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三番目のダンジョン5

 城門から城の庭に入る。そこは美しく造園された庭で、極寒の中とは思えない程に鮮やかな色に満ちていた。
 その庭を通って城の玄関扉の前まで来ると、慎重に扉を開く。
 鍵は掛かっていなかったようで、大した抵抗もなく簡単に開いた扉を潜り城の中へと入ると、天井から魔法の淡く優しい光が降り注ぐ大広間が僕達を出迎える。
 その円形の空間から左右に廊下が伸びていて、目の前には大きな階段がある。
 その大きな階段の下では、一人の女性が血だまりの上に倒れていた。

「アンジュ!!」
「アンジュ姉さん!」

 ぺリド姫とマリルさんは、その女性の名を叫ぶと、女性の下まで駆け寄る。
 その間、僕とスクレさんは階上に立つ人物に注意を向けていた。
 その人物は学園の制服に身を包んだ長身の女性。金色の髪を緩く巻いたふわふわとした髪型をしており、目鼻立ちのはっきりとした麗人。育ちの良さが感じられる雰囲気を身に纏っているが、ゾッとする程に冷たい目で階下の僕達を見下ろしていた。
 目線をその女性の手元に下ろせば、赤黒い液体で刀身を塗らした、曲線を描く六十センチ程の白銀の短剣を手にしていた。
 その目の冷たさのせいで別人のように感じるものの、それを除けば、その女性は階下で倒れているアンジュさんそのものであった。
 僕は視線を階上のアンジュさんに向けたまま、階下で血を流して倒れているアンジュさんに近寄る。
 一度視線を切り、倒れているアンジュさんに目を向ける。
 身体中に切り傷を負ってはいたが、それはどれもが軽傷であるように見える。しかし、問題は腹部に深々と穿たれた穴だろう。未だに流れ出る血は既に勢いを無くしてしまっている。
 まだ虫の息ながら生きてはいるが、それも時間の問題であろう。ぺリド姫とマリルさんが治癒の魔法を掛けてはいるが、治癒魔法も万能ではない。
 治癒魔法は術者の力量依存の大きい魔法であるのだが、比較的使いやすい部類である為に術者は非常に多い。しかし、その大半はかすり傷を治す程度で、重症を治せる術者はほとんど存在しない。それに、重症の場合は時間の問題も出てくる。今回でいえば、手遅れだった。残念ながら圧倒的に術者の力量も足りていない。
 それを理解しているのだろう、今にも泣きそうな表情で唇を噛む二人。
 僕もアンジュさんの横に膝を着き、その手助けをする。ただし、治癒魔法では間に合いそうにないので、治癒魔法の上位互換に当たる回復魔法を使用する。引きこもっている間、魔力操作と治癒系統の魔法だけはひたすらに磨いていたので、これには自信があった。しかし、回復魔法の更に上にあるとされるも、未だに術者が確認されていないうえに倫理に反するとして使用が禁忌にまで指定されている復活魔法は残念ながら未修得だった。故に、治せるのは瀕死の今がギリギリだ。
 僕は意識を内に集中させる。全ての音が無くなり、視界も色が消える。まずはアンジュさんに魔力を流して身体の内側の様子を精査する。
 アンジュさんの体内に魔力注ぎながら循環させて細胞や血管などを修復しつつ、それが間に合わない場所には局所的に障壁を張って修復までの代用とする。
 呼吸も忘れる程に繊細な作業を続け、何とか終わった頃には倒れそうな程に消耗していた。

「はぁ、はぁ、はぁ」

 僕は全身に大量の汗をかきながら、呼吸をする事を思い出して、もの凄い勢いで呼吸を再開する。
 そんな傍らで、アンジェさんの呼吸が、苦しそうなものから穏やかなものへと変わる。
 それに歓喜の声を発するぺリド姫とマリルさんを他所に、視線を階上のアンジェさんへと向ける。隙が出来る治療をしている間も、階上からただ静かに僕達を見下ろしていたようで、動いた形跡がまるでなかった。
 その瞳の冷たさを改めて目にすると、それはこちらを見下した冷たさではなく、どうやらこちらを観察しているが為の冷たさの様に思えた。
 そんな階上のアンジュさんと見つめ合う事暫し。ぺリド姫とマリルさんが落ち着いてきた頃に、彼女は静かに口を開いた。

「なるほど。これは実に興味深い。道理でここまで辿り着ける訳ですね」

 歌うような軽やかな声はとても耳心地が良く、それはアンジュさんと同じ声質であったが、しかし声もどこか冷たかった。

「貴方は何者ですか?」
「私はそこに居る彼女ですよ。本質はね」

 僕の問いに、淡々と紡いでいく声と共に目を細めると、彼女は未だに横になったままのアンジェさんへと目を動かす。

「まぁそこまで弱くはありませんけど。ですが」

 嘲笑ではなく呆れを含んだ物言いをすると、彼女は興味深げに視線を僕に移す。

「面白いモノも見れましたし、弱者には弱者の使い方というものがあるのですね。非常に勉強になりました」

 皮肉ではなく本当にそう思っているような口調でそう述べる。そして、「さて」 と短く呟いて話を切り替えると、彼女は手に持つ短剣を持ち上げて、その切っ先で僕達を指し示す。

「さっさと始めましょうか? 早くこの先に行きたいのでしょう?」

 そう言って、彼女は微塵も温かみの感じられない美しい微笑みを浮かべた。

「この先には一体何があるのですか?」
「進めば分かりますよ。貴方なら可能でしょう? 正直、貴方以外には勝てる自信がありますが、貴方にはどう足掻いても勝てる気がしないので」

 戦闘態勢を取りながら問うと、彼女はそう言って軽く首を振った。そして、身体を捻り腰を落とすと、突撃の体勢に入る。

「こういう最期も一興ですね」

 そう呟き彼女は床を蹴ると、瞬きするより早く距離を詰めてくる。
 剣筋が伸びる先は僕の首元。その一撃は防御障壁すら切り裂き進む。

「ハッ!」

 僕はかつての敵が見せた大量の魔力放出による防御法を繰り出して、その斬撃ごと彼女を跳ね飛ばした。

「面白い無系統の使い方ですね」

 彼女は後方に飛ばされながらも、何事も無かったかの様に着地してみせる。

「まぁ、真似事ですがね」

 おどける様に返しながらも、魔力を練り上げる。

「折角外は氷の世界なのですから、こういうのはどうでしょうか?」

 僕は片手を上げると、眼前を氷の槍で埋め尽くす。点が稠密(ちゅうみつ)して出来たその面は、まるで眼前に氷の壁が現れたようだった。
 それを彼女目掛けて一気に射出する。氷の壁が動き、全てが何かにぶつかり砕け散る。
 キラキラと光を反射させながら降り注ぐ大量の氷の雨の中、彼女は満身創痍ながらもなんとかそこに立っていた。
 彼女は手元の欠けて折れて当初より短くなってしまった剣を軽く持ち上げて確認した後、僕へと視線を動かして、一言だけ感想を述べた。

「お見事」

 膝から(くずお)れる彼女。しかし、その身全てが床に着く事はなく。その存在は夢から覚めたように須臾(しゅゆ)にして消えて無くなった。
 その彼女が最期に一瞬だけ見せた笑みは冷たいものではなく、満足そうな楽しげなものだった。ような気がした。


 彼女が消えた事で大広間は静まり返っていた。
 先程の僕と彼女の一瞬の攻防を目の当たりにして、四人とも絶句しているようだった。
 その静寂を破り、アンジェさんが口を開く。

「あ、あの。助けていただき有難うございました!」

 緊張気味な声でそう口にしながら、勢いよく頭を下げるアンジュさん。

「ご無事で何よりです」

 それに僕は安堵の笑みを浮かべると、それだけ返した。
 ここで謙遜は必要ないし、ぺリド姫とマリルさんの名を出しても、本人達が理解しているので嫌味や皮肉でしかない。二人のおかげで怪我の進行が遅くなったのは事実ではあるが、それを伝える事は追い打ちになったりしないだろうか?
 僕がそんな事を悩んでいると、ぺリド姫・マリルさん・スクレさんの三人にも感謝の言葉と共に一斉に頭を下げられる。
 その事態に軽くパニックになりながらも、僕は何とか「同じパーティーですから当然ですよ」 とだけ返せた。当たり障りのない返答が出来たと思う。
 しかし、どうやらそんな事もなかったようで、とても微妙な顔をされた。

「あれを『当然』 の一言だけで片付けられるのは、オーガストさんぐらいでしょうね」

 どこか呆れたようなスクレさんの言葉に、三人共に同意の頷きを寄越す。僕はそれの意味がよく分からずに首を傾げた。

「私達の世界にあれ程の治癒魔法が扱える者がどれだけ居る事か」

 そのぺリド姫の呟きで、やっと意味を理解する。これも訓練の賜物だろう。伊達に得意魔法と思っていない。助けられて本当に良かった。

「そ、そんなことより! 早く先へと進む道を探しましょうよ!」

 話題の中心となるのも恥ずかしいので、ここらで強引に話題を切る。
 それとは別に、割とこのダンジョンには長いこと潜っている為、そろそろ終点の目処を立てたかった。
 アンジュさんを模した彼女は先があると言っていたが、パーティーメンバーの五人全員が揃ったので、もうそこまで先は長くないと思いたいが。

「そうですね。次は何が待ち受けているのでしょうか」

 辺りを見渡しながら、マリルさんが不安げに呟く。
 ここに来るまで色々あったし、先程アンジェさんが瀕死になったばかりだ、その不安も頷けた。

「まぁ、何があっても守りますから」

 不安を取り除こうと、穏やかな笑顔で声を掛ける。僕は自分の実力は強い方だと認識している。だけど、同時に個人の力では限界がある事も知っている。それでも、目の前に居る人ぐらいは守れるはずだ。いや、それぐらい出来てもらわねば困るのだ。

「は、はい! 有難うございます」

 マリルさんは顔を赤くすると、俯き気味に小さく頷く。どうやら不安は紛らわせたようだ。
 僕は安心すると、周囲を見渡す。先程面制圧したばかりの戦闘跡は酷い事になっていたが、ちょっとした遺跡みたいにボロボロなだけで、見た感じ歩く分には特に問題はないだろうから、まぁそれは目を瞑るとしよう。それにしても、次への道がどこかにあるはずなのだが、この城内にあるとしても、結構広そうに見える。

「手分けして探しましょうか?」

 ぺリド姫のその提案に、僕は首を横に振る。他の存在の姿は視えないが、何があるかは分からない。
 その理由にぺリド姫が納得すると、とりあえず五人で纏まって城内を探索することに僕達は方針を固める。
 とはいえ、城内を探索するといっても、どこから探そうかと僕は頭を捻る。
 大広間から延びる道は三方向あり、一つ目はアンジェさんを模した彼女が立っていた二階へと続く一部欠けている大階段。二つ目は大広間から続く左の廊下。三つ目はその反対側へと延びる右の廊下。
 二階は更に左右に道が分かれていて、一階の大広間からの左右の廊下にはガス灯だろうか? 白熱の光を放つ照明器具が壁際の上部に等間隔に設置されている。その先は霞んで見える程に遠く、果てが見えない。もしかしたら、城の外と内では空間どころか世界そのものが違うのかもしれない。
 そんなどこまで続いているのか分からない廊下を探索するのは、左右どちらかだけでも時間が足りないのは明らかだった。なので、まずは二階へと上る事にする。
 二階へと続く幅の広い階段には赤いカーペットが敷かれていたが、思っていた程柔らかくはなかった。足音を消すのが目的なのだろうか? こんな立派な場所は初めてなのでよく分からない。
 五人が横一列でも余裕で上れそうな階段を二列に分かれて慎重に上ると、左右に顔を向けて二階の廊下を確認する。
 二階の廊下は、一階と同じ白熱の灯りが闇を隅に追いやっていたが、そこまで長くはなかった。階段を背に左の廊下は三部屋分の長さしかなく、右側はもう少し長く五部屋分だった。三階に上る階段が見当たらない為、二階建てなのかもしれない。外観だと五階ぐらいは在りそうだったんだけどな。
 とりあえず、僕達は左側の短い廊下から調べる事にする。まず一番近い部屋の扉を開けて中に入ると、室内はそこそこの広さで、廊下と違い魔法の淡い光が照らしていた。
 床には茶色いカーペットが敷かれ、その上には何かの動物の毛皮らしき白いものが敷かれていた。家具は大き目のベッドとクローゼットに机と椅子が一組、壁には胸上を映す鏡が一枚だけ掛けられている。他に目に付いたのは、奥にある扉ぐらいか。窓は見当たらない。
 僕達は部屋に入ってまず辺りを探索するも、これといった目ぼしい物は見当たらない。そのまま奥の扉を慎重に開いてみると、その先は随分と余白の多いトイレであった。

「広いな」
「確かに学園のトイレよりは広いですわね」

 そのトイレを目にして思わず漏らした僕の感想に、ぺリド姫が横からそう返してきた。

「・・・・・・」

 僕の感覚からすれば、本棚を一つは余裕で置けそうな学園のトイレも十分広いのだが、ぺリド姫の声の感じからして、目の前のこのトイレですら狭いと言っているように聞こえて、やはり住んでる世界が違うんだなと、思わぬ場所で再認させられる。
 結局、部屋には何もなかったので、廊下に出て隣の次の部屋へと入る。部屋の造りは同じだった。そして、何もないのも同じだった。三つ目の部屋も結果は変わらない。
 部屋だけではなく左側の廊下も全て調べ終わると、次は右側の廊下を調べる。右側の廊下の部屋は、一室当たりの広さが左側の廊下の部屋より少しだけ狭かった。
 部屋に在るのは一人用のベット、細い一本の棒の上部に数本の枝のような短い棒が伸びたコート掛け、壁掛けの姿見が一枚、椅子が一脚だけ。他に扉が一枚あったが、こちらもその先はトイレであった。やはり室内には窓は無かった。
 部屋中を調べてみたが、やはりと言うべきか、特に何も見当たらない。二つ目の部屋も、三つ目の部屋も探索したが何も変わったモノは確認出来なかった。しかし、四つ目の部屋で歪む壁を見つけた。それは、四つ目の部屋にだけあった窓を開けた先に存在していた。
 窓は一人ずつなら十分に通れるぐらいの大きさではあったのだが、設置場所が目の高さにあった為に、僕達は一人ずつ順番に窓枠に両手を置くと、足を掛けて窓を潜り、歪む壁を通っていった。
 のぼせたようにふらふらと揺らぐ視界が治まると、そこは真昼の様に明るい場所であった。

「ここは?」

 辺りを見渡すと、足元に広がるのは一面整然と敷き詰められた石畳。その石畳の縁を示すように折れた石柱が建ち並び、その奥は鮮やかな緑の森に囲まれている。
 石畳の中央付近には、ぺリド姫の世界で見た角を生やした女性の石像が半球の器を天に掲げるようにして立ち、その器から透明度の高い水を溢れさせている大きなの噴水があった。
 頭上には雲量の少ない爽やかな青空が広がっているが、おそらくここも外ではないだろう。
 どこかの森の忘れられた神殿址の様なこの場所は、噴水の水音だけが静かに響き渡り、木々の涼やかな匂いが場を満たしている。とても快適な空間であった。
 もし許されるならばここで暮らしたいと僕が思っていると、頭上から空気を叩くような重く低い音が降ってくる。
 その音に僕達が上を向くと、そこには顔が馬の様に縦に長く、蛇のような鱗に覆われた赤い身体、蝙蝠の羽の様なかたちの巨大な羽、老木の様にねじくれ途中で幾重にも枝分かれした長く太い角。指一本が人一人程の大きさというその巨躯の持ち主は、最強の種族と名高いドラゴンであった。

「これがドラゴン・・・初めて見ましたわ」

 離れた場所に在って伝わるその圧倒的な迫力に僕達が気圧されていると、ぺリド姫がポツリとそう呟いた。それに自然と頭が縦に動く。
 しかし、直ぐに僕は我を取り戻し全力で防御障壁を展開する。少し開かれたドラゴンの口の隙間から、ちらちらと無数の真っ赤な舌が顔を出しているのが目に映ったのだ。
 ドラゴンの口がこちらに向かって大きく開かれ、灼熱の火炎が視界一杯に広がっていく。

「くっ!」

 そこでやっと気を取り直したパーティーメンバーを横目に、僕はその紅蓮の高熱を受け止め続ける。流石最強と謳われるだけあり、全力で防いでなんとかという威力であった。
 確か、ドラゴンの目安危険等級は弱くても最上級だったか。まさしく化け物の中の化け物だが、そんな存在――おそらく本物――が出現するこのダンジョンは、最早訓練なんてものじゃない気がする。まったく、ドラゴンなんて人間が、しかもまだ未熟な学生が相手にしていい存在じゃないだろうに。
 内心でそんな悪態をつきながらも、どれだけの間それに耐えただろうか。多分そこまで経っていないと思うのに、なんとかドラゴンのブレスに耐え抜いた時には、僕は肩で息をしていた。ダンジョンに入ってからの消耗が激しすぎる。もう一発ならギリギリ防げるだろうが、現状はあまりにも分が悪すぎる。そう思いながらも、滞空しているドラゴンを視界に捉え続けていると、ドラゴンがまたゆっくりと口を開くのが目に映った。

「ほぉ。人の身で我が一撃を受け止めるとはのぅ」

 それは威厳を感じさせる重々しい声だった。
 空中から僕達を見下ろしているドラゴンが口を開いたかと思うと、こちらにそんな声を掛けてくる。
 初めて見るドラゴンの表情なんて分かりようがなかったが、何となくその声には驚きだけでなく疑問の色が含まれている様な感じがする。

「ここまで人間が辿り着けた事自体初めてだったが、それだけの強さがあれば納得も出来るのぅ・・・しかし」

 そこで言葉を切ると、ドラゴンはゆっくり地に降りてくる。そして、こちらに少し首を伸ばして顔を近づけると、見定める様な瞳を向けくる。

「貴様は・・・確かに人だのぅ。だが、本当に人なのか? 明らかに種としての限界を超えているが・・・ふむ?」

 ドラゴンは、においを嗅ぐようにひくひくと鼻を動かすと、不審げな声を出した。

「どういう事かのぅ。お主は本当に人か? 我らと同族のにおいが微かにだがするが・・・それと、お主程ではないが、そこな娘からも僅かにするのぉ」
「え?」
「それはどういう・・・」

 僕達はドラゴンの言葉に驚きを覚える。特に、ドラゴンのにおいがすると指摘された僕とぺリド姫の驚きは大きい。
 ぺリド姫の事は知らないが、少なくとも僕にドラゴンの知り合いは居ないし、親族にドラゴンが居るなどという話は聞いていない。

「これは流石の我にもよく分からんのぅ。特に男のお主のそれはもそっと神聖な気も? ・・・いや、そんな訳はないよのぅ、もしそうならあの御方しか居なくなるからのぅ。それこそ有り得ぬ話じゃし」

 ドラゴンはぶつぶつと独り言を呟きながら自分の世界へと入っていく。その漏れ聞こえる言葉はとても興味深い。
 しかし、ドラゴンは直ぐに現実に戻ってくると、纏う雰囲気の質を急激に変えて口を開いた。

「まぁ今はそんな事はどうでもいいのぅ。さて、折角ここまで辿り着けたのだ、改めて我に力を示してもらおうかのぅ!」

 それだけ言うと、ドラゴンは僕達を威嚇するように翼を大きく広げて、耳を覆いたくなる程の大音量の咆哮を発する。それが収まると、大きな翼を動かし大空へと飛び上がった。
 吹き飛ばされそうなその風圧に煽られながらも、僕達はなんとか戦闘態勢に入る。

「さぁ、征くぞ!! 人間達よ!!」

 ドラゴンは上空で大きく息を吸う。またブレスを吐くつもりなのだろう。

「今はそれを許容出来ない!」

 足の速い雷の矢を生成しては、ドラゴン目掛けて端から連射していく。それにぺリド姫達も続いて攻撃してくれる。

「ぐぅ」

 大量の雷の矢を受け、流石のドラゴンもブレスを吐く前に吸い込んだ息を外に漏らした。

「中々やる!」

 どことなく嬉しそうにそう零すと、ドラゴンの周囲に火の玉が複数現れ浮遊する。
 ドラゴンが僕達に向けて咆哮するとともに、周囲を漂うその火の玉が襲ってきた。
 視界を埋めてくる火の玉の隙間から、ドラゴンが再度息を吸い込みだしたのが確認できる。
 
「火が邪魔だ!」

 漂うように揺れながら次々と迫りくる火の玉を魔法を纏った剣で斬り裂き、魔法で直接撃ち落としたり、障壁を張って阻んだりして迎撃するも、一向に数が減っている様に感じない。その間も、ドラゴンは順調にブレスの発射準備を整える。
 焦りに身を内より焦がされながらも火の玉を掃っていく。火の玉単体ならば容易に消し去れるのだが、火の玉ごとドラゴンを攻撃しようとすると、それを察して大量に集まりそれを防いでくる。半端な威力の魔法では貫けそうにないが、間断無く襲ってくる火の玉のせいで、威力を高めているような余裕が生まれない。
 そして、遂にブレスの準備が整うと、その灼熱の息がドラゴンより放たれた。

しおり