増えてきますので気を付けるように。さて、それでは最後に魔物についてですが――――」

 そこで終業の鐘が聞こえてくる。

「・・・魔物については明日の授業に持ち越します。進級の為のテストまでもうあまり時間が無いので、各人復習はしっかりやるように。それでは、本日の授業は終わります。後は訓練施設で訓練するなり、教室や寮で自習するなり、寮で休むなりして明日に備えましょう。では、解散です!」

 そう締めると、バンガローズ教諭は本を閉じて、背を丸めて教室を出ていった。

「・・・バンガローズ先生は何を仰ろうとしたのかしら?」

 バンガローズ教諭が教室から出ていって少しして、ぺリド姫が考える様に小首を傾げた。あの終業の鐘が鳴る手前の妙な間の事だろう。
 僕も気にはなっていたが、アンジュさんとスクレさんが困ったように目配せをする。

「まぁ、おそらくは・・・」
「ええ、おそらくそうですわよね」
「? スクレとアンジュは何か知っているの?」

 ぺリド姫の疑問に、二人は言いにくそうに視線を彷徨わせていたが、アンジュさんが重々しく口を開く。その表情は真剣ではあるが、話す内容が愉快ではないようで、話す言葉や表情の端々に嫌悪感が滲んでいた。

「先程バンガローズ先生は思案する前にエルフの話をされていたので、おそらくは裏の事を知っていたのかと」
「裏の事?」
「・・・エルフはその容姿の美しさの為に、男女共に裏で愛玩奴隷として人気があるようです。それに、遭遇率や捕獲数があまりにも少ないために、単純に所持している事がステータスにもなっているとか」
「なっ!!」

 衝撃的な話に、ぺリド姫は言葉を失う。僕の記憶が正しければ、二十年ぐらい前からユラン帝国は奴隷売買を禁じていたはずだが・・・。

「残念ながら、売買されているのはエルフだけではなく、魔物やこちらも数は少ないですが魔族に・・・人間さえも未だに。憲兵隊も摘発しようと動いてはいるようですが、あまりに根が深く、中々」
「憲兵隊? 警察隊ではなく?」
「はい・・・一応警察隊も連携して動こうとはしているようですが、その、軍内部にも根が浸透しているようで、中々関わるのが難しいようでして・・・」
「・・・この事を陛下は?」
「ご存知かと」
「・・・そう。なら私が口を挿む様な事ではないですわね」

 ぺリド姫は一度目を閉じて深く深く息を吸って吐くと、雰囲気を普段のモノに戻して僕の方に顔を向ける。

「オーガストさん、これから私達に魔法の訓練をお願いできませんか?」
「訓練ですか?」

 突然の話に僕が驚いていると、ぺリド姫は顔を近づけ真剣な眼差しで言葉を続ける。

「はい。私達はまだ応用魔法が苦手なものでして、それのご指導を乞いたいのですが」
「え、ええ、ま、まぁ、どこまで教えられるか分かりませんが、僕でよければ」
「ありがとうございます!!」

 高みを目指すのはいい事だが、あんまり人に教えた事が無い僕で役に立つのかどうか・・・正直不安しかなかったが、そのあまりに真摯な瞳に思わず頷いてしまう。あと、思わず少し顔を仰け反らせてしまうぐらいにぺリド姫の顔が近かった。





 訓練施設に移動した僕達は、魔法訓練用に防御結界が張られている区画の中に入る。魔法訓練区画内も武術の訓練区画同様に、個室と大きく空間を取られた場所とに分かれていた。
 僕達は個室の方に入ることにする。個室と言っても戦闘訓練や魔法訓練で盛大に魔法を放ち、仮想魔物との戦いで広く立ち回る事になるので、五人で入っても余裕があるぐらいの広さは確保されていた。
 とりあえず入ってみたはいいものの、指導とはどうやればいいのだろうか? ある程度四人の実力は知っているけれども、とりあえず改めて四人に適当な応用魔法を順番に使ってもらう。
 結果としては、悪くはなかった。確かに拙い部分もあったものの、十分モノに出来ていた。というかぺリド姫に至っては、ダンジョンの時から危なげなく聖系統を使いこなしているのだから、指導の必要があるのだろうか?
 四人の視線が突き刺さる中、僕は、はてと少し考える。
 そもそも応用魔法とは、魔法を組み合わせる事だが、ただ組み合わせればいいというものではなく、量を調整しながら安定するように調合する必要がある。そういう意味では料理や科学に似ている。例えば、一次応用魔法に火と水を組み合わせて出来る氷系統の魔法が存在する。これは分量でいえば水を六に火を四混ぜるのが基本だ。この量を巧く調整することで威力や硬度などを変えることも出来るが、それはまた別の話。
 では、組み合わせるとはなんぞや? だが、その前に魔法発動のプロセスを思い出さねばならない。例えば、火の魔法を使おうとする時、まず魔力を体内外から集めて、火系統に属するように精製しなければならない――ここまでを俗に魔力を練ると呼称する――。それが終わってやっと魔法を創造していく作業に入るのだが、組み合わせるというのはこの作業を二系統並行して行い、精製した魔力で魔法創造しながら、それに合わせて精緻に混ぜ合わせて目的の魔法を構築していくという作業を行わなければならない。故に、二次、三次と高みに行くにつれて行程がより複雑で繊細になり、時間も掛かってしまう。
 そして、流石というべきか、その組み合わせ作業をマリルさん達ぺリド姫の従者のお三方は、一二発なら実戦で即時使用可能レベルまで仕上がっているし、ぺリド姫に至っては、三次応用魔法も十分すぎる程に正確に行われていた。それこそ次の段階に挑んでも問題がない程に。なので、これ以上彼女達は僕に何を教えろと言うのだろうか?
 考えても答えが出なかったために、そのことを正直に四人に話す。

「そう評して頂けるのは有難い事なのですが・・・」

 そう言ったぺリド姫は納得していないようで、少し思案する仕草を見せると、徐に口を開いた。

「私達四人は三次応用魔法までならなんとか使用できますが、オーガストさんはどの位まで使えるのですか?」

 その質問に、次は僕が少しの間思案する。というのも、そんな事今まで全く気にしていなかったから。
 確か、昨日使った邪系統の魔法は八次か九次ぐらいじゃなかったっけ? とりあえず一度披露してる訳だし、答えはそれでいいかな?

「八次か九次ぐらい・・・ですかね?」
「え?」 「は?」 「まぁ」
「流石ですわね」

 僕の答えに目を丸くして驚く従者のお三方とは違い、ぺリド姫だけは驚きというよりも感心したような笑顔を浮かべる。
 まぁ人類最強で五次以上だもんね。たとえ昨日目にしてても、面と向かって改めて言われるとそりゃ驚くよね。ぺリド姫からはそれぐらいは出来て当然というような雰囲気を感じるけれど、気のせいだろう・・・うん。
 僕がそう軽く現実逃避しかけていると、

「やはりオーガストさんの御指導を仰ぎたいですわ!」

 清々しいまでに透き通ったキラキラとした顔を向けられて、僕は少し上体を仰け反らせる。更に追い打ちをかけるように、マリルさん・スクレさん・アンジュさんの三人からも尊敬の眼差しと共に「「「御願い致します」」」 と揃って頭を下げられては、僕は半歩下がりながら「わ、分かりました」 と頷く事しか出来なかった。
 その後、日が暮れるまで基礎魔法を使用しての魔力制御の訓練をして解散した。これからも指導を続ける事になったが、教える必要のない生徒相手に僕はこれからどうすればいいんだろうか。頭が痛すぎる難題であった。

しおり