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【前触れ】

 休日。葉山(はやま) 賢人(けんと)の朝は遅い。
 夏場はそうでもないのだが、寒くなればなるほど布団の中から出るのが億劫になり、起きる時間が遅くなる。
 窓越しに朝のざわめきが聞こえてきても寝ているし、カーテンの隙間から柔らかな日の光が差し込んできても寝ている。
 仕事のある日ならこうはいかないが、幸いにして今日は休みだ。
 誰はばかることなく、好きなだけ惰眠を貪っていられる。
 だがこの日はなぜか、いつもより早くに目が覚めた。
 布団を被ったままもぞりと起きあがり、枕元に置いてあったスマホで時間を確認する。
 午前6時ちょっと過ぎ。普段でも、まだ寝ている時間である。
 どうやら、寒さで目が覚めてしまったらしい。

 松の内を過ぎた頃から毎日のように降り積もった雪のせいで、朝晩は酷く冷える。
 早朝ともなればなおさらで。
 部屋の中にいてさえ、 外とたいして変わらない寒さになる。

「う~、寒ッ」

 寝起きの身体をひんやりとした空気に撫でられ、賢人はぶるりと身を震わせる。
 悲しいかな、賢人の部屋には暖房器具がない。あるのはリビングだけである。
 起き出して暖房をつければ、空気が循環して賢人の部屋も多少は暖かくなると知ってはいたけれど。
 残念なことに、今日は休日だった。
 暖房のためとはいえ、休みの日にまで早起きなんてしたくない。

 ――……二度寝しよう。

 そう決めて、賢人は布団の中で丸くなる。
 自慢じゃないが、寝付きはかなりいい方だ。寝ようと思えばいつでも眠れる。
 二度寝だって楽勝――な、はずなのだが。
 今日に限ってどういうわけか、眠気がなかなかやってこない。
 目を瞑っても駄目。寝返りを打っても駄目。
 眠くなるどころか、時間が経つにつれ目が冴えてくる。
 なぜか。
 布団のすき間から入り込んでくる、ひんやりとした冷気のせいだ。

「…………起きるか」

 寝返りを繰り返すこと数分。
 無駄な抵抗をあきらめた賢人は、しぶしぶ布団の中から這い出す。

2帖の和室がひとつと、6帖の洋室がひとつ。同じく6帖のリビングダイニングキッチンに、バス、トイレ。
 2LDKの部屋を、賢人は同居人とシェアして住んでいる。
 玄関からまっすぐ伸びる狭い廊下の突き当たりが共用スペースであるリビングダイニングキッチンで、左側がバス、トイレ。右側に洋室と和室。
 賢人が使っているのは、リビングダイニングキッチンに面した和室だ 。畳の上に直に寝転がりたくて、同居人に我が儘を言って譲ってもらった。
 もっとも、後で聞いたところによると同居人は、別にどちらの部屋でも構わなかったらしいのだが。

 暖房をつけ、同居人を起こさないよう気を付けながら、お湯を沸かしてコーヒーを入れる。
 朝食は、作るのが面倒くさいので買い置きの食パンだ。
 パンに塗るだけ市販のソースをたっぷりと乗せ、トースターに放り込めば朝食の出来上がり。
 気分によってはインスタントのスープをつけたりするが、ひとりで食べる時にはほとんどつけない。

「今日はどうしようかなあ」

 出来たての朝食を持っていつもの定位置――テレビの前のソファに陣取り、賢人はぼそりと呟く。
 休日はたいてい、だらだら過ごすか買い出しに行くかのどちらかだ。
 ごく稀に友人たちから遊びに行こうと誘われる日もあるが、社会人になってからは年々、学生時代の友人たちとも疎遠になってきている。
 てんでばらばらな職種なため、めったに休みが重ならないのだ。
 よって、早く起きてもすることがない。
 同じく休みの同居人を起こして構ってもらう、という案がなくもないが。
 昨日遅くまで起きていたみたいだし。起こせばたぶん、怒られる。

「しょうがない。天気予報見てどうするか決めよ」

 晴れるなら散歩がてら出掛けてもいいし、今日も雪なら、録り溜めしたドラマでも見ながら家でまったりすればいい。
 食べかけのトーストを口の中へと押し込み、今日の予定を決めるべくテレビをつけた賢人はしかし。
 ふと動きを止め、形よく整えられた眉を訝しげに寄せる。

 なぜならば――いつも見ている番組が緊急報道特別番組とやらに取って代わられ、放送されていなかったからだ。


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