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ⅩⅩⅢ

僕たちがレイチェルに駆け寄るとレイチェルは消え入りそうな声で話す。
「…わ、私ここで死ぬのかな…まだ、やりたい…ことあった…のに」
僕は覚えたての治癒魔法で傷を治そうとしたが、なかなか上手くいかない。
「ここは俺に任せてロイは犯人を」
クラークは短く言って治療を交代する。
僕はクラークに託して犯人を捜した。
辺りを見回すと闇に紛れるように逃げる人影が見える。
「待て!」
僕の制止に一瞬止まるが速度を上げて走り出す。
しばらく走ったところで人影が立ち止まった。
そしてくるっと体を一回転させ僕のほうを見る。
「なんだよ。しつこいなぁ」
悪びれることもなく僕に言う。
平静を装い問いただす。
「お前がレイチェルを…」
男は頷く。
僕の体が熱くなるのが分かる。
しかし僕は意外にも冷静だった。
(ああ、これが怒りか)
僕は男に殴りかかった。

「はぁ…はぁ…」
男と闘い始めてから数十分が立った。
僕は魔力をほとんど使い果たしていたのに対し、男は息を上げていなかった。
「何だ、そんなもんなの?やっぱりあの小娘じゃこれが限界なのか」
男の言葉に僕の中はいろいろなものがごちゃ混ぜになった感覚に陥る。
すると、そのごちゃごちゃしたものが外に出てきた。
「消し去れ“イレイス”!」
そう叫ぶと黒い球体が男を襲う。
「クソッ」
男は間一髪のところで避けるが、右腕が無くなっている。
僕は自分が何をしたのか分からなかったが、男を睨みつける。
男はそのまま逃げていった。

「レイチェルは!?」
僕が戻るとクラークは涙を流している。
「そんな…」
僕はフラフラとレイチェルに近づく。
そっとレイチェルの頬に触れると氷のように冷たい。
その日僕は大切な人を失った。
レイチェルの遺体はそのあたりで一番見晴らしのいい場所に生える大木の根元に埋めた。
それから僕たちはバラバラに旅を続けることにした。

「ざっくりと話したけどこういうことだ」
ロイは悲しそうな目をする。
アイリスはしばらく考えてから疑問をロイにぶつける。
「ロイってゴーストトーク使える?」
ロイは頷く。
「なら、ゴーストトークで呼び出せばいいじゃない」
アイリスの提案にロイは暗い顔をする。
「僕だって試したさ。でもレイチェルの魔法で跳ね返されてしまう」
アイリスが首をかしげるとロイは説明した。
「レイチェルはノーツマスターだ。彼女のノーツは“孤高の印”。すべてを拒絶し、跳ね返す魔法。彼女は死してなおその魔法を発動させ続けている。だからこそ直接会いに行くんだ」
ロイは決意の顔をしている。
アイリスはその顔を見て力強くうなずいた。
「それなら早く行きましょうよ。私も早くレイチェルさんに会ってみたいわ」
一行は死の谷を目指す足を少し速めた。

アイリスたちは死の谷の前にある小さな町、フォールで休息をとることにした。
「まずはここで“墓守”に会う」
「墓守?」
ロイの言葉にアルヴァが食いつく。
「ああ、死の谷を守る聖女たちのことだ。彼女たちを説得しないと死の谷には入れない」
そう言って町の中に入る。
町の中はとても静かでこの町自体が死んでいるような印象を受けた。
「どなたでしょうか」
町の奥から一人の女性がやってくる。
その女性は目元を布で隠しているため目が見えない。
「あなたは?」
アイリスがそう尋ねる。
「私は死の谷を守っている墓守というものです。あなた方客人をもてなすのも私の務め。どうぞこちらへ」
墓守は奥にある建物に入るように促す。
アイリスたちは言われるままその建物の中へと入っていった。

建物の中は広さこそあれど豪華な飾り物などはなく、ただ人がいっぱい入れるだけの空間のようになっていた。
「なんか寂しいですね」
アイリスはぽつりと呟いた。
「いえ、ここは死者たちの眠りを守るための町。その眠りを妨げるようなものは置いてはなりませんから」
墓守は説明しながらコップを出してくる。
「どうぞ」
アイリスはそのコップに口をつけた。
あまり美味しいとは言えないがどこか懐かしい味がした。
「さて、あなた方がここに来た目的は何でしょうか」
墓守の質問にロイが真剣な顔で答えた。
「レイチェル・ハイドという女性に会いたい」
墓守は首を横に振った。
「レイチェル・ハイドはこの先の死者の谷にて安らかに眠っております。しかしここから先、死者の谷へ生者が入ることは許されておりません」
墓守はそう言って奥の部屋に入っていく。

「さてと、どうしたもんか」
ロイは椅子に深く座り天井を見上げる。
ネジ子がはっとしたように提案した。
「私は生者でも死者でもないが、入れないだろうか」
なかなかの屁理屈だが一理ある。
だが果たして墓守にそんな言い訳が通じるだろうか。
アイリスは一抹の不安を抱えながらその提案に乗った。

「話とは何でしょうか」
墓守を呼ぶとすぐに出てきた。
「ああ。私を死の谷に連れてってはくれないか」
ネジ子の提案に墓守は事務的に答えた。
「先ほども申した通り、死の谷へ生者が入ることは許されておりません」
「私は自動人形だ。死んではいないが生きてもいない」
ネジ子はそう言うと胸のあたりがズキっと痛んだ。
墓守は「少々お待ちください」と言って奥へ入っていく。
しばらくしてもう一人の墓守と一緒に出てくる。
もう一人の墓守はあまりいい返事をしなかった。
「あなたからは生の匂いがします。死者が起きてしまう恐れがあるので、立ち入りは許可できません。ここに滞在することは許可しますので、死の谷には入らないでください」
墓守はアイリスたちを部屋に案内する。
ここで言い合っていても仕方がないので大人しく従うことにした。

「はぁ…。どうしようか」
部屋のベッドに寝転がりながらロイが嘆く。
「僕はただレイチェルと話がしたいだけなのに」
「そんなこと言ったって入れない限りは仕方ないでしょ」
アイリスはロイを諭す。
しばしの沈黙。
その時、コンコンと扉を叩く音。
ネジ子が扉を開けるとそこには一人の墓守が立っていた。
雰囲気が先ほどの二人と違った。
その墓守は少し自信なさげに告げる。
「あの…私、もしかしたらあなた方を死の谷に連れていけるかもしれません」

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