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三番目のダンジョン6

 ドラゴンよりブレスが放たれたと同時に、僕も防御障壁を全力で展開する。その際、防御障壁を火の玉より内側に展開してから拡げていき、邪魔な火の玉を外側に押し出す。
 ブレスがその火の玉ごと僕達を飲み込む。防御障壁越しでも額から汗が流れる程の熱量が伝わってくる。
 ピシキシと防御障壁にヒビが入っていくような嫌な音が障壁内に響く。まだ音だけだが、それは今にも割れそうで不安を掻き立ててくる。
 防御障壁を押す重圧も凄く、歯を食い縛り、脚に力を入れる。最初のブレスはかなり手加減されていたようで、今回のは威力が桁違いだった。もう一発ならギリギリ保てるなど見込みが甘かった事を痛感させられる。
 その時、バリッという一際嫌な音を響かせ、目の前の防御障壁に大きなヒビが入り、身体から力が抜けていく感覚に襲われる。
 そして、僕がその場に倒れると同時に、防御障壁が砕け散る。ぺリド姫達も防御障壁を展開させているものの、相手が魔法ではなくブレスなので一瞬の時間稼ぎにしかならない。魔法ならば僕の防御障壁で威力をかなり削れてただろうが、残念ながらブレスは相手の息が続く限り威力は減退しない。
 抵抗空しくブレスが僕達に襲い来る。それを眺めながら、どうにか足掻こうと身の内に意識を集中させる。
 そこには巨大な魔力の塊を感じた。いつも傍に感じているそれを使いこなせたならば、目の前のドラゴンさえ敵ではないだろう。しかし未だにそれを自由に使いこなせてはいない。使えていて一二%位だろうか。
 それに手を伸ばすも、まるで途中から別空間にでも隔離されているかのように触れられない。
 『何があっても守る』 あれから日付さえ変わっていないのだ、忘れるはずがない約束。それを守る為にも、何より、もう親しき者を傷つけない為にも、目の前の力が必要だった。己の命など惜しくはない。ただ今は仲間を守る事さえ出来るのならば・・・。
 その時、別の場所より温かい力が溢れてくる。目の前の巨大な力には未だに触れられていない。一体何処から?

『我らが王よ』

 不意にプラタのその言葉が頭に浮かぶ。彼女が僕をそう呼ぶ理由は何だったか。それを思い出し、この温かな力の正体に思い至る。何処に居るのかも分からない彼女に感謝の言葉を述べると、意識を現実に引き戻した。それは意識の内での一瞬の出来事だった為に、実際の時間はほとんど変わっていない。
 ぺリド姫達は諦めていないものの、為す術無しといったように迫りくるブレスを睨み付けていた。

「やらせはしない!!」

 そのブレスが僕達の身を焼く直前、僕は再度防御障壁を展開する事に成功する。その展開された防御障壁は、どことなく温かな気配を感じさせた。
 ブレスはその防御障壁に阻まれ、炎が障壁越しに眼前を舐める。しかしそれも直ぐに治まった。やっと息切れしたらしい。

「これも防ぐ、だと!! それにその障壁! 貴様は一体何なんだ!!!」

 ドラゴンは牙を剥いて警戒すると、今度はブレスではなく巨大な火球を口元に出現させる。

「もう墜ちろ、ドラゴン!」

 そのドラゴンの頭上に黒い巨大な塊を出現させる。重力球。全てを地に墜とす邪系統の暗黒の球体。あまりに威力が強すぎる為に、禁忌に近い制限がされている魔法の一つ。但し、人間の使い手は確認されていないらしい。
 その暗黒の球体を背中にまともに喰らい、ドラゴンは、くの字に体を折り曲げ腹から地上に激突する。

「今のは・・・」

 横から驚きの言葉が漏れ聞こえる。それを耳にしながら、僕はゆっくりと立ち上がった。

「グフッ。まさか我が墜とされるとは・・・」

 墜落の衝撃で大きく陥没したその中心で、歯の隙間から血を流しながら、ドラゴンは痛みも忘れて有り得ない事だと驚愕していた。しかし直ぐに顔を(もた)げると、ドラゴンは僕達を睨み付けながら、咆哮と共に巨大な炎の槍を射出する。

「守ると誓った以上、それも通させない」

 その炎の槍を張ったままだった防御障壁で難なく防いでみせる。そして、ドラゴンに止めを刺すべく僕が魔力を練り始めると。

「ちょ、ちょっと待て! お主らはもう十分にその力を我に示した! 矛を収めよ!」

 ドラゴンが慌てて声を出してそれを制してきた。それと共に淡い光でその巨大な身体を包み込むと、そのまま身体を縮めていき、遂には人の姿にその身を変えてしまった。

「全く、年寄りは労わるものよのぉ」

 赤いゆったりとした服を着た白髪交じりの赤髪の老人の姿になったドラゴンは、嘆かわしいと言わんばかりにそう宣う。そちらから攻撃してきたというのに。
 人間の姿になったドラゴンは、頭の両脇に角が生えている以外は人そのものだった。あの噴水の石像も、ドラゴンが人間の女性の姿を模った姿なのだろう。
 それにしても、ころころと面白い程に雰囲気の変わるドラゴンだことで。戦闘中は口調さえ変わっていた。
 草臥(くたび)れた老人の様な雰囲気で近づいてきたドラゴンは、未だ戦闘態勢のまま警戒する僕達の前で立ち止まると、優雅に一礼してみせる。

「我の名前はロロ・ロウ・ジーンという。別に覚えなくともよいぞぉ」

 そう名乗ったロロ・ロウ・ジーン殿に、僕達は警戒しながらも、それぞれが順番に名乗っていった。

「それで、そのロロ・ロウ・ジーン殿が、急に何用で?」
「ジーンでよい。何、お主らの力量は分かったのでなぁ、このダンジョンから帰還させてやろうかと思ってのぉ」
「ふむ?」

 懐疑的な目をジーン殿に向けると、その目を向けられた当人は可笑しそうに朗らかに笑う。

「ほっほっほっ。まぁそうよのぉ。信じられんのも理解できるが、信じてもらうしかないのぉ。とにかく、お主らはこのダンジョン攻略完了じゃて・・・しかし、よもや一発でこのダンジョンを突破する者が現れようとはのぉ」
「それはどういう意味で? ジーン殿」
「ん? このダンジョンはのぉ、挫折を教える為に一度目は絶対に攻略出来ない難易度にしてあるのだが・・・それも今突破されてしまったのぉ。お主は色々規格外すぎる・・・のだが、お主はバランスが悪いのぉ」

 ジーン殿は目を細めてこちらを見る。どういう意味だろう?
 その疑問が分かったのだろう。ジーン殿は呆れたように口を開いた。

「分からんかぁ。まず、お主は内に秘めたる力に比べて力量があまりに拙い。次に、実力の割に精神的に幼すぎる。知識量も経験もまるで足りていない。まぁこれは若さ故だろうがのぉ」
「うぅ」

 人が気にしている所を! と思いはしたが、相手は不死とさえ言われる長寿のドラゴン。ジーン殿も結構な長命なのだろうから、それ相応の知識と経験の持ち主。まだ十五年程しか生きていない僕など赤子同然、いやそれ以前の存在だろう。
 言葉に詰まった僕を尻目に、ジーン殿はぺリド姫の方へと目を向ける。

「お主も若干人間以外のにおいを感じるのぉ。本当に微かではあるが、何者だろうかのぉ」

 そのジーン殿の言に困惑しながらも、ぺリド姫は思わず自分の腕のにおいを嗅ぐ。その可愛らしい仕草に心が和んだ。

「ほっほっほっ。その臭うではないのぅ。だがまぁ、いずれ知る時も訪れようて」

 どことなく機嫌よく笑うと、ジーン殿はこちらに手を向ける。

「それでは帰還させるかのぅ。また機会があれば会おうのぅ。その時は我の話でも語ってやるとするかのぉ」

 そう言って、「ほっほっほっ」 と笑うジーン殿の姿がぼやけると、視界が白く染まっていったのだった。





 踏破者達が消えたのを確認して、ロロ・ロウ・ジーンは思わず安堵の息を吐いた。
 この地に人間が踏み込んだ時点で異常事態だというのに、自分まで倒されるなど夢にも思っていなかった。それに、もしあの時咄嗟に制止の言葉が出ていなければ、ロロ・ロウ・ジーンは間違いなくあの少年に止めを刺されていた事だろう。

(恐ろしい事だ・・・恐ろしい、か)

 そこでロロ・ロウ・ジーンは自分の身体がガタガタと小刻みに震えていることに気がつく。そして、長い事このダンジョンに籠っていた為に久しく忘れていた恐怖という感情を思い出した。
 ドラゴンは最強の種族。それは当然だろう。ドラゴンの始祖がこの世界を創ったのだから、謂わば全てのドラゴンは神の系譜に連なる存在という事になる。弱い訳がない。とはいえ、個体差というものはどうしても出てくるもので、ロロ・ロウ・ジーンはドラゴン族の中でも平均的かそれ以下の強さでしかない。決して強いという訳ではない。

(それでも我がドラゴンである事に変わりはないのだがな)

 最弱のドラゴンでも、人間ごときに負けるような弱さでは決してない。それに、手加減した一度目のブレスならまだしも、二度目のブレスは威力も持続時間も申し分なかったはずだが、それを止められ、あまつさえ殺されかけるなど、同じドラゴン以外の相手ではまず考えられない出来事だった。
 故に恐怖する。ドラゴンは長命で実質不死。それはその圧倒的な強さ以外に、寿命が来ると知識をそのままに、身体だけを再生して赤子からやり直せるからなのだが、寿命以外で死ぬとそれが出来ない。だから殺されることには恐怖を覚える。
 ロロ・ロウ・ジーンはドラゴンの姿に戻ると空へと飛び上がり、自分の(ねぐら)への帰路に着く。
 その道中、ロロ・ロウ・ジーンは恐怖の対象となった少年の事を思い出す。僅かにドラゴンのにおいをさせる少年だった。
 そのにおいはロロ・ロウ・ジーンの記憶に無いものではあったが、思い当たる節はあった。それは――――。

(馬鹿馬鹿しい。いくら我がドラゴン族の変わり者とて、ちと夢想が過ぎるな)

 この地への初めての侵入者に想像以上に動揺していたのだろう。ロロ・ロウ・ジーンはそう思い直し、自分の考えを頭の外に追いやる。ならばあの少女は? そう思い記憶を辿るも、感じたにおいがあまりにも微量すぎてよく分からなかった。

(疲労が濃すぎるな。さっさと戻って寝るとするか)

 ロロ・ロウ・ジーンは頭を切り替えると、帰路を急ぐ為に速度を上げる。
 このダンジョンを突破した彼らは、これから人間界の外の世界へと出る事になるのだろう。その結果、世界がどう変化していくのか、彼らの強さの根底は一体何なのか、浮かぶ疑問は尽きないものの、それらはもう今のロロ・ロウ・ジーンにとっては悉くが興味の対象外であった。





 視界に色が戻ると、そこは陽の大分傾いた薄暗い山の中。ダンジョンの入り口前であった。

「へぇ~~~、五人でここを攻略したんだ~~~。確か君たちは初挑戦だったよね~~~?」

 現状を確認した所に、そんなふわふわした眠たげな声が掛けられる。
 その声の主に目を向ければ、そこには明らかにサイズの合ってない大き目の白衣を羽織った背の低い眼鏡を掛けた女性が立って居た。不安を覚える焦点の合わない虚ろな目をしたその人は、今回の三番目のダンジョンの監督役を務めている教員であった。

「はい。初めての挑戦です」

 僕が頷くと、その女性教諭は「ほ~~~」 と感心とも驚きともつかない声を出す。

「ぼくの記憶が正しければ~~~、初挑戦でこのダンジョンを攻略出来たのは君たちがはじめてじゃないかな~~~? これは将来有望だな~~~。握手でもしておくべきな~~~?」

 ぶかぶかの白衣の袖で完全に隠れている手をこちらに差し出し、その手をひらひらと揺らしながら女性教諭はおどけたように小首を傾げた。マリルさんより小柄な女性がそんな仕草をすると、もしかしたら微笑ましい光景なのかもしれないが、虚ろな目のせいで全てが台無しだった。むしろ恐怖を覚える。

「い、いえ。そんな大層な事では」
「はっはっは~~~。まぁ握手は冗談としてもだ~~~、君たちが成した事は結構凄い事だよ~~~? この伝統ある学園で初なんだ~~~、ここの教員には学園の卒業生が沢山居るからね~~~。それはつまり、君たちは現段階で実戦では最も優秀な生徒という事だよ~~~~。やったね~~~、教員越えだよ~~~」

 力の入ってない拍手と共にそう評される。この教諭の真意は分からないが、おかげで面倒な事を成してしまった事だけは理解できた。
 思わずため息が零れそうになるのをグッと堪える。それにしても、その言葉にどう返せと? 誇ればいいのか? 謙遜すればいいのか? なんにしても目立つじゃないか!
 僕は微妙な表情をしたまま、心の中での絶叫をする。しかし、そんな話をしておきながら当の教諭自信は反応に興味がないようで、あっさり話を打ち切って、手元の端末を確認する。

「それじゃあ攻略完了を確認したよ~~~。これでダンジョンの授業は終わりだね~~~。残りの生徒が戻ってくるまで休憩してるといいよ~~~。何ならぼくは気にしないから、他の生徒同様に先に帰っててもいいよ~~~」

 そう言って教諭は適当な場所を指差す。周囲には帰還した生徒は誰も居なかった。女性教諭の言を信じるならば、みんな先に帰宅したらしい。
 僕はぺリド姫達四人にどうするか確認の為に目配せをする。

「折角先生がああ仰ってくれているのですから、お言葉に甘えて帰りましょうか」

 疲れたような笑みを浮かべたぺリド姫の言葉に、マリルさん達三人の方を見ると、三人も静かに同意とばかりに頭を下げる。皆一様に顔に疲労が浮かんでいた。

「では、帰りましょうか」

 僕も流石に疲れていたので、そのまま皆と共に寮へと帰るのだった。





 三つ目のダンジョンを終えた僕達は一年生寮の区画で別れると、それぞれの寮へと帰っていく。といっても、ぺリド姫達は同じ寮なので、僕だけが別の道であるだけなんだけど。
 自室に戻ると、セフィラ達四人は既に帰っていた。

「ただいま」
「お帰りなさいませ」
「おかえり~~」
「おかえり」

 僕の帰宅の挨拶に、ティファレトさん達三人の迎えの挨拶が返ってくる。
 大部屋に入ると、セフィラは相変わらず我関せずとばかりに機械弄りをしていた。

「最後のダンジョンはどうでしたか?」

 ティファレトさんの問いに、僕は肩を竦める。

「難しかったですね」
「そう、ですか・・・」

 どことなく気遣うような雰囲気を感じ、僕はティファレトさんが勘違いしている事を理解して、それを訂正する。

「ああ、攻略は出来ましたよ」

 僕のその言葉に、ティファレトさんが驚きの表情を浮かべる。いや、ティファレトさんだけじゃなく、ヴルフルもアルパルカルも似たような表情を浮かべている。いつも通りなのはセフィラぐらいだ。
 何故そんな顔をしているのかと思うも、そういえば三番目のダンジョンを初回で突破した者は居ないという話だったので、それのせいかもしれない。
 僕は自分の領域に移動すると、ベッド代わりの薄いマットの上に腰を落ち着ける。最初は背中が痛かったが、これにももう慣れてしまった。
 そのままマットに横になると、思った以上に疲れていたようで、お風呂にも入る気になれずに、うとうととしだす。

「晩御飯は摂らなくてよろしいのですか?」

 重くなる瞼に抵抗していると、ティファレトさんの優しい声が掛けられる。

「ええ、お腹は空いていませんから」

 のそりと上体を起こしてそう返す。歯ぐらいは磨くか。
 そこで、そういえばと少し鈍くなっている頭で思い出す。

「ティファレトさん達はどうだったんですか?」

 確か、今回はこの場の四人で組んで二番目のダンジョンに再挑戦すると言っていた覚えがある。

「皆さん優秀でしたから、今回は危なげなく攻略出来ましたよ。次からは三番目のダンジョンです」
「そうでしたか。おめでとうございます」
「ありがとうございます。オーガストさんには追い付けていませんけれどね。ああそういえば、オーガストさんの方こそ、最後のダンジョン攻略おめでとうございます。驚きすぎてお祝いを述べるのを忘れてしまっていました」

 軽く頭を下げたティファレトさんは顔を戻すと、「それにしましても」 とジッと僕の方を見詰めてきて、少しむず痒い気持ちになる。

「やはりオーガストさんはお強いのですね」

 どことなく憧憬のような自嘲のような響きのあるティファレトさんの言葉に、少しだけ意外に思う。それに気づいたのか、ティファレトさんは小さく咳払いをすると。

「後はテストに受かるだけですね!」

 そう言って、笑みを浮かべる。
 二年生に進学する為の条件の三つのダンジョン攻略が済んだ今、残すは基礎の授業に全て出るだけ。それは魔法学の基礎を修めるという意味で、その見極めの為に、最後にテストを受けて基準点以上を取らなければならない。
 ちゃんと学んでいれば難しい事はないらしいが、とりあえずまだほんの僅かに授業が残っているので、明日からは魔法学の授業の日々になるだろう。これで今日という長い一日が終わったのだ。あと少し、あと少しで二年生だ。

しおり