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ⅩⅩⅡ

アノーグスを旅立った一行はとある場所を目指して歩いていた。
死者の谷、ナイトランド。
生者の侵入が許されないこの地に向かう理由はただ一つ。
「本当にレイチェルがいるのか?」
クラークはロイに尋ねる。
「ああ、この国で死んだ者は全て死者の谷へ向かう」
ロイはクラークのほうを見ずに答えた。
「ねぇロイ。さっきから名前が出ているレイチェルっていったい誰なの?」
アイリスが聞くとロイは少し神妙な顔になって話し始めた。
「レイチェルは昔僕と旅をしていた女性だ」

昔の僕は陰気で人との関わりが少なかった。
そんな僕を見て手を差し伸べてくれた女性がいた。
彼女の名前はレイチェル・ハイド。
次期賢者と呼ばれていた彼女は誰にでも優しかった。
それは勿論僕にだって。
「ロイ・ブラッド君?」
誰ともわからない声が街の小さな食堂で食事をとっていた僕に話しかける。
僕が顔を上げると純朴そうな見た目の女性が立っていた。
僕が黙って頷くと彼女はにこっと笑う。
「初めまして。ここ、座ってもいい?」
彼女は僕の目の前の席に座る。
「私、レイチェル。あなたのことは街の人から聞いたの。でも、変人って聞いていたのに結構まともじゃない」
本人を目の前にずいぶんと失礼なことを言うやつだな。
そう思ったが、口には出さない。
あまり余計なことを言って人と関わりたくない。
僕は黙々と食事をとる。
彼女は僕に何度も話しかけようとしているが、僕が喋らないことを知って黙っていた。
僕が食べ終わって立ち去ろうとすると彼女は急いで食べきり、僕を追いかけてくる。
少しだけ意地悪をしたくなった。
食堂の角をうまく使い彼女の反対方向へ向かう。
この町のことは知り尽くしている。
そのまま彼女を撒くように町中を駆け回った。
しばらく逃げて裏路地に入る。
「何だ。あんなもんか」
僕がそのまま裏路地を進むとその出口に彼女が立っている。
「何で逃げるの?私はあなたとお話しがしたいだけなのに」
話しがしたいだけの奴とは到底思えない。
(何で僕を追いかけてくるんだ?)
しまった。あまりにもしゃべらないせいで声が出ない。
「ねぇ、少しだけお話ししましょうよ」
ドンドン彼女が距離を詰めてくる。
(や、やめろ!)
僕の声は相手に届くことはない。
「何やってんだ。レイチェル」
彼女の後ろから男の声。
顔を上げると、若い男が立っている。
「うちのレイチェルが迷惑をかけた。俺はクラークだ。君は?」
クラークが手を差し伸べながら尋ねてくる。
「ぼ、僕はロイ」
やっと声が出た。
クラークは僕に笑いかける。
「そうだ。詫びの気持ちとして何か奢らせてくれ」
人と関わりたくないなとは思いつつも人の気持ちを無下にはできない。
僕は頷いてクラークたちについて行くことにした。

「二人で旅を?」
僕の質問にレイチェルが頷く。
「私たちは世界各地に魔法を教えていく旅をしているの」
最強の魔術師が直々に教えるとは…。
僕は彼女たちに感心しつつお茶をすする。
「そうだ!何か一つ教えてあげましょうか」
レイチェルは手を叩く。
魔法か…。そういえば試したことないな。
僕はそう思いつつレイチェルの提案を受けた。
「これからよろしくね!ロイ君」
レイチェルと固い握手を交わした。
それから僕たちは店の外に出る。
店の近くにある広場に移動してからレイチェルが僕の体をまじまじと見る。
「うん。あなた魔術師の素質があるから、すぐに覚えられるよ」
その言葉に少しだけ嬉しくなる。
それから僕の最強の魔術師に魔法を教わる日々が始まった。
「そうねぇ、まずは属性系の魔法からにしましょう」
僕が首を傾けるとレイチェルははっとして説明をする。
「魔法には属性が存在するの。火、水、土、風の四元素と光、闇の二属性ね。これは自然の力を借りる魔法だから比較的簡単に出せるの」
なるほど。
僕はなんとなく魔法を使う自分の姿を想像した。
自身の妄想はかなり美化されるもので、魔術師として活躍している自分の姿まで想像してしまった。
「さて、やってみましょう。火の魔法からね。まずは意識を集中する。それから出したい場所に燃えているイメージをする」
レイチェルはそういうと目を閉じた。
すると、広場の真ん中らへんに炎が燃えさかる。
僕が唖然としているとレイチェルが笑いかける。
「これが魔法。どう?すごいでしょ」
僕は口をあけっぱなしにしながらうなずく。
それと同時に僕はこの力を使ってみたいという好奇心で満たされた。
しかし現実は非情だ。
「全然できない…」
僕が嘆いているとレイチェルが励ましてくれる。
その励ましが逆に僕の心をえぐった。
「諦めずに練習すればいつか使えるようになるさ」
クラークが僕の肩を叩く。
その日は練習を止めて家に戻ることにした。

次の日、広場に行くと二人の姿があった。
「ロイ君!こっちこっち」
レイチェルが手招きをしている。
僕は今日こそは成功させると決意して二人のほうへと向かった。

「え?今なんて言った?」
「だから、もうそろそろ次の街に行くの。それであなたがよければ一緒に来ない?」
練習が終わった後の頭ではあまり考えられなかった。
「あなたの返事を聞いてから旅に出るからそれまでは待つけど、できるだけ早くしてね」
その日僕はどうやって帰ったのか覚えていない。
確かに二人とやった魔法の練習はとても楽しかった。
ただ、僕はこの町を出ることにためらいがあった。
それから数日後、僕は二人の前に立っていた。
「僕もついて行ってもいいかな?」
僕の答えにレイチェルが満面の笑みを浮かべた。
そして力強く僕に抱きつく。
「それじゃ、行きましょうか」
そのまま僕たちは旅に出た。
その旅で僕はいろんなものを見て回った。
にぎやかな商人の町、魔術師たちが暮らす都市、そして悲惨な大戦の跡。
そして旅が進むにつれて僕の魔法はどんどん完成されていった。

「次の街はどんなところだろうね」
レイチェルがワクワクしながら話す。
「レイチェルは気が早いな。まだ先じゃないか」
クラークがレイチェルを諭した。
僕はその様子を見て笑みがこぼれる。
それにつられて二人も笑い出した。
三人の笑い声がたき火を中心にしてこだまする。
その時だった。
絶対に忘れることのない出来事。
レイチェルの腹から何かの刃が生えている。
「え?」
そのままレイチェルは地面に倒れこんだ。
「レイチェル!!」
僕とクラークの声が空しく響いた。

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