赤毛でメガネの『永遠の匠』
御前に出るが早いか、ご隠居は老体に鞭打って、「どうであったか」とクレルヴォに駆け寄ります。
話をつぶさに聞くや、なるほどと手を叩きました。
「そうかハンカチ拾うとはせがれも古い手を」
「ご隠居も身に覚えが」
「そうそう、いい女を見かけると、ハンカチでも財布でも、落ちてもおらんものを……」
「いや、財布はそのまんま女に持っていかれたら」
「そこでさりげなく中身を見せて、ああ奢ってもらえそうだな、と思わせるのじゃ」
「ご隠居も隅に置けませんな、このエロジジイ」
「今なんか言ったか」
「いや、というわけで、そのストッキングとかいう」
「……ストク・インではないか?」
「そうそう、そのミスター・ストック」
「もうよい、その歌なら、セヲハヤミ イワニセカルル タキガワノ……」
「そう、その先が書いてない」
「ワレテモスエニ アワントゾ オモウとは、今はこうしておいとまいたしますが、いつかきっとお会いしましょうという……」
「さすが、血は争えませんなあ」
「そうじゃワシの息子なら、って何か言ったか?」
「あっしの顔がそのお嬢さんに見えると」
そこでご隠居、さあっと色めき立ちます。
当然でございましょう、お世継ぎのお相手になるかもしれない娘さんでございます。
「どんな顔じゃ」
「こんな……」
エラの張った男とご老体、えらく暑苦しいカラミになったもので。
「うっぷ、お前の顔ではない、現物を」
「ご隠居、若旦那みたいなフォースはご勘弁を……代わりに私の」
「何をするか」
またしてもクレルヴォ、石造りの大広間をごろごろごろ~っと吹っ飛ばされまして、今度は勝手に開いた大扉の向こうへ放り出されました。
老いたりとはいえご隠居、なかなかのフォースでございます。
さて、クレルヴォとはいいますと、しばらく経って息せき切って戻ってまいります。
「ただいまここに」
「どこにおったのじゃ」
「そこの扉、ぽおんと出てからはなあんにも覚えがごぜえやせん。気が付いたら御殿の外で行き倒れと間違われて、人だかりができておりやした」
「迷惑な奴よのう」
自分でやっておいて無責任な話でございますが、これも親子で。
「つまり、その娘を妃に迎えればよいのじゃな。探してまいれ。イルマが申すには、あと5日ではないか」
「面目次第もごぜえやせん、妹がいらんことを」
「いや、せがれが死んでは元も子もない、この世界を継ぐ者がおらんようになる。早うまいれ」
「そう言われましても、どこを探せば」
「全宇宙回って探して来い!」
無茶ぶりもいいところで、クレルヴォもぶつくさ言いながら、御殿に仕える人たちの宿舎で共に暮らす妹のもとへと帰ってまいります。
「そういうわけで、どこをどう探したらいいのやら」
「無理ね」
午後のお茶なんか飲みながら、たった一人の肉親の災難を虚ろな眼で言って捨てる薄情な妹でございます。
「簡単に言うがな、ただのご隠居の頼みじゃあない、不滅の賢者だぞ、不滅の……」
「その不滅の賢者にできないことを、何でお兄ちゃんができるかなあ」
自分で作った甘ったるいクッキーを一口かじって、兄にも勧めます。
「まあ、糖分取って」
「そんなもん食う気になれるか、考えてもみろ、最後の戦で右も左もわからんうちにオヤジオフクロ死んでしまってなあ、ご隠居が拾ってくれなかったら俺たちゃどうなっていたか」
大の男が仁王立ちのまま、ず~っと鼻水すすり上げますと、大粒の涙がぼたぼたあ~っと床に落ちます。
「お兄ちゃん、そこどいて暑苦しいから」
「若旦那も、こんなどこの馬の骨ともしれんブサイクと子供の頃から……」
「自覚はあったんだ」
まぜっかえすイルマでございますが、眼鏡の向こうには何やらキラリと光る粒がございます。
「ご恩返しをしようにも、そのお嬢さんがどこの誰かも分からんでは」
「全宇宙回って探すのね」
眼鏡をはずして目の下をそっと拭いながらつぶやきますと、兄は身体を固~く強張らせてぶるぶる震えだします。
「ご隠居とおんなじような無茶を」
涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにして泣く兄からしばらく顔を背けておりましたイルマ、思い切ったようにすっくりと立ち上がるや。
「ついてきてよ」
お茶を飲んでいたテーブルの下に潜り込んで何やらごそごそやっております。
クレルヴォがしゃがみこんでみますと、そこには四角い大きな穴。
これが例の「地下室」なのでございましょう。
セメントか何か固めて作った階段が続いていく先の暗闇から、妹の声が聞こえます。
「その汚い顔拭いてからね。コトカに乗せてあげるわ」
洗面所で顔をばしゃばしゃやってから机の下に屈みこみ、ひいやりと冷たい空気の階段をどこまでも降りてまいりますと、ぼんやりとした明かりの中に何やら大きな鳥のようなものの姿がございます。
これが、コトカ。
クレルヴォの妹イルマ、「永遠の匠」の作った機械の大鷲でございます。
その両脚がつかんでいる魚のようなものは、水上に降り立つための「浮き」かとも思われます。
「どう? 音の何十倍も速く、時空を超えて別の星へも一瞬で飛べるわ」
ところがクレルヴォ、力はあってもそれほど器用ではございません。
どのくらい不器用かと申しますと、太いワイヤーは力任せにちょ~ちょ~結びができましても、針の穴には糸が通せません。
「しかし俺では操縦が」
不安そうな兄の声など、妹には聞こえておりません。
「しかも超高性能の人工知能を持つ完全自立型」
「あと5日だぞ」
ああいえばこうと愚図るクレルヴォも、やる気になったイルマに太刀打ちできるものではございません。
「これに乗れば5日間で充分、ポホヨラの周辺を探して回れるわ」
「探すところが広すぎる」
クレルヴォにしてはもっともな言い分。
ポホヨラの周りには、人が住む星がいくつもございます。
「現場100回! そんなにきれいな人だったら、最初に出会ったポホヨラで覚えている人がいてもおかしくはないわ」
血の巡りの悪い兄も、ようやく得心が行ったようで。
「よく分かった。それなら、ハッチを開けてくれ」
「……ハッチ?」
「このコトカに乗って、飛んでいかんと」
机の下の小さな穴では、飛ぶどころか出ることもままなりません。
イルマもしばらく考えておりましたが。
「あああああ! 出口がない! 忘れてた!」
仕方な~くクレルヴォ、ご隠居に5日のお暇を頂戴いたしましてポホヨラへと参ります。
それでは皆さん、ご一緒に!
ポホヨ~ラ~よい~と~こ~いち~ど~はおい~で~
ロウヒ~の母~さ~ま~良いお~ひ~と
あ~こりゃこりゃ……
失礼いたしました。